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邪竜の私ですが、討伐に来たはずの王子がなぜか私を守ると言い出しました  作者: 臼田ゆわ
第一章

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第25話 人質

 シグルド王子が離宮を出てから、まだそれほど時間は経っていなかった。王都近郊で不審な集団が確認されたという報告を受け、王子はすぐに騎士団のもとへ向かった。シグルド王子もさすがにこの不審な状況を放っておくわけにはいかなかったのだろう。


「……なんだか慌ただしいよね最近」


 窓の外を見ながらそう呟くと、背後で茶器を整えていたシャリーさんが穏やかな声で応じる。


「そうですね。ですが、殿下も警戒は怠っておられません。離宮にも最低限の守りは残っておりますし、あまり気を詰めすぎませぬよう」


 人里離れた離宮だったが入口のほうには兵士が配備されているとのことだ。私には会わせないようにしているのでみんなは王子の離宮を守っているとだけしか思っていないのだろうけれど。


「そうだね」


 返事はしたものの、どうにも落ち着かない。フェン様がいなくなってから、離宮は前よりずっと静かだ。その静けさ自体は嫌いじゃない。むしろ、ちょっとのんびりしていて、あったかくて、最近はここにいるのが自然になってきた気すらしていた。


 でも、今日は違う。なんだか静かすぎるのだ。


「……鳥の声、しないね」

「え……?」


 私の不意の言葉に気がついたシャリーさんは顔を上げる。

 いつもなら、離宮の庭には小鳥が来る。木々の間を跳ねる羽音や、どこかの枝先で鳴く声がかすかに響いているはずだった。なのに今は、それがない。不自然なぐらいに静けさが溢れているのだ。


「……たしかに」


 シャリーさんの声が、ほんの少しだけ低くなる。


 その瞬間だった――。

 外から、短い金属音が聞こえた。まるで剣が何かに当たるような音が響き渡る。私とシャリーさんは身構えて音の方向を探る。離宮の入口のほうから聞こえてきていた。

 私は反射的に立ち上がった。


「シャリーさん」

「……下がってください、リィネ様」


 目の前のシャリーさんから返ってきた声は、いつものやわらかいものではなかった。シャリーさんは手にしていた茶器を置くと、すぐに私の前へ立つ。細い背中だった。けれど今は、その背中がひどく大きく見えた。

 廊下の向こうで、ばたばたと走る音がする。

 次の瞬間、扉が乱暴に開いた。


 部屋に飛び込んできたのは、アストレイド王国の紋章をつけた兵士だった。

 離宮の警備に残っていた兵のひとりだろう。肩口から血を流し、息を荒げながらこちらを見ている。


「お逃げを! 侵入者で――」


 そこまで叫んだところで、背後から黒い影が滑り込んだ。

 警備兵は咄嗟に避けようとしたが、脇腹を裂かれて苦痛の声をあげながら床へ倒れ込む。苦しそうに悶える彼には目もくれずに扉の向こうから、黒装束の男たちが次々と入り込んできた。


 顔を覆い、足音を殺し、無駄のない動きで室内を囲む。

 

「術士を確保しろ。邪魔ものは消せ」


 ぞくり、と背筋凍るような寒気を感じた。狙いは私なんだ。黒装束の男たちは横に広がり私たちの逃げ場を封じるかのごとくジリジリとこちらへと近づいてくる。


「リィネ様、下がって!」


 シャリーさんが私を庇うように一歩前へ出る。

 黒装束の男が剣を構えたままこちらを値踏みするように見た。


「抵抗するなら斬る」

「離宮に押し入っておいて、よくもまあ」


 シャリーさんの声は震えていなかった。普段の丁寧な口調のまま、それでも目だけは鋭い。無礼な侵入者とでも言いたげに相手を見据えながら自分を奮い立たせているようだった。


「ここはアストレイド王国第一王子の離宮です。いかなる理があってこのような無礼を働くのです?」


 男が答える。


「我らはただ、龍脈に通じる協力者をいただきに来ただけだ」


 その言い方に、ぞっとする。人を人として扱っていないような言いぶりだった。私はこの状況をなんとかしないといけないと考え込む。ここで竜の力を使えば、何人かはどうにかできるかもしれない。

 でも、この狭い室内でやればシャリーさんも巻き込む。ブレスなんて論外だし、尻尾を振り回すのだって危ない。

 どうやって打開するかを考えていた私の目の前に、ぬっと小型の弓のようなものを構えた男が現れ、シャリーさんに向けたままこちらを睨みつける。


「――術士、一度だけ言う。不審な動きを見せればその侍女を殺す」

「貴様の力はこちらも把握済みだ、だがお前が動く前に侍女ぐらいなら殺せるぞ」

 

