第三十七話「八つ当たり」
翌朝。
ソラは王国騎士団本部の訓練場にいた。
朝の冷たい空気が残る中、広い訓練場の中央で一本の木剣を握っている。
そして、その正面にはザミ。
こちらも木剣を片手に持ち、ソラをじっと見つめていた。
「えーと……なにを?」
ソラが困ったように木剣を見る。
「今からお前と試合をする。」
「試合?」
「ああ。」
ザミは木剣を構える。
「ルールはない。好きにしろ。いいな。」
「あ、えっと……はい。」
ソラは頷く。
しかし、どうにも引っかかる。
「……昨日となんか違いません?」
昨日のザミは、ニアンに対しても礼儀正しく、ソラにも丁寧な口調だった。
だが今は、まるで別人だった。
ザミは少しだけ黙る。
「……これが素だ。」
「え?」
「昨日は団長がいたからな。」
それだけ言うと、ザミは木剣を握り直した。
「いいからいくぞ。」
「えっ――」
次の瞬間。
ザミの姿が消えた。
「っ!」
反射的に木剣を構える。
ガンッ!
強烈な衝撃が腕へ走った。
「うわっ!」
ソラの身体が後ろへ弾かれる。
なんとか踏みとどまる。
だが、ザミは止まらない。
再び踏み込んでくる。
「――っ!」
木剣が振り下ろされる。
ガンッ!
ソラは必死に受け止めた。
しかし。
重い。
腕が痺れる。
受けた木剣が弾かれ、身体が大きくよろめいた。
「隙だらけだ。」
「っ……!」
追撃。
ソラは横へ飛んで避ける。
だが、すぐに次が来る。
右。
左。
斜め。
次々と繰り出される斬撃を、ソラは木剣で受け続ける。
防ぐ。
避ける。
また防ぐ。
それだけだった。
反撃する隙などない。
「ソラー! がんばれー!」
訓練場の端から声が飛んできた。
エキナだ。
その隣にはリアもいる。
「おー……。」
リアは腕を組みながら二人を眺めている。
「……なぁ。」
「ん?」
「なんかザミのやつ怒ってね?」
エキナは少し困ったようにザミを見る。
「……うん。」
「やっぱそうだよな。」
ザミの木剣がソラの肩を掠める。
「っ!」
ソラがよろめく。
「ほら。」
リアが眉をひそめる。
「なんか今日のザミ、明らかにおかしいだろ。」
「いつもあんな感じじゃないよね。」
「全然違ぇ。」
その間にも、ザミは攻撃を続ける。
木剣が振り下ろされる。
ガンッ!
ソラは受ける。
次。
ガンッ!
今度は脇腹。
「ぐっ……!」
さらに一撃。
ソラの身体が大きく揺れる。
それでも倒れない。
立ち上がる。
また構える。
ザミは止まらない。
まるで訓練というより、何かに苛立ち、それをソラへぶつけているようだった。
ソラの呼吸は、すでに大きく乱れていた。
「はぁ……っ、はぁ……!」
腕が重い。
脚に力が入らない。
それでも木剣を握る。
目の前のザミから、視線を外さない。
ザミが構える。
来る。
そう思った。
踏み込み。
一瞬で距離が消える。
木剣が振り抜かれる。
「――!」
避けられない。
そう思った。
なのに。
身体が動いた。
半歩。
ほんの僅かに身体を逸らす。
木剣が頬の横を通り過ぎる。
その瞬間。
ソラの腕が動いた。
考えていない。
狙っていない。
ただ、身体が勝手に動いた。
木剣が振り抜かれる。
ザッ――。
先端が、ザミの左頬を掠めた。
「……。」
「……。」
二人の動きが止まった。
ソラは荒い息を吐いている。
もう限界だった。
木剣を握る手から力が抜けかけている。
一方。
ザミは動かなかった。
ゆっくりと左手を上げる。
そして、左頬を指先でなぞる。
指先に、薄く赤い跡が残った。
「…………」
ザミの顔から表情が消える。
信じられない。
そんな感情だけが、その目に浮かんでいた。
何度も打ち込んだ。
何度も追い詰めた。
立っていることすら困難になるまで、一方的に叩き続けた。
それなのに。
最後の一撃だけ。
ソラはまるで――
最初からその動きを知っていたかのように避けた。
ザミはしばらく左頬に触れたまま、ソラを見つめていた。
やがて、木剣を下ろす。
「……一時休息だ。」
それだけだった。
ザミが離れていく。
その直後。
「ソラ!」
エキナが駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
ソラは返事をしようとする。
だが、声が出ない。
張り詰めていた力が切れたように、身体から一気に力が抜ける。
「ソラ!」
エキナが慌てて身体を支える。
リアも駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫か!」
二人に支えられながら、ソラは荒い息を吐く。
その少し離れた場所。
ザミは一人で立っていた。
左頬に残った赤い跡を、もう一度指でなぞる。
「…………」
何も言わない。
ただ。
先ほどの一撃だけが、頭から離れなかった。




