第三十五話「顔合わせ」
ニアンは団長室を出ると、そのまま本部の廊下を歩き始めた。
「ついてこい。」
その一言だけを残し、気だるそうに手をひらひらと振る。
ソラとエキナは顔を見合わせ、小さく頷くと、その後を追った。
しばらく歩くと、ニアンは一枚の扉の前で足を止める。
重厚な木製の扉。
中央には銀色のプレートが取り付けられ、そこには力強い文字が刻まれていた。
第一部隊詰所
「ここが第一部隊の詰所だ。」
ニアンはそう言うと、迷いなく扉を開く。
「ただいまー。」
団長とは思えないほど気の抜けた声が部屋へ響いた。
詰所の中は広く、壁際には本棚や資料棚が並び、中央には大きな机が置かれている。奥にはゆったりとしたソファーがあり、それぞれが思い思いに時間を過ごしていた。
ソラは部屋の中を見渡す。
まず目に入ったのは、本棚の前に立つ一人の女性。
長い緑色の髪を揺らしながら、静かに本を棚へ戻している。
肩へ羽織ったファー付きのカーディガンは袖を通さずに羽織っているだけだというのに、不思議とずり落ちる気配はない。長身で、すらりと伸びた脚が目を引く大人びた女性だった。
その奥のソファーには、赤い髪の少女と青い髪の少年が並んで座っている。
二人とも団長室で見かけた顔だ。
そして、その隣には一人の青年。
紫色の髪に赤いメッシュが入り、左頬には一本の切り傷。長い前髪が片目を隠し、腕を組んだままどこか退屈そうに座っていた。
(あの人だけ初めて見る……。)
「全員いるな。」
ニアンが部屋を見渡す。
四人の視線がソラたちへ向いた。
「三人とは団長室で顔だけは合わせたな。」
ニアンは本棚の女性と、ソファーに座る二人を指差す。
「まぁ、ちゃんと話すのはこれが初めてだ。」
「一人ずつ紹介しよう。」
最初に本棚の女性がこちらへ歩いてくる。
柔らかな笑みを浮かべ、小さく一礼した。
「第一部隊所属、セーラです。」
「よろしくお願いしますね。」
穏やかな声だった。
聞いているだけで自然と肩の力が抜けるような、不思議な安心感がある。
「第一部隊の頭脳担当。」
ニアンが簡潔に紹介する。
「困ったら大体こいつに聞け。」
「もう、団長。」
セーラは困ったように微笑む。
「そんなに何でも知っているわけではありませんよ。」
「調べるのが得意なだけです。」
そう言って、ソラとエキナへもう一度微笑みかけた。
「これからよろしくお願いします。」
二人も揃って頭を下げる。
「よろしくお願いします。」
「次。」
ニアンがソファーへ目を向けた。
すると、赤髪の少女が勢いよく立ち上がる。
だが、その視線はソラではなくエキナへ向いた。
「……あれ?」
一瞬きょとんとした後、表情がぱっと明るくなる。
「エキナじゃねぇか!」
「リア!」
エキナも驚いたように目を見開き、すぐに笑顔になった。
「久しぶり!」
「久しぶりだな!」
二人は自然と歩み寄る。
「元気だったか?」
「うん!リアも変わってないね。」
「当たり前だ!」
リアは胸を張って笑う。
「訓練以来じゃね?」
「そうだね。」
その様子を見ていたソラが首を傾げる。
「エキナ、知り合いなのか?」
「あぁ。」
ニアンが答えた。
「同期だ。」
「騎士になった時期が同じでな。」
「なるほど……。」
「まぁ、紹介続けるぞ。」
ニアンがリアを親指で示す。
「リア。」
「第一部隊隊員。」
「元気だけが取り柄。」
「誰が元気だけだ!」
リアがすぐさまツッコむ。
「もっと他にあるだろ!」
「細かいこと考えるのは苦手。」
「そこは否定できねぇけど!」
部屋に笑いが広がる。
「よろしくな!」
リアはソラへ向かって親指を立てた。
「次。」
ニアンはその隣の少年を見る。
「レン。」
レンはゆっくり立ち上がると、小さく会釈した。
「レンです。」
「よろしく。」
短い。
それだけ言って座ろうとすると、
「短っ!」
リアがすぐ横からツッコむ。
「もうちょっと何かあるだろ!」
「必要ない。」
「あるって!」
「ない。」
早くも言い合いが始まる。
ニアンは呆れたように笑った。
「まぁ、こいつらはいつもこんな感じだ。」
「仲はいいんだか悪いんだか。」
「良くねぇ!」
「良くない。」
二人の声が綺麗に重なる。
ソラは思わず笑みをこぼした。
(息はぴったりなのに。)
「最後。」
ニアンはソファーの端へ視線を向ける。
「ザミ。」
紫髪の青年はゆっくり立ち上がる。
片目を隠したまま、ソラたちへ軽く頭を下げた。
「第一部隊所属、ザミです。」
「よろしくお願いします。」
口調は丁寧だが、どこか素っ気ない。
一匹狼という言葉がよく似合う男だった。
「武器の扱いなら第一部隊一。」
ニアンが紹介を終えると、不意に何かを思い出したようにソラを見る。
「あ、ソラ。」
「お前の指南役だけど。」
ソラが首を傾げる。
「ザミがやるから。」
詰所が一瞬静まり返る。
ザミは珍しく目を丸くした。
「……私、ですか?」
「うん。」
ニアンは悪びれもせず頷く。
「今決定した。」
ザミは数秒だけ黙り込む。
やがて、小さくため息をついた。
「……承知しました。」
その返事に、ニアンは満足そうに笑う。
「よし、決まり。」
「ソラ。」
「今日からザミがお前の師匠だ。」
ソラは思わずザミを見る。
ザミもまたソラを見返し、小さく口を開いた。
「未熟者に教えるのは得意ではありません。」
「ですが、団長命令ですので。」
一拍置いて、静かに告げる。
「覚悟はしておいてください。」
その一言だけで、ソラはこれから始まる訓練が決して楽なものではないと悟るのだった。




