第二〇章 大団円、ってこんな感じでもいいんだろうか?Part5
模擬戦翌日の朝、本当なら茂原基地に戻っているはずの翔子はさくらや本庄・西両准尉と共に東京湾を挟んだ反対側、横須賀にある海軍航空隊基地に向かう列車に乗っていた。
第三セクターの『房総鉄道網』が作った成田から横須賀に直結する軍専用路線のおかげで、通勤時間帯であるにも関わらずゆったりとボックス席に座り、食堂の人が作ってくれた朝食代わりの弁当を頬張る事ができたのだった。
「それにしてもやはり変な感じですね。いくら試験のためとはいえ他の軍の基地に出向くなんて」
多摩川を渡る頃、お茶をすすりながら本庄准尉が頭に浮かんだ感想を口にする。そもそも彼女と西准尉は空軍に入ってからまだ1年あまり。それなのにこの1ヶ月足らずの間に航技研に引き抜かれ、『試製震電』の試験のために成田基地に出向となり、その上海軍基地に出張だなんて、途惑うなという方が無理だろう。つい先日まで特殊な環境下の茂原基地でパイロットとなるための教育を受けていただけで、普通の部隊の雰囲気なんてしらないのだから。
そんな不安を全面に出す准尉の気持ちを楽にしようと、横須賀基地に行った事がある翔子が自分の抱いた感想を語る。
「ん~、でもそんなに違いはないと思うけどな。同じ日本軍な訳だし、何より航空隊の基地なんだから、成田に似た雰囲気だったと思うんだけどね」
「私達は成田基地に来てからまだ2週間あまりですよ。良い雰囲気だとは感じてますが、全部を知っている訳ではありませんから、比較対象にできないんですよ」
「まあ行く前からそんなに不安になってないで。横須賀基地にだって女性隊員や職員は少ないながらもいるし、まして女性パイロットなんて珍しいから皆優しくしてくれると思うよ。特別な憲兵隊の人も多いからヘンな事もしてこないし」
「だといいんですけどねぇ……」
などと話している内に目の前という程近くではないが、戦艦とか空母といった大型の軍艦が目に飛び込んでくる。その近くに泊まっている小さな艦が重巡洋艦で、子供みたいなのが駆逐艦なのだろう。彼女達は海軍の所属ではないのでどれがどの艦かまでは分からない。一応敵艦と誤認しないように座学で教え込まれたが、まだ少し遠い上に興味の対象でなかったためか、飛行機を覚えるようにはいかなかった。しかし海軍、それも本丸と言える横須賀基地の近くまで来た事は実感できた。もっとも翔子達の目的地は軍港でもドックでもなく、その手前に位置する日本海軍航空発祥の地、追浜飛行場だったけど。
「貴官達が空軍から新型機試験のために派遣された立花少佐達だな。我が基地や海軍に不利益がないのであれば貴官達の試験に口を挟む事はない。空軍との連携を考えれば全面的に協力させてもらうので、要望があれば遠慮なく言ってくれ」
海軍横須賀基地航空隊司令駒田少将は実に堅苦しい挨拶をしてきた。口ではああ言っておきながら勝手はしてくれるな、と言わんばかりの態度で。そのため翔子を除く3人は、柔らかすぎる空軍とは異なり海軍、というより軍隊というものはやはり上下関係に厳しかったり、縄張り意識が強いのだろうと認識した。が実際のところは駒田司令は若い(そして可愛らしい)女性パイロットが一度に4人も目の前に現れたため、年甲斐もなく緊張し、威厳を保とうとあのような対応をしてしまっただけなのだ。もっとも以前来た事がある翔子には今のがいつもの駒田司令の姿ではないと分かっていた。本来は多少堅苦しい口調ながらも余所者だろうが階級が低かろうが誰にでも優しく声をかけてくれる「できた」指揮官であると。その事を後でさくら達に話すと「信じられない」といった表情で聞き返してきた。近代的な軍人というよりも歴戦の武将と言った方がしっくりくるような風貌なものだから、にわかには信じられなかったのだ。そんなさくら達に翔子は「その内分かるよ」とだけ微笑みながら答えただけだった。
司令室に入室したのが9:00丁度。挨拶を済ませ当番兵に案内されて退出したのが9:05だがら、実にあっさりした挨拶であった。が試験の手順など実質的な打ち合わせの時間を少しでも長く取りたかったので、むしろ都合良かったのだけど。
