第二十五話「街を歩けば君がいて」
二日。
たった二日。
それだけなのに、随分長く感じる。
ベッドの上で一ヶ月を失ったせいだろうか。
窓の外を眺めるだけの生活にもようやく飽き始めた頃、ようやく外出の許可が下りた。
(……まぁ、元気だしな。)
腕を動かす。
足を動かす。
問題ない。
痛みもない。
一ヶ月も寝ていた人間の体とは思えないほど普通に動く。
正直、自分でも少し怖かった。
(いや、考えるのはやめよう。)
最近そればかりだ。
死の未来。
治る傷。
青い剣。
キング。
蛇。
空間の亀裂。
考えれば考えるほど分からなくなる。
だから今だけは考えない。
せっかく外に出られるのだ。
少しくらい気分転換してもいいだろう。
支部の扉を開ける。
暖かな風が頬を撫でた。
「……久しぶりだな。」
思わずそんな言葉が漏れる。
たった一ヶ月。
されど一ヶ月。
外の空気は思っていたより気持ちが良かった。
ロマリーさんは昨日帰っていった。
本部でやることが山ほどあるらしい。
『もう少し休んでから動け。無茶をするなよ。』
そう言いながら荷物をまとめていた。
最後は馬車へ乗り込みながら。
『また会おう。』
そう言って手を振っていた。
騎士団の偉い人という印象だったが、案外気さくな人だったなと思う。
(また会うこともあるのかな。)
もし会うことがあれば、本部でなのかも。
そんなことを考えながら街を歩く。
石畳を踏みしめる音。
行き交う人々の声。
店先から漂う香ばしい匂い。
どれも懐かしかった。
街は思っていたより元気だった。
キングの襲撃があったとは思えないほどに。
もちろん被害の跡は残っている。
壊れた建物。
修理途中の屋根。
新しい木材の匂い。
まだ完全には戻っていない。
だが、人々は前を向いていた。
「おっ、ソラ君!」
突然声を掛けられる。
顔を向けると果物屋のおじさんだった。
「あ。」
「体はもう大丈夫なのか?」
「まぁ、それなりに。」
「ははは!良かった良かった!」
豪快に笑う。
そして真面目な顔になった。
「ありがとうな。」
「え?」
「守ってくれたんだろ?」
ソラは少し困ったように頭を掻く。
「いや、俺だけじゃ――」
「それでもだ。」
おじさんは笑った。
「ありがとな。」
その言葉だけを残して仕事へ戻っていく。
ソラは少しだけ立ち尽くした。
なんだか照れ臭い。
歩き出す。
するとまた別の人に声を掛けられる。
「ソラ君!」
「もう大丈夫なの?」
「おかげさまで。」
「本当にありがとうねぇ。」
パン屋のおばさん。
少し進めばまた別の人。
「助かったよ!」
「ありがとう!」
「無茶するんじゃないぞ!」
気付けば何度も礼を言われていた。
その度に曖昧な返事を返す。
慣れない。
こういうのは。
でも悪い気分ではなかった。
街は生きている。
みんな生きている。
それが少し嬉しかった。
――ただ。
全員ではない。
ふと足が止まる。
道端に置かれた花束。
閉まったままの家。
静かな空気。
そこにいる人の表情はどこか暗い。
当たり前だ。
死者は三人。
三人しか、ではない。
三人も、だ。
その人たちにとっては世界でたった一人だったかもしれない。
家族だったかもしれない。
友人だったかもしれない。
(……。)
胸が少し重くなる。
守れた。
だけど守れなかった。
その事実は消えない。
ロマリーの言葉を思い出す。
『胸を張れ。』
簡単にできるほど器用ではなかった。
それでも。
少しずつでも前を向かなければならないのだろう。
ソラは息を吐く。
そして再び歩き出した。
その時だった。
「あ。」
聞き覚えのある声。
顔を上げる。
広場の向こう。
見慣れた赤髪が風に揺れていた。
エキナだ。
向こうもこちらに気付いたらしい。
ぱちりと目を瞬かせる。
そして。
「ソラー!」
ぶんぶんと手を振りながら走ってきた。
(元気だな……。)
思わず苦笑する。
どうやら静かな散歩にはならなそうだった。




