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邪竜の私ですが、討伐に来たはずの王子がなぜか私を守ると言い出しました  作者: 臼田ゆわ
第一章

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第27話 保留の信頼

 暗殺者たちが倒れる部屋の中、剣を構えたユリアン王子を見つめるシグルド王子。

 張り詰めた空気の中、先に動いたのはシグルド王子だった。


「……ユリアン王子」

「あなたの仕業か」


 王都近郊の不審な集団に騎士団を引きつけられ、その間に離宮が襲われた。

 シグルド王子からすれば、これを単なる偶然だと片づけるはずがない。しかも、その場に公国の王子が立っているのだ。疑うのは自然だった。

 ユリアン王子はすぐには答えなかった。剣を向けるシグルド王子を静かに見返している。その沈黙が、かえって緊張を濃くした。

 シグルド王子の剣先が、わずかに持ち上がるを見て、私は反射的に一歩前へ出ていた。


「違う!」

「ユリアン王子は助けてくれたの! シャリーさんや私を」


 ――だから剣を収めて

 そこまで言いかけて、私は言葉に詰まった。シグルド王子の表情は、まだ硬いままだった。

 でもその剣先は、さっきよりほんの少しだけ下がっている。


「……リィネ、無事でよかった」


 王子が私の名を呼ぶ。


「そして、今のは……本当なのか」

「本当だよ」


 私は強く頷いた。


「暗殺者たちを止めてくれたのはユリアン王子。この人がいなかったら危なかった」


 そこまで言うと、シグルド王子は短く息を吐いた。

 すぐに完全に警戒を解いたわけではない。だが、少なくとも私の言葉を無視するつもりはないらしい。剣をゆっくりと下げながら、シグルド王子の視線が私の後ろにいるユリアン王子へと移る。


「ユリアン王子、一体何があったのか説明していただきたい」

「……少なくとも、私の仕業ではありません」


 きっぱりとした言い方だった。


「離宮へ向かう不審な動きを掴み、追ってきただけです。おそらくはグスタフ配下の者たちでしょう」

「グスタフ殿の……?」


 グスタフの名前が出た瞬間、さっきまでの緊張とはまた別の冷たさが場に広がった気がした。

 エーデルシュタイン公国の大臣。洞窟の件からずっと不穏な気配を纏っていた男。ユリアン王子がここまで言うということは、彼の独断がかなりのところまで明らかになっているのだろう。

 ユリアン王子は倒れた暗殺者たちへ一瞥をくれる。


「えぇ、この者たちは術士を狙っていた」

「あのグスタフがここまでして彼女を狙うのには、重大な理由があるはずでしょう」


 ユリアン王子の声は低かった。

 責めるための声音ではない。ただ、真実を見極めようとする王子の声だった。


「違いますか、シグルド王子」


 ユリアン王子の言葉は、ただ純粋な質問ではないことわかった。まるでシグルド王子がどう答えるかを試しているかのような、そんな重苦しい言葉のように感じられた。

 シグルド王子はすぐには答えなかった。

 部屋の荒れた様子を一度見渡し数秒だけ沈黙したあと、ゆっくりと私へ視線を向ける。


「……リィネ」


その呼び方だけで、胸の奥がきゅっと縮む。


「君にも関わることだ、話してもいいだろうか」


 短い問いだった。

 でも、その一言に込められた意味は重い。シグルド王子は自分一人で決めようとしていない。私のことを最大限尊重しようとしつつ、私の意思も確認してくれている。

 そんな思いが嬉しくもあり、そして難しくもあった。


 本当のことを言えば、もう後戻りはできない。

 ユリアン王子は公国の王子だ。今日私たちを助けてくれたとしても、明日には敵に戻るかもしれない。邪竜だと知った瞬間に、ここまでの全部を撤回してこちらを狙ってくる可能性だってある。


