第十五話「現実」
エキナが森へ向かってから数時間が経っていた。
昼を過ぎても戻ってこない。
普段ならそこまで気にしない。
調査というのは時間がかかるものだ。
それにエキナは騎士だ。
森にも慣れている。
だが今日は違った。
「……」
落ち着かない。
本を開いても頭に入らない。
訓練用の木剣を振ってみても集中できない。
気付けば窓の外を見ていた。
夢のことが頭から離れない。
ゴブリンキング。
本当にそんな存在がいるのだろうか。
もしいるなら。
夢との関係は。
「考えても仕方ねぇぞ」
不意に声がした。
ゴルドだった。
椅子に座りながら肉を齧っている。
どこから持ってきたのかは知らない。
「顔に出てるぞ」
「そんなにか?」
「がはは!わかりやすい!」
豪快に笑う。
だがその目は少しだけ鋭かった。
ゴルドも気にしているのだろう。
だからこそエキナを向かわせた。
「まぁ待て」
そう言った時だった。
支部の扉が勢いよく開いた。
「ただいまー!」
聞き慣れた声だった。
エキナだ。
服には葉っぱが付いている。
少し土埃も被っていた。
どうやら相当森の奥まで行っていたらしい。
「おかえり」
「おー!」
ゴルドが立ち上がる。
そして。
エキナの表情を見た。
笑っていない。
それだけで十分だった。
「見つけたか」
空気が変わる。
エキナは黙って頷いた。
「……うん」
食堂から笑い声が消える。
「座れ」
ゴルドが言う。
エキナは椅子に腰掛けた。
水を一気に飲み干す。
それから。
ゆっくり口を開いた。
「ゴブリンはいた」
「どれくらいだ」
「わかんない」
即答だった。
だが続く言葉が重い。
「多すぎて数えられない」
静かになる。
俺もゴルドも何も言わない。
「巣は空っぽだった」
「やっぱりか」
「うん」
ゴルドの予想通りだった。
「でも足跡があった」
エキナが続ける。
「大量に」
「……」
「全部同じ方向に向かってた」
嫌な予感が強くなる。
「それで追いかけたの」
エキナは膝の上で拳を握った。
「そしたら見つけた」
声が少しだけ震えていた。
俺は思わず身を乗り出す。
「何を?」
数秒の沈黙。
エキナは息を吸った。
そして。
「群れ」
その一言だけだった。
「群れ?」
「そんなものじゃない」
首を横に振る。
「軍隊だった」
その表現が一番近かったのだろう。
「谷があったの」
「そこが全部ゴブリンだった」
「全部?」
「全部」
背筋が冷える。
想像が追いつかない。
森で戦った三体のゴブリン。
あれが何百も。
何千も。
そんな光景だった。
「ロードもいた」
エキナが言う。
「一体じゃない」
「何体も」
ゴルドの顔から笑みが消えていた。
「……で」
低い声。
「いたんだな」
エキナは頷く。
その動作は重かった。
見たくないものを見てしまったように。
「いた」
静寂。
誰も喋らない。
窓の外では子供達の声が聞こえる。
平和な街の音だった。
だからこそ。
その報告が現実味を帯びない。
「大きかった」
エキナがぽつりと言う。
「ロードより大きい」
「……」
「周りのゴブリンが全部そいつを見てた」
思い出しているのだろう。
表情が硬い。
「怖かった」
その言葉に。
俺は何も言えなかった。
普段のエキナなら。
危険な魔物を見ても笑っている。
そんな彼女が怖いと言った。
それだけで十分だった。
「ゴブリンキングか」
ゴルドが呟く。
エキナは頷く。
否定しなかった。
できなかった。
「多分」
それが答えだった。
ゴルドは大きく息を吐く。
そして立ち上がった。
「急ぐぞ」
低い声だった。
「報告する」
「到達まではどれくらいだ?」
エキナは少し考える。
森で見た距離を思い出しているのだろう。
そして。
「三日」
そう答えた。
「順調に進めば三日後には黄凰に着くと思う」
その言葉を聞いて。
俺の背中を冷たいものが流れた。
三日。
たった三日だ。
夢の中で見た炎が脳裏をよぎる。
燃える街。
悲鳴。
大量のゴブリン。
あの光景が。
急に現実へ近付いた気がした。




