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白仮面

「ガロス!」


レオンが宿の窓を蹴破った。


バキィン!


「うわっ!」


着地した瞬間、自分で驚いた。


「……普通に扉から出ればよかった。」


「そこ反省するところですか!?」


後ろからリナが顔を出す。


「修理代どうするんです!」


「今それ!?」


「大事です!」


少しだけ。


本当に少しだけだが。


以前のレオンが戻ってきていた。


だが、村の中央へ目を向けた瞬間、レオンの表情から笑みが消える。


六人。


白い仮面をつけた者たちがガロスを囲んでいる。


そのうち二人は地面に倒れていた。


残る四人。


対するガロスは大剣を構えている。


「遅ぇぞ。」


「ごめん。」


「寝てたか。」


「ぐっすり。」


「緊張感のねぇ野郎だ。」


白仮面の一人がレオンを見る。


「対象確認。」


「レオン・クロード。」


レオンの眉が動く。


「……僕を知ってる?」


「確保する。」


「質問に答えてよ。」


「確保する。」


「会話できない人?」


男が地面を蹴った。


速い。


一直線にレオンへ迫る。


しかし、その間へガロスの大剣が割り込んだ。


ガァン!


「ぐっ!」


白仮面の男が吹き飛ぶ。


「俺を無視すんな。」


ガロスが大剣を肩に担ぐ。


「傷つくだろうが。」


残る三人が一斉に動いた。


一人がガロス。


二人がレオン。


連携に迷いがない。


レオンは拳を構える。


「来い。」


胸が高鳴る。


久しぶりの戦闘。


《ドーパミン分泌 14%》


白仮面の拳を避ける。


もう一人の蹴りを腕で受ける。


「っ!」


重い。


そのまま腹へ拳を返す。


ドン!


だが、相手はほとんど動かなかった。


「硬っ!」


「対象の身体能力を確認。」


「現段階では脅威度C。」


「……。」


レオンのこめかみに青筋が浮かぶ。


「なんかムカつくな。」


《ドーパミン分泌 17%》


もう一度。


今度は踏み込む。


拳。


白仮面が受け止める。


「変化確認。」


「身体能力、先ほどより十一パーセント上昇。」


「やはり戦闘刺激に反応する。」


レオンの動きが止まった。


「……知ってるの?」


「何を。」


「僕の力。」


白仮面は答えない。


代わりに、小さな筒を取り出した。


ガロスの表情が変わる。


「レオン! 避けろ!」


プシュッ。


紫色の煙が広がった。


「げほっ!」


レオンは咳き込む。


直後。


ドクン。


心臓が跳ねた。


「……え?」


《ドーパミン分泌 23%》


「何だ……?」


《31%》


何もしていない。


なのに上がっていく。


《44%》


「おい。」


ガロスが異変に気付く。


「何%だ。」


「四十……いや……。」


《52%》


「五十二。」


ガロスの顔色が変わった。


「全員離れろ!」


白仮面たちは逆に動かなかった。


観察している。


「薬剤への反応を確認。」


「予想以上です。」


「投与を継続。」


二本目。


レオンの目が見開かれる。


「やめ……。」


プシュッ。


《63%》


「う……!」


膝をつく。


楽しい。


何も楽しくないのに。


楽しい。


身体中から歓喜が湧き上がってくる。


理由がない。


なのに笑いたくなる。


「は……。」


レオンの口元が勝手に上がった。


「はは……。」


リナが青ざめる。


「レオンさん……?」


「なんか……。」


「すっげぇ気持ちいい。」


《71%》


「レオン!」


ガロスが駆け寄る。


だが白仮面が立ちはだかった。


「邪魔をするな。」


「実験中だ。」


「実験?」


ガロスの目つきが変わった。


「てめぇら……。」


大剣を振り抜く。


「人間を何だと思ってやがる!」


轟音。


白仮面三人がまとめて吹き飛ばされた。


ガロスはレオンの肩を掴む。


「聞け!」


「これはお前の感情じゃねぇ!」


「薬で無理やり作られてるだけだ!」


「分かってる……。」


レオンは笑っている。


「分かってるんだけど……。」


止められない。


楽しい。


嬉しい。


もっと欲しい。


もっと。


もっと。


もっと。


《79%》


「まずい。」


ガロスはレオンを担ぎ上げた。


「リナ!」


「はい!」


「水!」


「え?」


「いいからありったけ持ってこい!」


「わ、分かりました!」


その瞬間。


「必要ありません。」


聞き覚えのない女の声がした。


森の奥。


月明かりの下から、一人の女が現れる。


白い髪。


赤い瞳。


白い外套。


しかし仮面はつけていない。


「第五観測班。」


「下がりなさい。」


倒れていた白仮面たちが一斉に頭を下げる。


「博士。」


ガロスが剣を向ける。


「てめぇがボスか。」


「ボス?」


女は笑った。


「違います。」


「私は研究者です。」


彼女の視線はレオンだけに向いていた。


まるで珍しい生き物を見るように。


「初めまして。」


「レオン・クロード。」


「私はエルメア。」


「あなたという存在を、誰よりも理解している人間です。」


レオンは荒い呼吸をしながら彼女を見る。


《82%》


「僕を……知ってる?」


「ええ。」


エルメアは微笑む。


「あなたが忘れてしまったことも。」


「あなたが100%で失った記憶も。」


「歴代のドパガキについても。」


そして。


一拍置いて告げた。


「あなたの父親についても。」


レオンの笑みが消えた。


「……父親?」


その言葉に何かが反応した。


頭の奥。


閉ざされていた場所。


ズキン!


