英雄は城を抜け出す
「……暇だ。」
王城の客室。
レオンは天井を見上げていた。
「退屈。」
記憶はない。
だが、じっとしているのは性に合わないらしい。
「英雄様、お食事です。」
メイドが扉を開ける。
「ありがとうございます。」
以前なら窓から逃げ出していた少年が、今では礼儀正しく頭を下げる。
「……。」
メイドは少しだけ寂しそうに笑った。
「前のレオン様なら、『肉だけ持ってく!』って言って逃げてましたのに。」
「そうだったんですか。」
「はい。」
「迷惑だったんでしょうね。」
「え?」
「僕。」
メイドは首を横に振った。
「迷惑でした。」
「でも、とても賑やかでした。」
レオンは少しだけ笑う。
「会ってみたかったな。」
「昔の僕。」
その言葉に、メイドは思わず涙ぐんだ。
その夜。
王城・会議室。
国王、セリア、ガロス、王国軍総司令官が集まっていた。
「このまま城へ置いておくべきです。」
「英雄は国の象徴です。」
「違う。」
ガロスが腕を組む。
「檻に入れてるだけだ。」
「だが記憶がない!」
「外へ出せば狙われる!」
ガロスは静かに言った。
「だからこそだ。」
「戦って育つ。」
「それがドパガキなんだろ。」
老人学者エドガーも頷く。
「禁書にもあります。」
『ドパガキは安寧の地では眠る。』
『困難の中でのみ、本来の力を取り戻す。』
国王は深く息を吐いた。
「つまり……旅へ出せ、と。」
翌朝。
「旅?」
レオンは目を丸くした。
セリアが頷く。
「あなたを守るためでもあり、あなた自身が自分を取り戻すためでもあるわ。」
「世界を見てきて。」
「……。」
レオンは窓の外を見る。
知らない町。
知らない空。
知らない自分。
「分かりました。」
「行ってみます。」
その返事を聞いたガロスは鼻で笑う。
「一人じゃ死ぬ。」
「俺も行く。」
「え?」
「勘違いするな。」
「護衛じゃない。」
「監視だ。」
「……はい。」
「あと敬語はやめろ。」
「なんで?」
「気持ち悪い。」
「えぇ……。」
二人は初めて少しだけ笑った。
出発の日。
王都の門には大勢の人が集まっていた。
「英雄様!」
「ありがとう!」
「また帰ってきて!」
子どもたちが花束を渡す。
レオンは少し照れくさそうに受け取った。
「ありがとう。」
「……。」
突然、一人の少年が前へ出る。
十歳くらいだろうか。
「兄ちゃん!」
「俺も兄ちゃんみたいに強くなりたい!」
レオンはしゃがみ込み、少年の頭を優しく撫でた。
「強さって、何だろうね。」
「え?」
「僕も探しに行く。」
「見つけたら教えるよ。」
少年は元気よく頷いた。
「約束!」
「うん。」
約束を交わした瞬間。
レオンの胸が少しだけ温かくなる。
その感情に反応するように、脳内に見慣れた文字が浮かんだ。
《ドーパミン分泌 5%》
「……あれ?」
レオンは立ち止まる。
「どうした。」
ガロスが振り返る。
「今、頭の中に数字が。」
ガロスの表情が変わる。
「戻り始めたか。」
レオンは首をかしげる。
「でも前みたいな高揚じゃない。」
「嬉しかっただけなのに。」
老人エドガーの言葉を思い出す。
『ドーパミンは興奮だけではない。喜び、達成感、好奇心、絆……心が動けば生まれる。』
ガロスは小さく笑った。
「昔のお前は、喧嘩でしかドーパミンを稼げなかった。」
「今のお前は違うのかもしれん。」
その言葉を聞いたレオンは、空を見上げた。
「もしそうなら……。」
「前の僕より、今の僕の方が強くなれるのかな。」
その頃、二人から遠く離れた森の奥。
黒いローブをまとった男女が、水晶に映るレオンを見つめていた。
「始まりましたね。」
「ええ。」
白髪の女が微笑む。
「記憶を失ったドパガキ。」
「これ以上ない実験材料です。」
隣の男が低く笑う。
「今度こそ完成させましょう。」
「完全なるドーパミン生命体を。」
二人の背後には、巨大な培養装置が並んでいた。
その中には、人間とも魔物ともつかない異形の存在が静かに眠っていた。
読んで頂きありがとうございます。
深夜テンションで書き始めましたので気が向いたら更新します。




