8方美人に公爵令嬢の襲撃
見知らぬ馬車が家の前に止まっている。
王子の馬車ではないようだが、その辺の馬車とは違うのは明らかで、ああまたどこぞの貴族様やらが噂を聞きつけて毒牙にかかりにきたのかと、盛大に溜息を吐いた。
恐る恐る家に近付くと、馬車からドレスを着た麗しい女性が降りてきた。
まさかの女子!
今までこのバグ的な魅力値に惹き寄せられてきたのは男ばかりで、それが解せず、タイガのパーティの女性陣にそれとなく聞いた結果、なんとも微妙な反応を返されていた。
「なんとなく、近づき難いといいますか……」
と、豊満な胸と青い髪のポニーテールが特徴の武闘家、ヒカルが答える。
「私たちは性別の違いもありますし、勇者さまたちの様には、ねぇ……?」
ピンク髪の可愛らしいロリータ少女、レンが実はスナイパーだという事実にも衝撃を受けたが、その答えにもショックだった。
余りに高過ぎる魅力は異性を遠ざける!!
二人からは異性へ対する遠慮のような、配慮のようなものがあるような気もしたので、そんなこと気にしない様なぐいぐい系のお姉さんがいないものかと思っていたのだが、まさかの貴族の御令嬢が訪ねてくるとは思わなんだ。
「わたくしグレーブ公爵家長女、ルゥーラと申します」
恭しく挨拶をするのは、どこぞの御嬢様かと思えば、公爵令嬢とはかなりの身分だ。
恐れ多いとは思いこそするものの、すでに王子やら騎士団長やらとお茶する仲になってしまったせいで、緊張はしない。
「それはそれはどうも。シンタローと申します」
御令嬢の目がジロリと眇められる。
あれ、どうもこれは好意的とは思えない表情だ。
「最近ジュリー王子が御執心の市民がいると、社交界で話題となっていますのを貴方はご存知ですか?」
なるほど、合点。
この御令嬢はオレの魅力に惹かれてきたわけではない。
王族に近付く卑しい身分の者を、遠ざけるべく訪ねてきたのだ。
「王子は、本来ならば貴方が気軽に話せる方ではないのですよ」
高飛車を絵に描いたような、なかなか濃いキャラクターだ。
家にあがることもなく、話を済ませようとする辺り、かなりご立腹で話をしたくもないのだろうな。
まぁ、王子だからそりゃあそうなんだろうけど、向こうから遊びに来るんだからオレにはどうしようもない。
オレの立場になってみろ。今すぐ大声で怒鳴り散らしたい。
どうして女に嫉妬されなければならないのか!!
だが、これは二度目の人生の転生者という立場のこちらが大人にならなくてはいけない。
「えっと、ここで話すのもなんですし、王子のいつも飲んでる紅茶飲みます?」
「頂くわ!」
喰い気味で答えられる。
ここはあちらの言い分を全部素直に聞いて、気持ちよくお引き取り願おう。
数日後、家の前にジュリー王子とジェシィ騎士団長が並んでいた。
「あれ、お二人揃ってご登場ははじめてですね」
と言ってみてから、騎士のジェシィが此処に来たことがあるのは秘密だったことを思い出して焦る。
ジェシィは苦笑して手を振る。
「あ、大丈夫。もうとっくにバレてるから」
なんだ、心配して損した。
「グレーブ嬢が貴殿のところに訪れたと聞いてね。君が心配で来たんだ」
逆に心配されていたようだ。
「ご心配には至らず、女に嫉妬されてメンタル傷付きましたが、全然大丈夫ですよ」
「しっかり傷付いてるんじゃないか」
でも、彼女から害を被ったわけではなく、至極真っ当な注意を受けたというだけなので、被害者ヅラしようがない。
「彼女は公爵令嬢だから、こちらもなかなか扱いが難しいんだ」
「なるほどねぇ……」
王子でも対応を気遣う御身分の方が、わざわざ参られたのだとすると丁重にもてなしておいて間違いではない相手だったわけだ。
しかもそれが、王子の立場を害する恐れのある者の偵察と牽制のためだと思うと、なかなかの役者ではなかろうか。
王子自身は王位争いを避ける為にも、第二王子である自らは男相手もありだと思っているようだが、男にうつつを抜かすのは程々にして、きちんと育てられた御令嬢を相手にして然るべきじゃないのだろうか。
「だが、君は巧く躱したようだ」
「へ?」
「グレーブ嬢が君のことを、市民の癖に洗練された振る舞いをされていて貴族の茶会にもお呼びしたいと触れ回っていたよ」
「は?」
いや、そこは認めずに対抗馬のままでいろよ!
そして絶対にお呼ばれされたくない!
彼女にも少なからず魅力MAXの効果があったのかもしれない。
「ギャゥギャ〜」
フォーユがオレを見上げて鳴く。
まさか、知らず知らずのうちに誘惑してしまったんじゃないよな。迂闊に誘惑は使わないようにしないとな。