第26話 その刃は誰がために
ユリアン王子が床を蹴った。
その動きは、幼さの残る顔立ちからは想像できないほど鋭かった。
ためらいも迷いもない。ただ一直線に、シャリーさんへ刃を向けていた男へと突っ込んでいく。
「ちっ、構わん。迎え撃て!」
暗殺者のひとりが叫ぶ。だが、その声が完全に届くよりも早く、ユリアン王子の剣が走る。
シャリーさんの首元に短剣を押し当てていた男が、反応するより先に腕を斬り払われた。血が飛び、短剣が金属音を鳴り響かせながら床へ落ちる。
「今だ!」
その叫びが、私に向けられたものだと理解するより先に身体が動いた。
床を蹴る。
ぐっと踏み込んで、私はシャリーさんの身体を引き寄せた。竜の力を見せすぎないよう、それでも今出せる限界まで速く。男が腕を押さえて崩れるより先に、私はシャリーさんを抱えて後ろへ跳ぶ。
「リィネ様……!」
「シャリーさん、大丈夫!?」
答えるより早く、ユリアン王子がさらに一歩踏み込む。勢いのまま返す刃が、別の暗殺者の剣を弾いた。暴れる竜の如く荒々しいながらも鋭い剣戟は暗殺者たちの男を凌駕するほどの展開を見せていた。
「ユリアン王子、なぜ――!」
動揺した声が上がるも、それを制するようにユリアン王子は鋭くつぶやく。
「貴様らの正体は見当がつく、公国の暗部だろう」
「……えっ」
ユリアン王子の言葉に驚く。彼の言葉をそのまま受け取ればこの人たちはエーデルシュタイン公国の人たちってことだ。そして今私たちを助けようとしてくれているユリアン王子は、そのエーデルシュタイン公国の王子様でもある。一体何がどうなっているんだろ。
「これはグスタフ殿の命ですぞ! 殿下こそ、なぜ邪魔を――」
「黙れ」
ぴしゃりと空気が裂けるような声だった。
「このような行為がエーデルシュタイン公国の総意ではない、少なくとも私は違う」
暗殺者たちの足が止まる。
「その手を引け」
「……っ」
剣を構えたまま告げるユリアン王子の言葉に、男たちは視線を交わす。
だがその迷いはほんの一瞬で、先頭の男が歯噛みしながら叫んだ。
「怯むな! 術士を確保しろ!」
再び暗殺者たちが動き出す。同時に、数人が私たちのほうへも近づいてきた。
私はシャリーさんを背に庇うように下がりながら、荒れる呼吸を抑えようとする。動ける。動けるけど、どう動く。今ならユリアン王子が前に出てくれている。その隙に――
「リィネ様、申し訳……ありません」
「なんで謝るの!?」
首元の薄い傷を押さえながら、シャリーさんが苦しそうに言う。
私がそう叫んだ瞬間、ひとりの暗殺者がこちらへ向きを変えた。もはや手段は選べないとばかりに、こっちを押さえる方が早いと判断したのだろう。小型の弓を構えた男は私とシャリーさんを狙ってこちらへと構える。
この距離なら動ける、そう思った私は身を翻しながら前へと踏み込む。
バチンッ!
