第三十八話「最強」
「いてて……。」
訓練場の隅にあるベンチに腰掛け、ソラは肩を押さえた。身体中が痛い。特に腕は重く、少し動かすだけでも鈍い痛みが走る。
「大丈夫?」
隣に座るエキナが心配そうに顔を覗き込む。
「うん。たぶん……。」
「たぶんって。」
その反対側では、リアが腕を組みながら呆れたようにソラを見ていた。
「無茶しすぎだろ。あんなになるまでやるか普通。」
「でも、ザミって強いんだな。」
ソラがそう呟くと、リアは当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「そりゃ強いに決まってんだろ。あいつ、第一部隊でも武器のスペシャリストなんだから。」
「武器のスペシャリスト……。」
「そう。剣だろうが槍だろうが弓だろうが、武器なら大体使える。あいつが本気でやったら、さっきの比じゃないぞ。」
「……あれで?」
「そうだよ。」
リアは即答した。
「むしろ、あれでもまだ手加減してたんじゃねぇか?」
「……。」
ソラは黙り込む。
思い返してみれば、ザミの動きには無駄がなかった。こちらがどう動いても、それを先回りするように木剣が飛んできた。最後の一撃だけは、なぜか身体が勝手に動いたが、それ以外はほとんど何もできなかった。
「じゃあ……。」
ソラは二人を見る。
「ザミより、他の第一部隊の人たちも強いのか?」
「そりゃあ強いよ。」
エキナが答える。
「第一部隊は王国騎士団の中でも特別だからね。」
「じゃあ、例えば……団長も?」
「団長?」
リアが一瞬きょとんとする。
「そりゃそうだろ。」
「団長は――。」
そこでリアが少しだけ間を置いた。
「最強だよ。」
「……最強?」
聞き慣れない言葉ではなかった。
だが、その言い方が妙に引っかかった。
「強いって意味?」
「そういう意味でもあるけど、ちょっと違う。」
エキナが説明する。
「『最』の一文字に、その人を表す言葉を合わせた称号なんだよ。」
「称号?」
「うん。国王から与えられる特別な称号。」
リアが指を一本立てる。
「例えば団長なら『最強』。国で最も強いと認められた者に与えられる称号ってわけ。」
「……国で一番?」
「少なくとも、そう呼ばれるだけの実力があるってことだな。」
リアはそう言って笑う。
「他にもあるぞ。『最智』とか『最優』とか、『最恐』とか。」
「最智……最優……最恐。」
ソラは一つずつ口にする。
「それぞれ、その人を表してるんだよ。」
エキナが続ける。
「一番優れた知恵を持つ人なら最智。一番優れていると認められた人なら最優。そして――。」
「最も恐ろしい奴なら、最恐。」
リアが言葉を引き継いだ。
「……怖いな。」
「まあ、文字通りだよ。」
リアは肩をすくめる。
「ただ、別に最強が一番上ってわけじゃない。『最』っていうのは、それぞれの分野で頂点って意味だからな。」
「なるほど……。」
ソラは少し考える。
「じゃあ、団長は本当に……。」
「最強。」
エキナが笑った。
「それがニアン団長の称号だよ。」
ソラの脳裏に、昼寝をしていた男の姿が浮かぶ。
気だるそうに椅子へ座り、面倒くさそうにロマリーの話を聞いていた男。
あの人が。
「……全然そう見えない。」
思わず本音が漏れた。
「だろ?」
リアが笑う。
「初めて見た奴はみんなそう言うんだよ。」
エキナも苦笑する。
「でも、本当に強いよ。」
「ザミが強いって感じたなら、団長はそれとは別の次元だと思う。」
「……。」
ソラは遠くにある訓練場を眺めた。
自分が今まで出会った中で、一番強いと思ったのはザミだった。
そのザミよりも、さらに上。
しかも、それを国王から認められている。
「最強……。」
その言葉を、ソラはもう一度呟いた。
まだ記憶のない自分には、この国のことも、騎士団のことも、知らないことばかりだ。
けれど。
少しずつ、この世界のことが分かってきている。
そしていつか。
自分が何者なのかも、分かるのだろうか。
「ソラ?」
「……いや。」
エキナの声に、ソラは小さく笑った。
「なんでもない。」




