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邪竜の私ですが、討伐に来たはずの王子がなぜか私を守ると言い出しました  作者: 臼田ゆわ
第一章

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第32話 本命

 アストレイド王国の国境沿いに火の手があがっていた。

 村人たちの悲鳴、馬のいななき、魔物の咆哮。戦場に満ちるそれらの音は決して珍しいものではない。だが、今日の魔物たちの動きは違和感すら感じるほど苛烈だった。

 その場には騎士団を率いる、アストレイド王国騎士団長バルトの姿があった。


「左翼を押し上げろ! 村へ回り込ませるな!」


 バルトは、怒号とともに剣を振るう。大剣が一閃するたび、飛び込んできた魔狼がまとめて吹き飛んだ。飛び散る血も、砕ける牙も、今はただ視界の端を流れていくだけだ。


 街道沿いの村で被害が出ている。

 その報告は事実だった。押し寄せる魔物の数は尋常ではなく、騎士団が展開しなければ、国境の村々はたちまち食い破られていただろう。


 だからこそ厄介だった。

 実際に人の命がかかっている状況だからこそ、違和感を信じて陽動と断じることができないシグルド王子の思いもバルトには痛いほど分かっていたのである。


「バルト団長! 東の柵が破られかけています!」

「弓隊を回せ! 村人の退避を急げ!」

「はっ!」


 騎士たちが走る。

 バルトは大剣を肩で払い、次に飛びかかってきた魔物の首を叩き斬った。


 だが、剣を振るいながらも胸の奥の嫌な感覚は消えない。

 たしかに数は多く、脅威ではあるだろう。

 だが、どこか噛み合っていない。魔物たちは暴れているようでいて、妙に広く散りすぎている気もした。村を潰すならもっと一点に圧をかけてくるはずなのに、群れは被害を広げるように、戦線を引き延ばすように動いている。


「……やはり、きな臭いな」


 バルトは大剣を握り直しながら、思わず低く漏らす。だが、その声は戦場の喧騒に紛れた。

 これは確かに魔物たちの氾濫のように見える、これが脅威なのは間違いない。だが、それで終わる気がしない。

 バルトは押し寄せる魔物を睨み据え、低く息を吐く。


 ここを離れるわけにはいかぬ。

 だが、それでも胸のどこかは別の場所を見ていた。


「若、どうかご無事で」


 目の前に現れる魔物たちとは別に、バルトの心配は王都へと向いていた。



 ***



 王都は静かだった。

 いや、静かすぎる、と言った方が正しいかもしれない。


 評議の間を出たあとも、私は王都の守りを再確認するために城内を歩いていた。門の警備、城壁上の見張り、夜警の巡回。配置は崩れていない。バルトたちが国境側へ向かったとはいえ、王都そのものの守りを空にしたわけではない。 

 それでも、妙な胸騒ぎだけは消えなかった。


 中庭を抜け、城壁沿いの回廊へ出る。

 風が吹き抜け、マントを揺らした。見上げれば空は澄み、王都の街並みも遠目には普段と変わらぬように見えた。

 国境沿いの件に比べ、あまりにも穏やかだ。


「殿下」


 背後から声がかかる。

 振り返ると、近衛の一人が一礼していた。


「巡回の結果、現状異常はありません」

「そうか」


 短く頷きながらも、私はそのまま城壁の外へ視線を向ける。

 異常なし。だが、今夜は何も起きぬ方がおかしい気さえしていた。


 洞窟に残されていた痕跡。

 タイミングを見計らったかのような急すぎる国境の異変。

 共同討伐を当然のように提案した公国の立ち回り。


 あれだけ揃っていて、本命が国境だけだとはどうしても思えない。


「……殿下?」


 近衛が怪訝そうに呼ぶ。


「いや、何でもない」


 そう返した、その時だった。

 ごく僅かに、足元が震えた。


「っ……?」


 地震と呼ぶほどではない。

 だが、石畳の下を何かが這うような、ひどく嫌な揺れだった。ほんの一瞬で収まったものの、近衛も明らかに顔色を変えている。


「殿下、今のは……」

「……分からん」


 だが、分からないでは済まされない予感がした。


 私はすぐに回廊を離れ、城の中枢へ向かう。

 その途中で、今度は遠くから鐘の音が響いた。

 警鐘だ。


 異常を知らせる音が王都へ広がっていく。廊下の先で兵たちが一斉に動き出し、伝令が駆け抜ける。たった今までの静けさが嘘みたいに、城の空気が一瞬で戦時のものへ塗り替わった。