 ――でも。

 倒れた暗殺者たちや、危険な目にあったシャリーさんを助けてくれた。

 それは、間違いなくあの場で私たちを守るために剣を振るったユリアン王子のおかげでもある。そんな彼にここまで来て、まだ何もかもを隠し通すのは違う気もしたのだ。


「……うん」


 シグルド王子の目が、ほんの少しだけやわらぐ。そして王子は、ユリアン王子へ向き直った。


「ユリアン王子、彼女は術士ではない」


 部屋の空気がぴたりと止まった気がした。心がざわつくような気がしてユリアン王子の瞳がわずかに揺れるのがわかる。


「彼女は、邪竜だ」

「……訳あって、今は人間の姿をしているがな」


 その一言は、重く、まっすぐな言葉として部屋に響いた。

 ユリアン王子が目を見開く。驚愕が顔にはっきり浮かぶのを、私は初めて見た。


「……邪竜?」


 信じがたいものを反芻するような声だった。ユリアン王子は私を見つめながら考え込むように黙り込む。私は逃げずに、その視線を受け止める。


「えぇと……はい。私が討伐対象の邪竜です」


 言葉にすると、あらためて変な感じがした。だって本当に、普通に考えたらおかしいよね。王子の離宮に住んでるのが邪竜ってどんな状況なんだろう。

 でも、もう冗談みたいに笑って誤魔化せる話じゃない。そしてユリアン王子も私とシグルド王子の雰囲気からこれが嘘ではないことを察したようだった。

 ユリアン王子は私とシグルド王子を交互に見た。


「アストレイド王国は、邪竜を……匿っているというのですか」


 その声には怒りよりも、困惑と衝撃が色濃く混じっていた。


「正気の沙汰とは思えない」

「それはそうだろうな」


 シグルド王子は否定しなかった。


「私も最初はそう思った。だが、洞窟で彼女と出会い、話を聞き、彼女の振る舞いを見て、考えを改めざるを得なかった」

「彼女を災厄と決めつけて討つべきだとは、どうしても思えなかった。邪竜にまつわる話が捻じ曲げられているように思えたからな」


 その言葉を聞いて、胸の奥が小さく震える。ユリアン王子はまだ信じきれないような顔をしていた。

 けれど、その目には明らかに迷いが生まれているようにも見えた。


「村で術士の協力を得たという話は――」

「えっと、それも私だよ……です」


 私は自分の胸元を指さしながら答えた。


「村を襲ってきた魔狼をブレスで吹き飛ばしたんだよね」


 そこまで言うと、ユリアン王子の視線が床の焦げ跡へ落ちる。

 そういえば、さっきのブレスで離宮の床がちょっと焦げていたみたいだった。威力は調整したけどやっぱり難しいなこれ。


「……なるほど」

「さきほどあなたを守ろうと立ちふさがった彼女が、邪竜で驚かれたか?」


 シグルド王子、いじわるな言い方をするなぁ。あんなに殺気立てて王子同士が向かい合ってたらそりゃ誰だって止めたくなるでしょ……!


「正直に言えば……理解は、できません」


 その言葉に、私は少しだけ肩の力を抜く。

 変に分かったふりをされるより、ずっとましな気がした。そりゃぁ他から見れば討伐対象の邪竜が人の姿になって王国でぬくぬく生活してるって聞いて理解するほうが無理だよね。


「邪竜を匿うなど、やはり正気とは思えない。公国の者でなくとも、そう考える者は多いでしょう」

「そうだろうな」


 シグルド王子が短く返す。


「ですが」


 ユリアン王子はそこで顔を上げた。


「今日、私が見たものも事実です」

「あなたはシャリー殿を庇うために自分を犠牲にしようとした。私ごと全員を殺すこともできたはずなのに、そうはしなかった」

「……そしてグスタフは、これを狙っていた」


 その声に、今度は怒りが滲んでいた。


「私に伏せたまま、同盟国の離宮へ暗殺部隊を差し向けるなど、許されることではない」


 シグルド王子とユリアン王子の視線がぶつかる。

 さっきとは違う。敵意ではなく、互いに譲れないものを抱えた者同士の視線だ。

 しばらくすると、ユリアン王子はゆっくりと息を吐いた。


「シグルド王子、この場は引きます」


 その言葉に、私はわずかに目を瞬いた。


「ゆえに、この事も今は胸に留めましょう」

「――ですが、あなたたちを信じられるかは、まだ分かりません」

 

