第五話「知識」
「はい!大体読めばなんとかなる本!」
ドサドサドサッ!
机の上に何冊もの本が積み上げられる。
「お、おお……多いな……」
思わず顔が引きつる。
目の前には満足げなエキナ。
「大丈夫大丈夫!全部読むわけじゃないから!」
「今の量見てそれ信じろって?」
「信じる者は救われる!」
「胡散臭ぇ……」
数日間聞き込みを続けた結果、収穫はゼロ。
俺のことを知っている人間は見つからなかった。
まぁ当然と言えば当然だ。
名前もわからない。
出身もわからない。
記憶もない。
そんな人間を探そうって方が無茶な話だろう。
そこでエキナが言い出した。
『じゃあ逆に、この世界のことを知ろう!』
というわけで今に至る。
街の中央付近にある小さな図書館。
俺は机に座り、山のような本を前にしていた。
「じゃ、頑張って!」
「他人事だな」
「だって読むのソラだもーん」
笑いながら向かいの席へ座る。
「わからなかったら聞いてねー」
そう言って別の本を開いた。
「……やるか」
一番上の本を手に取る。
表紙には、
【エルシア王国地理基礎】
と書かれていた。
⸻
まず目に入ったのはこの国の地図だった。
思ったより広い。
「へぇ……」
思わず声が漏れる。
この国、〈エルシア〉には複数の地域が存在しているらしい。
それぞれ特色も違う。
農業が盛んな緑豊かな地域。
灼熱の砂漠地域。
木々が生い茂る雪景色の温泉地帯。
雪に覆われた寒冷地。
首都のある草原地帯
そして俺たちがいる街は――
「黄凰……」
小さく呟く。
聞き覚えのある名前だ。
エキナからも何度か聞いた。
今いる街の名前。
国の中では田舎の小さな街らしい。
「結構田舎なんだな」
「失礼だなぁ」
向かいから声が飛ぶ。
「聞こえてんのかよ」
「聞こえるよ」
にへらっと笑う。
⸻
次の本を開く。
【魔物図鑑 初級編】
「これは気になるな……」
ページを捲るとまず初めに。
"魔物とは、その身体の大半を魔素で構成された生命体。見た目、サイズ、驚異度など100を超えるほどの種類が存在するがそのほとんどに共通して人類に害をなすとされる"
と書いてあった。
「ふーん....そんなにいるのか...」
パラパラと飛ばし飛ばしに捲っていくと、目を引くページがあった。
書かれている魔物の絵には嫌な思い出と共に見覚えがあった。
「あ」
アーマードボア。
森で死にかけながら戦ったあの猪だ。
危険度は中程度。
初心者が単独で挑む相手ではありません。
そう書かれている。
「なになに....岩属性の魔素?で構成された金属質の鎧を身につけており、その他の外観は猪とさほど変わらない。獲物を見つけると勢いをつけて突進し仕留める。直線的な動きでしか突進できないため避けることができれば討伐可能....と...」
戦った記憶を思い出しながら、読み進める。
「なるほどな....」
ギリギリ死なずに済んだのはあまり強い魔物ではなかったからか。
納得である。
他にも様々な魔物が載っていた。
狼型。
鳥型。
虫型。
中には建物ほど巨大な魔物もいるらしい。
「いやデカすぎだろ」
思わず突っ込む。
「上位種とかになるともっと大きいよ?」
「嘘だろ」
「ほんとほんと」
恐ろしい話だった。
⸻
さらに別の本。
【エルシア王国騎士団について】
今度はエキナが食いついた。
「あ、それ私が好きなやつ!」
「好きな本とかあるのか」
「あるよ!」
なぜか胸を張る。
ページをめくる。
"騎士とは、国を民を平和を守る者のこと。
勇敢なる者、強き者、優しき者のこと。
騎士団とはその騎士の集い。
〈国を守る盾となり 敵を滅ぼす矛となれ
民を包む母となり 民を叱る父とあれ 〉
これを信条とし、今日も職務についている"
「大変そうだな」
「大変だよー」
即答だった。
「怪我はするし、戦うのは少し怖いし、訓練も辛いし、人もたくさん死ぬ」
「......」
「でも誰かがやらなきゃ。それにやりがいもあるしね」
そう言うエキナは少しだけ誇らしそうだった。
それをみて少し安心した。
俺は本へ視線を戻す。
騎士には階級もあるらしい。
支部ごとに所属する者もいれば、本部所属の者もいる。
「へぇ……」
なんとなくだが、再認識する。
エキナが騎士であること。
街の人から慕われていること。
全部繋がる気がした。
⸻
そして最後。
一冊だけやたら分厚い本。
【魔法入門】
「魔法……」
ページを開く。
"魔法とは空気中に存在する魔素を使うことでこの世に普通では発生し得ない現象を起こしそれらを用いて戦闘を行う技術である。魔素とは空気中の至る所に存在するものであり、それを視認することは不可能である。魔素にはそれぞれ属性があり全部で5つとされこれを五代属性と呼ぶ。魔法にも様々な種類があり代表的なもので言えば魔式、基本技術でいくと魔纒がある。それぞれを細か"
そこまで読んで本を閉じた。
まだ1ページの半分にも満たない。
「うん、やめとこう。」
俺にはまだ早い。理解するのにどれだけかかるか...
⸻
気付けば数時間経っていた。
窓の外は少し赤くなり始めている。
本を閉じる。
「どうだった?」
エキナが聞いてくる。
「まぁ……」
椅子にもたれかかる。
「知らないことばっかだったな」
「だよね」
「でも」
少し考える。
「何もわからないって感じではなくなった」
世界が少しだけ形を持った気がする。
国があって。
街があって。
騎士がいて。
魔物がいて。
魔法がある。
だが俺の記憶はない。
それでも世界は存在している。
「それなら来た意味あったね」
エキナが笑う。
「まぁな」
俺も少しだけ笑った。
本の山を見る。
まだ半分以上残っている。
「……で?」
「うん?」
「これ全部読むのか?」
エキナは視線を逸らした。
「えっとね」
「おい」
「まだまだいっぱいあるよ!」
「帰る」
「ダメでーす!」
図書館の静かな空間に声が響いた。
少なくとも。
自分探しの手掛かりは見つからなかったが、
この世界については、ほんの少しだけ理解できた気がした。
でも、この世界の中で自分だけぽっかりと空いた穴の中にいるようなあまり嬉しくは無い気持ちも確かにあった。




