第42話 異世界謳歌組と不穏な動き
三国友好協定の調印から数日後。
帝体大は、まだ祝祭の余韻に包まれていた。学生たちは普段の練習に戻りつつあったが、すれ違うたびに「マジーナ王国の宰相、めっちゃ渋かったよな」「魔王、意外と話通じるじゃん」と興奮気味に語り合っている。
その日、グラウンドで野球部の練習を見ていた狩野のもとに、土屋学生会長が駆けてきた。
「狩野。正門の方に来てくれ」
「ん?どうした」
「謳歌組の連中が、帰ってきてる」
狩野が動きを止めた。
「謳歌組?まじか」
「ああ。ぞろぞろと一団で。久遠も一緒だ」
「あいつらが一緒に動いてるってことは、何かあったってことだろうな」
狩野はグローブを置いて、神宮寺たちにも声をかけた。
「神宮寺、矢田。お前らも来い。謳歌組が帰ってきた」
「お、マジか!」
矢田が顔を輝かせた。
「あいつら、半年ぶりくらいじゃね?」
「もっとだろ。サッカー大会の前から見てないぞ」
神宮寺がボールを片付けながら立ち上がった。
正門前には、見覚えはあるが、随分と様変わりした六人の人影があった。
「よう、久しぶりだな」
先頭に立つ男が、軽く片手を挙げた。
東雲遼東雲遼。元・剣道部。
長身で、長い黒髪を後ろで一つに結んでいる。腰には鞘に納まった日本刀風の片刃の剣を提げていた。装備は革製の旅装で、所々に獣の皮や金属の補強が施されている。一目で「歴戦のハンター」とわかる出で立ちだった。
「東雲、お前……」
土屋が目を見開く。
「すげぇ雰囲気変わったな」
「半年も外で生きてれば、こうもなるさ」
東雲が静かに笑った。
その後ろから、明るい声が飛ぶ。
「お久しぶりでーす!」
長身の女性が手を振りながら前に出てきた。羽鳥美咲。元・アーチェリー部。背中には立派な複合弓を背負っている。ショートカットの髪に、活発そうな目が印象的だ。
「弓ハンターやってる羽鳥でーす!皆さん、覚えてます?」
「覚えてるよ、羽鳥」
矢田が笑った。
「お前、相変わらず元気だな」
「当たり前じゃない。森の中で陰気になってる暇なんてないわよ」
その隣で、巨漢の男が無言で頭を下げた。
筒井剛。元・柔道部。身長は二メートル近くあり、肩幅は普通の人間の倍はある。装備は重厚な革鎧で、背中には巨大な戦斧を担いでいた。表情は寡黙で、まるで岩のように動かない。
「筒井、相変わらず喋らねぇな」
神宮寺が苦笑した。筒井がわずかに口を開く。
「……お久しぶりです」
「だ、誰だっけ、こいつ……」
矢田がこっそり聞くと、神宮寺が答えた。
「柔道部の筒井だよ。お前、同じ学年だろうが」
「ああ、思い出した!前髪あった頃と全然違うわ!」
筒井がわずかに笑った。表情の動きは少ないが、確かに笑っていた。
「ちょっと、何ボサッとしてんの。私たちもいるんだけど」
鋭い声が飛んだ。
鳴海蛍。元・新体操部。小柄で身軽な体型に、短い赤茶色の髪。やや吊り上がった目つきで、腰には細身のナイフを複数提げている。偵察・斥候を担う一団の目だ。
「鳴海じゃん」
矢田が手を振ろうとして、鳴海に睨まれた。
「触らないでよね、汗かいてるでしょ」
「触ろうとしてねぇし!」
「……あんた、本当に変わんないわね」
鳴海が呆れたように肩をすくめた。だが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「お前ら、相変わらず賑やかだなぁ!」
豪快な声と共に、日焼けした大柄な男が前に出た。
真壁直人。元・水泳部。坊主頭に近い短髪で、上半身は厚い胸板が目立つ。海賊風の装備に、ロープや航海道具を腰に下げていた。
「真壁か。海運業やってんだろ?」
土屋が確認すると、真壁は白い歯を見せて笑った。
「おう!港町ベリエスを拠点に、交易船動かしてる!この前、人魚の里まで航路開拓したぜ!」
「人魚って実在するのか!?」
矢田が前のめりになる。
「実在するっつうか、フツーに港町で買い物してたぞ」
「うわー、見てみてぇ!」
「今度連れてってやるよ」
最後に、一団の後ろから細身の女性が静かに歩み出た。