当番兵の案内で航空隊試験部の詰所。本部の建物から少し離れ、格納庫や駐機場の側にある文字通りの待機所前まで来ると、既に駐機場に2機の『震電』が並べられていた。
内1機は皆がよく知る『震電』の姿をしていたが、もう1機はなんか脚が短い。そう、翔子が修正した図面通りに脚を短くした『震電』の姿であったのだ。こうして並べてみると胴体が同じなのにも関わらず全くの別機のようにすら感じる。一方は見上げるかのように機首を空に向け、もう一方はその機が「伏せ」でもしたかのように地面に対しフラットな姿勢である。
そんな『震電』がもの珍しいのか暇な隊員らが幾人も『震電』を取り囲んでしげしげと見ていた(ほとんどの者にとって『震電』は今まで見た事がないスタイルの機体だし)。更にその内側で『震電』に取り付き、整備している整備士達の姿もあった。その中に見知った顔もあったのだが、そんなものには目もくれず、翔子は2機の内1機の『震電』に向かってダッシュして、そして主脚に抱きついた。
「どうしたの『震電』? 1日会わなかっただけで脚が短くなってぇ。もしかして私の気持ち察してくれたの?」
そう、翔子が飛びついたのは脚が短い方の『震電』であった。確かに機体識別番号は垂直尾翼に書かれているが、『震電』の尾翼は小さいためにその表示は更に小さく、遠目には見づらい。加えて両機のカラーリングはほとんど変わらない試験機特有のオレンジ色ベースのものであった。この条件下であれば見慣れた姿をしている方へまっしぐらなのが普通だろうが、そこは翔子の事、細部を見分けたのか、それとも7号機の魂でも感じ取ったのか、脚が短くされているにも関わらず、間違いなく7号機を選んだのであった。
「おお翔子さん、いらしたんですね。まあ俺らも夜中の内に航技研から横須賀にやってきて、今し方7号機を組み上げたばかりなんですよ」
翔子が『震電』の脚にまとわりついているとすぐに声をかけられた。その声には聞き覚えがある。一足先に『震電』と共に成田を離れていた上村伍長であった。そして彼の部下である3人の整備士達も集まって、疲れた表情ながらも翔子達の到着を歓迎してくれた。
「それにしても流石ッスね。脚が短くなっているにも関わらず、間違いなく7号機を見分けるなんて。尾翼の機体番号が読めたんですか? それとも俺らの姿に気付いて分かったとか」
上村伍長は相変わらずの調子で接してくる。それに翔子は思い切り頭を振りながら素直に答える。
「ううん、機体番号なんて見てなかったし、悪いけど伍長達の姿も目に入ってなかった。でも『震電』は一目見ただけで分かったよ。隣に準同型機があってもね」
「相変わらずッスね……」
足から手を放さぬまま嬉々として語る翔子に伍長達は感心を通り越した呆れに近い感情を抱く。見慣れているとはいえ慣れる事はできない感覚の壁を感じながら。
「それより伍長。私が脚を短くした方がいいっていう報告書を提出してから日が経ってないけど、もう試作品が完成したの? だとしたら流石航技研というところだよねぇ」
改めて『震電』7号機の短くなった脚を見ながら翔子が尋ねた。翔子が割り出した長さとは若干違う(より短い)が、これは紛う事なく『震電』の脚であり、他の機体からの流用ではあり得ない。油圧緩衝装置の調整レベルでは無理な長さの切り詰めなので、必然的に新しく作ったものなのだろう。だとしたらほぼ1日で翔子のアイディアを形にした事になる。そう考えるとこの作業をこなしてくれた航技研のスタッフには自然と頭が下がり、あまり無理な事は言えないなと思う翔子であった。がそんな殊勝な思いの翔子に水を差す言葉が伍長から放たれる。
「その脚の事なんですが…既にあったものを転用したみたいッスよ」
その言葉に衝撃を受ける翔子。既に完成していたものを取り付けるだけならその位置を調整するだけで済むので新たに設計して形にする労力は減るだろうけど、だとしたら自分より先に『震電』の脚を短くする事を考えていた者がいる事になる。よくもまあ開発レベルでそんな危ない事(離着陸が難しくなる)を考える者がいたものだと翔子は軽く呆れていた、自分の事は棚に上げて。その表情から何かを読み取った伍長が両者=翔子と航技研の橋渡しをすべくネタばらしをする。
