第十一話「備え」
これが俺の嫌な予感の正体だった。
毎日。
毎日。
同じ夢を見る。
最初はただの悪夢だと思っていた。
記憶喪失なんて状況だ。
精神的なものかもしれない。
そう思っていた。
だが違う。
夢は日を追うごとに鮮明になっている。
炎の熱。
血の臭い。
悲鳴。
魔物の姿。
どれも妙にリアルだった。
そして何より――
黄凰が滅ぶ。
それだけは毎回変わらない。
「……はぁ」
朝日が差し込む部屋でため息を吐く。
窓の外からは鳥の鳴き声。
平和そのものだ。
夢の中の光景とは正反対だった。
「考えすぎかもしれないけどな……」
頭を掻く。
ただの夢。
そう言われればそれまでだ。
だが。
ゴルドの話が引っ掛かっていた。
増える魔物。
消えたゴブリン。
長年騎士をやっているゴルドの嫌な予感。
そして俺の夢。
全部を無関係だと思うには少し都合が良すぎた。
「……何もなければそれでいいんだけどな」
小さく呟き、部屋を出る。
⸻
食堂へ入ると、いつもの光景があった。
「おはよー!」
エキナ。
「おう!」
ゴルド。
朝からうるさい。
いつも通りだ。
「おはよう」
席へ座る。
朝食の香りが漂う。
平和だ。
本当に平和だった。
だからこそ夢が頭から離れない。
「どうした?」
ゴルドが聞く。
「なんか元気ねぇな」
「そう?」
「そうだよー」
エキナも頷く。
隠せていなかったらしい。
少し迷う。
話すべきか。
馬鹿にされるかもしれない。
だが結局口を開いた。
「最近さ」
二人がこちらを見る。
「同じ夢を見るんだ」
⸻
数分後。
話を聞き終えた二人は、
「ほぉ」
「へぇ」
という反応だった。
思ったより普通だった。
「もっと笑われるかと思った」
「いや別に?」
エキナが首を傾げる。
「夢くらい見るでしょ」
その通りである。
「ただ毎日ってのは珍しいな!」
ゴルドが腕を組む。
「内容も物騒だしな!」
がははは!
笑い事ではない。
「俺は結構本気で気になってるんだけど」
「まぁそうだろうな」
ゴルドも頷く。
今度は真面目だった。
「魔物が増えてるのは事実だ」
「……」
「だが夢が未来とは限らん」
それもそうだ。
否定できない。
「でも何か起きる気がするんだよな」
思わず本音が漏れる。
自分でも曖昧だと思う。
証拠なんて何もない。
ただ不安だった。
すると。
「なら」
エキナがパンを飲み込みながら言った。
「備えればいいんじゃない?」
「備える?」
「うん」
当然のような顔。
「何も起きなかったらそれでいいし」
確かに。
「起きたら困るから不安なんでしょ?」
「まぁ」
「じゃあ備えよう!」
簡単に言う。
だが妙に納得できた。
何もしないよりはずっといい。
「備えるって言ってもな……」
俺には何もない。
魔法も使えない。
スキルも分からない。
まともに戦った経験もほとんどない。
すると。
「剣か!」
ゴルドが突然言った。
「剣?」
「おう!」
にやりと笑う。
「教えてやるぞ!」
嫌な予感がした。
⸻
数十分後。
訓練場。
「なんでこうなるんだよ……」
木剣を握りながら呟く。
「備えたいんだろ?」
ゴルド。
「まぁそうだけど」
「なら戦う力は必要だ!」
正論だった。
反論できない。
エキナも横で頷いている。
「私もそう思う」
味方がいない。
「安心しろ!」
ゴルドが胸を叩く。
「俺が鍛えてやる!」
嫌な予感しかしない。
「まずは構えだ!」
「お、おう」
木剣を構える。
すると。
「違う!」
バシッ。
肩を叩かれる。
痛い。
「いてぇ!」
「全然違う!」
「知らねぇんだから当たり前だろ!」
ゴルドが大笑いする。
エキナまで笑っている。
ひどい。
だが。
不思議と嫌な気分ではなかった。
夢のことは不安だ。
今も頭から離れない。
それでも。
何もしないよりはいい。
もし本当に何かが起きるなら。
その時。
少しでも守れるように。
俺は木剣を握り直した。
その時の俺はまだ知らなかった。
この選択が。
思っていた以上に大きな意味を持つことになるなんて。




