第36章 最終戦 マジーナ王国 vs 帝体大(前半)
いよいよ最終戦を迎えた。
グラウンドには、これまでで最も多くの観客が詰めかけていた。帝体大の学生、マジーナ王国の兵士と貴族、そして敗退した魔王軍の面々までもが、この大一番を見届けようと集まっていた。
「勝った方が優勝か……」
神宮寺が呟く。
現在の成績は、帝体大が1勝0敗、マジーナ王国が1勝0敗。両者とも魔王軍に勝利しており、この直接対決で勝った方が優勝となる。
「負けられない戦いだな」
矢田が拳を握った。
「ああ。だが、相手には大賀と米倉がいる」
狩野が静かに言った。かつてのチームメイトが、今度は敵として立ちはだかる。第1試合では井戸川と速水を相手にしたが、今度は大賀と米倉だ。投手としての実力は、井戸川よりも大賀の方が上だ。
「160kmか……」
狩野は自分の右腕を見つめた。自分の球速は143km。大賀との差は歴然としている。だが、それでも負けるわけにはいかない。
「俺たちの野球で、勝つ」
狩野は静かに、しかし力強く言った。
試合開始の時刻が近づき、両チームがグラウンドに姿を現した。
先攻はマジーナ王国、後攻は帝体大。帝体大は最終回に攻撃できるという有利な立場だ。
マジーナ王国のマウンドには、大賀真が立っていた。第2試合に続いての先発登板。連投の疲れがあるはずだが、その表情には微塵の疲労も見えなかった。
「大賀、頼むぞ」
米倉がミットを構える。
「ああ。全力で投げる」
一方、帝体大のマウンドには狩野が立った。第1試合で9回を投げ抜いた右腕が、再びマウンドに上がる。
「狩野、いけるか?」
大江山が心配そうに声をかける。
「問題ない。腕は軽いよ」
狩野は笑って見せた。実際には、第1試合の疲れが残っていないわけがない。だが、ここで弱音を吐くわけにはいかなかった。
観客席では、両陣営の応援が激しくぶつかり合っていた。
「帝体大!帝体大!」
「マジーナ!マジーナ!」
そして、魔王軍の観客席からは、意外な声援が飛んでいた。
「いい試合を見せろ!」
「どっちが勝っても、全力の試合が見たい!」
敗れた者たちもまた、この大一番を楽しみにしていた。それこそが、スポーツの力だった。
1回表、マジーナ王国の攻撃。先頭打者はレオニールだった。
狩野は深呼吸をして、第1球を投げ込んだ。外角低めへのストレート。レオニールはじっと見逃した。
「ストライク!」
「いい球だ……」
レオニールは呟いた。大賀ほどの球威はないが、丁寧にコーナーを突く投球だ。
第2球、今度は内角への変化球。レオニールは振りにいったが、タイミングが合わなかった。
「ストライクツー!」
追い込まれたレオニールは、次の球を狙い澄ました。狩野が投げ込んだのは、外角への変化球。レオニールは冷静に見極め、バットを振り抜いた。
カキィン!
打球はセンター前へ抜けていった。
「先頭出塁!」
マジーナ王国の応援席が沸く。レオニールは一塁ベース上で拳を握った。
続く2番打者は、確実に送りバントを決めた。レオニールが二塁へ進む。この「確実に走者を進める」戦術は、大賀と米倉から学んだマジーナ王国の野球の真髄だった。
3番打者がバッターボックスに入る。狩野は慎重に攻めたが、打球はライト前へ落ちた。レオニールが三塁を蹴り、ホームへ突っ込む。
小宮からの返球が飛んでくる。際どいタイミング――
「セーフ!」
マジーナ王国、先制。スコアは0-1。
「よし!これが俺たちの野球だ!」
レオニールがベンチでチームメイトとハイタッチを交わす。派手さはないが、確実に点を取る野球。それがマジーナ王国の強みだった。
その後、狩野は4番打者を三振、5番打者を内野ゴロに打ち取り、この回は1失点で切り抜けた。だが、先制点を許してしまった。
1回裏、帝体大の攻撃。マウンドには大賀が立っている。
先頭打者の北野がバッターボックスに入った。大賀がゆっくりと振りかぶる。そして、その右腕が閃いた。
ズバァン!