 その男の小型の弓はシャリーさんの身体を狙ったまま動かなかった。


「やめてよ。私に用があるなら、シャリーさんたちは関係ないでしょ」


 なんとか声を絞り出すと、男のひとりがこちらを向いた。


「そうだ、ならば大人しく来い」

「そんなの、信用できるわけないじゃん」

「信用など求めていない」


 ただ連れていくつもりだけじゃない。彼らを信用しろというのは無理な話だった。既に警備兵の人もやられている。ここで私が大人しく言う事を聞いてもシャリーさんが危険だ。でも竜の力を使ってもシャリーさんを守りきれるかはわからなかった。


 近づく相手を見つめながら私は一歩だけ後ずさる。

 その拍子に床板がわずかに鳴った。思わず視線を床に落とした私の挙動を見逃さなかったのだろう。左手の男が急に動いた。私の方へではなく、シャリーさんの方へ。


「っ!」


 シャリーさんは腕を振って男の手を払う。

 でも、その隙を待っていたみたいに、別の男がシャリーさんの後ろから回り込んだ。あっという間の出来事でシャリーさんは男たちに押さえ込まれる。細い身体がぐらりと揺いで、次の瞬間にはシャリーさんの首筋へ短剣が突きつけられていた。


「術士、こちらの要求は変わらない」

「リィネ、様……だめ……」

「喋るな」


 男の短剣がほんの少し動く。シャリーさんの白い肌に赤い線が走るのが見えた。苦痛に顔を歪めるシャリーさんを見て思考が固まってしまう。どうにかしないと、でもどうしたらいいんだろう。

 ここで力を使えば助けられるのか。それとも逆に、シャリーさんが……。

 村では目の前の敵を吹き飛ばせばよかった。でも今は違う。守りながら、隠しながら、誰も傷つけさせずに動かなきゃいけない。

 そんなの、難しすぎる。


「わかった……シャリーさんを放して」

「では、こちらへ来い」

「先にシャリーさんを」

「……立場がわかっていないらしいな」


 男の声が冷たくなる。短剣の先がさらに肌へ食い込んだ。シャリーさんはきっと痛いはずなのに、歯を食いしばって耐えている。私のせいだ。私がいるから、こんなことになっている。

 私のために色んな事をしてくれたシャリーさんをこれ以上巻き込むわけにはいかない――。


「私が行けば、離してくれる?」

「あぁ、お前が約束を守るならな」


 明らかに嘘だ。こんな奴らが絶対に約束を守るわけがない。でもシャリーさんにナイフを突きつけられた状態で私の力だけで打破するのは難しそうだ。

 今はなんとか隙を作って――


 その瞬間、外で鋭い剣戟音が響いた。


 甲高い金属音のような響き。ひとつではない。短く、速く、まるで一方的に何かが斬り伏せられていくみたいな音が立て続けに聞こえる。何が起きたのかわからないけれど、男たちの意識がわずかにそちらへ向く。


「外の連中は何をしている!」


 苛立った声が飛ぶ。

 その直後、開け放たれたままだった扉の外から、ひとつの影が滑り込んだかと思えばすばやい銀の軌跡が走る。その剣筋は私たちを囲んでいた男のひとりを何が起きたのか理解する前に切り崩した。

 男の喉元からは血が噴き出し、床へ広がっていく。


「誰だ!」


 その叫びに答えるように、影が一歩踏み込んだ。

 そこにいたのは、金の髪と碧い瞳を持つ少年だった。だが、その顔に残る幼さとは裏腹に、抜き放たれた剣と眼差しはあまりにも鋭い。


「そこまでだ」


 声音は低く、怒りを押し殺していた。


「同盟国の離宮で、何をしている」

「ユリアン王子……なぜこんなところに」


 暗殺者の一人が動揺したように男の子を見つめる。え…今、王子って言った? その子は剣を構えたまま男たちを睨みつけて続ける。


「その手を離せ。今ならまだ、言い訳くらいは聞いてやる」


 誰も動かなかった。

 動けなかった、と言うべきかもしれない。ユリアン王子と呼ばれた子の気迫は幼さの残る顔とはかけ離れるほど鬼気迫るものがあった。気圧されるように暗殺者たちは一歩後ずさる。


 その瞬間、私とユリアン王子の目が合った。

 彼はコクリと小さく頷くと、床を勢いよく蹴った。


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