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邪竜の私ですが、討伐に来たはずの王子がなぜか私を守ると言い出しました  作者: 臼田ゆわ
第一章

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第29話 繋がる異変

「思っとったより、ずっとヤバいことになっとる」


 離宮のに帰ってきたフェン様は、いつものようなゆるい雰囲気や笑みを浮かべていなかった。白銀の毛並みは相変わらず綺麗だし、見た目だけならどこかへふらっと散歩にでも行っていたみたいに見える。だけれど、その目だけは違う。どこか険しくて、なんだか焦っているようにも見えた。


「フェン様、何があったの?」

「せやから今から話すんや。ちょいと長なるで」


 いつもの軽口っぽい言い方ではあったけど、そこに混じる緊迫感はごまかしようがなかった。シグルド王子もすぐに窓辺へ歩み寄る。


「こちらも色々あったところだ、フェン殿。シャリーも呼ぶ」

「ん、そうしてや。ウチもさすがにちぃと疲れたわ」


 そう言いながら、フェン様は軽やかに窓から室内へと飛び込んできた。私たちはシャリーさんと合流し、は離宮の広間へ場所を移した。

 シャリーさんやシグルド王子が集まった離宮の広間で、フェン様が静かに口を開く。


「整理するで、最近の状況が怪しいからウチも自国に戻って探ってきたんや」

「ウチが戻ったんは、アストレイド王国よりもっと北。シルスレイド教国ちゅうとこや」

「教国?」


 思わず聞き返すと、フェン様はちらりとこちらを見た。


「リィネ、あんたには前に話したんやけど忘れたんかいな!」

「う、ご、ごめん……」

「はぁ。まぁええわ。そこは龍を神の使いとして信仰しとる国や。聖竜が住まう霊峰を中心にできた国でもあるちゅうわけやな」


 そう言われて、私はぱちぱちと瞬いた。


「え、じゃあフェン様って……」

「ウチは聖竜やって言うとったやろ、こう見えてだいぶ偉いねんで」

「自分で言うんだ……」


 私のツッコミは聞こえてない振りをしてフェン様は説明を続ける。


「んで久々に戻ってみたら、礼拝所から血の匂いが漂っとったわけや」


 その一言で、室内の空気が変わった。

 私は背筋を伸ばす。シグルド王子もシャリーさんも険しい表情で黙って続きを待っていた。


「ウチの信徒たちが倒れとってな、瀕死の奴もおったわ。話を聞いたら見たこともない兵士どもが突然押し入って、霊峰のほうへ向かった言うとった」


「霊峰……それは」

「ウチの本体がおる場所やな。この姿はいわゆる使い魔みたいなもんや。霊峰には聖竜としての肉体が寝てるちゅうわけや」

「ちょっと待って、それってつまり、フェン様のところを直接狙いに……?」

「そういうことやな」


 私は思わず息を呑んだ。アストレイド王国近辺で起こった謎の一連の事件や関与についてはあくまで局地的なもののように思っていた。

 実際に、洞窟に異変があって村にも楔が見つかったりと異変はこのあたりばかりで見つかっていたから。

 でも、今度は北の聖地まで狙われたという。なんだそれ。規模感が急におかしくない?


「霊峰へ向かったら、顔を隠した兵どもがおった。数は十以上。んで、見覚えのある魔具を持っとった」

「……楔か」


 シグルド王子の声が低くなる。


「せや。村で見つけたもんと同じやつやった」

「あいつらは聖竜を消して、龍脈ごと自分たちのものにすると言うとったな」

「えっ……」


 あまりにもあっけらかんとした言葉に、逆に現実感がない。

 でもフェン様は冗談を言っているわけじゃない。聖竜を殺して龍脈ごと奪おうとした? つまりアストレイド王国近辺と同じことを起こそうとしている……?