「殿下!」


 伝令の騎士が息を切らして飛び込んでくる。


「王都南門付近にて魔物の群れを確認! さらに東の外壁沿いでも同時に出現との報告が!」

「数は!」

「不明! ただ、見張りの報告では一群ではありません、複数方向から――」


 そこで私は歯を食いしばった。

 国境は本命ではなかった、おそらく最初からこちらだったのだ。


「……やはり、こちらが本命か」


 思わず漏れた声は、自分でも驚くほど低かった。

 共同討伐で戦力を割いた。

 その隙を見計らったように王都へ複数方向から魔物が押し寄せる。これが偶然であるはずがない。バルトに先鋒を任せ王都に後詰として王都に残った判断は少なくとも、間違っていなかった。

 そうでなければ、この急襲に誰が対処していたか分からない。


「殿下、ご命令を!」

 

 私はすぐに顔を上げた。


「南門と東壁へ増援を回せ。城内待機の騎士は半数を南へ、残りを東へ振り分けろ」

「はっ!」

「市街地へ伝令を出せ。住民は主要区画へ避難、門を突破させるな」

「わかりました!」


 騎士が走り去る。


 私はその場で立ち尽くしている暇もなく、地図の広げられた執務室へ向かった。扉を開けると、すでに数人の近衛が集まりつつある。


「殿下!」

「話は聞いた、状況は?」

「第一波と接敵中です! 魔物は狼型を中心に、さらに大型の個体も混在していると!」

「南と東を中心に北にも目撃報告あり、兵たちには門を閉じて防衛にあたらせています」


 報告を聞きながら、私は机の端へ手をついた。


 数が多い。しかも一方向ではない。一点突破ではなく、王都全体へ圧をかけるような出方だ。戦力が薄くなったところへ、最悪の形で叩き込まれた。

 だが、だからといって崩れるわけにはいかない。


「わかった。私も出よう。お前達も各門の守備にあたってくれ」

「はっ!」


 命令が飛ぶたび、兵たちが散っていく。

 王都を抜かせるわけにはいかない。

 ここで崩れれば、国境で戦っている者たちも無駄になる。離宮に残した者たちも危険に晒すことになる。

 扉の外へ出ると、寸刻前の静けさが嘘のように争いの騒がしい音が聞こえ始めていた。遠くで火が上がっているのが見える。南門の方角だ。


「南は市街地が近い、我らもいくぞ」


 近衛を伴い、私は駆け出す。

 階段を下り、中庭を抜ける。その途中で、再び足元が震えた。今度はさっきよりもはっきりと。地の底で何かが脈打つような、龍脈そのものが軋むような嫌な気配を私は強く感じた。


