第三十九話「戦い方」
しばらくして、訓練場から離れていたザミが戻ってきた。ソラはベンチから立ち上がる。身体の痛みはまだ残っているものの、先ほどよりは動けるようになっていた。
「休憩は終わりだ。」ザミはそれだけ言うと、ソラの前まで歩いてくる。「立て。」
「はい。」
ソラは立ち上がる。
「剣を持て。」
「はい。」
地面に置いていた木剣を拾う。そこでソラはふと気づいた。ザミの腰には剣がない。手にも何も持っていない。
「……あの、ザミさんは?」
「なんだ。」
「剣……持ってないですよね。」
ソラがザミの腰を見る。
「持っていないな。」
「じゃあ、どうするんですか?」
ザミは一瞬だけソラを見ると、静かに両手を広げた。
「見ていろ。これから俺の戦い方を教える。」
「――スキル。明鏡武器庫」
その瞬間、空気が揺らいだ。ザミの周囲に十二枚の半透明な板が現れる。それは磨き上げられたガラスにも、薄く張った氷にも見えた。淡い光を透かす板には、それぞれⅠからⅫまでの数字が刻まれている。十二枚はザミを中心に円を描くように浮かび、静かに回転していた。
「……これが、スキル?」
「俺が使う武器を保存している。」
ザミはその中から一枚へ手を伸ばした。
「Ⅱ《ツヴァイ》――スラッシャー。」
指先が二番の板へ触れた瞬間、板が大きく広がる。半透明だった表面が光を帯び、そのままザミへ向かって滑るように進んでいく。板はザミの身体を覆うように重なり、そのまま身体をすり抜けた。
光が消える。
そこに立っていたザミの姿は、先ほどまでとはまるで違っていた。身体に沿った黒の上着。その上には黒鉄色の軽装鎧が身につけられ、左胸から右肩へ銀色の装飾が走っている。両腕には細身の籠手が装着され、腰には幅広のベルト。その左側には黒い鞘に収められた片手剣が備えられていた。細身の黒いズボンには膝を守る防具が取り付けられ、足元は動きを妨げない黒いブーツ。腰の後ろからは短い外套が伸び、黒い表地の隙間から深い紫の裏地が覗いている。
重装ではない。余計な装飾もない。そのすべてが、剣を振るためだけに整えられているようだった。十二枚の板は、役目を終えたように音もなく消えていく。
「これが俺のスキルだ。」
ザミは腰へ手を伸ばした。カチャリ、と鞘が鳴る。銀色の刀身が抜き放たれ、朝の光を鋭く反射した。
「十二種類の武装を、状況に応じて切り替える。武器だけじゃない。装備も、それに合わせて変わる。」
「じゃあ……あの一枚一枚が、全部違う武器なんですか?」
「そうだ。そして、武器が変われば戦い方も変わる。」
ザミが手を伸ばす。何もない空間に、再び三番の板が現れた。
「例えば、これだ。Ⅲ《ドライ》――デュエリスト。」
指先が板に触れる。板が大きく展開し、ザミの身体へ向かっていく。光を纏った板が身体を通り抜けると、先ほどの装備が消え、姿が変わった。
装甲はさらに削ぎ落とされていた。身体にぴたりと沿う黒い戦闘服が上半身を包み、胸元や肩には最低限の防具しかない。両腕には細い籠手が取り付けられ、腰には二本の剣を収めるためのベルト。脚も細身の黒い装束で覆われ、膝から下には軽い脚甲と、踏み込みや方向転換を邪魔しない軽装の靴が備えられている。腰から伸びる外套も先ほどより短く、左右に分かれた裾がわずかな風に揺れていた。
光が消える。同時に、三番の板も消えた。
ザミは左右の腰へ手を伸ばす。
一本。そして、もう一本。
二振りの細身の剣が同時に抜き放たれた。
「二本……。」
「そうだ。」
ザミは二本の剣を構える。先ほどまでの落ち着いた剣士の構えとは違う。身体を低くし、いつでも前へ飛び出せる姿勢。視線だけが鋭くソラを捉えている。
「Ⅱは万能型だ。相手の動きに合わせ、攻撃にも防御にも対応する。Ⅲは違う。」
ザミの身体が沈む。
「速さで潰す。」
次の瞬間、ザミの姿が消えた。
「――っ!」
ソラが木剣を構える。
目の前にザミが現れた。
キィンッ!
鋭い音が響いた。
「え……?」
ソラの木剣が、途中からゆっくりと滑り落ちる。
斬られていた。
木剣の刀身が、真っ二つに断たれている。
「う、わっ!」
直後、踏み込んだ勢いに身体がついていかず、ソラはその場に尻餅をついた。視界が揺れる。
そして、目の前。
ほんの僅か先に、もう一本の剣の刃があった。
ソラは息を止める。
ザミは動かない。
「……これがⅢだ。」
二本の剣を下ろす。
「速さで相手に考える時間を与えない。」
ザミは折れた木剣を見る。
「お前は今、何が起きたか理解できなかっただろう。」
ソラは何も言えなかった。
「それでいい。戦いでは、理解するより先に死ぬことがある。」
ザミは剣を収める。
「だからこそ、自分が何を使えるのかを知れ。武器を変える。戦い方を変える。相手に合わせて、自分も変える。」
ザミはソラへ視線を向けた。
「それが、俺の戦い方だ。」
ソラは折れた木剣を見つめ、それからザミを見る。
「……分かりました。」
「なら、もう一度だ。」
「はい!」
ザミは静かに構え直した。
訓練場に、再び二人の足音が響いた。