久遠絵里。元・登山部。眼鏡をかけ、長い髪を緩く編み込んでいる。装備は他の謳歌組より地味で、革のショルダーバッグから何枚もの羊皮紙が顔を覗かせていた。
「お久しぶりです、皆さん」
「久遠先輩!」
矢田が顔を輝かせた。
「久遠先輩、地図屋やってんですよね!」
「ええ。大陸を歩き回って、地理を記録してます。こっちの世界って地図が全然整備されてないので」
久遠が静かに微笑む。
「今日、皆さんに会いに来たのは、その地図に関する話があるからなんです」
その声のトーンが、わずかに変わった。
東雲も、表情を引き締めた。
「奥で話せるか、土屋」
「ああ。会議室を空けさせる」
帝体大の会議室。
長机の上に、大きな羊皮紙の地図が広げられていた。
久遠が手作りしたという、この大陸の地図だった。帝体大、マジーナ王国、魔王軍の領域がそれぞれ色分けされている。
「これが、現在の私たちが把握している大陸の状況です」
久遠が指で地図を示した。
「中央に帝体大。北西にマジーナ王国。北東に魔王軍。この三勢力が、先日の協定で繋がった」
「ああ」
土屋が頷く。狩野、神宮寺、矢田、白石、それに教授陣も会議室に集まっていた。
「で、ここからが本題なんですが――」
久遠が地図の南西を指した。
「この一帯。深い森に覆われた地域があります」
「森……?」
「ええ。エルフィリアと呼ばれる国があります」
「エルフィリア」
土屋が眉を寄せた。聞き慣れない名前だ。
「エルフの国です」
久遠が静かに告げた。
「エルフ!本物の!?」
矢田が思わず声を上げた。
「ええ。森の奥深くに隠れ住んでいて、外部との接触をほとんど持たない種族です」
「マジーナ王国も、エルフィリアのことはあまり把握していないらしい」
東雲が補足した。
「俺たちもハンターとして大陸を歩き回って、ようやく彼らの存在を確認した程度だ」
「正確な規模も、軍事力もわかりません」
久遠が続ける。
「ただ、私たちの調査では――おそらく魔王軍と対等クラスの勢力ではないかと」
会議室の空気が、わずかに張り詰めた。
「対等?魔王軍と同じレベルってことか?」
神宮寺が確認する。
「ええ。森林に隠れているため正確な数は不明ですが、精霊魔法に長けた長命種の集団です。一人一人の戦闘力が高い」
「やべぇじゃん……」
矢田が呟いた。
「で、問題はここからだ」
東雲が腕を組んで、地図を見下ろした。
「エルフィリアは、魔王軍と数百年来の宿敵だ」
「宿敵……」
「ああ。古代から幾度も戦火を交えている。種族としての相性が悪い、というか、根本的な思想の違いだな」
羽鳥が補足する。
「エルフは自然崇拝で、長命で、自分たちこそが大陸の正統な民だと思ってる。魔族は『闇に堕ちた邪悪な種族』として認識されてるの」
「魔王軍の方も、エルフを快く思っていない」
筒井が低い声で言った。寡黙な男だが、必要な時には口を開く。
「互いに、滅ぼすべき相手としてきた」
「……それで、何があったんだ?」
狩野が、ようやく口を開いた。
「不穏な動きがある」
東雲が真っ直ぐに狩野を見た。
「最近、エルフィリアが軍を動かし始めているらしい。明確な戦争準備の兆候だ」
「戦争準備……」
「ああ。森の境界での偵察活動が活発化してる。それに――」
東雲は少し間を置いた。
「以前は敵対していたドワーフの国、ノームと手を組んだという噂がある」
「ノーム?ドワーフ?」
矢田がまたしても声を上げた。
「種族の名前でわかるだろ、ドワーフ」
鳴海がツッコんだ。
「鍛冶と機械工学に長けた種族よ。エルフとは長年仲が悪かったはずなのに、最近接近してるって情報が複数のルートから入ってる」
「エルフが、ドワーフと手を組んで、魔王軍に……」
土屋が呟いた。会議室が、一瞬静まり返る。
「せっかく、三国友好協定を結んだのに」
矢田がぽつりと言った。
「俺たち、ようやく戦争のない世界を作れたと思ったのに……」
「我々の世界の一角だけだ」
真田教授が静かに言った。