「翔子さん、これはジェット化『震電』の脚なんスよ。ジェットならプロペラがない分思い切って脚を短くできますし、ジェット噴流の特性を活かすために前輪と後輪をフラットにする必要があるみたいなんス。ただジェットエンジンは大量に力強く空気を吸い込みますからね。あまり短くし過ぎると小石なんか簡単に吸い込んじゃってエンジンが壊れる見たいッスから、極端に短くはできないみたいなんスけど。だからどれくらいの長さが適切か確かめている最中で、中でも一番長いヤツを7号機に付けてみたみたいなんスよ」
「ああ、そういう事……」
伍長の言葉に得心したのか翔子はため息と共に表情を弛める。『震電』のジェット化はこのレシプロ版『震電』とほぼ同時進行で進められているらしいから、そこから脚だけ拝借すればその取り付け位置の修正のみで済み、丸1日という短期間で調整ができた事に納得がいく。その位置の調整が多少甘くても今日明日の実証試験の間だけだし、自分の腕があれば他の人より安全にそれを行えるだろう。翔子は航技研側があまり無茶をしてない事が分かると急に気が楽になった。
「あと航技研の技術さんからの伝言なんですけど、『プロペラはなんとか用意できたが、貴官の図面より脚が短くなってしまったので、クリアランスには充分気をつける事』だそうです」
伍長がくれた言葉に自分の感覚(脚が自分の図面より短いという見立て)が間違ってなかった事を理解し、プロペラと地面の間隔がどれ程なのか近寄って確認する。プロペラ先端と地面との間隔は翔子が考えていたよりも確かに小さい。が操縦を誤らなければ問題ないだろう。プロペラにしても急ごしらえ感が半端なかったが(無理矢理切断して整形したのがありありと分かる)、翔子のご所望通りの幅広タイプだったので、推力的には問題ないと勝手に合格点を出したのであった。
「翔子さぁん、こっちは13号機ですって。なんか本当は先行量産型の初号機になるはずだったんですって~」
「だったらなんで試作機カラーなのよ」
いつの間にかもう1機の方へ移動していた西准尉が楽しそうに教えてくれた。実際にそうであるなら試作機色に塗られている理由が分からない。そう翔子が不思議がっていると13号機についていた整備士が、
「7号機が特殊な改造を施すというので急遽試作機に変更された」
と教えてくれた。そして14~16号機まで試作機扱いに変更されたとの事。これら3機は7号機同様脚の短いものとされ、通常タイプとの比較を各所で行うらしい。それくらい翔子の提案は面白くもあり危険もはらんでいるという事だろう。
「なんか実戦配備を遅らせちゃったみたいで『震電』には悪い事したかな……」
思い切り手を伸ばし少し低くなった『震電』の鼻先=機首をなでながら7号機に話しかける翔子。まだエンジンに火が点ってなかったので特に目立った反応はなかったが、風のいたずらだろうか、方向舵がパタパタいって、何かを伝えようとしているように翔子には思えた。そんな少しセンチな翔子に対し、13号機についていた整備士から、
「そんな事はないと思いますよ。先行量産型は13号機と同じ姿のまま生産されるそうですから。今日明日の試験結果に関係なく。その後の通常生産型は試験結果次第らしいですけど」
との声が。彼ともう2人の13号機付き整備士達は航技研所属らしく、上村伍長達と一緒に来たとの事。もっとも13号機はつい先程空輸で運び込まれたそうだが。なにしろ塗装し直しただけで本体には何も手を加えてないのだから、飛ばして運び入れた方が面倒くさくなくていいと判断されたためだろう。その13号機を運んできたパイロットは翔子達と入れ違いで帰ってしまったらしい。
「なら私の提案は『震電』の生産とかに何の影響もないのね?」
航技研組整備士の言葉に少しホッとした翔子。いくら性能(この場合は使い勝手か)を向上できても、肝心な時に使えなければ意味がない。『震電』なら『B-29』が現れた時だ。ので少なくとも茂原にはもう少し先の話ではあるけれど早期配備が決まっており、少しは帝都防空の役に立てるだろうと安堵したのだ。が航技研組整備士からバッサリ切るような言葉が放たれる。
