第19話 歪められた流れ
魔狼たち襲撃による嵐のような戦いが終わり、村人たちへの説明と指示や聞き取りを終えると、広場のー空気は少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。
私たちは案内された村長さんの家で話を聞きながら、シグルド王子は復興と支援を約束をしている。
ふと窓から外を見ると、壊れた柵や、魔狼の死体の散らばる畑など傷ついた村の様子が見える。
支援の手が入るとしても、この村がすぐ元通りになるわけじゃない。けれど、少なくとも死者は出ておらず、村全体からは先ほどまでの悲鳴が飛び交うような状況からは改善したように思えた。
そんなふうに考えていると、話を終えたシグルド王子がこちらへと戻ってきた。
「リィネ。聞き取りは終わった。逃げ遅れた者たちに被害はなかったとのことだ」
「それなら良かった……」
私は胸をなで下ろしつつも、まだ村のあちこちに残るざわついた気配に目を細める。
魔狼の群れは片付いたけど、そもそもの目的をまだ達成できていない。あの龍脈の嫌な感じはまだ完全には消えていなかった。
「シグルド王子、やっぱり龍脈の違和感はこのあたりだと思う」
シグルド王子の表情が引き締まる。そして窓から外を見つめ、こちらに問いかける。
「そうか、詳しい場所はわかるだろうか?」
「うーん、たぶん少し離れてるかも。もうちょっと村の外れで、西のほうかな」
私がそう言うと、フェン様が鼻を鳴らした。
「ほな、さっさと見に行こか。こんだけ騒がせといて“たまたま”でした、で済む気ぃせえへんしな」
そうして私たちは、村人たちをこれ以上不安にさせないよう村の外れへと足を向けた。
畑の脇を抜け、小さな小川のそばを通り、さらに奥へ進む。
人の手が入っている場所のはずなのに、そこだけ妙に空気が重かった。地面の下を流れる何かが、無理やり捻じ曲げられているような不快さが近づくほど強くなっていく。龍脈の流れの途中、結節点のような場所はたしかにここに存在している。
「……こっち」
そこは村外れの岩場だった。草の生え方がまばらで、土の色も周囲より少し黒ずんで見える。最近誰かがここに来たのだろうか、足跡のような形で草が踏み倒されているように見える。近づくほど胸の奥がざわついて、思わず眉をしかめる。
「なんか、すごく嫌な感じ」
シグルド王子が周囲を見回し、岩の裂け目のあたりへ目を留める。
そこには、地面へ半ば埋まるようにして、黒ずんだ杭のようなものが打ち込まれていた。
金属とも石ともつかない、鈍い黒色。
表面には見たことのない紋様が刻まれていて、じっと見ているだけで頭の奥がちりちりする。
「……何これ?」
私が思わず呟くと、フェン様がしゃがみ込んでそれを睨んだ。
「これは……楔、みたいなもんやな。龍脈に無理やり食い込ませて流れを歪めとるみたいや」
「そんなこと、できるの?」
「普通はせぇへん。できたとしても、ろくなことにはならん」
フェン様の声は低かった。
普段、軽口をたたくような軽さがまるでない。それにこの楔と似たようなものを知っているって一体何があったんだろう……?