「……っ! これは……?」


 私は思わず立ち止まり、石畳へ視線を落とす。

 ただの襲撃ではない。

 王都そのものの内側で、何かが起きているかのような違和感を覚える。


「殿下!?」

「いや、行くぞ。だが、地下水路と旧井戸の周辺も確認させろ。何か仕込まれている可能性がある」


 そう言うと、近衛たちが一瞬だけ息を呑んだ。

 だがすぐに理解したように頷く。


 再び走り出す。

 南門に近づくにつれ、咆哮と悲鳴がはっきり聞こえるようになった。


 門前の広場へ出た瞬間、火の粉が風に舞った。

 城壁の上から火矢が放たれ、その赤い軌跡が空を裂いている。門外には魔物の群れ。狼型、猪に似た姿など明らかに異常さを感じさせるような複数の魔物が殺到していた。


「数が……!」


 思わず近衛の一人が呻く。


 数が多すぎる、想定を超えた襲撃に兵士たちも動揺する。

 近年は治世が安定しており魔物の襲撃などは小規模なものにとどまっていた、しかしそれとは比べ物にならない襲撃規模を目の当たりにし、私も息を呑んだ。


 それでも兵たちは踏みとどまっていた。門前へ殺到しようとする魔物を押し返している。だが、このまま数で押し込まれれば長くは持たない。


「殿下!」


 現場指揮を執っていた隊長が駆け寄る。


「南門で敵は防いでおり、門内にも騎士たちの防衛線を引いております」

「ただ、魔物の湧き方が異常です、まるで引き寄せられているかのように――」


 その言葉に、私は鋭く顔を上げた。

 引き寄せられている。北の村のことを思い出す。

 繋がるものを考えれば、答えは一つしかなかった。


「……龍脈か」


 王都は龍脈の流れの上に建国された国だ。離宮からの支流が流れており国家全体が龍脈をまたがるように作られている。それを知るものは少ないが、リィネとの繋がりを得たシグルドはそれを痛感していた。

 だからこそ、この異常の原因にもすぐ理解が及んだのだ。


 違和感と原因に気が付き考えを巡らせていた時だった。


 南門のからは大きな音が響く。補強された木の大扉にヒビが入る。

 それを見た兵士が驚いたように叫ぶ。


「門が……! 破られるぞ!」


 城壁の上から外に矢を放っていた弓兵がこちらに向かって叫ぶ。


「異様な大型の魔狼です! 壁にも取りつかれ――」


 そこまで叫んだかと思った次の瞬間、その弓兵は壁の下から現れた魔狼によって押し倒される。

 異常な数が殺到したことにより壁に取り付いて乗り越えてくる魔物が現れはじめたのだ。死体を積み重ね、城壁を超えるための足場にして迫ってくる。


「くっ……。殿下、ここは危険です。城までお下がりください」


 一匹、二匹。

 魔物が次々と壁を乗り越えてくる。

 門のきしみは大きくなり、裂けた穴の向こうでは、外の群れが濁流のようにうねっていた。

 しかし、私は引くつもりはなかった。ここを抜かれればいずれにしても王都への大きな被害が出ることは明らかだった。

 南外門を抜け、内門を通り、市街地を超えれば王城へとつながる。大きな被害を防ぐには内門までの間に抑え込まねばならなかった。


「内門まで抜かせるな、敵を押し返す! 近衛は私に続け!」

「隊長、王都への内門を閉じろ。前衛は門前に守備陣形を取らせ、槍隊はその後ろへ。弓隊は城壁へ登らせろ」


「で、殿下!?」

「殿下、自ら前へ出られるおつもりですか!」

「ここを割らせれば終わりだ」


 短く言い捨て、そのまま前線へ踏み出す。

 兵たちの間を抜け、最前へ。戦場と化していた外門へ踏み入れる。

 飛びかかってきた狼型を横薙ぎに断ち切る。返す刃で二体目の喉を裂き、さらに押し寄せる群れへ踏み込んだ。

 騎士に飛びかかろうとする魔狼を銀の一閃で両断し、退路を確保する。


「殿下!? 助かりました。ですがここは危険です!」

「よく耐えた、だがここは捨てるぞ!」

「外門の騎士たち、内門まで下がれ! 私が切り開く!」


 声を張り上げると、兵たちの声が重なる。

 私が切り込んだことで退路を確保し、外門まわりで孤立していた部隊と合流することができた。お互いをカバーしながら内門での防衛線を再構築するために奮闘する。


 まだ持ちこたえられる。

 だが、それがいつまでかは分からない。


 遠く、離宮の方角を思う。

 リィネたちはまだこの異変に気づいていないだろうか。いや、龍脈に敏いあの二人なら、もう何かを感じ取っているかもしれない。


 リィネの無事を確かめたい。

 だが、今は目の前の濁流を押し返すしかない。

 せめて、この異変が離宮にまで届いていないことを願いながら、私は再び剣を振るった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


もし

「リィネとシグルド、ちょっと気になるな」

「続きも読んでみたいな」

と思っていただけたら、↓の評価(★★★★★)やブックマーク、感想やリアクションなどで応援していただけると嬉しいです。


皆さまからの反応は、執筆を続けるうえで大きな力になっています。

これからも楽しんでいただけるよう更新頑張ります。

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