「あくまで先行量産型に関してはですがね。先程も言ったように通常生産型についてはこの試験で決まるのですから。もし仕様変更なら若干生産・配備は遅れますよ。ちなみに先行量産型は100どころか50機も作られないはずですから、必要とされる部隊全てに行き渡るか分かりませんけど」
その整備士の言葉にはトゲはなく、むしろ当たりは柔らかいくらいだった。しかし翔子は胸に馬上槍試合で騎士が使う槍が幾本も突き刺さったような感覚を覚える程、心に響くものだったのである。
「結局は影響あるって言いたいんじゃん」
そう思った翔子は悔しさと申し訳なさ、そして軽い怒りに震える声で整備士の名前を尋ねずにはいられなかった。
「自分は大野兵曹長であります。少佐の事は存じてますから自己紹介は不要ですよ」
「そう…でも一応名乗らないとね。私は立花翔子。今後ともよろしくね」
引きつりながらも精一杯の笑顔で翔子は挨拶を返したのだ。
そうこうしていると新たに2人の男性が『震電』を取り囲んでいる者達を押しのけるように近付いてくる。野次馬達が改まって敬礼しているのを見ると、多分この基地では偉い部類に入るのだろう。ので翔子達も背筋を伸ばし、階級章などを確認しない内から敬礼して彼らを出迎えた。
「そんなに畏まらなくていいって。駒田少将程じゃないが、複数の女性から視線を向けられるのが恥ずかしい性分なものでね」
2人の内少し年上の方が本当に照れくさそうな顔で言った。歴戦の勇士の証しっぽい火傷痕をを残した厳つい面構えとは裏腹に、そのはにかんだ笑顔からは妙なかわいらしさを感じる。それだけ本当に恥ずかしがっているのであろう。
「自分は外川中佐。横空審査部試験飛行隊の飛行隊長だ。今日明日の試験には全力で協力するよう司令から申し渡されているので、何か必要な事があればどんどん言ってきて欲しい。まあ基本的な試験内容については書面で見ているからだいたい分かっているがね」
外川中佐の態度は横空審査部の飛行隊長とは思えない程柔らかなものだった。まあこれは対外的なものであって(翔子達は空軍からのお客様だし)身内には厳しいのかも知れないが、それでも翔子達は他軍の基地故に張りすぎていた緊張が和らぐのが分かった。何せ基地司令を表立って軽く貶すくらいの人物なのだから、あまり表裏なく他人と接する事ができるのだろうと勝手に判断して、翔子は皆を代表し外川中佐だけでなく海軍全体への謝意を伝えた。するとやはり照れながら返してくる。
「だからそんなに畏まらないでくれって……それよりこの男、小田島大尉と言うんだが、立花君は覚えているかな。君が3日前、勝手に房総半島一周飛行を行った際、こちらもに上の制止も聞かず君の『震電』を見に行った者がいてね、その内の1人だ。その罰として君達の試験の間、雑用係として貸し出そうと思っている。雑用係なんだから、そちらの准尉の2人も階級や年齢など関係なく、じゃんじゃんアゴで使ってやってくれ…だがこの措置は女性パイロットの4人に対してのもので、野郎には適用されないから整備士君達は調子に乗るなよ」
外川中佐の最後の一言にビクつき、鯱張って敬礼する上村伍長達「整備士君」。そのあまりの反応に自分達も上官をアゴで使えると思っていたのかと疑ってしまいたくなる。そんな伍長達を尻目に小田島大尉がずいっと前に出て、翔子達に話しかけてくる。
「なんだい少佐、もう会いに来てくれたのかい? それも他にもかわいいお嬢さん達をつれて」
大尉の対応は相変わらずだった。一度経験済みの翔子にとっては苦笑のタネでしかなかったが、初めましてなさくら達からしたら反応に困るものであった。「かわいい」と言われる事自体は嬉しかったりするが(それも美形レベルの男性から)、そのキザで軽薄とも取れる口調は女子として警戒せざるを得ないものである。その相反する感情故にどうしたらいいのか分からなくなるのであった。
「違いますよ♪ 大尉もご存じの通り『震電』のテストのため横須賀基地を使わせてもらうだけです。ので手合わせはいずれまた」
「それは残念。でも隊長の粋な計らいのおかげで君達と2日間一緒に行動できるのだから隊長には感謝しないとね」