フェン様が見つめる先にある“楔”を私も見つめる。近くにあるだけで気分が悪い。洞窟の龍脈が濁っていたときの感覚に、少し似ているような気がした。
「少なくとも、今回の異変の原因はこいつで間違いないわ」
私も改めてその楔を見つめる。近くにあるだけで気分が悪い。洞窟の龍脈が濁っていたときの感覚に、少し似ていた。
「これがあるせいで、村の龍脈が変になってるの?」
「せやろな。流れを乱されりゃ、土地も魔物も影響受ける。こんなん打ち込まれとったら、そらろくなことにならへん」
「これを壊せば戻るのだろうか?」
シグルド王子が剣の柄に手をかける。
「せやな、多少はましになるやろ。完全に戻るかはわからんけど、悪化はせんはずや」
「分かった。詳しい調査も行う、今は原因を取り除いておくべきだろう」
シグルド王子が一歩前へ出て、剣を抜く。陽を受けた刃がかすかに光った。
次の瞬間、鋭い斬撃が振り下ろされる。
カンッ――
硬いものを断つ鈍い音が響いた。
楔は真ん中からひび割れ、続けざまの二撃目で砕け散る。黒い破片が地面へ散った瞬間、あたりの空気がふっと軽くなった。
「……あ」
楔を破壊した途端、さっきまで胸の奥に引っかかっていた嫌な感じが、少しだけ薄れていた。足元のざわつきも弱まり、本来の流れに戻っていくような感じがあった。
「龍脈、たぶん少しよくなったみたい」
「まだ変な感じはあるけど、さっきよりはマシだと思う」
私の言葉に少し安堵の顔を見せるシグルド王子だが、すぐに砕けた破片のひとつに視線を向け顔をしかめていた。
「龍脈の異変と魔狼の襲撃、ただの偶然で片付けるにはタイミングが良すぎる」
「せやな、少なくとも偶然やないやろな」
フェン様は破片を指先で弄びながら同意する。
二人の言いたいことは私にもわかる。
さっきの村の襲撃や、龍脈の淀み。楔の魔具。そして洞窟の異変。ひとつずつは別に見えても、全部が同じ線で繋がっている気がした。
「……誰かの仕業ってことだよね」
私がそう言うと、フェン様は少しだけ目を細めながら答える。
「せやろな。厄介なんが龍脈に手ぇ出すってことはそれなりの相手ってことや」
「どういうことだ?」
シグルド王子がフェン様へ問いかける。
フェン様は思い詰めたような表情でシグルド王子へと視線を送る。
「龍脈にこんな細工できるんは、どこの誰でもって話やない。少なくとも、このへんで気軽にできることやあらへん」
「……どこかの国の関わりがある、ということか」
「せやな。洞窟のことも考えると、ちぃときな臭すぎるわ」
シグルド王子が難しい顔で考え込む。
「もしそうだとすれば、今回だけの話では済まないだろう。洞窟、村と続いて何かの思惑を感じる」
その言葉は、この問題がまだ根本が解決していないことを明示しているかのようだった。
魔狼の襲撃は収まったし、この龍脈の結節点も改善したけど、まだすべてが終わったわけじゃないのかもしれない。
「だが……今は村の復興と対策が先だな。村にはこの件を伏せる。混乱を広げるだけだろう」
「賛成やな。今は“魔物は退けた、王都から支援が来る”だけで十分や」
「うん……たぶん、こんなの見せても怖がるだけだし」
私は砕けた楔の残骸を見下ろす。
壊れたはずなのに、まだ見ているだけで気持ち悪い。
シグルド王子は布では変を包みながら懐へとしまい込む。
「龍脈が絡むとなるとちぃと問題が大きそうやな。ウチも少し本気で嗅ぎ回ったほうがよさそうや」
「フェン様……」
「今すぐどうこう言うつもりやない。ただ、こんなん仕掛ける連中が他に何もしとらんと思うほど、ウチは甘ないで」
いつもの軽口めいた調子なのに、その横顔には冗談っぽさが薄い。
シグルド王子が短く頷く。
「私も同感だ。だが、今日は戻ろう。リィネも消耗している」
「うっ……」
言い返せなかった。
魔力が抜ける感じはまだ残っているし、足も少し重い。邪竜の力そのものはあるけれど、この身体では器の大きさが違う、みたいな感覚があった。
フェン様がにやりと口元を上げる。
「せやな。それに王子はんも言い訳を考えとくんやな、シャリーはんがカンカンやろうな」
シグルド王子の血に汚れた袖を指さしながらフェン様は呆れたような口ぶりで話す。
たしかに、傷は塞がっているがこの血まみれの状態と村での騒動を聞いたらシャリーさんは相当驚くことだろう。
「それは……善処しよう」
シグルド王子は更に難しい顔をして考え込んでいた。
少しだけ肩の力が抜けて、私は小さく息をついた。
でも胸の奥には、まだ黒い楔を見たときの嫌な感覚が残っている。
村のみんなにお別れを伝えてから、ゆっくりと村を離れていく。
シグルド王子の背中につかまりながら、私はなんとなく振り返った。
砕けた魔具の残骸はもう動かない。龍脈の淀みもさっきよりはましになった。
荒れ果てた村の様子でも、ここから復興していく未来も想像できた。
それでも、龍脈に触れたときの嫌な感触は胸の奥に小さな楔みたいに残っていた。誰かの意思で行われているのだとしたら――きっと、これで終わりじゃない。




