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邪竜の私ですが、討伐に来たはずの王子がなぜか私を守ると言い出しました  作者: 臼田ゆわ
第一章

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第31話 受けざるを得ぬ提案

 リィネたちをシャリーに任せ、私はひと足先に王都へ戻っていた。 


 離宮で刃が交わったあとに、同盟国として同じ席へ着かねばならない。

 それだけでも十分に不快だというのに、今は国境沿いの村々に被害が出ている。疑っているから動かない、という選択は取れない。

 この状況そのものが、すでに相手の狙い通りなのだろう。


 そんな考えを巡らせながら、王都の城壁が見え始めた頃に私は一度だけ後方を振り返った。

 離宮にはリィネを残してきた。同行を許さなかったのは当然の判断だった。離宮襲撃の直後であり、公国の狙いがいまだ彼女へ向いている以上、なおさらだった。

 それでも、洞窟からの帰り道に何度かリィネの表情が脳裏を過った。


 かつての居場所だった場所を前にして、懐かしさより違和感を覚えていた顔。

 そして、また答えを持ち帰れなかった悔しさを、飲み込もうとしていた顔。


 あの少女は思っている以上に、自分の感情を胸の内へ押し込める。明るく振る舞っているぶん、なおさら厄介だ。


 王都の門をくぐると、すでに伝令が走り回っている気配があった。

 平時のざわめきではない。兵たちの足取りは速く、その顔にも落ち着きがない


「殿下!」


 近衛兵のひとりが駆け寄ってくる。


「お待ちしておりました。陛下とバルト団長、それに公国側の方々もすでに評議の間へ」

「……やはり来ているか」


 近衛兵の報告を聞きながら少し考えを整理しつつ、評議の間へ向かった。

 扉の前で足を止める。呼吸を整え、顔から余計な感情を削ぎ落とす。


 いま必要なのは怒りではない。判断だ。

 扉が開かれる。


 室内にはすでに主要な面々が揃っていた。

 王座の近くには王。重臣たち。バルト騎士団長。机の向こう側にはグスタフ、そしてその隣にユリアン王子。


 視線が一斉にこちらへ集まる。


「失礼、遅くなりました」


 私が一礼すると、王が頷いた。


「戻ったか、シグルド」

「えぇ、国境の件について詳細をお聞きできますか」

 

