第二十三話「余韻に浸れ」
意識が浮上する。
深い水の底からゆっくりと引き上げられるような感覚。
重たい瞼を持ち上げる。
「……ん」
視界が開く。
見慣れた天井。
木の梁。
白い壁。
黄凰支部の医務室だった。
(ここ……)
ぼんやりと天井を眺める。
不思議と痛みはない。
体も動く。
ただ、長い間寝続けていたような妙な違和感だけが残っていた。
「あ……」
声が聞こえた。
横を見る。
知らない女性が椅子に座っていた。
支部の制服を着ている。
年齢は自分より少し上くらいだろうか。
彼女は目を丸くしてこちらを見ていた。
「起きた……?」
「え?」
「起きた!!」
勢いよく立ち上がる。
椅子が倒れそうになる。
「え、ちょっ」
「ロマリーさん呼んできます!!」
バタバタと部屋を飛び出していった。
扉が閉まる。
「……」
静寂。
ソラは天井を見上げた。
「なんだったんだ……」
そこで記憶が戻ってくる。
キング。
炎。
大蛇。
青い剣。
ゴルド。
エキナ。
そして――。
(勝ったのか……?)
分からない。
最後の記憶はゴルドに受け止められたところで途切れている。
時間の感覚もない。
どれくらい寝ていたのかも分からない。
数分か。
数時間か。
それとも――。
ガチャリ。
扉が開いた。
先ほどの女性。
そしてその後ろから一人の女性が入ってくる。
白髪。
頭には大きな兎耳。
落ち着いた足取り。
年上だと一目で分かる雰囲気。
彼女はベッドの横まで来ると、小さく息を吐いた。
「本当に起きたな。」
「……誰?」
率直な疑問だった。
女性は少しだけ目を細める。
「そうか。私とは初対面だったな。」
そう言って椅子に腰掛ける。
そして後ろにいた女性へ視線を向けた。
「ありがとう。二人を呼んできてくれ。」
「はい!」
女性は嬉しそうに頷く。
そして再び部屋を飛び出していった。
扉が閉まる。
二人きり。
改めてソラは目の前の女性を見る。
「私はロマリーだ。」
「王国騎士団団長秘書。」
「騎士団……」
「ああ。」
ロマリーは頷く。
「それで、一つ聞きたい。」
ソラは身を乗り出す。
「キングは?」
間髪入れず返事が返ってきた。
「討伐された。」
その瞬間。
胸の奥にあった重石が消える。
「……そっか。」
街は守れた。
それだけで十分だった。
「ゴルドとエキナは?」
「生きている。」
「よかった……」
本心だった。
力が抜ける。
そんなソラを見ながらロマリーは続ける。
「あれから一ヶ月が経っている。」
「……は?」
思考が止まった。
「一ヶ月だ。」
「いや。」
即答だった。
「それはありえない。」
「そうか?」
「昨日だろ?」
「キングと戦って。」
「ゴルドとエキナが来て。」
「それで……」
そこから先がない。
記憶がない。
ロマリーは静かに首を振った。
「残念ながら昨日ではない。」
「今日でちょうど一ヶ月だ。」
「……」
理解できない。
一ヶ月。
たった今まで戦っていた気がする。
眠っていた感覚などなかった。
「嘘だろ……」
「事実だ。」
ロマリーは淡々と答える。
その時だった。
廊下の向こうから聞き覚えのある声が響く。
「本当!?」
「起きたのか!?」
足音。
走る音。
どんどん近付いてくる。
ロマリーが小さくため息を吐いた。
「相変わらず騒がしいな。」
次の瞬間。
バンッ!!
勢いよく扉が開いた。
「ソラ!!」
エキナが飛び出す。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ立ち尽くした。
目の前にいる。
ちゃんと目を開けている。
呼べば反応する。
話せる。
生きている。
「……ソラ。」
震えた声。
その瞬間だった。
「このバカぁぁぁぁぁ!!」
「うおっ!?」
勢いよく飛びついてくる。
ベッドの上へ押し倒される形になった。
「ちょっ、エキ――」
「バカ!!」
「一ヶ月!!」
「一ヶ月も寝てたんだよ!?」
「いや、俺も知らなかったし――」
「知らないじゃない!!」
胸をぽかぽか叩かれる。
全然痛くない。
だが怒っているのは伝わった。
「起きないし!」
「返事しないし!」
「死んじゃったのかと思ったし!!」
「生きてる生きてる。」
「そういう問題じゃない!!」
また叩かれる。
今度は少し強め。
それでもソラは苦笑した。
「……ごめん。」
エキナの手が止まる。
「……」
「心配かけた。」
しばらく沈黙。
やがて。
「ほんとだよ……」
小さな声。
肩が震えていた。
泣いているのだろう。
その姿を見ていると、なんだか申し訳なくなった。
「おう。」
低い声。
視線を向ける。
扉の近くにゴルドが立っていた。
いつも通り。
大きな体。
大きな腕。
安心する姿だった。
「ゴルド。」
「生きてるな。」
「まあな。」
「そうか。」
短い会話。
だがそれだけで十分だった。
ゴルドは腕を組む。
「よくやった。」
「……」
「時間稼ぎどころか傷まで付けやがった。」
「正直驚いたぞ。」
その言葉に思わず笑う。
ゴルドに褒められるのは少し嬉しい。
「まあ死ぬかと思ったけどな。」
「実際死にかけてただろ。」
「それはそう。」
するとエキナが顔を上げた。
「そうだよ!」
「何回死にかけてると思ってるの!?」
「知らん。」
「知らんじゃない!!」
再び怒られる。
するとロマリーがため息を吐いた。
「病人だぞ。」
全員がそちらを見る。
「目覚めてまだ数十分も経っていない。」
「少し休ませてやれ。」
「えー……」
エキナが不満そうな声を出す。
「後で話せる。」
「むぅ……」
渋々離れる。
ゴルドも頷いた。
「また後で来る。」
「ああ。」
「飯食えるようになっとけ。」
「それは無理かもしれない。」
「食え。」
理不尽だった。
だが少し嬉しい。
エキナも扉の前で振り返る。
「あとで絶対来るからね!」
「おう。」
「逃げないでよ!?」
「病人がどこ行くんだよ。」
ようやくエキナが笑った。
そして二人は部屋を出ていく。
扉が閉まる。
静かになった。
ロマリーは椅子を引き寄せる。
「さて。」
先程までとは違う声色。
少し真面目な空気になる。
「改めて話をしよう。」
ソラも自然と姿勢を正した。
ロマリーは一度頷く。
「まずは謝罪からだな」