「ストライク!」
北野のバットは微動だにしなかった。いや、振れなかったのだ。
「速い……!」
160km。第2試合で魔王軍を封じ込めた剛速球が、帝体大の前にも立ちはだかる。
第2球、第3球と続けてストレートが決まり、北野は見逃し三振に倒れた。
「くそ……全然見えなかった」
続く2番矢田も、大賀の速球に手も足も出ず三振。サッカーで鍛えた動体視力をもってしても、160kmには対応できなかった。
3番神宮寺がバッターボックスに入った。
「大賀、お前の球、打たせてもらうぞ」
「やってみろ」
大賀が投げ込んだ。神宮寺は思い切り振り抜いた。だが、タイミングが合わない。空振り三振。
三者連続三振。帝体大打線は、大賀の前に沈黙した。
「やべぇな……全然打てる気がしない」
矢田がベンチで呟く。
「だが、9回までチャンスはある」
狩野が静かに言った。
「俺が抑えてる間に、何とか攻略法を見つけてくれ」
2回表、マジーナ王国の攻撃。狩野は気持ちを切り替え、丁寧に投げ込んだ。
6番打者を三振、7番打者を内野ゴロ、8番打者をセンターフライ。三者凡退に抑えた。
「よし、立ち直ったな」
神宮寺が声をかける。
「ああ。これ以上は点をやらない」
2回裏、帝体大の攻撃。4番大江山からの打順だ。
「どすこい……」
大江山は大賀の球をじっと見た。160kmの速球。だが、ただ見ているだけでは打てない。
大賀が投げ込んだ。大江山は思い切り振り抜いた。
カキィン!
打球はレフトへ飛んでいく。だが、レフトの選手が落下点に入り、キャッチ。惜しくもアウトだ。
「くっ……当たりはいいのに」
続く5番鷹野も内野ゴロ、6番村瀬も三振。この回も三者凡退に終わった。
3回表、マジーナ王国の攻撃。この回の先頭は9番打者からだった。
9番打者が四球で出塁すると、1番レオニールが再びバッターボックスに入った。
狩野は慎重に攻めた。だが、レオニールは冷静にボールを見極め、甘く入った球を振り抜いた。
カキィン!
打球はライト線を破っていく。レオニールは二塁に到達し、9番打者は三塁へ進んだ。
ノーアウト二塁三塁。絶体絶命のピンチだ。
「落ち着け、狩野!」
神宮寺が声をかける。
「ああ……」
狩野は深呼吸をした。ここで崩れるわけにはいかない。
2番打者はバントの構えを見せた。スクイズか?狩野は外角へ大きく外すボールを投げた。バントは空振り。これで1ストライク。
続く2球目、3球目と慎重に攻め、カウントは1-2。追い込んだ。
狩野は渾身のストレートを投げ込んだ。2番打者は振り抜いたが、打球は力のないセカンドゴロ。三塁ランナーはスタートを切れず、まず一つアウト。
続く3番打者。狩野は慎重に攻めたが、打球はセンターへ飛んでいった。犠牲フライには十分な距離だ。三塁ランナーがタッチアップでホームイン。
スコアは0-2。
「くそ……また1点取られた」
だが、レオニールは三塁で止まった。続く4番打者を三振に打ち取り、この回は1失点で切り抜けた。
3回裏、帝体大の攻撃。7番小宮からの打順だ。
小宮は大賀の球をじっくり見て、四球を選んだ。ようやくランナーが出た。
「よし、チャンスだ!」
帝体大ベンチが沸く。
8番黒崎がバッターボックスに入った。黒崎は送りバントの構えを見せた。
大賀が投げ込んだ。黒崎は確実にバントを決め、小宮が二塁へ進んだ。
1アウト二塁。9番狩野がバッターボックスに入った。
「大賀、お前の球、打ってやる」
「やってみろ」
かつてのチームメイト同士の対決。大賀が投げ込んだ。160kmのストレート。狩野は振り抜いた。
カキィン!
