第35章 魔王軍 vs マジーナ王国
第1試合から数時間。グラウンドは再び熱気に包まれていた。
第2試合、魔王軍 vs マジーナ王国。先攻は魔王軍、後攻はマジーナ王国だ。
魔王軍は第1試合で帝体大に敗れ、1敗を喫している。この試合に負ければ、優勝の可能性は完全に消える。一方のマジーナ王国は、まだ1試合も戦っていない。この試合が大会初戦となる。
マジーナ王国のマウンドには、大賀真が立っていた。帝体大から派遣されたエース投手。その右腕が、今度は魔王軍の前に立ちはだかる。
「大賀、頼んだぞ」
キャッチャーの米倉がミットを構えながら声をかける。
「ああ。全力で抑える」
大賀は静かに頷いた。彼の目には、いつもと変わらぬ冷静さがあった。
マジーナ王国の応援席からは、規律正しい声援が響いていた。
「マジーナ!マジーナ!」
王国の兵士たちが一糸乱れぬ声を上げる。その統制された応援は、彼らの国民性を表していた。
一方、魔王軍の応援席からは、第1試合にも増して激しい咆哮が響いていた。
「今度こそ勝つぞ!」
「人間どもに連敗は許されん!」
負けられない戦い。その重圧が、魔王軍の選手たちの肩にのしかかっていた。
1回表、魔王軍の攻撃。先頭打者はバルゴだ。
大賀がゆっくりと振りかぶった。そして、その右腕が閃いた。
ズバァン!
「ストライク!」
バルゴのバットは微動だにしなかった。いや、振れなかったのだ。
「今の球……見えなかった」
バルゴが呟く。第1試合で狩野から快打を放った彼が、呆然としている。
大賀の球速は160km。狩野の143kmとは次元が違う。魔族の動体視力をもってしても、反応が追いつかないのだ。
第2球、第3球と続けてストレートが決まり、バルゴは見逃し三振に倒れた。
「これが……160kmか」
バルゴがバッターボックスを離れながら、悔しそうに呟いた。
続く2番バルガも、大賀の速球に手も足も出ず三振。3番ヴァルナは何とかバットに当てたが、力のないセカンドゴロに終わった。
三者凡退。大賀は涼しい顔でベンチに戻っていく。
「さすが大賀だ。160kmは伊達じゃない」
米倉が満足げに頷いた。
1回裏、マジーナ王国の攻撃。魔王軍のマウンドには井戸川が立っていた。
第1試合に続いての先発登板。連投の疲れがあるはずだが、井戸川は軽く肩を回して準備を整えた。
「よし、こっちも抑えるぜ」
先頭打者はレオニールだった。近衛第二隊長にして、マジーナ王国チームのキャプテン。真面目な性格と、大賀・米倉から学んだ野球の知識で、チームを牽引している。
井戸川が投げ込んだ。緩急をつけた投球で、レオニールを翻弄しようとする。だが、レオニールは冷静にボールを見極めた。
「この球は……見たことがある」
大賀との練習で、様々なタイプの投球を見てきた。井戸川の球は確かに巧みだが、大賀の160kmに比べれば、まだ対応できる範囲だ。
カキィン!
レオニールのバットが井戸川の球を捉えた。打球はセンター前へ抜けていく。
「よし、先頭出塁!」
マジーナ王国の応援席が沸いた。
続く2番打者は、堅実に送りバントを決めてレオニールを二塁へ進めた。この「確実に走者を進める」という戦術も、大賀と米倉から学んだものだ。
3番打者がバッターボックスに入る。井戸川が慎重に投げ込んだが、打球はライト前へ落ちた。レオニールが三塁を蹴り、ホームへ突っ込む。
「セーフ!」
マジーナ王国、先制。スコアは1-0。
「よし!これが俺たちの野球だ!」
レオニールがベンチでチームメイトとハイタッチを交わす。派手さはないが、確実に点を取る野球。それがマジーナ王国のスタイルだった。
2回表、魔王軍の攻撃。4番、魔王がバッターボックスに入った。
会場が静まり返る。第1試合で狩野から2本のホームランを放った魔王。その打棒は、大賀にも通用するのか。
大賀は静かに魔王を見据えた。
「来い、人間。お前の全力を見せろ」
魔王が低い声で言った。第1試合と同じ言葉だ。
大賀は頷いた。そして、渾身のストレートを投げ込んだ。160km。今日一番の球だ。
魔王のバットが動いた。
カキィン!
