第十話「当たる予感」
部屋が燃えていた。
「――っ!?」
熱い。
息が苦しい。
目を開けた瞬間、肌を焼くような熱気が押し寄せてくる。
「な、なんだ……!?」
飛び起きる。
目の前には見慣れた部屋。
俺の部屋だ。
騎士団支部の空き部屋。
だが、その壁も床も天井も炎に包まれていた。
赤く。
黒く。
轟々と燃えている。
「火事……!?」
慌てて立ち上がる。
裸足のまま床を踏む。
熱い。
まるで溶岩の上を歩いているみたいだ。
だがそんなことを気にしている余裕はなかった。
部屋の扉を開ける。
「エキナ!!」
叫ぶ。
返事はない。
「ゴルド!!」
返事はない。
廊下も燃えていた。
煙が充満している。
焦げた臭いが鼻を刺した。
「なんだよこれ……!」
胸騒ぎがする。
嫌な予感なんて言葉じゃ足りない。
心臓が痛いほど暴れていた。
窓へ駆け寄り外を見る。
そして息を呑んだ。
街が燃えていた。
黄凰が。
俺の知っている街が。
炎に飲み込まれていた。
「……は?」
思考が止まる。
あり得ない。
あり得るわけがない。
朝には子供たちが走り回り。
昼には店が賑わい。
夕方には笑い声が響く。
あの街が。
黒煙に覆われている。
「なんだよ……これ……」
震える声が漏れる。
だがそれだけじゃない。
街中を埋め尽くす影が見えた。
ゴブリン。
俺が森で見た魔物。
だが数がおかしい。
一体や二体じゃない。
十でもない。
百でも足りない。
まさに軍勢だった。
通りを埋め尽くし。
家を壊し。
人を襲っている。
「襲撃……?」
喉が渇く。
「魔物の……?」
あり得ない。
そんな言葉が頭を巡る。
だが目の前の光景は現実だった。
いや。
現実だと思った。
「くそっ!」
剣を掴む。
考えている場合じゃない。
二人を探さなければ。
街の人たちを助けなければ。
俺は支部を飛び出した。
⸻
外は地獄だった。
悲鳴。
絶叫。
泣き声。
助けを求める声。
全てが混ざり合っている。
炎の熱気で空気が歪んで見えた。
「大丈夫か!?」
倒れている人へ駆け寄る。
肩を掴む。
揺する。
だが。
動かない。
「……っ」
冷たい。
もう、冷たい。
息はない。
「くそっ……!」
別の人。
また別の人。
誰も動かない。
誰も返事をしない。
転がっているのは人ではなく。
死体だった。
「なんで……」
唇を噛む。
知っている顔もあった。
パン屋のおばさん。
よく見かけた商人。
名前も知らない人たち。
みんな倒れていた。
「なんでだよ……!」
叫ぶ。
答える者はいない。
瓦礫が崩れる。
目の前に落ちてきた。
「っ!」
飛び退く。
同時に影が飛び出した。
ゴブリンだ。
二体。
「どけ!」
反射的に剣を振る。
一体を斬る。
返す刃でもう一体を切り裂く。
だが終わらない。
遠くでまた叫び声が聞こえる。
近くで建物が崩れる。
「くそっ……!」
立ち止まっていられない。
走る。
広場へ。
二人ならきっと戦っている。
そう信じて....
途中。
足が止まった。
見覚えのある腕が見えたからだ。
瓦礫の下から。
太く。
大きく。
傷だらけの腕が。
「……ゴルド?」
声が震える。
近づく。
返事はない。
動かない。
あの豪快な笑い声も。
大きな声も。
聞こえない。
「嘘だろ……」
膝が震える。
信じたくなかった。
信じられるわけがなかった。
だが現実は残酷だった。
「ゴルド……」
何も返ってこない。
俺は唇を噛んだ。
探さなければ。
まだエキナがいる。
立ち止まっている場合じゃない。
⸻
広場へ辿り着く。
そして絶句した。
「なんだ……これ……」
そこは戦場だった。
噴水は崩れ。
石畳は砕け。
血が川のように流れている。
人も。
魔物も。
区別なく倒れていた。
その中心。
そこにいた。
「……」
巨大だった。
ゴブリン。
そう呼ぶにはあまりにも大きい。
筋肉の塊。
王冠のような装飾。
額には赤い宝石。
丸太のような武器。
まるで王だった。
ゴブリンの王。
そう呼ぶのが相応しいと思える存在。
「なんなんだ……あれ……」
息を呑む。
だが。
その時、
見つけてしまった。
「エキナ!!」
叫ぶ。
エキナがいた。
ボロボロだった。
剣もない。
血だらけだ。
そして巨大な蛇のような魔物に巻き付かれている。
意識はなく、ぐったりしている。
「やめろ!!」
全力で走りだす。
助けなければ。
今すぐ。
だが、
届かない。
「なんでだ……!」
走っている。
走っているはずなのに。
距離が縮まらない。
「やめろ!!」
叫ぶ。
足がもつれる。
転びそうになる。
それでも走る。
「お願いだから!!」
声が枯れる。
「やめてくれぇぇぇぇぇ!!」
蛇が締め上げる。
ギチギチと。
嫌な音が響く。
「やめろ……」
届かない。
間に合わない。
蛇の力が強くなる。
そして――
弾けた。
⸻
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!!」
ガバッ!!
飛び起きた。
荒い呼吸。
激しい動悸。
全身が汗で濡れている。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
暗い部屋。
燃えていない。
熱くない。
静かだった。
窓の外では鳥が鳴いている。
朝日が差し込んでいる。
見慣れた部屋。
いつもの部屋。
「……夢……」
震える声で呟く。
だが胸の痛みは消えない。
呼吸も整わない。
頬を触る。
濡れていた。
涙だった。
「……また」
呟く。
震える指を握り締める。
「また……この夢か……」
誰もいない部屋で。
俺はしばらく動けなかった。