 その言葉が、すごくユリアン王子らしいと思った。

 全部を飲み込んだわけじゃないんだろうけど、でも全部を拒絶したわけでもない。今の彼にできる最大限の誠実さが、たぶんこれなのだろう。


「あぁ、私とてあなたを全面的に信じたわけではない」


 シグルド王子もまた、短くそう返した。

 その言い方に、ユリアン王子の口元がわずかに歪む。笑ったというには硬く、皮肉というには柔らかい、そんな表情だった。


「――お互い様、ということですか」

「ああ」


 それだけのやり取りなのに、不思議と少しだけ空気が和らいだ気がした。

 もちろん、全部が解決したわけじゃない。グスタフのことも、公国の動きも、洞窟の異変も、何ひとつ終わっていない。でも、少なくとも今この場で剣を向け合うことだけは避けられた。

 ユリアン王子は踵を返しかけて、そこで一度だけ足を止める。


「……シグルド王子」

「なんだ」

「ひとつだけ、今はっきりしたことがあります」


 振り返ったユリアン王子の視線は、もう私ではなくシグルド王子へ向いていた。


「グスタフが彼女を狙ったという、事実です」


 ユリアン王子の言葉は重かった。確かにグスタフが私を強硬手段で狙ってきたというのは何か大きな意味があるのだろう。それを理解しているからこそシグルド王子もそれを軽く受け流すことはしなかった。

 ただ無言で頷く。


 ユリアン王子も小さく頷くと、それ以上何も言わず静かに部屋を出ていった。



***



 ユリアン王子がいなくなったあと、張り詰めていた糸が切れたみたいに、私はその場へへたり込みそうになった。シャリーさんがそっと肩に手を置いてくれる。


「リィネ様、助けていただきありがとうございました」

「……いや、私よりシャリーさんのほうが大変だったでしょ、大丈夫?」


 おろおろと心配した声で見つめる私をシャリーさんは微笑みながら見つめた


「シグルド殿下の侍女なら、これぐらいいつものことですよ」

「シャリー、さすがにそれは笑えない冗談だぞ……。だが無事で安心した」


 シグルド王子は心配そうな顔をしていたが、シャリーさんがいつもの調子に戻っていることを察したのか少し安堵した様子でシャリーさんにツッコミを入れる。

 こちらに近づいてきたシグルド王子は、私の前に膝をついて呟いた。


「リィネ、すまなかった」

「え?」

「王都の件は陽動だったようだ。その隙に離宮を狙われた」


 その低い声に、私は慌てて首を振る。


「王子のせいじゃないよ。だって、あんなの分かるわけ――」

「それでもだ」


 シグルド王子はきっぱりと言った。


「守ると言った以上、見誤った責は私にある」


 自分が間に合わなかったらと考えたのだろうか。シグルド王子は本当に責任を感じているような表情で私を見つめている。王子って、こういう時まで全部背負おうとするんだな。

 なんだか本当にずるい。そういうところがバカ正直というか……人間ってこういうことばっかりしてるのかな。


「もう十分に助けてくれてるよ、それにこれからも助けてくれるんでしょ?」


 一瞬だけ、シグルド王子が目を見開く。

 それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「ああ。もちろんだ。約束しよう」


 離宮の中はまだ荒れていて、血の匂いも残っている。

 でもその中で、少しだけだけど、次へ進む道が見えた気がした。


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