あんな小田島大尉とまともに渡り合っている翔子に感心する西准尉。これがエースの貫禄なのかと改めて凄いと思っていた。しかしあまり快く思ってない者も2人程いた。さくらと外川中佐である。皮肉を込めたものとはいえとびきりの笑顔で男性と接する翔子と、勝手に機材を運用した罰であるにも関わらず反省していない様子の大尉。どちらもさくら達からすれば解せない態度だったのだ。妙な所がお堅いという共通点のある両者である。だから、
「翔子~。誰彼構わずそういう態度取ってると、いつか痛い目に遭うかも知れないし、何より大地君に見捨てられちゃうよ~」
「小田島、どうやらこれは罰にならないようだから、無断で飛行機を飛ばした件は不問として、今から通常任務に戻ってもらおうか」
「私は別に愛想を振りまいている訳ではないよぅ。それに今は大地は関係ないじゃない」
「隊長がそういうなら仕方ないですが、俺はただ重要な任務を控えて緊張しているだろう立花少佐をリラックスさせようとしただけでして…分かってもらえず残念です」
翔子と大尉の反論に呆れて何も言えなくなるさくらと外川隊長。結局小田島大尉の任務は変わらず、さっさと試験を始めろと言われたに過ぎなかった。
ここ海軍横須賀基地追浜飛行場は海軍航空発祥の地である。最初は水上機の基地として出発したのだが、いつしか飛行場が設けられ陸上機・艦上機の訓練及び試験場として発展していく。そして現在では滑走路を都合4本抱える、内地の海軍航空基地としては最大級の規模を誇っていた。空技廠が隣接している事もあり海軍試作機の審査や新技術の検証はここで行われる事が多い。その1つがこれからのテストで使われる『スキージャンプ式発艦促進装置』である。
翔子達はまずその装置を見に小田島大尉に連れられ、装置のある滑走路の端までやってきた。翔子は以前この装置を使用した事があるので見る必要はなかったのだが、さくら達は説明を受けただけで想像する事すら難しい。そのためどういう仕組みになっているかを見ておく事になったのだ。
「大尉さん。その装置ってどこにあるんです?」
西准尉が当然の疑問を口にした。『スキージャンプ式』という割にはジャンプ台らしきものが全く見当たらず、真っ平らな滑走路があるだけである。まあ確かに滑走路が急に金属板に変わっていたり、脇に支柱などがある事から、それらが作動してジャンプ台になる事くらいは容易に想像つくのだけど。
「まあお待ちなさいな、お嬢さん。普段は邪魔にならないよう平らにしているものでね。他の訓練等の際には必要ないものだから」
小田島大尉はそういうと支柱の側にある小屋に向かい合図をする。するとモーター音や金属同士が擦れるような音と共に滑走路上の金属板が隆起し始めた。そしてガチンという重いものが固定された時の音が聞こえた後に現れたのは、全長全幅共に50m程の2段式のジャンプ台であった。その先端の高さは6mを超えているだろうか。そして先細りになっているため先端の幅は30m程になっている。その威容にさくら達が何も言えずにただ見ていると、大尉が装置の説明をしてくれた。
「母艦に設置されているものはもっと小さいんだが、陸攻なんかでも効果があるか検証するために今年初めにこの大型の『二号台』を作ったんだ。少佐が使った事があるのは時期的に軽空母のサイズに合わせた『一号台』の方だろうけどね」
「確かに、そうですね……」
翔子もこの新しい大型の二号台には圧倒されていた。全長はともかく横幅でいえば倍以上あるのだから驚かずにはいられない。単純な見た目もそうだが、先日食事会の時自分で言った「50mあれば」というのが現実の物になっている事に驚いたのだ。一瞬自分には予知能力か言霊の力でもあるのではと疑いたくなるくらいに。だから気の利いた言葉も出てこずに、さくら達同様ただ眺める事しかできなかった。
「少佐が使った事のある一号台は他の滑走路に移設してあるから、こっちになれたら試してみたらどうだい?」
翔子の驚きように大尉は雑用係であるのも忘れて、いつものキザな口調に戻っていた。そんな些細な事には気付かず翔子は「ですねぇ」と同意する生返事をしただけである。
「それより実際の能力はどうなんですか? 艦上機はもちろんですが、陸攻でのデータも聞いておきたいので」
