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邪竜の私ですが、討伐に来たはずの王子がなぜか私を守ると言い出しました  作者: 臼田ゆわ
第一章

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第16話 街道の先で

 離宮から北に向かう街道を、私はシグルド王子の後ろにしがみつき馬に揺られていた。

 街道は魔物の報告が出ていたと聞いたけど、空はよく晴れて馬上で感じる風は柔らかく暖かい。こうしているだけならただみんなでお出かけしているような気分になる。


 でも、実際はそんな呑気な状況じゃなかった。

 龍脈の異変を探すために私とシグルド様、フェン様の3人で偵察に向かっていたのである。


「いたたた……ちょっとシグルド王子、早くない?」


 思いの外、馬の走るスピードが早かったのである。バタバタと縦に揺られながらお尻や尻尾をぶつけて痛い思いをしながら私はシグルド王子の背中に文句をつぶやく。


「少しは慣れろ。そんなに力まなくても落ちたりはしない」

「そう言われてもなぁ~自分で飛べないってこんな不便なんだなぁ」

「まぁ馬に乗るんやから、こんなもんやでリィネ」


 ぶつくさと文句を言う私に対して、すぐ後ろから呆れ半分のフェン様の声が飛んでくる。

 フェン様は私の懐に潜り込むようにして安定した移動を楽しんでいる。ほんとに聖竜なんだよね、このひと? なんだか最近ぐーたらしてるだけのほんとの犬に見えてきたかも。


 そんな風にフェン様をじぃっと見つめていると馬の速度が少し落ちる。

 ふと視線を上げると街道には馬車に乗って急ぎ足で南の王都へ向かう人の姿だった。


「騎士団の巡回はできているようだ、彼らも王都への避難民だろう」


 シグルド王子の言うように街道沿いには魔物が現れているらしい。龍脈にも違和感があるし、公国とかにも怪しいことがあるらしい。そんな状況ならのんびり景色を楽しむような場合では無いのだろう。

 でも、こうして外に出て自分の目で見てみると、洞窟や離宮にいるだけじゃ見えてこなかった”人の暮らし”が見えてくるような気がした。


 街道沿いに見えた大きな畑、荷馬車の轍。道沿いにあった小さな牧場。すれ違った騎士団たちのパトロール隊。みんな普通に営みを送っていて、普通に暮らしているというのがなぜかとても新鮮に感じられた。


「みんな、頑張って生活してるんだね」


 自分で言ってから、変なことを言った気がしたけど

 シグルド王子は笑ったりせず、頷きながら馬を走らせる。


「そうだな。守るべきものは王都だけじゃない。国民あってこそ王国だ」


 まっすぐ前を向いたままそう語っている顔を後ろから見つめる。やっぱこの人真面目だなぁ。

 まぁ、その真面目さに私も救われたのかもしれないので、特に何も言わずに少しだけ背筋を伸ばしてあたりを見回す。


 その時だった。


 前方の街道、奥の方から慌ただしい気配と音が近づいてくる――。


「……なんや?」


 懐でボールのように丸まっていたフェン様も気配に気がついたのかチラリと顔を出す。

 シグルド王子もなにかに気がついて馬の手綱を操り、速度を落とす。


 やがて見えてきたのは小さな荷車とそれを押しながら走ってくる数人の村人たちの姿だった。服は泥だらけで顔色も優れないように見える。荷車には子どもと荷物が乗せられていて、誰もが不安そうな表情で怯えている。


