第二十七話「鈍く重く堅く強く」
ガギィン!!
木剣同士が激しくぶつかる。
「っ!!」
腕に重い衝撃が走った。
受け止めたはずなのに、そのまま押し込まれる。
まるで岩が突っ込んできたみたいだった。
足が地面を削る。
それでも踏ん張る。
「どうしたァ!!」
ゴルドが豪快に笑う。
「一ヶ月も寝てたせいで体まで寝ちまったか!!」
「そんなわけあるか!!」
ソラは後ろへ飛び退いた。
距離を取る。
だが次の瞬間にはゴルドが目の前にいた。
「うおっ!?」
振り下ろされる木剣。
慌てて受ける。
ガンッ!!
重い。
とにかく重い。
木剣なのに鈍器だった。
「遅ぇ!!」
「っらぁ!!」
ソラも反撃する。
横薙ぎ。
だが木剣はあっさり弾かれた。
「甘ぇ!!」
腹に蹴り。
「ぐっ!?」
そのまま吹き飛ばされる。
地面を転がり、土煙が舞った。
仰向けになった空はやけに青い。
(なんでこうなったんだ……)
話は少し前に遡る。
街を歩いていたところをゴルドに呼び止められた。
『来い。』
『え?』
『訓練だ。』
『いや待て。』
『木剣持て。』
『話聞けよ。』
そして今である。
理不尽だった。
「何寝転がってやがる。」
ゴルドが木剣を肩に担ぐ。
ソラはため息を吐きながら立ち上がった。
「寝転がってるんじゃない。」
「転ばされたんだ。」
「同じことだ。」
「違うだろ。」
服についた土を払う。
だが次の瞬間、ゴルドの口から飛び出した言葉にソラは動きを止めた。
「この程度じゃあ、やっぱキングには勝てそうもねぇなぁ。」
「そりゃそうだろ。」
苦笑する。
「俺が戦えたのだってスキルのおかげだ。」
キングとの戦いが脳裏をよぎる。
何度も見た死の未来。
拳に潰される未来。
炎に焼かれる未来。
蛇に噛み砕かれる未来。
「あのスキルがなかったら何回死んでたか分からない。」
「ああ。」
ゴルドはあっさり頷いた。
「その通りだ。」
予想外の返答だった。
てっきり否定されると思っていた。
「だがな。」
ゴルドは木剣の切っ先を地面へ向ける。
「スキルに頼り切るのは命取りだぞ。」
「でも助かった。」
「ああ。」
「助かったとも。」
ゴルドは自分の拳を見る。
大きく、厚く、無数の傷跡が残る拳。
「俺のスキルはガチゴチ。」
「体を岩みてぇに固くする力だ。」
拳を握る。
筋肉が膨れ上がり、皮膚が岩のような質感へ変わった。
何度も見たことのあるスキル。
だが改めて見ると異様だった。
「だったら常に使ってれば強いんじゃないのか?」
「そう思うか?」
ゴルドは笑う。
「歩く時に全力疾走するか?」
「しない。」
「だろ。」
岩のようになっていた拳が元に戻る。
「必要な時だけ使う。」
「必要じゃねぇなら使わねぇ。」
「それだけだ。」
ソラは黙る。
ゴルドは続けた。
「俺が強ぇのはガチゴチがあるからじゃねぇ。」
「ガチゴチがある俺が鍛え続けたからだ。」
木剣を構える。
その姿には妙な説得力があった。
「スキルは道具だ。」
「剣と同じ。」
「便利な道具。」
「だが振るうのは自分自身だ。」
ソラは自然と自分の手を見る。
キングとの戦い。
未来ばかり見ていた。
予知に頼り続けていた。
「お前が鍛えるべきなのは未来を見る力じゃねぇ。」
ゴルドが木剣を向ける。
「未来を見て動ける体だ。」
「未来を見て判断できる頭だ。」
「未来を見ても折れねぇ心だ。」
言葉が胸に刺さる。
未来が見えても避けられなければ意味がない。
未来が見えても怖くて動けなければ意味がない。
未来が見えても剣が振れなければ意味がない。
「……なるほどな。」
「分かったか?」
「なんとなく。」
「十分だ。」
ゴルドは満足そうに笑った。
そして。
「じゃあ続きだ。」
「は?」
「体で覚えろ。」
「今いい話したじゃん!」
「だからだ。」
ゴルドが踏み込む。
「うおっ!?」
再び木剣が振り下ろされた。
ガギィン!!
訓練場に音が響く。
そこからは無我夢中だった。
受ける。
弾く。
避ける。
転ぶ。
立つ。
また転ぶ。
何度も何度も木剣を振った。
腕が痛い。
足も痛い。
息も上がる。
だが不思議と嫌ではなかった。
気付けば太陽は大きく傾いていた。
「今日はこんなもんだな。」
ゴルドが木剣を肩へ担ぐ。
ソラは地面へ座り込んだ。
「疲れた……。」
「一ヶ月寝てたんだ。」
「その分鈍ってる。」
「勘弁してくれ。」
「しない。」
即答だった。
「鬼か。」
「違う。」
ゴルドは笑う。
「教師だ。」
「最悪だ。」
ソラが肩を落とすと、ゴルドは豪快に笑った。
そのまま二人は支部へ戻る。
夕暮れの街は暖かな橙色に染まっていた。
キングが暴れた跡はまだ残っている。
それでも人々は前を向いていた。
商人は店を開き。
子供は走り回り。
誰かが笑っている。
それを見ながらソラは少しだけ胸を張った。
守れたのだ。
完璧ではなくとも。
それでも。
支部の扉を開く。
「あ、いたいた!」
聞き慣れた声。
エキナだった。
なぜか嬉しそうに駆け寄ってくる。
「どうした?」
「ソラ宛てに手紙来てるよ!」
「手紙?」
思わず首を傾げる。
エキナは封筒をひらひらと振った。
「ほらこれ。」
差し出された封筒を受け取る。
見慣れない紋章。
妙にしっかりした封蝋。
「誰からだ?」
「さぁ?」
エキナは肩を竦める。
「でもなんか偉そうなやつ。」
「なんだそれ。」
苦笑しながら封筒を裏返す。
そして。
差出人の名前を見た瞬間。
ソラの動きが止まった。
「……え?」
思わず声が漏れる。
エキナが首を傾げた。
「どうしたの?」
だがソラは答えなかった。
ただ封筒を見つめる。
その手紙は――王国騎士団本部からのものだった。




