第二十九話「帰る場所」
翌日。
ソラは黄凰の街を歩いていた。
空は青い。
風も穏やかだ。
キング襲撃の日が嘘だったかのように平和な光景だった。
(本部、か。)
昨日届いた手紙を思い出す。
騎士団本部。
王都。
団長からの招集。
理由は分からない。
だが行かなければならないらしい。
隣ではエキナが上機嫌に歩いていた。
「楽しみだなぁ!」
「昨日からそれしか言ってないな。」
「だって楽しみなんだもん。」
エキナは笑う。
その様子にソラも小さく笑った。
街並みを見渡す。
倒壊した建物はほとんど修復されていた。
壊れた屋台も戻っている。
人々も以前と同じように生活していた。
だが。
よく見れば分かる。
どこか元気のない人。
喪章を付けた人。
時折見かける空席。
被害がなかったわけではない。
それでも。
この規模の襲撃で街が機能していること自体が奇跡だった。
「おお!」
突然声を掛けられる。
振り向く。
果物屋の店主だった。
「ソラじゃねぇか!」
「どうも。」
「体はもう大丈夫なのか?」
「ああ。」
「そうかそうか!」
店主は嬉しそうに笑う。
「ありがとな!」
「え?」
「お前たちのおかげで家族全員無事だった!」
そう言って頭を下げる。
ソラは困った。
こういうのには慣れていない。
「いや、俺だけじゃ……」
「それでもだ!」
店主は強引に果物を押し付けてきた。
「持ってけ!」
「いや金は――」
「いらん!」
「いやでも――」
「持ってけ!」
「はい。」
負けた。
エキナが横で笑っている。
その後も似たようなことが何度も起きた。
肉屋。
雑貨屋。
通りを歩いていたおばあさん。
子供たち。
皆が礼を言ってくる。
ソラはその度に曖昧な返事しかできなかった。
なんとなく気恥ずかしかったからだ。
「人気者だね。」
「違うだろ。」
「違わないよ。」
エキナは笑う。
「ソラが頑張ったの、みんな見てたんだから。」
ソラは返事をしなかった。
代わりに空を見上げる。
あの日。
自分はただ必死だった。
生き残るために。
二人が来るまで時間を稼ぐために。
それだけだった。
だが結果として街は守られた。
なら悪くはなかったのかもしれない。
歩き続ける。
やがて騎士団支部が見えてきた。
入口の前にはゴルドが立っていた。
腕を組みながらこちらを見る。
「帰ってきたか。」
「散歩してただけだ。」
「そうか。」
短い会話。
いつも通りだった。
ゴルドは二人を見て鼻を鳴らす。
「明日だったな。」
「ああ。」
「本部。」
ソラが頷く。
ゴルドは少しだけ考えるような顔をした。
「向こうには強い奴が山ほどいる。」
「だろうな。」
「お前らが今まで見たことねぇような連中もな。」
そう言ってソラを見る。
「だから浮かれるな。」
「分かってる。」
「ならいい。」
本当にそれだけだった。
だが。
それがゴルドらしい。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
「行ってこい。」
ゴルドが言った。
「おう。」
「強くなって帰って来い。」
ソラは少しだけ笑う。
「帰ってくる場所みたいに言うな。」
「違うのか?」
即答だった。
思わず言葉に詰まる。
ゴルドはそれ以上何も言わない。
ただ支部へ戻っていった。
その背中を見送りながら。
ソラは小さく息を吐いた。
気付けば。
この街にも知り合いができていた。
記憶はない。
過去も知らない。
それでも。
黄凰で過ごした時間は確かに自分のものだった。
「ソラ。」
エキナが声を掛ける。
「なんだ?」
「名残惜しい?」
少し考える。
そして首を横に振った。
「いや。」
本当は少しだけ惜しかった。
だが。
「また戻ってくるだろ。」
そう答える。
エキナは嬉しそうに笑った。
「うん!」
夕日が街を染める。
明日。
二人は転行印を使い、騎士団本部へ向かう。
新しい出会いと。
新しい戦いが待つ場所へ。




