第十六話「予測」
「三日後には黄凰へ到達すると思う」
エキナの報告を聞き終えた後、部屋の中はしばらく静まり返っていた。
誰も軽く受け止められる話ではない。
ゴブリンキング。
大量のゴブリン。
そして三日後の襲撃予測。
夢の中だけの話だったものが、少しずつ現実へ近付いているような気がした。
「……支部長に報告してくる」
最初に口を開いたのはゴルドだった。
「エキナ、お前も来い」
「うん」
二人は席を立つ。
扉へ向かう途中、ゴルドが振り返った。
「ソラ」
「ん?」
「考え込みすぎんなよ」
そう言って笑う。
いつもの豪快な笑いではなかったが、それでも少しだけ安心する笑顔だった。
「がはは!まだ襲われるって決まったわけじゃねぇ!」
そう言い残し、二人は部屋を出ていった。
⸻
その日、街は慌ただしかった。
報告を受けた支部長はすぐに警戒令を出したらしい。
住民への通達。
応援要請。
避難場所の確保。
小さな街だからこそ動きは早かった。
だからこそ、不安も広がる。
「魔物が来るんだって?」
「本当なのか?」
「三日後らしいぞ」
道を歩けばそんな話が聞こえてくる。
店を閉める商人。
荷物を運ぶ人。
子供の手を引いて歩く親。
皆どこか落ち着かない。
当然だ。
もし本当に来るのなら、それは街の存亡に関わる。
「おや、ソラじゃないかい」
聞き慣れた声だった。
振り返る。
マカナ婆さんだ。
野菜の入った籠を抱えている。
マカナ婆さんは畑の野菜をよくくれる優しいお婆さんで、初めて会った時から気さくに話してくれた。
「マカナ婆さん」
「聞いたよぉ。なんだか物騒な話だねぇ」
笑っている。
だが目は少しだけ真剣だった。
「怖くないのか?」
思わず聞いてしまう。
マカナ婆さんは少し考えた後、
「怖いさねぇ」
と普通に答えた。
「でも怖がってても畑は片付かないからねぇ」
そう言って笑う。
「やれることをやるしかないさ」
その言葉は妙に胸に残った。
⸻
夕方。
支部へ戻ると、ゴルドとエキナが待っていた。
机の上には黄凰周辺の地図が広げられている。
「お、帰ったか」
ゴルドが手を上げる。
「話は終わったのか?」
「あぁ」
椅子に腰掛ける。
ゴルドは地図を指差した。
「作戦ってほどでもねぇが、一応決めるぞ」
そう言って地図の西側を叩く。
「群れが来るなら恐らくこっちだ」
森がある方向だった。
「私が西へ出るよ」
エキナが言う。
「足も速いしね」
「よし」
ゴルドが頷く。
続いて東側を指差す。
「俺は反対側を回る」
「東?」
「万が一がある」
即答だった。
「キングがいるなら何が起きてもおかしくねぇ」
確かにその通りだ。
そして二人の視線がこちらへ向く。
「俺は?」
聞く。
少しだけ沈黙があった。
「……」
「……」
気まずい。
なんとなく理由も分かる。
二人ほど強くないからだ。
前線に出したくないのだろう。
だが。
「避難誘導ならできる」
夢の中を思い出す。
泣いていた子供。
逃げ遅れた人々。
助けられなかった人達。
せめて。
せめてそれくらいは。
ゴルドが腕を組む。
数秒考えた後。
「分かった」
頷いた。
「住民を頼む」
「任せろ」
自然と拳を握る。
今の自分にできることは少ない。
それでも何もしないよりはいい。
⸻
その夜。
街の中央広場には木材が積まれていた。
荷車が並び。
食料が運ばれ。
明かりが灯る。
皆忙しそうに動いている。
それでも誰も逃げ出してはいなかった。
守りたいものがあるからだろう。
家族。
友人。
故郷。
それぞれ理由は違う。
だが想いは同じだった。
「いい街だな」
ぽつりと呟く。
隣でエキナが笑った。
「今さら?」
「今さらだな」
少しだけ笑う。
夢の中では燃えていた街だった。
死体が転がっていた。
悲鳴が響いていた。
だが今は違う。
灯りがある。
笑い声も聞こえる。
生きている。
だからこそ。
守りたいと思った。
「あと三日かぁ」
エキナが夜空を見上げる。
「そうだな」
俺も空を見上げる。
星が綺麗だった。
静かな夜だった。
少なくとも。
その時までは。
本当に三日の猶予があると思っていた。