 王が短く頷くと、グスタフが一歩進み出た。


「国境沿いにて魔物の異常発生が確認されました。すでに街道の村々にも被害が出ております」


 その声音は落ち着いていて、あくまで同盟国として事態を共有する者の顔をしていた。

 その平然とした態度が、かえって不快だった。


「我が公国側でも洞窟周辺の異変と関連がある可能性を重く見ております。ゆえに、アストレイド王国との共同討伐を提案したく存じます」


 ――共同討伐。

 口にしている内容だけ見れば、正論だ。

 実被害が出ている以上、同盟国が協力を申し出るのはむしろ当然ですらある。


 だから厄介なのだ。


「随分と動きが早いな、グスタフ殿」


 私が言うと、グスタフは薄く笑った。


「被害が出ておりますので。迅速な対応こそが民を守る道かと」


 白々しい男だ。その言葉を飲み込まずに済むならどれだけよかったか。

 だがここで感情を表に出せば、被害を前に足を止める王子に見えるだけだ。


「きな臭いですな」


 そんな私の考えを察したのか、低く口を開いたのはバルト騎士団長だった。

 武骨な顔に皺を寄せ、まっすぐグスタフを見る。


「街道の件に続き、今度は国境沿いですか」

「しかも公国側は、ずいぶん早うから動いておられるようだ。なぜそこまで先んじて察知できたのですかな」


 室内の空気がぴりつく。

 だがグスタフは笑みを崩さない。


「疑念はもっとも。ですが、我らは同盟国として為すべきことを為しているに過ぎません」

「それとも、魔物被害を前に足を止められますかな?」

「……無論、我らも対応するつもりだ」


 私が答えると、バルト騎士団長は小さく息を吐いた。

 彼も分かっているのだろう。怪しい。だが、被害が現に出ている以上、拒否しきれない。

 王が口を開く。


「共同討伐は受ける。だが、王都の守りを空にするわけにはいかん」


 その言葉に、私は内心で頷く。

 もっとも重要な前提だ。今の私は、国境よりもむしろ王都側に嫌な気配を感じている。


「バルト」

「はっ」

「先鋒を任せる。国境沿いの村々の救援と、魔物群の撃滅を優先せよ」

「御意」


 迷いのない返答だった。

 バルト騎士団長の目にも同じ警戒はある。だがそれでも現場へ出るべきだと判断したのだろう。


「シグルド」


 王の視線がこちらへ向く。


「お前は王都に残れ。後詰めとして都の守りを預かれ」

「承知しました」


 我が王の判断、それは最も妥当な判断のように思えた。

 共同討伐を受けつつ、王都の守りは残す。怪しさを感じている以上、都を空けるべきではない。


 だが――それでも戦力は割かれる。


 グスタフの視線が一瞬だけこちらをなぞる。

 その目に何が宿っていたのかは読み切れなかった。だが、少なくとも不満の色は見えない。そこがまた不気味だった。

 その時、不意にユリアン王子が前へ出た。


「事態は承知した。そのうえで我らは独立遊軍として動かせてもらうぞ、グスタフ」


 場の空気がわずかに揺れる。


 グスタフがゆっくりと視線を向けた。


「本隊には同行されないおつもりですか?」

「そちらの本隊に完全に組み込まれるつもりはない」


 ユリアンの声音は静かだったが、そこには明確な線引きがあった。


「これ以上、知らぬところで好き勝手をされてはかなわんのでな」


 その一言が意味するところを、この場の何人がどこまで理解したかは分からない。

 離宮襲撃の件を、ユリアンはまだ引きずっている。いや、引きずるどころか明確に不信を抱いているのだろう。

 グスタフは一拍だけ置いてから、恭しく一礼した。


「承知いたしました。殿下のお望みのままに」


 表面上は従う。

 だが、その声音にはわずかな棘があった。


 ユリアンもそれを無視するように顎を引く。

 この二人の間に、すでに見えない亀裂が走っているのは明らかだった。


 私はその様子を見ながら、心の中で短く整理する。

 ユリアンは完全には敵ではない。だが、まだ味方とも言い切れない。独立遊軍。その言葉は後でどう転ぶか分からないが、少なくともグスタフの思い通りに動くつもりはない、という意思表示としては十分だった。


 協議はその後、出立の時刻や物資の配分、街道封鎖への対応など実務的な話へ移っていった。

 だが私の意識は、半分ほど別のところに向いていた。


 洞窟に残された公国側の何かの痕跡

 国境の魔物の急増、公国の素早すぎる対応。

 そして、タイミングの良すぎる公国側の介入。

 嫌な要素ばかりが重なっていく。


 会議が終わり、各々が散っていく中で、バルト騎士団長が私の傍へ寄った。


「若」

「なんだ」

「国境の件、どう見ても臭いますな」

「あぁ、怪しいな。だが――」

「はい、行かぬわけにもいかん。というわけですな」

「ああ」


 私が頷くと、バルト団長は武骨な顔のまま口元を少し緩めた。


「なら、こっちは任せてくだされ。若は都を見ておってください」

「そちらこそ、深入りはするな」

「わしにそれを言いますか」


 短い冗談めいた返し。だが、その奥にあるのは長年の信頼だった。


「……無茶をするなら、生きて戻る前提でしろ」

「わかっております。では――」


 バルト団長はそれだけ答え、一礼して離れていく。

 私はひとり、評議の間に残された。


 窓の外では、王都の夕暮れが静かに色を変えている。

 あまりにも穏やかで、これから何かが起きるとは思えないほどだった。

 だが、そういう静けさほど信用できないことを、私はもう知っている。


 じりじりと公国のペースに巻き込まれているような気がして嫌な予想ばかりが頭に浮かぶ。だが今は出来ることをするしかない。前衛はバルトに任せ、王都を中心とした守りを私が固めなければならない。

 胸に残る焦燥を押し殺しながら、私は評議の間を後にした――。



 ***



 王都の地下深く。

 誰の目にも触れぬ古い水路跡には、離宮の龍脈から枝分かれした流れが、ひそかに走っていた。


 人の気配はない。

 だがその流れに沿うように、見覚えのある黒い楔が静かに脈打っている。

 石壁に刻まれた古い紋様の隙間を縫うように、じわじわと重苦しい空気が広がっていく。


 それは生き物の呼吸のようでもあり、大地の鼓動のようでもあった。


 ――だがその異変に気づく者は、まだ誰もいない。

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