第二十四話「通すべき筋」
「まずは謝罪からだな。」
ロマリーはそう言うと、静かに膝の上で手を重ねた。
先程までの和やかな空気が少しだけ引き締まる。
エキナやゴルドと話していた時とは違う。
今の彼女は騎士団の人間として、正式な話をしようとしているのだろう。
「謝罪?」
ソラは首を傾げる。
謝られるような覚えはない。
むしろ助けられた側だ。
「ああ。」
ロマリーは小さく頷いた。
「我々の到着が遅れた。」
その言葉にソラは目を瞬かせる。
「本来ならばもっと早く黄凰へ到着する予定だった。」
「結果として、お前たちに無理をさせることになった。」
そう言うとロマリーは僅かに頭を下げる。
「騎士団を代表して謝罪する。」
「すまなかった。」
「いやいや!」
ソラは慌てて手を振った。
「そんなの仕方ないだろ!」
「距離もあっただろうし!」
「それに助けてもらったんだから十分だって!」
ロマリーは顔を上げる。
その表情は真面目なままだ。
「それでもだ。」
「騎士団は民を守るための組織。」
「守るべき場所へ間に合わなかった。」
「その事実は変わらない。」
真っ直ぐな言葉だった。
言い訳を探す様子もない。
責任として受け止めているのだろう。
ソラは何も言えなくなった。
数秒の沈黙。
やがてロマリーは小さく息を吐く。
「だが。」
そこで少しだけ表情が和らいだ。
「礼も言わせてほしい。」
「礼?」
「ああ。」
ロマリーは頷く。
「よく街を守った。」
ソラは思わず視線を逸らした。
面と向かって褒められるのは慣れていない。
「被害は最小限で済んだ。」
「死者三名。」
その数字に胸が少し痛む。
守れなかった命。
確かに存在した犠牲。
だがロマリーは続けた。
「重傷者十一名。」
「建物の損壊も少なくない。」
「それでも、この規模の襲撃なら街が消えていてもおかしくなかった。」
窓の外へ視線を向ける。
穏やかな昼の景色。
あの日の惨状が嘘のようだった。
「死者三名で済んだ。」
「それは奇跡ではない。」
「お前たちが戦った結果だ。」
ソラは静かに話を聞いていた。
キングの姿が脳裏をよぎる。
巨大な拳。
燃え盛る炎。
噛みつこうとした大蛇。
何度も見た死の未来。
全部思い出せる。
「……そっか。」
自然とそんな言葉が漏れた。
「胸を張れ。」
ロマリーは静かに言う。
「黄凰支部は役目を果たした。」
その言葉は思っていた以上に嬉しかった。
少なくとも。
無駄ではなかったのだと思えた。
少し照れ臭くなりながら頬を掻く。
「そういやさ。」
「ん?」
「キングの尻尾。」
ロマリーが首を傾げる。
「尻尾?」
「ああ。」
ソラは頷いた。
「結構きつかったんだよな。」
あの時のことを思い出しながら苦笑する。
死ぬ未来を見た瞬間の寒気は今でも忘れられない。
「蛇。」
「蛇?」
「キングの尻尾だよ。」
「途中から蛇になって噛みついてきた。」
「最後は首を切ったけど。」
ロマリーの眉が僅かに動く。
腕を組み、考えるように視線を落とした。
「そのような特徴は聞いていないな。」
「え?」
今度はソラが困惑する。
「いや、いたぞ?」
「見間違いではない。」
即答だった。
「俺、食われかけたし。」
「最後は首も切った。」
ロマリーは顎へ手を添える。
何かを考えている。
そんな仕草だった。
「他には何かあるか?」
「他?」
「ああ。」
ソラは少し考える。
そしてもう一つ思い出した。
「あ。」
「なんだ。」
「キングが出てきた時。」
「空間が割れてた。」
ロマリーの視線が上がる。
「割れていた?」
「ああ。」
ソラは頷く。
「ガラスみたいに。」
「バキッて割れて。」
「そこからキングが出てきた。」
部屋が静かになる。
ロマリーは何も言わない。
ただ黙って聞いている。
「俺だけじゃないぞ。」
「街のみんなも見てた、と思う。」
数秒の沈黙。
やがてロマリーは静かに息を吐いた。
「ふむ……。」
そしてゆっくり頷く。
「それは気がかりだな。」
「気がかり?」
「ああ。」
ロマリーは椅子にもたれかかった。
「こちらでも調べておこう。」
その返答は落ち着いていた。
慌てる様子も驚く様子もない。
だが完全に聞き流しているわけでもない。
何か思うところがあるのだろう。
ソラはそう感じた。
「まぁ、今は休め。」
ロマリーが立ち上がる。
「一ヶ月も眠っていたんだ。」
「起きたばかりで考えすぎるな。」
「そう言われてもなぁ……。」
ソラは苦笑する。
一ヶ月眠っていたと言われても実感がない。
だが目覚めてから起きること全てが意味不明だった。
ロマリーはそんなソラを見て僅かに笑う。
「その辺りも含めて、少しずつ慣れていけばいい。」
そう言い残し、彼女は部屋を後にした。
静かになった医務室。
ソラは一人、天井を見上げる。
蛇の尻尾。
割れた空間。
そして死の未来。
戦いは終わったはずなのに。
胸の奥にはまだ拭えない違和感が残っていた。




