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神経研ぎ澄ませすぎも良くない?!

 他の生徒は体育館に集まり始業式が行われる中、一人下校する駿悟。

 少し寂しそうな表情で体育館を見つめながら通り過ぎる駿悟を見て、紗倉が

「みんなと行きたかった?」

「いや、違うんだ。まあ…やっぱり普通の生活は送れないんだなあって、ちょっと思っただけ」

 と駿悟は少し戸惑いながら笑って返事をした。

 

 校門を出る頃には体調が良くなり、少し安心して足取りが軽くなる。


 

 住宅地から少し離れ、数百メートル坂道を上って行くと木々が生い茂る中に古民家が一軒。

 古民家の周りは古い作りの塀に囲まれていて、広い庭になっている。どこか空気が澄んでいて、静かではあるが自然な風に吹かれて葉が掠れる音が心地良い。


「ただいまー」

 カラカラと引き戸を開けて家に入ると、大きい段ボールを抱えている身長の高い顔の整った男がたまたま出迎えた。

「は?!駿悟帰ってくるの早くね?」

「いやぁ朔兄聞いてよ、それが学校でさー…あ、でもこれは師匠を含めて説明したい」

「弥禄さんなら自室で作業中だけど、切羽詰まってなさそうだからこのまま一緒に話に行くか?」

「うん」

 隣に並ぶと駿悟より20cm程背の高い男は、夜崎朔。(よざきさく)

 男っぽい話し方とは裏腹に、見た目は黒髪色白美人でギャップがある。

 

部屋の引き戸の扉をコンコン、とノックし扉を開けながら駿悟が声をかける。

「師匠〜今話しかけて大丈夫?」

「ん…あれ…もうそんな時間、ではないね。どうしたんだい?」

 想像してた新年度の初日とは思えないほど早く帰ってきた駿悟を、少しの驚きと少しの心配な雰囲気が表情から出ているのが、神代弥禄(かみしろみろく)。手作業中の手元を見るための老眼鏡をつけているが、下がった眼鏡の隙間から駿悟を見る。

 アラフィフで年齢相応に顔に皺ある彼は、薄い若草色をした髪で清潔感ある、垂れ目の痩せ型の男である。

 朔も持っていた段ボールを廊下に置いて、弥禄の部屋に入ってきた。


「今日、転校生が来たんだけど、滅多に見ないくらい穢れた霊が2人憑いてて…それでも憑かれてる子は普通に話してたんだよね」

「え゙!そんな状態で意識保ってられることあんの?」

 朔が驚いたのも無理はない。彼らにとって、一般人が穢れた霊に憑かれてて平静を保っていることがあり得ない状態だからだ。

「あまりに穢れすぎて、怖いのに憑いてる人たちをついつい見てしまって、体調が悪くなって帰ってきたんだけど…」

 駿悟が自分の情けなさに小さくなる。


「なるほどね…。見て手に負えないとわかって、無事に帰ってきただけでも良かったよ」

 と弥禄が言うと、少しほっとした表情を見せる駿悟。


「最近は探知能力を上げる修行ばかりだったから、遮断するために霊遮できるようになったらいいかなって思ったんだけど、弥禄はどう思う?」

 駿悟の後ろにいた紗倉が投げかける。


「僕もそう思うよ。修行頑張ってるし、次の段階に行こうか」

「わかりました」

 大きな反応は見せていないが、背筋を伸ばし内心ドキドキな駿悟。

 本来なら、もう少し修行の段階が進んでいても良かった。しかし今の駿悟とは違い、小学高学年の頃は周りに反発して荒れていたため、遅れをとっている。


「でもさ、霊遮できたとして、危なくないか?そんだけ穢れてて、同じクラスで影響ないの?」

 一応兄弟子なので、心配する朔。

「出会した時、私も危ないと思って咄嗟に駿悟の前に出て身構えたんだけど、全く無反応だったの。穢れは酷いけど、自分の意思で周りに影響を与えることはなさそう。だから、あとは駿悟自身の問題かなって話」

 と言いながら、駿悟の顔を覗き込むようにして話す紗倉。駿悟は少し不安そうな表情で紗倉を見上げる。

「確かに数日前から、穢れた空気は察しててね。転校生で引っ越してきたなら、タイミング的にその子かなぁ。けど、今の所悪意を持って何かする感じではないから、適度に距離を取りつつ静観で良さそうだね」