打球はセンター前へ抜けていく。
「走れ、小宮!」
小宮が三塁を蹴り、ホームへ突っ込んだ。センターからの返球が飛んでくる。際どいタイミング――
「アウト!」
惜しくもホームでタッチアウト。小宮は悔しそうに地面を叩いた。
「くそっ……!」
2アウト一塁。1番北野がバッターボックスに入ったが、三振に倒れてこの回は無得点に終わった。
4回表、マジーナ王国の攻撃。狩野は踏ん張りを見せ、三者凡退に抑えた。
4回裏、帝体大の攻撃。2番矢田からの打順だ。
矢田は大賀の球を何度も見てきた。少しずつタイミングが合ってきている。
「見えてきた……」
大賀が投げ込んだ。矢田は狙い澄まして振り抜いた。
カキィン!
打球はライト前へ落ちた。
「よし!ヒット!」
帝体大、この試合初めてのクリーンヒットだ。
続く3番神宮寺。矢田を二塁へ進めるため、送りバントを試みた。だが、大賀の球威に押され、バントは失敗。三振に倒れた。
「くそっ……」
4番大江山がバッターボックスに入った。矢田が二塁にいる。ここで打てば、1点を返せる。
大賀が投げ込んだ。大江山は渾身の力で振り抜いた。
ガキィン!
打球はセンターへ高く舞い上がった。
「行けぇ!」
だが、センターの選手が落下点に入り、キャッチ。矢田はタッチアップで三塁へ進んだが、2アウト三塁。
5番鷹野がバッターボックスに入った。ここで打てば、1点を返せる。
大賀が投げ込んだ。鷹野は振り抜いた。
カキィン!
打球はセカンドへの強いゴロ。セカンドが捕球し、一塁へ送球。
「アウト!」
この回も無得点。スコアは0-2のまま、試合は後半戦へ突入しようとしていた。
5回表、マジーナ王国の攻撃。狩野は粘りの投球で三者凡退に抑えた。
5回裏、帝体大の攻撃。6番村瀬からの打順だ。
村瀬は大賀の球をじっくり見て、フルカウントまで粘った。そして、甘く入った球を振り抜いた。
カキィン!
打球はレフト前へ落ちた。
「よし!村瀬ヒット!」
続く7番小宮。村瀬を二塁へ進めるため、送りバントを決めた。1アウト二塁。
8番黒崎がバッターボックスに入った。剣道で鍛えた集中力を、この一打に込める。
大賀が投げ込んだ。黒崎はじっくりボールを見極め、甘く入った変化球を振り抜いた。
カキィン!
打球はライト前へ飛んでいく。
「走れ、村瀬!」
村瀬が三塁を蹴り、ホームへ突っ込んだ。ライトからの返球が飛んでくる。
「セーフ!」
「1点返した!」
スコアは1-2。帝体大がようやく1点を返した。
「よし!これで1点差だ!」
帝体大ベンチが沸いた。黒崎は二塁ベース上でガッツポーズを決めた。
9番狩野がバッターボックスに入った。黒崎が二塁にいる。ここで打てば、同点だ。
「大賀、お前の球、もう一度打ってやる」
「来い」
大賀が投げ込んだ。狩野は振り抜いた。
カキィン!
打球はセンターへ飛んでいく。だが、センターの選手が落下点に入り、キャッチ。黒崎はタッチアップで三塁へ進んだが、2アウト三塁。
1番北野がバッターボックスに入った。ここで打てば、同点だ。
大賀が投げ込んだ。北野は振り抜いた。
だが、打球は力のないショートゴロ。ショートが捕球し、一塁へ送球。
「アウト!」
この回は1点止まり。スコアは1-2で、試合は後半戦へ突入する。
帝体大ベンチでは、選手たちが拳を握りしめていた。
「あと1点……あと1点で同点だ」
「大賀の球にも、少しずつ慣れてきた。後半、絶対に逆転する」
狩野はマウンドを見つめながら、静かに闘志を燃やしていた。
「俺が抑える。だから、お前らが点を取ってくれ」
「任せろ」
神宮寺が力強く頷いた。
1点を追う帝体大。後半戦、逆転なるか。試合はいよいよ佳境を迎えようとしていた。




