シチューと記憶の欠片
夕暮れ。
三人は森を抜け、小さな村へとたどり着いた。
村の名前は――ミスト村。
人口は百人ほど。
畑と牧場しかない、のどかな村だった。
「リナちゃん!」
村人たちが一斉に駆け寄る。
「無事だったのか!」
「黒爪熊が出たって聞いて心配したぞ!」
「助けてもらいました!」
リナは笑顔でレオンたちを紹介する。
「こちらはレオンさんとガロスさんです!」
「命の恩人なんです!」
村人たちは何度も頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「今日は宴だ!」
「肉を焼け!」
「パンを持ってこい!」
レオンの目が輝く。
「宴?」
「無料?」
「もちろん!」
「やったぁ!」
ガロスは思わず吹き出した。
「お前、本当に食い物に弱いな。」
夜。
村の広場。
焚き火を囲み、村人たちが歌を歌っていた。
レオンは大鍋のシチューを頬張る。
「うまっ!」
「これ、めちゃくちゃうまい!」
リナが嬉しそうに笑う。
「本当ですか?」
「私が作ったんです。」
「え?」
レオンはスプーンを止めた。
「これリナが?」
「はい。」
「天才じゃん。」
リナは照れて赤くなる。
「そんなことありませんよ。」
レオンは夢中で食べ続けた。
二杯。
三杯。
四杯。
「まだ食べるの?」
「うん。」
「幸せ。」
その言葉を聞いて、ガロスは静かに笑う。
(戦い以外でも、ちゃんと笑えるようになったか。)
食後。
レオンは一人で夜空を見上げていた。
「星……。」
どこか懐かしい。
見覚えがある。
でも思い出せない。
「眠れませんか?」
リナが温かいお茶を持ってきた。
「ありがとう。」
二人は並んで座る。
「記憶……戻りそうですか?」
「少しだけ。」
「少し?」
レオンは空を見上げたまま話し始める。
「時々ね。」
「夢みたいなのを見るんだ。」
「夢?」
「燃えてる街。」
「泣いてる人。」
「笑ってる僕。」
リナは黙って聞いていた。
「でも。」
「その笑ってる僕が……。」
レオンは拳を見つめる。
「すごく怖い。」
その言葉にリナは少しだけ驚いた。
今のレオンは優しい。
でも記憶の中の自分を怖いと言った。
「レオンさん。」
「うん?」
「昔のあなたがどんな人でも。」
「今のあなたは優しいですよ。」
「……。」
レオンは少し照れくさそうに笑った。
「ありがとう。」
その瞬間だった。
胸が温かくなる。
誰かに認められた安心感。
その感情に反応するように文字が浮かぶ。
《ドーパミン分泌 11%》
「また出た。」
「どうしました?」
「いや。」
「最近さ。」
「戦ってなくても増えるんだ。」
リナは首をかしげる。
「それって、いいことなんじゃないですか?」
「うーん。」
「どうなんだろ。」
ガロスは少し離れた場所で二人を見ていた。
「……変わったな。」
昔のレオンなら。
女の子と静かに話すことなど三分ともたなかった。
深夜。
村が寝静まった頃。
黒い影が音もなく屋根を飛び移る。
「目標確認。」
昼間の仮面の男だった。
その後ろには五人。
全員、同じ白い仮面を付けている。
「生け捕りを優先。」
「抵抗した場合は?」
「四肢を折れ。」
「殺すな。」
六人は静かに村へ侵入した。
しかし。
村外れの木にもたれて眠っていたガロスが、ゆっくり目を開く。
「……来たか。」
大剣を握る。
ギィ……
剣を抜く音だけが夜に響く。
「レオンを狙うなら。」
ガロスは立ち上がる。
「まず俺を越えてみろ。」
一方その頃。
眠っていたレオンの脳裏に、またあの夢が流れ込んできた。
燃え盛る世界。
血に染まった大地。
そして、自分によく似た少年が振り返る。
『お前は優しすぎる。』
『それでは100%を使いこなせない。』
レオンが問いかける。
「君は誰?」
少年は静かに笑った。
『俺は――』
その瞬間。
夢が途切れた。
目を覚ましたレオンの耳に、金属がぶつかり合う激しい音が響く。
ガキィィィン!!
「敵襲だぁぁぁ!」
村中に鐘の音が鳴り響いた。
レオンは飛び起きる。
「ガロス!」
戦いは、すでに始まっていた。