「我々が知らなかっただけで、この大陸には他にも勢力があった。そして、その勢力が動こうとしている」
「魔王軍は、これを知ってるのかな?」
神宮寺が呟いた。
「おそらく、ある程度は」
久遠が答えた。
「ですが、最近の急な動きまでは把握していない可能性が高いです。エルフィリアは森に閉ざされた国ですし、ノームとの連携も、ごく最近の出来事のようなので」
「……」
狩野が地図を見つめていた。エルフィリアと、魔王軍の領域。その間には深い森と山脈がある。だが、軍が動けば、必ずぶつかる距離だ。
「教えに行くべきだろう」
狩野が、ゆっくりと口を開いた。
「魔王に」
会議室の全員が、狩野を見た。
「俺たちは、もう協定を結んだ仲間だ」
狩野が続ける。
「魔王軍が戦争を仕掛けられそうになってるなら、知らせるべきだ」
「だが、これは魔王軍とエルフィリアの問題だ」
土屋が慎重に言った。
「我々が首を突っ込むべきかどうか――」
「友達が危険にさらされてるのに、知らないふりするのか?」
神宮寺が静かに、しかし強く言った。
「俺たちは、サッカーと野球で、あいつらと真剣勝負した仲だ。ガルドも、ヴァルナも、あの双子も、魔王本人も。今、笑い合える仲間になった」
「それに、放っておけば、最終的には戦争の火が大陸全体に広がるわ」
白石が冷静に分析した。
「エルフィリアとノームが連合を組むなら、戦力的にも相当な脅威。魔王軍が壊滅すれば、次は当然マジーナ王国、そして帝体大にも矛先が向く可能性がある」
「それに協定を結んでない国にとっては、我々三国は『新しい連合』と見えるかもしれない」
真田教授が頷く。
「警戒対象となる可能性は高い」
「だったら、なおさら情報共有しないとな」
矢田が拳を握った。
「魔王に教えてやろうぜ」
土屋が、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。魔王軍に使者を送ろう」
「使者って、誰行くんだ?」
矢田が聞いた。
「狩野、神宮寺、そして俺。協定を結んだ顔ぶれで行くのが筋だ」
土屋が答えた。
「ついでに、久遠さんにも同行してもらえますか。詳しい情報を直接伝えてもらいたい」
「ええ、もちろん」
久遠が頷いた。
「私たち謳歌組も、しばらく帝体大に滞在します。何か手伝えることがあれば、声をかけてください」
「助かる」
東雲が小さく微笑んだ。
「久しぶりに、母校で過ごすのも悪くないしな」
会議が終わり、皆が会議室を出ていく中、狩野は地図の前に残っていた。
エルフィリアと記された森の領域を、じっと見つめている。
「狩野」
声をかけてきたのは神宮寺だった。
「考えごとか?」
「ああ」
狩野が呟いた。
「サッカーと野球で繋がった三国の関係が、戦争の火種で揺らぎそうになってる。皮肉だなって」
「……そうだな」
「でも、俺たちにはスポーツがある」
狩野が地図から顔を上げた。
「もしエルフィリアとも、いつかスポーツで戦える日が来たら――」
「そりゃ、最高だな」
神宮寺が笑った。
「夢みたいな話だけどな」
「夢を見るのは自由だろ」
「ああ。それに、俺たちは夢を実現する力もあるしな」
二人は地図を眺めながら、しばらく無言で立っていた。
帝体大の窓の外、グラウンドからはまだ学生たちの掛け声が聞こえる。
その夜。
帝体大の宿舎の一室で、東雲遼は窓辺に立って夜空を見上げていた。
「……変わったな、ここも」
剣道部時代を過ごした母校。外に出てハンターとして生きるようになってから、帝体大は確かに変わった。学園都市から、一つの国へ。そして今は、三国の中心になろうとしている。
「いい変化だ」
東雲は呟いた。
だが、その表情は、わずかに曇っていた。
エルフィリアの動き。ノームとの連携。そして、これから魔王軍に伝えに行く情報。
スポーツが繋いだ平和は、確かにこの世界に芽吹いた。だが、それを脅かす影もまた、確実に動き始めている。
「……明日からだな」
東雲は窓を閉じた。
新しい時代の始まりと共に、新しい挑戦が始まろうとしていた。




