第22話 きな臭い同盟
「……以上が、北の村で起きた一連の事象だ」
村での一件から数日後。
私は王城の一室で、バルト騎士団長や近衛の幹部たちへ報告を行っていた。
村を襲った魔狼の群れは、通常では考えられぬ規模と統率を見せていた。加えて、村外れでは龍脈の流れを乱す異物が見つかっている。洞窟の異常なども鑑みるとこれらは偶然が重なったにしては、あまりにも出来すぎているように思えてならなかった。
報告を終えると、卓を囲んでいた面々の表情がいっそう引き締まる。私の目の前のバルト団長は腕を組んだまま、低く唸るように言った。
「……まったく、若。ご無理をなさいますな。魔狼相手に大立ち回りをされたとは」
「案ずるな。協力者もいたので大きな問題はなかった」
バルト団長は露骨に顔をしかめたが、それ以上言っても無駄だと悟ったのか、諦めたように頭を抱えた。
「しかし……これらの異常の連続は騎士団としても異常な事態に思えてなりませぬな」
「ああ。洞窟そのものの内情はまだ掴めていないが、一連の何らかの意図を感じている」
「若がそこまで断言なさるとは、よほどですな」
「……断言はしない。だが、警戒は必要だろう」
私がそう返したところで、扉の外に気配がした。
兵が慌てて取り次ぎに入るよりも早く、静かな足取りで二人の男が室内へ入ってくる。
エーデルシュタイン公国の大臣、グスタフ
そして、その隣にユリアン王子の姿だった。
私が応じるよりも早く、グスタフはいつも通り非の打ちどころのない礼をしながら言う。
「これは失礼を。ちょうどご報告の最中でしたかな」
「……何用か? グスタフ殿」
「いえ、北の村の件が耳に入りましたもので。村を守られたとは、さすがは英雄シグルド殿下であらせられる」
褒めているようで、その声にはどこか冷えたものが混じっていた。
「しかも、龍脈の異変に通じた術士の助力まで得られたとか」
室内の空気が変わる。なぜリィネのことを公国側が知っているのか……? それは分からなかったが動揺しないように冷静に視線を動かし表情を動かさないようにグスタフを見つめる。
「情報が早いな。グスタフ殿」
「殿下のご活躍はいつもお聞きしております故。それに我らは同盟国です、災厄の火種に関わることであれば、互いに共有すべきでしょう」
グスタフは穏やかに微笑んだまま、さらに一歩踏み込んだ。
「その術士殿ですが、洞窟の件にもぜひご協力いただきたいのです。龍脈に通じる人物であれば、公国側の調査にも大いに役立ちましょう」
嫌な言い回しでまとわりつくように問いを重ねるグスタフに、私は迷わず答えた。
「申し訳ないが、本件は我が王国預かりとさせてもらう」
グスタフの笑みは崩れない。
だが、ユリアンの表情がわずかに動いた。
「それはそれは……。我ら同盟国に対しても、ですか?」
「同盟国だからこそだ。こちらだけが手札を晒す理由はない」
私は視線を逸らさずに言い切る。
「洞窟の件について、公国が把握している情報をまず開示していただきたい。そちらが誠実に共有するのであれば、こちらも検討しよう」
グスタフの目が、ほんの一瞬だけ細くなった。
こちらの言い分を考え込んでいるのか、少しの間を待ってからこちらに向かって笑顔を崩さぬまま続ける。
「洞窟は現在、安全確保のための調査がまだ終わっておりません。中途半端な情報を開示して混乱を招くわけにはまいりませんので」
「それはこちらも同じだ」
ぴんと張った空気が、室内を満たす。
ユリアンが何か言いかける気配を見せたが、グスタフがわずかに手を上げて制した。
「……なるほど。では、互いにやるべきことを果たすほかありませんな」
最後まで礼を失さぬまま、グスタフは一礼する。
そのまま踵を返した彼の後ろで、ユリアンだけが一瞬立ち止まった。青い瞳は私を見つめている。だが結局、何も言わずに彼も去っていく。
扉が閉まり、部屋に重い静けさが戻った。
しばらくして、バルト団長が深く息を吐く。
「ふむ……同盟国とは、便利な言葉ですな」
バルト団長も公国側の動きを理解しているからか、どこか苦い声だった。