勢いをつけて振り下ろした尻尾は空気を切りながら暗殺者の腕を強く打ち払う。強い衝撃を受けた暗殺者は武器を落としながらその場に倒れ込む。どうだ! 竜の力がなくてもこの身体で出来ることはたくさんあるもんね
私とユリアン王子の対応により形勢が逆転したことで暗殺者たちは苦々しい顔を浮かべている。そんな中の一人が苛立ったように吐き捨てる。
「殿下、ご自身が何をなさっているのかわかっているのか!」
「わかっているとも」
ユリアン王子は一歩踏み出す。
「わかっているからこそ、止めている」
「貴方は間違っている、これは公国のためなのですぞ!」
「違う」
ユリアン王子は迷いなく断じた。
「これは公国の名を汚す行為だ」
暗殺者たちが息を呑む。その隙を、ユリアン王子は逃さなかった。剣が二度、三度と閃く。荒々しさを感じる太刀筋ではありつつも、剣技を磨いてきたのだろうと彼の鍛錬をかんじさせるような素早い切り込みが暗殺者の一人を倒す。
「……くそっ、こうなれば手段は選べぬ――死ねっ!」
今までとは違った明確な殺意をむき出しにした男が剣を抜きこちらへと向かってくる。私を捕まえることが難しくなったから殺そうとしているのかもしれない。その視線はまっすぐこちらを捉えている。
私はシャリーさんが狙われないような位置取りをしつつ、ゆっくりと相手を見つめる。
大丈夫。
前回はやりすぎた。でも、今回は違う。やり方さえ間違えなければ――。
竜の力が身体の奥でうなる。迫る男を真正面から見据えながら、私は魔力を込めた。男が飛びかかろうとした、その瞬間。
ごうっ――
私の口から吐き出された炎が、男を真正面から呑み込んだ。
村で放ったものより、ずっと小さい。でも、それで十分だった。男の身体は大きく吹き飛び、そのまま床へ叩きつけられる。
出力を絞ったぶん他の人を巻き込まずに済んだし、それに、反動も前よりずっと軽かった。
「がっ……これが……あの力なのか……」
私のブレスを食らった男は苦しそうに蠢いたかと思えば、その場に突っ伏して倒れた。私たちを襲おうとしていた暗殺者たちは倒れ、そこには剣を構えたユリアン王子だけが残っている。
私は迷った。暗殺者たちを倒してくれたけどこの人もエーデルシュタイン公国の人だから何を企んでいるのかがわからなかった。
そんな私の警戒が伝わったのだろうか、ユリアン王子はふぅと息を吐くと剣を収めながらこちらを見つめて呟いた。
「ご安心を。私に敵意はありません」
確かに敵意ではない。けれど、もう誤魔化しは通らないと分かるようなそんな目だった。
「……あなたが、あの術士なのですね」
確信をもったように私を見つめながらユリアン王子は一歩こちらへ近づいた。
剣はもう下ろしている。けれど、その言葉は鋭かった。
「村でシグルド王子と共にいた協力者。
グスタフが執着し、彼が機密としてまで伏せた存在」
碧眼が揺れる。
ただ暴き立てたいのではない。真実を掴みたい、そんな色だった。
「あなたは、一体何者なのですか」
言葉に詰まる、下手なごまかしはできないような気がした。
ここでなんて答えればいいんだろう? ただの術士? 今さらそんなごまかしは通らないよね。でも、本当のことを言えばシグルド王子やこの国にも影響が出てしまうかもしれない。
ユリアン王子の問いに答えられぬまま言葉を探していたそのとき、離宮の廊下の向こうから荒い足音が響いた。
「リィネ!」
聞き慣れた声が、今度ははっきりとこちらへ飛び込んでくる。そこに立っていたのは、剣を携えたシグルド王子だった。部屋の荒れた様子や倒れた暗殺者。そして、私の前に立つユリアン王子を見つめてシグルド王子の顔から色が消える。
「……何があった」
警戒した低い声だった。剣を掴んだ手を緩めることなく、シグルド王子はユリアン王子を見つめている。
ユリアン王子はゆっくりと振り返る。
その表情は、助けに来た時よりもずっと複雑なもののように見えた。暗殺者たちを倒したときのような敵意や殺意のようなものは感じられないが、王子としての決意のようなものが私にも感じられた。
「シグルド王子。この方は無事です」
そう告げたあと、彼はまっすぐシグルド王子を見た。
「ですが、説明していただきたい」
碧い瞳が、鋭く相手を射抜く。
「この方は、一体何者なのですか」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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