「止まれ! いったいどうしたのだ?」


 シグルド王子の鋭い声に、村人たちはびくりと身を震わせる。けれど、王子の顔を見て村人の一人が目を見開いて平服する。


「し、シグルド殿下!? こちらは危険でございます」

「落ち着け、何があったのだ?」


 シグルド王子は息を切らせた村人を落ち着かせながら問いかける。


「き、北の村に魔狼たちが…! 急に集まってきたんです!」

「なっ、数は?」

「わ、わかりません。私たちは逃げるだけで精一杯で……何十匹もいました」


 魔物が何十匹。

 その言葉に、私は思わずフェン様を見る。フェン様も眉をひそめていた。


「(リィネ、この先の気配はどんな感じや?)」

 フェン様は村人たちを驚かせないように私の懐に隠れたまま小さな声で問いかける。


「(えっと……あっ、洞窟と同じように変な感じがする)」

 状況だけ見れば全部が答え合わせされたかのように感じられて、嫌な感じが一気に濃くなった。

 この話を聞いたシグルド王子の顔も険しいものになる。


「他の村人たちはどうした」

「逃げられる者は先に……っ、でもまだ残ってる者がいます……!」

 男の声は今にも裏返りそうだった。荷車の上で小さな子どもが泣き、年寄りの女が震える手で祈るように胸元を押さえている。


 シグルド王子の表情がすっと変わる。


「いいか、君たちはこのまま南に逃げるんだ。少し進めば騎士団と合流できる」

 シグルド王子は短く言い放つと、私のほうを振り返る


「リィネ、しっかり捕まれ。急ぐぞ」

「うん、わかった!」


 私はシグルド王子の腰にしっかりと抱きついて振り落とされないようにする。

 シグルド王子は村人たちが南に逃げ始めたのを見届けながら、馬を急がせて北の村落へと駆け出した――。



 全速力で馬が駆ける。激しく揺られながらも龍脈の嫌な感じと魔物たちの気配が色濃くなっていく。

 やがて、前方からは人の悲鳴のような声と獣の唸り声が聞こえてきた。


 低く、喉を鳴らすような音。

 獲物を前に涎を流すような声。これは魔狼たちの唸り声だ。


 木々が開け、街道の先に村が見えた。

 その手前を、一組の親子が必死に走っている。母親が幼い子を抱え、転びそうになりながらも前へ進む。だが、その背後から迫る影のほうが明らかに速い。


 灰黒色の毛並み。異様に赤い目。剥き出しの牙。

 三匹の魔狼たちが、地を這うようにして親子へと迫っていた。


「まずい――!」


 私が息を呑んだ、その瞬間だった。


「リィネ、手綱は任せる」

「ふぇ?」


 次の瞬間、シグルドは馬上から躍り出た。

 銀の一閃が走る。シグルド王子の剣戟で先頭の魔狼の首が宙を舞った。

 遅れて血飛沫が散り、残る二匹が低く唸りながら跳び退く。


「立てるなら走れ! 南へ!」


 鋭い声に、母親ははっとしたように子を抱き寄せる。腰が抜けそうになりながらも、必死に頷いて走り出した。


 その間にも、残る二匹の魔狼が低く唸る。シグルド王子は一歩も引かなかった。親子を庇うように前へ出る。


 二匹が同時に飛びかかる。


 一頭を素早い剣戟で両断するシグルド王子。

 もう一頭の攻撃を身体をひねるように回避し、その流れを活かした斬撃で叩き落とす。

 地面に転がった魔狼がなおも起き上がろうとした瞬間、追撃の一閃が首を断った。


 あっという間だった。

 速すぎて、息をするのも忘れた。


 気づけば、さっきまで親子に食らいつこうとしていた三匹は、もう動かない。


 だが、遠くからまた悲鳴が上がる。

 まだ終わっていない。

 シグルド王子は剣を握り直し、私たちへ短く言い放った。


「リィネ、近づきすぎるな! フェン、彼女を頼む!」


「王子はん、危ないで!」

 引き止める間もなく、彼は村へと走る。



 ***



 リィネたちを後方に残し、私は村の中心へ向かっていた。


 現れている魔狼は、この土地に元からいる魔物だ。だが、ここまで群れを成すことは本来ありえない。リィネが言っていた龍脈の変質が影響しているのか――


 いや、今は考えるな。


 村の広場へ出る。家屋がいくつも見えるが、そのひとつを魔狼たちが取り囲んでいた。


 中から子どもの泣き声が聞こえる。

 やはり、あそこにまだ逃げ遅れた村人がいる。

 私はすぐに剣を構え直し、一気に踏み込んだ。こちらに気づいていない一頭の首を刎ね、そのまま家屋の前へ飛び出す。


「大丈夫か! 助けに来た。その場で隠れていろ!」


 安心させるために家屋に向かって叫ぶ。しかし、間髪入れずに魔狼が私に飛びかかる。

 素早く身を翻しながら剣先を流し、身を躱した勢いのまま魔狼へと斬りかかる。

 相手の首元へと刺さった剣からは鈍い衝撃と魔狼の血飛沫が飛ぶ。

 だが、魔狼の骨に剣が挟まり倒れ込む魔狼に剣が持っていかれそうに鳴る。


 その瞬間、背後で扉が弾けるように開いた。


「すまねぇ旦那、俺も加勢する!」


 農具を握った男が飛び出してくる。

 子の父親か。震える足で、それでも前へ出ようとしていた。


 まずい。魔狼といえど戦闘訓練をしていない者には脅威となる。


 魔狼もそれを見た。

 残っていた一頭が、弱い獲物を見定めたように男へ狙いを変える。

 剣はまだ死体に食い込んだまま抜けない。


「危ない、下がれ!」


 私はとっさに剣から手を離し、農夫の前へと飛び出して彼を突き飛ばす。

 次の瞬間、左腕に激烈な熱と痛みが走る。


「ぐっ――、大丈夫か…!」


 飛びかかった魔狼の鋭い爪が肉をえぐる。

 熱い血が袖を濡らした。


「だ、大丈夫か!? あんた、血が……!」

「構うな! 中へ戻れ!」


 農夫の男にケガは無いようだが状況は悪化した。左腕は動くものの血が滴り落ちる。

 右手だけで剣を引き抜き、家屋の前に立つ。

 ――左腕は痛む。だが、まだ動く。まだ戦える。


 血の匂いに引かれたのか、あるいは勝機を見たのか。

 どこからともなく残りの魔狼達もこちらを狙いに集まってきた。

 その数は視界の端だけでも十を超える。

 低く唸りながら、じりじりと距離を詰めてくる。


「ここは私に任せろ。あなたは中へ戻れ」

「で、でも……!」

「必ず守る。だから行け!」


 男は唇を噛み、やがて家屋の中へ駆け戻った。

 それを見届けて、私は剣を構え直す。


 痛みで左腕が脈打ち、血がしたたりながら地面に落ちる。

 魔狼たちの目が、いっそう爛々と光った。

 さすがに数が多すぎる。だが、退くわけにはいかない。


 右手で強く剣を握りしめたと同時に

 魔狼たちが一斉に身をかがめる。


 魔狼が来る! そう思った瞬間――



 グオオオオッ!!!


 轟音が広場を貫いた。


 目の前を、灼けつくような熱が薙ぎ払う。

 光の奔流が一直線に走り、群がっていた魔狼たちをまとめて吹き飛ばした。


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 だが、この熱は知っている。あの洞窟の――。


 振り返った先にいたのは


「……リィネ?」

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