打球がレフト方向へ飛んでいく。だが、第1試合のような規格外の当たりではなかった。レフトの選手が落下点に入り、キャッチ。
「アウト!」
魔王は悠然とベンチへ戻りながら、大賀を見つめた。
「……悪くない」
第1試合の狩野よりも、明らかに球威がある。魔王をもってしても、完璧に捉えることはできなかった。
続く5番ガルドも、大賀の速球に押されてセンターフライ。6番の魔族は三振に倒れた。大賀は2回を終えて無失点。完璧な立ち上がりだった。
試合は中盤に入っても、大賀の投球は冴えわたっていた。魔王軍打線は、その速球の前に沈黙を続ける。
3回表、バルゴが意地のヒットで出塁したが、後続が倒れて無得点。4回表は三者凡退。5回表も、魔王がツーベースヒットを放ったものの、ガルドが三振に倒れて得点には至らなかった。
一方、マジーナ王国は着実に得点を重ねていた。
3回裏、レオニールのタイムリーヒットで1点追加。スコアは2-0。
5回裏、シリルが先頭打者としてバッターボックスに入った。寡黙な女性騎士は、大賀との練習で投手としての才能を開花させていたが、打撃もまた成長していた。
井戸川が投げ込んだ球を、シリルは冷静に見極めた。そして、甘く入った球を振り抜いた。
カキィン!
打球はライト線を破っていく。シリルは俊足を飛ばして二塁に到達。ツーベースヒットだ。
「シリル、ナイスバッティング!」
レオニールが声をかける。シリルは小さく頷いただけだったが、その目には確かな手応えがあった。
続く打者が送りバントでシリルを三塁へ進め、次の打者がセンターへの犠牲フライを打ち上げた。シリルがタッチアップでホームイン。スコアは3-0。
6回表、魔王軍の攻撃。このままでは2連敗が確定してしまう。魔王軍ベンチには、焦りの色が見え始めていた。
「くそ……このままでは」
ガルドが歯噛みする。
「落ち着け」
魔王が静かに言った。
「まだ試合は終わっていない。野球とは、そういうものだと教わった」
速水と井戸川から学んだ言葉。野球は9回まで何が起こるかわからない。
この回の先頭、8番速水がバッターボックスに入った。
「大賀、久しぶりだな」
速水がニヤリと笑う。
「ああ。手加減はしないぞ」
「当たり前だ」
大賀が投げ込んだ。160kmのストレート。だが、速水は元チームメイトだ。大賀の球筋を知り尽くしている。
カキィン!
速水のバットが大賀の球を捉えた。打球はセンター前へ抜けていく。
「よし!」
続く9番井戸川も、大賀の球をじっくり見極めて四球を選んだ。ノーアウト一塁二塁。久しぶりのチャンスだ。
1番バルゴがバッターボックスに入る。
「ここで打たなきゃ、男じゃねぇ……!」
大賀が投げ込んだ。バルゴは渾身の力で振り抜いた。
カキィン!
打球はライト方向へ飛んでいく。だが、ライトの選手が好捕。速水はタッチアップで三塁へ進んだが、1アウト一塁三塁。
2番バルガがバッターボックスに入る。
「兄貴の分まで……!」
大賀が投げ込んだ。バルガは狙い澄まして振った。
カキィン!