そんなバルト団長に対して、私は小さく頷く。
「……公国側の動きは謎が多い。表立って敵対はできぬが、だからこそ不用意には動けん」
「若」
バルト団長が私を呼ぶ。
「若のされていることに、我らは深く問いませぬ」
「ですが、どうかご無理だけはなさらぬよう」
眼帯の大柄な騎士は、いつになく静かな目でこちらを見ていた。
術士の話から、私が何かを伏せていることを察したのだろう。それでも踏み込まず、支える側に回ってくれる。だからこそ、その言葉は重かった。
「何か抱えておられるなら、このバルトめにもお任せくだされ。若が一人で背負うには、少々きな臭くなってまいりましたぞ」
私は一瞬、返す言葉を失う。
事情を話すことはできない。だが、何も知らぬまま信じようとしてくれるその言葉は、思った以上に重かった。さすがは私の師匠でもある男だ。
「……感謝する、バルト団長」
「若に礼を言われるほどのことではございませぬ」
バルト団長は口元をわずかに緩めた。
「ただ、無茶をなさるときは、せめて我らも巻き込んでくだされ」
その言葉に、室内の空気がほんの少しだけやわらぐ。
私は小さく息を吐いた。
王国を守るため。そしてこの不可解な事情を見通すため。
もう少しだけ、この綱渡りを続けねばならないらしい。いったい何がどうなっているのか、すぐに見極めねば。
***
シグルド王子たちの会議の場を後にした私は、グスタフの背中を追いながら廊下を歩いていた。
見慣れたはずのその背中が、今日はひどく遠く感じる。
「術士とはなんだ? 聞いていないぞ、グスタフ」
彼は足を止めず、淡々と答えた。
「シグルド殿下の言う通り、村の件で王国側が得た協力者でしょう。それ以上でも以下でもございません」
「そういう話をしているんじゃない」
思わず声が強くなる。
「明らかにお前はその存在を知っている口ぶりだった。なぜ私に伏せる? 洞窟の件も、この件も私に隠していることが多いのはなぜだ」
ようやくグスタフが立ち止まり、こちらを振り向いた。
その顔にはいつもの穏やかな微笑みがある。だからこそ、なおさら腹立たしい。
「ユリアン殿下」
「やめよ、誤魔化すな」
「誤魔化してはおりません。ただ、不確かな情報で殿下のお心を煩わせたくなかっただけにございます」
「それを信じろというのか? 本来私が知るべき情報を隠しているのではないか?」
吐き捨てるように言うと、グスタフはわずかに目を伏せた。
「そのようなことは――」
「あるだろう」
笑顔を見せながらこちらを見つめるグスタフを見て、いやでも思い出す。
洞窟の件でもそうだ。私は使者として王国へ来ているはずなのに、肝心な部分はいつもグスタフが先に知っていて、私は後から形だけ知らされる。まるで、公国の王子でありながら外側に置かれているみたいだ。
「シグルド王子が何かを隠しているのは分かる。だが、あの人が理由もなく隠し事をするとは思えない」
私の脳裏に浮かぶのは、先ほどこちらを真っ向から拒んだ蒼い瞳だった。同盟国の王子であり私にとって憧れるべき相手だったはずだった。だが今では同盟国とは思えないような視線を感じているように思う。
グスタフは何かを考え込む素振りを見せるも、ふぅと息を吐いてこちらを見据える。
「いずれ、必要なときが来ればお分かりになるでしょう」
「……その言い方が、一番気に入らない」
私が睨みつけても、グスタフは微笑を崩さなかった。こちらに一礼をすると再び振り返り廊下を歩き始めていく。公国の命を受けて王国へと渡った頃は私に対して忠臣たる動きを見せていた男だが、今ではまるで別人のようだ。それが今はたまらなく不気味に見える。
グスタフは何かを伏せている。そのことだけは、もはや疑いようがなかった。
だが、おそらくシグルド王子も何かを隠しているのだろう。
グスタフがわざわざ探りを入れるほどのことだ、公国にとっても重要な出来事なのかもしれない。
「術士と言っていたな……」
シグルド王子。あなたは一体、何を守っているのだ?