「んで、連中の正体やけどな」

「その魔具と装備から、エーデルシュタイン公国の連中やと見て間違いないと思うで」


 その言葉に、シグルド王子の眉間に深い皺が刻まれる。


「公国が、北方の教国にまで手を伸ばしていたのか」

「せや、ウチまで狙うんやで。もはや隠す気あるんか言いたいぐらいや」


 フェン様は吐き捨てるように言った。

 シャリーさんが静かに口を開く。


「そこまで露骨な行動に出るということは……かなり切迫しているのでしょうか」

「そこや」


 フェン様はシャリーさんの言葉に頷いて続ける。


「連中、龍脈の知識を持っとる。せやけど中途半端や。聖竜相手に戦えると思てたあたり、全部を分かっとるわけやないやろな」

「せやから気味悪い。公国だけの知恵とは思えへんのよな」


 その一言は薄っすら分かっていたことの輪郭が見えてきたようだった。

 公国が怪しい。それはもう、みんな分かっていたと思う。でも、そこにさらに別の“何か”がいるかもしれないと言われると、今までの全部が急に底知れなく思えてくる。


「……つまり」


 私はゆっくりと口を開く。


「村も、離宮も、北の教国も、ぜんぶ公国で繋がってるってこと?」

「可能性は高いな」


 シグルド王子が答えた。


「こちらで起きたことも、フェン殿には話しておくべきだろう」

「なんや?」

「離宮はすでに襲われた。リィネも狙われている」

「なんやて!?」


 フェン様は驚いたようにシグルド王子を見つめる。かと思えば私をじぃっと見つめながら私のまわりをキョロキョロと歩き始める。


「な、なに? フェン様」

「怪我とかせんかったか? 大丈夫かいな」

「私は平気、でもシャリーさんが」


 フェン様はシャリーさんを見つめて首元の包帯を見て察したようだった。


「いえ、私はリィネ様たちに助けていただいたので無事です」


 フェン様はシャリーさんの首元の包帯を見ると、何も言わずに近づいた。

 そっと手を触れると次の瞬間、やわらかな光が傷口を包み込んだ。


「これは……?」

「癒しの魔法や。これでだいぶ楽になるはずやで」

「……それは、ありがとうございます。さすがフェン様ですね」

「だいたい事情は察したわ。王子もシャリーはんもリィネを守ってくれてありがとうな」


 フェン様はシャリーさんとシグルド王子を見つめるとペコリと頭を下げた。シャリーさんとシグルド王子は気にするなといった温かい表情でフェン様を見つめている。

 ここまで出揃った話を再び考え始めた時、シグルド王子も同じように考えていたようで考え込みながら口を開く。


「フェン殿の話もそうだが、同種の魔具が複数地点で使われている以上、偶然で済ませるのは無理だろう。奴らの調査に乗り出さねばならない」


 私は膝の上で手を握ってこれまでの出来事を振り返っていく。そもそもなんでこんな風になっていったんだろう。私はただ洞窟でお昼寝を楽しめていれば良かっただけなのに。

 ……ん?


「――洞窟」


 気づけば、口からその言葉が零れていた。

 シグルド王子とフェン様の視線がこちらへ向く。


「ねぇ、洞窟ずっと変だって話してたよね。私のいた洞窟なのに、何が起きてるのか分かんなくて……ずっと曖昧なままだった」


 今になって思えば、全部の始まりみたいな場所なのにそこだけずっとよくわからない状況が続いている。公国は洞窟について詳細を知らなかったはずなのに今では調査を名目に占拠しているらしい。

 彼らの主張も手元に揃ったピースから考えると、あまりにも不自然だった。


 シグルド王子はしばらく考え込むように黙っていた。

 それから、静かに言う。


「……そこを調べねばならないようだ」

「ここまで異変が繋がるなら、洞窟を放置するわけにはいかない」


 私は顔を上げる。

 シグルド王子は、まっすぐ前を見たまま続けた。


「公国が何を隠していようと、こちらで確かめるしかない」


 その言葉に、胸の奥がざわつく。

 ずっと帰りたいと思っていたはずなのに、今は少し違う。色々な出来事のせいで、あそこはもうのんびり寝ていられる場所じゃないのかもしれない。むしろ全部の謎が詰まった場所のようにすら思えてきた。