打球はセンターへ飛んでいく。犠牲フライには十分な距離だ。速水がタッチアップでホームイン。
「1点返した!」
スコアは3-1。魔王軍がようやく1点を返した。
だが、反撃もここまでだった。3番ヴァルナが三振に倒れ、この回は1点止まり。
7回裏、マジーナ王国の攻撃。レオニールがこの日3本目のヒットを放ち、出塁した。続く打者が送りバントを決め、レオニールが二塁へ。
そして、シリルがバッターボックスに入った。
井戸川が慎重に投げ込む。だが、シリルは冷静にボールを見極め、甘く入った球を振り抜いた。
カキィン!
打球はレフト前へ落ちた。レオニールが三塁を蹴り、ホームへ突っ込む。
「セーフ!」
スコアは4-1。マジーナ王国がリードを広げた。
8回表、魔王軍の攻撃。4番魔王からの打順だ。
大賀は疲れを見せ始めていたが、それでも球威は衰えていなかった。魔王との対決。この試合最大の見せ場だ。
「大賀。お前の球、今度こそ捉えてやる」
魔王が静かに言った。
「どうぞ。全力で投げます」
大賀が投げ込んだ。渾身のストレート。魔王のバットが唸りを上げる。
ゴォン!
打球がレフト方向へ飛んでいく。今度は、第1試合を彷彿とさせる当たりだ。
「行ったか……!?」
だが、打球はフェンス手前で失速し、レフトの選手のグローブに収まった。
「アウト!」
魔王は悠然とベンチへ戻りながら、大賀を見つめた。
「……見事だ。お前の球は、狩野よりも重い」
大賀は静かに頷いた。
続くガルドも三振、6番の魔族も内野ゴロ。魔王軍は追加点を奪えなかった。
9回表、魔王軍の最後の攻撃。スコアは4-1。3点差を追いかける。
7番の魔族が内野ゴロ、8番速水が三振。2アウト走者なし。絶体絶命の状況だ。
9番井戸川がバッターボックスに入った。
「大賀、最後の勝負だ」
「ああ」
大賀が投げ込んだ。井戸川は振り抜いたが、打球はショートへの平凡なゴロ。
「アウト!」
「ゲームセット!マジーナ王国の勝利!」
スコアは4-1。マジーナ王国が魔王軍を下した。
魔王軍のベンチでは、選手たちが肩を落としていた。2連敗。これで優勝の可能性は完全に消えた。
「申し訳ありません、魔王様……」
ガルドが頭を下げる。
だが、魔王は静かに首を振った。
「謝るな。我々は全力を尽くした。それでも負けたのだ」
魔王はマジーナ王国のナインを見つめた。彼らは喜びを爆発させている。だが、その喜びの中にも、規律正しさがあった。
「彼らの野球は、我々とは違う。派手さはないが、確実に勝利を積み重ねる野球だ」
「真面目に楽しむ野球……ですか」
速水が呟いた。
「そうだ。大賀と米倉が教えたのは、そういう野球だったのだろう」
魔王は静かに立ち上がった。
「我々は負けた。だが、この経験は無駄ではない。次こそ、必ず勝つ」
その言葉に、魔王軍の選手たちは顔を上げた。
「はい、魔王様!」
敗北を糧に、さらなる成長を誓う。それもまた、スポーツの醍醐味だった。
一方、マジーナ王国のベンチでは、レオニールがチームメイトと握手を交わしていた。
「よくやった、みんな。だが、まだ優勝は決まっていない」
「ああ。最終戦、帝体大との試合が残っている」
大賀が静かに言った。
「帝体大は、俺たちの母校だ。手加減はしない」
米倉が頷いた。
「当然だ。全力で勝ちに行く」
レオニールは空を見上げた。
「帝体大との最終戦……楽しみだな」
その目には、静かな闘志が燃えていた。
最終戦、マジーナ王国 vs 帝体大。勝った方が優勝という、大一番が待っていた。