仕事熱心な本庄准尉がいち早く回復し、メモとペンを手に尋ねる。航技研の一員としては知っておきたい情報だろう。もっともデータは逐一航技研に伝わっているだろうけど。
「陸攻に関しては滑走距離短縮の効果はあったけど、必要ないというのが結論かな。元々陸上基地で運用するものだから、空母上みたいに短い滑走距離で飛び立つ必要なんてないし…って【房総沖迎撃戦】ではアメリカにそれをやられたんだっけ。まあ我が国がそのマネをする事はないと思うけど、でも小型の単発機、特に艦上機にはかなり有効なようだ。合成風力の得られる母艦上程ではないが、陸上での滑走距離を100~150mくらい短縮できるって話さ。ある程度加速できれば離陸速度以下でも離陸できてしまうのだからね」
大尉の魅力的な説明に本庄准尉のペンが走る。後で聞いたら滑走路が設置できないような狭隘な平地しか持たぬ小島にこの装置を設けてRATOと組み合わせれば、漫然とその小島の上を通り過ぎる敵機に奇襲をかけられるのではないかと思い付いたそうだ。面白い発想だが島の位置が知られたら二度と使えないし、何より離陸はともかく着陸はどうするつもりだったのだろうか。そう指摘されると「ふ、不覚…」と言い残しヘタってしまった。もっとも現時点では本庄准尉しか知らないアイディアだったため、仕事熱心だなとしか思われなかったけど。
「それで『震電』だとどれくらい効果があるか分かります?」
翔子としてはそれが一番気になる所だった。もちろん脚を短くして迎え角のなくなった改造機のためではあるが、未改造機であっても有効ならば積極的に使っていくべきだと考えたからだ。『震電』の離陸距離が600m弱と言われているから、100m短くできるのなら500m、いや『震電』のエンジンパワーから考えれば400mでも充分離陸できそうである。試してみるのが一番手っ取り早いのは分かっているけど、横空審査部所属でこの装置を使う事も多いであろう大尉に一応聞いてみたのだ。しかし案の定返ってきた答えは「自分で試してみてよ」というものであった。
「俺は別に技術者じゃあないし、年がら年中この装置を使っている訳でもない。それに俺は『震電』の事を知らないのだから」
その言葉に翔子は笑って「ですよね~」と答えるしかなかった。
「それでは早速試験を開始して欲しい。いくら少し拡張されたとはいえ追浜飛行場は狭いし、他にも試験はあるのだから」
ここは海軍横須賀基地追浜飛行場。本来なら海軍で使用する機体の審査や試験で手一杯なのだが、今日明日は空軍から期待の新型機の試験を行わせて欲しいと打診されたため、自分達の試験を最低限に抑えて滑走路を空けているのだ。であるなら間借りする立場としては少しも時間を無駄にはできない。翔子達空軍からの出向組は『震電』が置いてある駐機場に向かって駆けだした。
「別にそこまで急げとは言ってないけどね」
ワンテンポ遅れて小田島大尉も走り出す。雑用係を命じられている以上、1人のんびりとしている訳にはいかなかったから。
次話へ続く──
第二〇章Part4の後書きで「Part5で完結」と書きましたが、Part5が長くなりそうなので二分割して、次回のPart6で完結(その後で最後の[いんたーみっしょん]とエピローグがありますけど)とさせていただきます。
分割するくらいならもっと早い時点で決断し、この長さのPart5を公開した方が良かったのでしょうが、まさか800字詰めで30枚を超えるとは想像してなかったもので、その半分程度の長さの章の公開まで1ヶ月もかかってしまったのです。
ですがPart6は打ち込むだけなので、自分にしては早く公開できると思います。下書きに大きな修正を入れなければですけど。
何度も何度も延長してしまい申し訳ございません。
本来この[零号震電]は中編小説と考え書き出したのですが、伸びに伸びて自身初の長編小説へと化けてしまいました。
読者の皆様からすれば「いつまで引っ張るんだ」と思いの方もいるでしょうが、自分としてはこれも今後の糧として活かしていきたいと思ってます。
あと少しのお付き合い、よろしくお願いいたします。




