初めて彼女の顔を見て
「はぁぁぁあー…」
週明けの朝、寝起きで頭がボサボサになる駿悟。深い溜め息をつき、後ろ向きの気持ちから前屈みになり姿勢が悪いまま廊下を歩く。
週末は修行のため街へ出て、繰り返し霊遮を行った。紗倉からお墨付きをもらい、月曜日から学校へ行っても大丈夫だと言われたものの、先週の恐怖が中々拭えないようだ。
「本当に無理なら途中で帰れば良いよ」と紗倉に言われたが、これ以上短い期間で体調不良が続くと学校生活に支障がありすぎる。できればもっと自信を付けてから挑みたかったが、そもそもその対象が学校にいるので、いつかは挑戦しなければならない。
「おはよー…」
気力が最底辺の駿悟が挨拶しながら居間へ入る。
「おはよう、駿悟。朝食もうできるよ」
朝食の準備をしている弥禄が、振り向いて挨拶を返す。
テンションは上がらないものの、いつもの穏やかな朝食の時間に少しホッとした。
何を言われなくても、自然と食器や飲み物を出して朝食の準備し始める駿悟を、優しい眼差しで弥禄が見つめる。
駿悟にとって、弥禄は親のような存在であるが、親ではない。
その事実に反抗したりギクシャクした時期もあったが、今は温かい眼差しで見守られることを受け入れられるようになった。彼らは家族の一員として、家族でいられるように自然と努力している。
朝食の支度が終わり、食卓には3人分。2人は席に着き
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
普段から、彼らの周りは霊関係のことで落ち着かないことが多いため、大人たちは穏やかでいられる時間を大切にしようと心がけている。
起き掛けの気力最底辺からすこし持ち直した駿悟を見て
「初めてのことで不安も多いだろう。けど、駿悟が努力してきてることを知ってるから、何か形になると信じてるよ」
弥禄の言葉に、はっとして
「うん…」と考え込む。
自分の力を信じきれてないから、弥禄の言葉を鵜呑みには簡単にできないけど、信じてもらえるなら大丈夫な気がしてきた。
「本当に困ったら頼っていいんだからね」
自信ないしヘタレだし、自分のことを嫌になることも多い。けれど、帰る場所、頼れる場所があると確信できることで前に進む勇気になり、魂の奥から力が湧いてきた。
丁度2人が食べ終わる頃に
「おはよ〜ございます…」と駿悟とはまた違った意味で気力が最底辺の朔が起きてきた。
「朝食の準備…ありがとうございます…」
覚醒している時とは違い朝が弱くテンションが低い。いつもの調子に戻るのに少し時間がかかる。食べ終わった2人が立ち上がる様子を見て
「おれ、あと片付けるんで」
「そうかい?じゃあお願いしようか」
「ありがとう、朔兄」
みんな生活リズムが違うので、特に食卓をみんなで囲うことはなく、これが彼らの日常である。
「ぅううう〜〜……よし、大丈夫。大丈夫」
登校する準備ができた駿悟は悶々とするも、自分に言い聞かせて学校へ向かった。
学校へ近づくにつれて徐々に調子が悪くなるのを自覚した。学校の通り沿いに差し掛かるところで立ち止まり、深呼吸。
自分の魂に集中して、霊遮を展開する。
――キィン!
驚くことに不快な気分が一瞬で消え、逆にあったのに消えた事実に少し不安を覚える。心臓の鼓動をいつもより感じながら、校舎へ向かった。
教室へ着き、自分の席で意識を集中させている駿悟。
感覚で間違いなくいる。存在を感じる。段々と近づいてくる恐怖を感じながら、逃げたくても逃げないで耐えている。
「お!おはよー駿悟!今日は元気そうだな!」
「あ、おはよう…」
別のことに気を取られてどこか上の空で返事する駿悟に、彼女が近づいてきた。
「赤月…駿悟くんだよね?おはよう!」
ひょこっと顔を覗かせてたりんねを、初めてちゃんと見た。
(え……?かわいい…)
拍子抜けした。あんなとんでもないものを背負いながら生きてるとは思えないほど、彼女自身が澄んでいるのがわかった。霞んだ桃色の髪、耳の下辺りで小さな三つ編み姿。くりっとした瞳に柔らかい空気感で、愛される雰囲気を纏っている。
「気になって勝手に名前聞いちゃったの。本人のいないところでごめんね」
「いや…全然気にしてないよ。寧ろ折角の挨拶の場だったのに俺の方がごめん」
駿悟の返事を聞いて、ふわっと笑顔になるりんね。
「今日、顔色いいね!体調は落ち着いたの?」
「うん、もう大丈夫」
いつものことだが、気を遣われることに対する申し訳なさで、笑顔で返事するがどこか表情が硬い。
「よかったぁ!」
心からそう言っているのが伝わってきた。
「改めて、よろしくね!」
そういって駿悟の元を離れると、いつのまにか自然とクラスメイトたちに囲われていた。
彼女を観察すると、本当に周りへの気遣いがきめ細かい。相手を大事にして関わっているのがよくわかる。状況的に、そんな場合じゃないと思うんだけど…。
——あんなのを抱えながら、誰よりも周りのことを気遣っている。——
そんな異質な存在の彼女に気を取られて、どこか上の空で一日過ごした駿悟。
昔の嘆いていた頃の自分が恥ずかしくなった。
物心つく頃には実の親はもうすでにおらず、特殊な霊視ができる体質で悩みもあった。何で自分には血の繋がった家族がいないのか。霊視なんて能力なくてよかった。普通の家に生まれて普通の生活をしたかった。自分にはどうすることもできない状況で、中々素直に状況を受け入れられなかった。
けれど、彼女に比べたら全然マシだった。絶望じゃなかった。今できることを最大限に頑張っている彼女。他人と比べて蔑んだり驕り高ぶったりしない。卑屈さなんてまるで無く、全てが上手くいくように、前向きに、全身全霊を尽くす姿が眩しい。
この日、駿悟のりんねに対する見方が変わった。ただ怖い対象じゃない。凛々しさに尊敬する気持ちが芽生えた。
彼女は、この変わることのない苦境をどう乗り越えていくのだろう。




