第八話「スキル」
森に静寂が戻る。
エキナは剣を軽く払って鞘へ納めた。
「よし、終わり!」
まるで畑仕事でも終えたかのような声だった。
「終わりって……」
俺は思わず苦笑する。
さっきまで魔物と戦っていたとは思えない。
その時だった。
「ん?」
地面に倒れていたゴブリンの体が、少しずつ崩れ始める。
黒とも灰ともつかない粒子になって空中へ溶けていく。
「また消えるのか」
あの時戦ったアーマードボアもそうだった。
やはり見間違いではなかったらしい。
数秒も経たないうちに、ゴブリンたちの姿は完全に消えた。
残されたのは地面の傷跡と――
「……あれ?」
棍棒。
短剣。
それに投石用の革袋。
武器だけがその場に残っている。
「なんで武器は残るんだ?」
俺がそう尋ねると、エキナは当たり前のように答えた。
「それは普通の物だからだよ」
「普通の物?」
「うん」
エキナは短剣を拾い上げる。
「魔物の体は魔素でできてるの」
「魔素……」
どこかで聞いた単語だ。
図書館の本にも載っていた気がする。
「だから倒されると元の魔素に戻っちゃう。でもこういう武器は違うよ?」
短剣をくるりと回す。
「ゴブリンが拾った物だったり、人から奪った物だったりするからね」
「なるほど」
だから残るのか。
「たまーに素材とかも残るよ」
「素材?」
「角とか牙とか魔石とか!」
「へぇ……」
そんなことを話しながら森を歩く。
畑へ戻る途中だった。
するとふと、一つ気になることを思い出す。
「そういえばさ」
「んー?」
「戦ってる時に言ってた三速ってなんなんだ?」
その瞬間。
エキナが「あー」と声を漏らした。
「三速ね」
「なんか急に速くなったやつ」
「あれはスキルだよ」
「スキル?」
聞き慣れない単語だった。
エキナは少し考えるように空を見上げる。
「説明難しいなぁ」
「そんな難しいのか?」
「ううん。感覚的な話だから」
そう言って指を一本立てた。
「スキルっていうのは、人それぞれが持ってる特別な力のこと」
「特別な力」
「うん」
歩きながら続ける。
「魔法とは別物ね」
「別なのか」
「別!」
力強く頷く。
「魔法は勉強したり練習したりして使うものだけど、スキルは最初から持ってるものだから」
「全員持ってるのか?」
「んー、持ってない人もたまーにいるけど大体持ってるよ」
「ただ、何のスキルか分からない人もいるし、一生気付かない人もいるけど」
「そんなことあるのか」
「あるある」
なんだか不思議な話だった。
俺にもあるのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
「で、エキナのは?」
「私の?」
「三速」
するとエキナは少しだけ照れ臭そうに笑った。
「私のスキルは〈アクセル〉」
「アクセル」
どこか名前通りな気がする。
「簡単に言うと速くなるスキル!」
やっぱりそのままだった。
「一速は普通」
「うん」
「二速で走るよりちょっと速いくらい」
「なるほど」
「三速で結構速い」
それは見た。
「四速は?」
俺が聞くと、
「使えないよ?」
と返された。
「使えないのか」
「まだねー」
エキナは笑う。
「スキルも鍛えないと強くならないから」
「へぇ」
意外だった。
生まれつき持っているものなら、最初から完成しているのかと思っていた。
「私も最初は二速までしか使えなかったし」
「じゃあ三速も努力で?」
「努力!」
胸を張る。
その言葉は妙に納得できた。
確かに、あの動きは才能だけで手に入るものには見えない。
しばらく沈黙が続く。
森を抜け、畑が見え始める。
その時。
俺は小さく呟いた。
「じゃあ俺にもあるのかな」
エキナは少しだけこちらを見る。
「あると思うよ」
「思う?」
「うん」
「なんで?」
「勘!」
「何かわかるかは別だけどね」
エキナは笑った。
「記憶戻ったら分かるかも?」
「どうだろう」
苦笑する。
記憶。
その言葉はまだ少し重い。
自分が誰だったのか。
何をしていたのか。
何も分からない。
だが――
ふと、あの時の出来事が脳裏をよぎる。
アーマードボア。
突進。
そして見えた光景。
まるで未来を先に見たような、あの感覚。
(あれは…俺のスキル...なのか?…)
思わず考える。
だが口には出さなかった。
偶然かもしれない。
勘違いかもしれない。
まだ何も分からないのだから。
「ソラー?」
エキナの声で我に返る。
「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「絶対聞いてなかった!」
「聞いてたって」
「じゃあ今何の話してた?」
「……」
「ほら!」
嬉しそうに笑うエキナ。
ため息をつきながら歩き出した。
分からないことはまだ山ほどある。
けれど。
少なくとも今日、また一つだけこの世界のことを知ることができた。
.....多分。




