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体育大学まるごと異世界転移 ~帝体大魂が世界を変える~  作者: 空腹原夢路


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第39話 大会後のマジーナ王国

王都の大通りは、人で埋め尽くされていた。


朝早くから市民たちが沿道に集まり、屋根の上にまで子どもたちがよじ登っている。普段の整然とした王都とは別物だ。露店が並び、花びらや色紙が用意され、誰もが今か今かと門の方を見つめていた。


「来たぞーー!」


誰かが叫んだ。


大通りの先、王都の南門から、馬車の隊列がゆっくりと姿を現した。先頭を行くのは、黄金の獅子の紋章を掲げた騎手たち。その後ろに、磨き上げられた装飾馬車が続く。


馬車の上に立っているのは、レオニール・ヘスターだった。


「うおぉぉぉ!レオニール隊長!」


「優勝おめでとう!」


「マジーナ王国万歳!」


歓声が津波のように押し寄せる。レオニールは民衆に手を振りながら、隣に立つシリルへ小さく呟いた。


「妙な気分だな」


「……ああ」


シリルが静かに頷く。戦争の凱旋なら、これまでにも経験はあった。あの時の歓声も大きかった。だが、何かが違う。


「明るい、な」


「……ああ。沿道の顔が、違う」


戦勝凱旋の時、民衆の顔には安堵が混じっていた。戦が終わった、家族が無事だった、明日も生きられる――そういう類の喜び。歓声の裏には、戦死した者への黙祷や、傷ついた者への祈りが必ずあった。


だが今日の沿道には、それがない。ただ純粋に、楽しんでいる。子どもが「ホームラン!」と叫び、大人が肩を組んで笑っている。誰も死んでいない。誰も傷ついていない。


「不思議だな」


レオニールが呟くと、シリルが小さく頷いた。


「スポーツ、というものは……」


言葉が続かないらしい。だが、レオニールにはその先がわかる気がした。


二人の後ろには、他の選手たちが乗った馬車が続く。彼らはレオニールよりも遥かに気楽に、ジョッキを掲げたり、拳を突き上げたりして歓声に応えていた。


「我ら王国、初の優勝だァァァ!」


「祝賀じゃ祝賀じゃ!」


「酒を持ってこいぃぃ!」


「いや、まだパレード中だぞ、お前ら!」


レオニールが慌てて止めるが、後ろの馬車では既に祝杯が始まっていた。沿道の市民たちも一緒になって笑い、麦酒のジョッキを掲げる。規律重視の軍事国家とは思えない、混沌とした光景だった。


馬車の隊列はゆっくりと王都の中心を目指していく。途中、子どもたちが「ホームラン!」と叫びながら木の棒を振り回し、商人たちが店先で「優勝記念セール」の看板を掲げているのが見えた。


「街全体が、変わったな」


レオニールが呟く。シリルが頷いた。


「野球が、変えた」


「ああ。たった数ヶ月で、ここまで……」


王宮前の大広場には、リュミエラ王女と宰相のベリンガムが待っていた。


馬車の隊列が広場に到着すると、レオニールとシリルは馬車を降り、王女の前に進み出た。両膝を地につき、頭を垂れる。


「王女殿下。マジーナ王国野球チーム、ただいま帰還いたしました」


「ご苦労だった」


王女の声は澄んでいる。だが、その瞳には普段にない柔らかさがあった。


「貴公らの活躍は、わが王国に大きな誇りをもたらした。心から礼を言う」


「ありがたきお言葉」


「面を上げよ」


レオニールとシリルが顔を上げる。王女はゆっくりと進み出て、レオニールの肩に手を置いた。


「優勝杯を、見せてもらえるか」


「はっ」


レオニールの後ろから、若い騎士が大きな優勝杯を恭しく運んでくる。黄金に輝くその杯は、帝体大が用意したものだ。サッカーの時の優勝杯よりも一回り大きく、側面には三国の紋章が刻まれている。


