第十二話「見えたものと見えないもの」
「構えろ」
訓練場に響くゴルドの声。
俺は木剣を握り直した。
「こうか?」
「違う」
即答だった。
「脇が甘ぇ」
「わからん」
「そこを覚えるのが訓練だ!」
がはははは!
朝から元気すぎる。
俺は小さくため息を吐いた。
騎士団支部の裏手にある訓練場。
今日は朝から剣の訓練だった。
理由は単純。
夢だ。
あの悪夢が頭から離れない。
だから何か起きた時のために最低限戦えるようになりたい。
そう思った。
そして今。
木剣を持ってボコボコにされている。
「来い!」
「おう!」
地面を蹴る。
木剣を振る。
だが。
ガンッ!
「うおっ!?」
一瞬で弾かれた。
体勢が崩れる。
そのまま木剣が首元に止まった。
「死んだな」
「早すぎるだろ!」
「遅いんだお前が!」
ぐうの音も出ない。
ゴルドは木剣を肩に担ぐ。
「剣は振るだけじゃねぇ」
「……」
「足」
俺を見る。
「目」
木剣を向ける。
「呼吸」
そして笑った。
「全部だ」
なるほど。
わからん。
「顔に出てるぞ」
「だってわからんし」
「がははは!」
豪快な笑い声。
すると横から声が飛んできた。
「頑張れー」
エキナだった。
木箱に座りながら見学している。
完全に他人事である。
「お前も来い」
「やだ」
即答だった。
「今日はお休みー」
「ずるくないか」
「訓練は見てるだけでも勉強になるんだよ?」
絶対適当だ。
⸻
それから一時間ほど。
結果だけ言う。
ボロボロだった。
「ふぅ……」
木陰へ座り込む。
腕が重い。
足も重い。
ゴルドは平然としていた。
化け物か。
「ほれ」
エキナが水を差し出してくる。
「ありがと」
受け取って一気に飲む。
生き返る。
「しかし急だったな」
ゴルドが近くへ腰を下ろした。
「急?」
「訓練だよ」
あぁ。
「まぁな」
水筒を見つめる。
「夢のことか?」
エキナが聞く。
「それもある」
正確にはそれだけじゃない。
少し迷った。
だが話しておくべきな気もした。
「実はさ」
二人がこちらを見る。
「夢以外にも気になってることがあるんだ」
⸻
森でアーマードボアと戦った時の話をした。
突進。
死を覚悟した瞬間。
その後に見えた光景。
「見えた?」
エキナが首を傾げる。
「あぁ」
俺は頷く。
「次にどう動くかが先に見えた気がした」
「気がした?」
「説明しづらいんだよ」
言葉を探す。
「あらかじめ結果を知ってたみたいな感じだ」
二人は黙って聞いていた。
「一回だけじゃない」
俺は続ける。
「あの戦いで二回あった」
偶然だと思っていた。
ただの勘。
運が良かっただけ。
そう思っていた。
だが。
最近は違う気がしている。
毎日見る夢。
そしてあの感覚。
全部が繋がっているような気がした。
「だから俺は」
拳を握る。
「この夢、本当に起きるんじゃないかって思ってる」
沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのはエキナだった。
「それってさ」
「ん?」
「スキルじゃない?」
俺は瞬きをする。
「スキル?」
「うん」
当然のように頷いた。
「未来を見るスキル」
「そんなのあるのか?」
するとゴルドが腕を組む。
「あっても不思議じゃねぇな」
「本当に?」
「スキルなんざ何でもありだ」
そう言われれば確かにそうだ。
エキナのアクセルだって十分不思議である。
「速くなる奴もいる」
ゴルドが指を折る。
「岩みてぇに硬くなるやつ」
「どこまでも遠くを見れるやつ」
「どんな怪我でも治しちまうやつ」
「色々だ」
「未来視があっても変じゃないってことか」
「おう」
なるほど。
確かに筋は通る。
だが。
「でも証拠がない」
俺は首を振った。
「夢だぞ?」
「まぁねぇ」
エキナも苦笑する。
未来を見ているのか。
ただの悪夢なのか。
今の段階では判断できない。
すると。
ゴルドが突然立ち上がった。
「なら試せばいい!」
「は?」
「未来視だろ?」
当然のように言う。
「見えるなら避けられる!」
意味はわかる。
「避けられるなら鍛えられる!」
理屈もわかる。
「つまり訓練だ!」
脳筋だった。
「結局それかよ」
「がはははは!」
笑い飛ばされた。
エキナまで納得した顔をしている。
「確かに」
「お前まで言うのか」
「だって見えるなら活かした方がいいじゃん」
それはそうだ。
「本当に未来視ならだけどね」
「……」
否定できない。
でも。
少しだけ気持ちは軽くなっていた。
夢を見るたびに不安になっていた。
何か起きる気がしていた。
だが今は違う。
もし本当に未来が見えているなら。
何もできないわけじゃない。
備えることができる。
「よし!」
ゴルドが木剣を持ち上げる。
嫌な予感がした。
「休憩終わりだ!」
やっぱり。
「続きやるぞ!」
「今か?」
「今だ!」
「せめてあと五分」
「甘えるな!」
「横暴だろ!」
エキナの笑い声が響く。
空は青い。
街も平和だ。
夢の中のような地獄はどこにもない。
だからこそ。
俺は木剣を握り直した。
何も起きないならそれでいい。
でも。
もし起きるなら。
その時は――少しでも抗えるように。