 とサラッと言う弥禄であるが、見えない範囲ましてや街全体の距離感で察知できることは、朔にもできない技。駿悟は、大体学校敷地内くらいの察知能力。彼らと比べるの遥かに格上で、除霊師の看板背負って商売してるだけある。

 

「じゃあ早速手始めに駿悟、表の庭に出ようか。」

 老眼鏡を外しながら、いつまでも柔らかい雰囲気で弥禄が促す。

「んじゃあ俺は、この物販の発送手続きしてくるわ〜」

 朔は置いた段ボールを抱え、廊下を歩いていった。


 転校生の一連のことで不安が拭いきれない駿悟であるが、相反して弥禄は乱れがなく凪いだ水面のように落ち着いている。


 外に出るとまだ陽が高いが、家の周りには木々が茂っていて影ができ、心地いい風が気持ちを落ち着かせてくれる。

 

「さて、今までは探知能力を上げるため、神経を研ぎ澄ませてきたね。それで様々な霊の存在に気づくことができて、解像度が上がることで対処に活かせることができる」

「今の問題点は、神経を研ぎ澄ませて過ぎて、穢れた霊に当てられること。けど、完全に霊遮は危険だと身をもって分かってるね?」

「はい…」

 先の見通せなさから不安が募る駿悟は、微かな声で返事する。

「視覚的には捉えるけど、こちらがそちらのものを受け取る必要はないんだよ。受け取ることで見えなかったものが視えることもあるけど、それは私たちでさえ身を削りすぎるから、それは辞めたほうがいい」

「なるほど…視るけど、受け取らない…」


「…とまあこんな感じ。細かいところは紗倉に聞くといいよ。繰り返しやってみて、感覚掴めたら街で実践してごらん」

と言いながら、弥禄は早々に自室へ戻って行った。


「んーと…わざわざ一緒に外出てきてもらう必要あったのかな」と不思議そうな駿悟。

「できなくないけど、家の物や人でごちゃついてるから、初心者の駿悟が集中して取り組めるようにしたかったんでしょ」

 駿悟の後ろにいた紗倉は、話しながらゆっくりと対面するように移動してきた。

「なるほど…」

 口元に軽く指を曲げた手を当て、しばらく考える。

 時々吹く穏やかな風に、駿悟の赤みがかった暗い茶色の柔らかい髪が、ふわふわと揺れている。

 長い沈黙が続いた。紗倉は大事なものを見るような温かい視線で、駿悟の正面で静かに見守る。

 

「今までは、神経を研ぎ澄ませて霊を察知してた。でもそれをし過ぎると、穢れた霊相手の時は当てられてしまうから『視るけど受け入れない』で対応するってこと?」と真っ直ぐな目で紗倉を見る。

「そうそう」

「うーん、でも何となく感覚が掴めてない…穢れた相手もいないからわかりにくいのかな。もう少し教えて欲しい」

「一つアドバイスするなら、霊を視る時ある種の共感性で霊と通信してるから、それを一方的に遮断していくイメージ」

「私相手にはもう警戒する必要ないから、懐に入れても怖くないでしょ?除霊をする上で霊との対話は必要だけど、穢れた相手に共感しすぎるのは本当に危険だから…視る神経は研ぎ澄ませるけど、心は受け入れないって感じ」

「心は受け入れない…霊遮は遮断で、でも対話するためには完全に拒絶する必要はなくて…」

 考えすぎて悶々とする駿悟。

「対話経験が少ないから、イメージ湧かないかもしれないね。今日視た転校生に付いてた霊は、現世で相当なことをしてるはずだよ。あれらを受け入れる必要は全くない。」

 駿悟はハッとし、紗倉を見つめた。

「深入りしすぎては駄目。相手は穢れまでいってしまった、根性が腐ってる畜生だろう」と。


 目を閉じてイメージする。霊を察知するための神経を研ぎ澄ませつつ、自分の心を守るための遮断。


 キィィン!と駿悟の周りに結界のようなものが現れた。


「できた…!」

「おぉその調子。いいね」

 と紗倉が言いかけたタイミングで駿悟が

「やった!もう怖くない!」

 悶々とした気持ちが晴れ、目線が高くなる。

(…そこ?先が思いやられるな…)

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