王女は優勝杯にそっと手を触れた。


「これが、優勝の証か」


「はい」


「重いな」


「……ええ」


レオニールが頷く。物理的な重さだけではない、と王女もわかっていた。


王女が広場を振り返り、声を張り上げた。


「マジーナ王国、初の優勝である!今宵は祝宴を開く!王都の民、全員が客人だ!」


「うぉぉぉぉぉ!!」


広場が爆発したような歓声に包まれた。市民たちが手を取り合って踊り出し、楽団が即興で景気のいい曲を奏で始める。


レオニールは、その光景を眺めた。


「……すごいな」


「ええ」


隣に来た宰相が、静かに微笑む。


「殿下があれほど砕けたお言葉を発せられるとは、私も驚いております」


「宰相も、知らなかったのか」


「ええ。スポーツの力、というやつでしょうかな」


二人は顔を見合わせて笑った。


その日の夕方、王宮の中庭。


凱旋パレードと祝宴の喧騒からほんの少しだけ離れた中庭に、レオニールとシリルは並んで立っていた。


中庭の一角に、急ごしらえのダイヤモンドが描かれていた。塁にあたる位置には小麦の袋が置かれ、若い兵士たちがグローブをはめてキャッチボールに興じている。


「いくぞ!」「もっと低く!」「次は俺に投げてくれ!」


「あれは……」


「第三隊と、第五隊の連中だな」


第三隊と第五隊は、王国でも特に規律が厳しいとされる部隊だ。普段なら、訓練中に笑い声など漏らさない者たちが、今は明らかに楽しんでいる。


「シリル隊長!レオニール隊長!」


一人がこちらに気づいて駆け寄ってきた。


「お疲れさまでした!おめでとうございます!」


「ありがとう。だが、お前たちこそ、なぜここで野球を?」


「ええ、大会を観戦してから、どうしてもやってみたくて……皆で集まって、見よう見まねで始めたんです」


別の兵士が照れたように笑う。


「最初は遊びだと言われて怒られましたが、宰相閣下が"今日は構わん"と仰ってくださって」


レオニールが眉を上げた。


「宰相が、か」


「はい。"これからは、こうした時間も大事だ"と」


シリルが、わずかに目を細めた。


「真面目に、楽しむ……」


「え?」


「いや。続けてくれ」


兵士たちは笑顔で頷き、また練習に戻っていった。


レオニールはその様子をしばらく眺めた後、ぽつりと呟いた。


「結局、大賀殿と米倉殿、来てくれなかったな」


「……ああ」


シリルが頷く。


凱旋の馬車に同乗してマジーナ王国まで来てほしい、と二人を誘った。盛大な祝勝の宴を開きたかったし、王女からも改めて礼の言葉を伝えたかった。だが、大賀と米倉はあっさり断った。


「"俺たちは帝体大の人間だから、帝体大に帰る"とのことだった」


「らしい、言い分だ」


「お礼もあんまりできなかったな。盛大な見送りでも、と思っていたんだが」


「王と、王女の謁見、苦手だと、言っていた」


「ああ、それも言っていたな。"堅苦しいのは性に合わない"と。逃げるように帝体大に戻ったらしいぞ」


レオニールは苦笑した。あの二人らしい、と言えばそれまでだ。特に大賀は寡黙な男だったし、米倉も儀礼の場で頭を下げ続けるようなタイプではない。


今頃、二人とも帝体大で打ち上げに参加しているはずだ。レオニールたちの凱旋パレードのことなど、何も知らずに。


「まぁ、いいか」


レオニールは肩をすくめた。


「すぐにまた会える。次の大会で、今度は敵同士でな」


シリルが小さく頷く。その口元が、ほんの少しだけ動いた。


「次は、勝つ」


「お、シリルが宣戦布告か」


「……負けたく、ない」


「俺も同じ気持ちだ」


二人は中庭の練習を眺めながら、しばらく無言で立っていた。


王宮の執務室。


宰相のベリンガムが書類に目を通していた。そこへ、リュミエラ王女が静かに入ってきた。祝宴を一通り回ってきた後らしく、上着を腕にかけている。


「邪魔をする」


「王女殿下。お疲れさまでした」


「祝宴は、まだ続いておるな」


「ええ。あと数日は続きそうです」


「数日?」


「優勝祝いは三日三晩、と民が決めたようで」


王女が思わず笑った。


「勝手に決めたのか」


「ええ」


「まぁ、よい。たまにはな」


王女は執務机の前の椅子に腰を下ろした。


「中庭で、第三隊と第五隊の連中が野球をしていた」


「ええ、報告は受けております」


「あの二つの隊は、犬猿の仲ではなかったか?」


「ええ。ですが、最近は隊長同士で昼食を共にしているとか」


王女が目を見開く。


「あの二人がか」


「ええ。野球の話で意気投合したらしく」


王女は声を立てて笑った。


「これは……予想していなかった効果だ」


「ええ。私もです」


宰相は書類を置いて、執務室の窓の外を見た。中庭の方から、まだ若い兵士たちの掛け声が聞こえてくる。


「妙なものですな、王女殿下」


「何がだ」


「我が国は、長く"規律"で立ってきた国です。秩序、忠誠、義務。それらが我らの誇りでした」


「そうだな」


「だが、この数ヶ月で、何かが変わり始めています。野球というものを通して、兵士たちが笑うようになった。隊と隊の壁が、低くなっている」


王女は窓の外を見つめた。


「スポーツが、国を変えつつある、か」


「大袈裟に聞こえるかもしれませんが、私は本気でそう感じております」


「いや、私もだ」


王女の声に、迷いはなかった。


「ところで、大賀殿と米倉殿に礼の品を贈ろうと思ったのだが」


「ああ、それですか」


宰相が苦笑した。


「あのお二人、凱旋にも来てくださらなかったので、後日改めて使者を立てて帝体大に届ける予定です」


「来なかったのか」


「ええ。"俺たちは帝体大の人間だから"と。レオニール隊長が何度も誘ったらしいのですが、頑として」


王女がくすりと笑う。


「正直な者たちだ」


「ええ。ですが、それが彼らの良さでもありましょう」


「そうだな」


しばらく、執務室には静けさが流れた。中庭からの掛け声と、ペンの音だけが響く。


王女がふと、口を開いた。


「次の大会では、あの二人が敵になるのだな」


「そうなりますな」


「楽しみだ」


「殿下が、楽しみだなどと仰るのは珍しいですな」


「私もそう思う」


王女は微笑んで、立ち上がった。


「明日、私も中庭で野球とやらを見学しよう。お忍びでな」


「殿下が観戦されると、兵士たちが緊張しますぞ」


「だから、お忍びだと言っている」


「……それは、それで一波乱ありそうですが」


「構わぬ」


王女は澄ました顔で執務室を出ていった。


宰相は再び書類に向き直る。だがその口元には、まだ笑みが残っていた。


「スポーツが、国を変える、か」


呟いて、ペンを取った。今夜の書類は、いつもよりはかどりそうだった。

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