第十七話「現実」
ゴォォォォォン――――!!
鐘の音で目が覚めた。
飛び起きる。
夢じゃない。
そう思ったのは二度目の鐘が鳴った時だった。
ゴォォォォォン!!
嫌な予感が全身を駆け巡る。
窓へ駆け寄った。
外を見る。
住民達が走っていた。
荷物を抱え、子供の手を引き、誰もが慌ただしく動いている。
そして。
「敵襲だぁぁぁぁぁ!!」
見張り台から叫び声が響いた。
背筋が凍る。
三日後のはずだった。
昨日エキナが言った。
順調に進んでも三日。
まだ一日も経っていない。
「早すぎるだろ……」
呟きながら部屋を飛び出した。
階段を駆け下りる。
支部の入口では既に二人が準備を終えていた。
エキナは剣を腰に下げ、ゴルドは巨大な剣を肩に担いでいる。
その顔にいつもの余裕はない。
「ソラ!」
「どうなってる!?」
「群れが来た!」
「もう!?」
ゴルドが鼻を鳴らす。
「理由は後だ!」
その一言で十分だった。
今は考える時間じゃない。
「作戦通りだ!」
エキナが頷く。
「私は西!」
「俺は東だ!」
二人が同時に走り出す。
残されたのは自分の役目だけだった。
「……避難誘導だな」
拳を握る。
夢を思い出す。
燃える街。
逃げ惑う人々。
助けられなかった人達。
あんな未来はごめんだ。
「絶対に変えてやる」
支部を飛び出し、広場へ向かう。
既に混乱は始まっていた。
泣き出す子供。
怒鳴る大人。
荷車を押す商人。
不安そうな顔。
恐怖に染まる顔。
様々な感情が渦巻いている。
「落ち着いてください!」
声を張り上げる。
「避難所へ向かってください!」
住民達の視線が集まる。
「慌てなくて大丈夫です!」
「子供と老人を優先してください!」
何度も叫ぶ。
喉が痛くなる。
それでも続ける。
少しずつ人の流れができ始めた。
昨日までの準備が無駄じゃなかった。
避難経路も決めていた。
場所も共有していた。
だから動ける。
夢とは違う。
まだ何も終わっていない。
「こっちです!」
マカナ婆さんの姿も見えた。
大きな荷物を抱えている。
「婆さん!手伝う!」
「あらぁ、悪いねぇ」
荷物を受け取る。
こんな時なのに少し笑っていた。
その笑顔を見て少しだけ安心する。
まだ生きている。
皆生きている。
だから間に合う。
そう思った。
ドンッ。
足元が揺れた。
小さな揺れ。
だが確かに。
「……?」
周囲も異変に気付く。
人々の動きが止まる。
誰もが広場の中央を見た。
何もない。
何もないはずだった。
だが。
空気が歪む。
陽炎のように。
水面のように。
空間そのものが揺れていた。
「なんだ……?」
誰かが呟く。
次の瞬間だった。
バキッ。
何かが割れる音。
空間に黒い亀裂が走る。
住民達が息を呑んだ。
見たことがない。
理解できない。
裂け目は徐々に広がっていく。
まるで無理やり何かが通ろうとしているみたいに。
そして。
巨大な腕が現れた。
「は……?」
声が漏れる。
腕だけで分かる。
デカい。
異常なほどに。
黒い裂け目がさらに広がる。
その向こうから巨体が姿を現した。
筋肉に覆われた肉体。
骨や牙で作られた装飾品。
額には赤い宝石。
そして肩に担がれた丸太のような巨大な棍棒。
見覚えがあった。
何度も見た。
忘れられるはずがない。
夢の中で。
何度も。
何度も。
何度も。
街を滅ぼした怪物。
「……嘘だろ」
全身から血の気が引く。
怪物はゆっくりと広場を見渡した。
住民達は動けない。
逃げることすら忘れている。
圧倒的だった。
強いとか弱いとかじゃない。
存在そのものが異質だった。
そして遠くから聞こえる。
無数の鳴き声。
家を何軒も跨いだ街の外。
森の方角。
ギャァァァァァァァァァッ!!
ギィィィィィッ!!
こだまするゴブリン達の叫び声。
まるで。
王の到着を祝福する歓声だった。
怪物が棍棒を握る。
ゆっくりと持ち上げる。
その動きだけで誰もが理解した。
まずい。
逃げなければ。
だが足が動かない。
「なんで……」
声が震える。
本来ならまだ森にいるはずだった。
まだ街の外にいるはずだった。
なのに。
どうしてもうここにいる。
どうして。
どうして。
夢と同じ場所に。
怪物は答えない。
ただ赤い瞳で街を見下ろしていた。
その姿はまるで。
全てを支配する王のようだった。