「うっ!」


記憶が流れ込む。


雨。


誰かの背中。


大きな手。


幼い自分の声。


『父さん!』


男が振り返る。


だが――顔だけが見えない。


『レオン。』


『お前は絶対に――』


そこで途切れた。


「誰だ……。」


レオンが頭を押さえる。


「誰なんだよ……!」


《85%》


エルメアは楽しそうに観察している。


「やはり。」


「記憶刺激でも上昇する。」


ガロスがエルメアを睨む。


「何が目的だ。」


「簡単ですよ。」


エルメアは両腕を広げた。


「人類の進化です。」


「ドーパミンとは、人を行動させる報酬系の一端。」


「期待し、求め、挑み、達成し、また求める。」


「人類がここまで発展できた理由の一つです。」


彼女はレオンを指差す。


「しかし彼は違う。」


「その仕組みを、直接肉体能力へ変換できる。」


「つまり――」


エルメアの瞳が輝く。


「人間の『もっと』という欲望そのものが、彼の力なのです。」


レオンは黙って聞いていた。


「だから我々は呼ぶ。」


「ドーパミンに支配された子供。」


「ドーパミンによって進化する子供。」


「略して――」


「ドパガキ。」


「その略し方、絶対おかしいだろ。」


レオンが即答した。


沈黙。


ガロスが吹き出した。


「ぶっ。」


リナも思わず口元を押さえる。


エルメアだけが真顔だった。


「……古くからの正式名称です。」


「昔の人もネーミングセンスなかったんだな。」


「そこは重要ではありません。」


「僕には結構重要なんだけど。」


ガロスが笑った。


「戻ってきたじゃねぇか。」


「何が?」


「クソガキ。」


レオンは一瞬きょとんとして――。


ニッと笑った。


「誰がクソガキだ。」


その瞬間。


《ドーパミン分泌 86%》


「上がってんじゃねぇか!」


「ガロスが煽るからだろ!」


「俺のせいか!」


「二人とも今それどころじゃありません!」


リナのツッコミが夜の村に響いた。


だが。


エルメアだけは笑っていなかった。


「……やはり異常ですね。」


「何が?」


「歴代のドパガキは、一度100%へ到達すると急激に感情が希薄になる。」


「あなたもそうなるはずだった。」


レオンの表情が変わる。


「でも。」


エルメアはリナを見る。


ガロスを見る。


そして再びレオンを見る。


「あなたは戻り始めている。」


「失った人格が。」


「感情が。」


「記憶が。」


「そんな事例は過去に一度もない。」


ガロスが目を細める。


「つまり?」


「レオンは、歴代とは違う。」


エルメアは静かに答えた。


「あるいは――」


「歴代の誰よりも危険です。」


直後。


村の外から轟音が響いた。


ズドォォォン!!


地面が揺れる。


鳥たちが一斉に飛び立つ。


「なんだ!?」


森の木々が倒れていく。


何か巨大なものが近づいている。


エルメアが振り返った。


初めて、その顔に焦りが浮かぶ。


「まさか……。」


白仮面の一人が叫ぶ。


「博士!」


「第七実験体が収容施設を突破!」


「こちらへ向かっています!」


「第七?」


ガロスが大剣を構える。


エルメアは答えなかった。


森の奥から、それが姿を現す。


三メートルを超える巨体。


人間のような姿。


だが全身の筋肉が異常に膨張し、皮膚の下を青白い光が走っている。


胸には数字が刻まれていた。


《007》


そして。


その顔を見た瞬間。


レオンの呼吸が止まった。


「……え?」


見覚えがある。


夢の中。


燃える世界。


自分によく似た少年。


何度も現れた、あの顔。


成長している。


傷だらけになっている。


それでも間違いない。


「お前……。」


第七実験体がレオンを見る。


虚ろだった瞳に、わずかな光が戻る。


そして口を開いた。


「やっと……。」


掠れた声。


「見つけた。」


レオンの頭に激痛が走った。


『お前は優しすぎる。』


『それでは100%を使いこなせない。』


夢の中の声と、目の前の男の声が重なる。


レオンは震えながら尋ねた。


「誰なんだ……お前。」


第七実験体は笑った。


「忘れたのか。」


「レオン。」


次の言葉で。


ガロスも。


リナも。


エルメアさえも。


動きを止めた。


「俺は――」


男は自分の胸を指差した。


「お前より先に生まれた、ドパガキだ。」


レオンの視界に、新たな表示が浮かび上がる。


《未知の同系統個体を確認》


《ドーパミン分泌 89%》


そして、その下に。


今まで一度も見たことのない文字が現れた。


《共鳴開始》


《第二段階への移行条件を満たしました》


100%が頂点ではなかった。


レオンの力には――


その先があった。

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