 でも、だからこそ確かめないといけないと思った。


「私も行く」


 不意に飛び出した私の言葉にシグルド王子は驚いたようにこちらを見つめる


「リィネ、だが君は龍脈のせいであそこには……」


 シグルド王子が心配を話そうとしたところで、フェン様が鼻を鳴らす。


「そこは大丈夫や。離宮の龍脈に馴染んだおかげで、少しぐらいなら洞窟へ戻っても耐えられるやろ」

「長居は勧めへんけどな」

「うん、前みたいに魔力がカスカスな感じもないから大丈夫だと思う」


 私の言葉に小さく頷いたフェン様は、シグルド王子に向いて言葉を続ける。


「それにや、王子はん」

「ここまで来て、まだ様子見しとる場合やあらへん。北の件も、村の件も、根っこが同じなら叩くしかないやろ」


 洞窟にいくのは良いけど、一つだけ気になったことが合った。


「でもさぁ、公国がいるなら強行調査ってことだよね……?」

「ああ」


 シグルド王子が頷く。


「公国側に正式な許可を求めたところで、まともな返答は期待できない。こちらで動く」


 言い切ったその声には、王子らしい強い決意があった。そんな私たちを横で見ていたシャリーさんはふふと小さく笑ったかと思うと小さく言葉をもらした。


「ふふ、王子の無茶にもみなさん慣れてきましたね。いずれにせよ、もう後戻りはできないみたいですから」


 なるほど、シャリーさんがこれまでに見てきたり感じてきた流れはこういうことなのかもしれない。たぶん本当にそうなのだ。でも、そこには王子の確固たる意思や決意があるからこそみんなも納得できるのだろう。

 ここまで来てしまったら、もう“なんとなく怪しいまま”ではいられない。


「わかった。洞窟の強行調査を進める。準備は急ぐべきだろう」

「せやな。向こうが出し抜く前に動いたほうがええ」

「……うん。行こう、洞窟へ」


 帰りたいと思っていたはずの場所が、今は得体の知れないものに思える。

 それでも、確かめなければならない。


 私たちは窓の外、その先にある洞窟の方角を静かに見つめた。



 ***


 エーデルシュタイン公国執務室にて、グスタフは難しい顔をしながら部下の報告に耳を傾けていた。離宮襲撃失敗の報告を受けてもグスタフは怒鳴らなかった。

 ただ静かに、報告役の男を見下ろしていた。


「……ユリアン殿下が、ですか」


 その声音は穏やかだった。だからこそ、報告役の男は余計に顔色を失う。


「は、はっ……。離宮へ向かった我らの部隊に介入され……術士の確保には失敗を……」

「そうですか」


 短い返事だった。

 グスタフは机の上に置かれた地図へ視線を落とす。王国。国境線。洞窟。王都。そして龍脈を表しているのか竜のコマのようなものが置かれている。


「想定より少し早まりましたが、問題はありません」


 誰にともなく呟いたかと思えば、手元のコマをアストレイド王国へと進める。そうしてグスタフはゆっくりと口元を歪めた。


「前倒しといたしましょう」

「魔物どもも、そろそろ使い時ですしね」


 グスタフの威圧感に、報告役の男が息を呑み身構える。


「龍脈も準備を進めなさい。すべては公国のために」

「はっ! 公国のために――!」


 慌てて部屋を駆け出していく報告役の男の背中を見送ったグスタフは、ちらりと窓の外を見つめる。どこか不安を掻き立てるような闇夜にグスタフは小さく微笑む。


 ――静かに、確実に新たなる局面が近づいていた。

 


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