第二〇章 大団円、ってこんな感じでもいいんだろうか?part4
「そう言えばあと3機追加があるんだっけ…っていうかあれかな?」
とりあえず目の前の相手を倒しエンジン冷却のための休憩をしていた翔子は先程の司令の言葉を思い出し、追加の相手が既に試合空域を示す輪を形成する中に来ているのか探してみる。するとその中にはおらず、翔子達の上空1000mくらいの所で3機の小型機が小さく円を描いているのが目に入った。彼らはいつから居たのだろうか。模擬戦に集中しすぎて自分達の脇を通り過ぎた事を翔子は少し悔しく感じた。
「気付いているかあ、立花ぁ? 追加の3機は既に上空で待機しているぞぅ」
司令は嬉しそうに話しかけてくる。その嬉しさの要因は翔子が模擬戦を8戦して8勝と、実力を改めて認識できた事に加え、残りの3機を如何に乗り切ってくれるか、そして負けなしの翔子に土を付けるものが出てくるかが楽しみという複雑なものだったが、いずれにせよ隊員達の技量と保有機の性能を推し量る事ができる。ならこういった多少無茶な模擬戦もまた面白く、別の機会、また他の部隊でも行うべきと考えていた。しかしそんな司令の考えなど知る由もない翔子は現実的な質問を返す。
「気付いてますよ。それより私が上に行った方がいいんですか。それとも彼らが降りてきてくれるんですか?」
「あ、ああ。あくまで土俵はお前のいる所だからな。奴らには今からそこまで降りてきてもらおう。本来なら高度がある方が奴らには向いているんだろうが、それだと地上から観察する事が難しくなるし、お前が一方的に不利になるかも知れんから」
「今までだって『南風』が有利になる機体なんていなかったと思いますけどね」
「まあそう言うな。技量だけならお前の方が上だったし、第一『南風』を選んだのはお前じゃないか。だがこれからの相手はお前の方が明らかに上とは言い切れない猛者ばかりだから、奴らが降りてくるまで充分呼吸とエンジンを整えておけ」
翔子から冷めたツッコミを受けた司令は軽くムキになって言い返した。更にとんでもない事を付け加えて。
「それとこの3機には閃光銃ではなく、新型の塗料弾を搭載してあるから、擦っただけでも一目(瞭然)だぞ」
「はいぃっ!? そんなもの使って当たった場合、こっちの機体に何の問題もないのですかっ!?」
当然翔子は聞き返す。当たらなければ問題ないのかも知れないが、全弾回避してみせると言い切れる程翔子だって自信家ではない。ので勝てたとしても最低数発は被弾する事は覚悟している。そして模擬弾とはいえ実体があるのだからアンラッキーな流れ弾をもらってしまうかも知れない。その時に致命的なダメージを受けるような弾なのかどうかが心配なのだ。もちろん多少のダメージならそのまま試験を終了し地上に戻るくらいの自信はあるし、最悪機体を捨てて落下傘降下を試みる事だってできる。が自分自身がダメージを負ってしまったらその限りではないだろう。そのためにどの程度の威力があるか知っておきたかったのだ。翔子の口調は真剣だったが、それに答える司令のそれは比較的呑気なものだった。
「それについてはあまり心配する必要はない。クレヨンに紙を何重にも巻き付けたようなものだからな。検証試験では薄板の部分でも凹む程度だったし、防弾ガラスも貫通できない。普通の風防だったら割れてしまうかも知れんが、その『南風』の風防はこの模擬戦に備えて全面防弾ガラスに換えてある。だからお前の体に傷が付くような事はないぞ」
「だからか」
司令の言葉に翔子は先程より覚えていた違和感がなくなっていくのを感じた。普段乗っている機体に比べ視界が霞んでいる、というか濁っている感じだったため経年劣化か? と疑っていたのだ。が全てが防弾ガラス製というなら納得がいく。分厚いし積層となっているため透明度が下がるのは当然だからだ。
「もっとも動翼の布張り部分なら穴があくかも知れんし、塗料が動きを悪くさせるかも知れん。また風防に当たれば視界がどんどん奪われる事になるな。そう考えれば被弾はかなりのリスクがあると思って、勝敗に関係なくあまり被弾しない方がいいだろう。お前ならできるだろ?」
「そんなに軽く言わないでください。どうせ司令の事だから残りの3機は性能が良いだけじゃなく、パイロットだって今まで以上の手練れが乗っているんでしょ? そんな人達相手に被弾するなって、かなりムリな注文ですよ」
自分ができない事を他人に求めないで欲しい。翔子は旋回しながらゆっくり降りてくる新たな対戦相手を見ながら司令の無茶振りに反論する。距離が縮まるにつれ、それらの機体がここ数日ではあるがよく見知ったものだったり、全く初めましてな機体ではあるが高性能を発揮しそうだと認識すると、その思いはますます強くなった。
今まで8戦したが『南風』の調子は決して悪くない。むしろエンジンの調子など、動かし続ける程に良くなってきているような気さえした。が自分自身の体調とはいうと、少しずつ疲労が溜まってきていると実感していた。
「あと3戦。なるべく『南風』を汚さないように頑張るから力を貸してね」
翔子は『南風』に語りかけると残りの模擬戦を無事乗り切れるよう気合いを入れ直す。『南風』は相変わらず無反応ではあったが、何となく張り切っているように翔子には感じられた。もしかしたら少しずつ心を開いてきてくれているのかも知れない。そう思うと疲れなど吹き飛んでしまう翔子なのであった。
「それでは『雷電』と岸部大尉、準備に入ってください。1分後に開始となります。立花機もよろしいですか」
「『雷電』っ!?」
管制の本庄准尉が発した指示に翔子は驚いた。上空から降りてきた機体の中に彼女が知っている『雷電』の姿はなかったからだ。3機の内2機は明らかに形状が違ったが、残りの1機については確かに彼女が1回ではあるが乗った事がある『雷電』の面影があった。しかし接近した時に見たその機体は設計コンセプトが近い、もしくは『雷電』をベースとした別機として翔子の脳は処理した機体だったのだ。
「驚くのも無理はない。多分少佐が知っている『雷電』は最適な流線型というか紡錘形を作るためにおちょぼ口にしてあった古いタイプのものだろうから。がこの機体は鯉のぼりのように大口を開ける事で冷却を図ったものだからな。おかげで延長軸が不要になって、振動も解決したぞ」
翔子の疑問を理解した岸部大尉と思われる男性の声が、新たな『雷電』について語ってくれた。
「それとエンジンも『極星』に換装されている。それも2700hp出る試験中のヤツにな。少佐が知っている『雷電』とは全くの別物と考えていい。機会があったら乗ってみたらどうだ。この特注機はこのまま成田に配備されるみたいだから。もっともその前にこの『雷電』の強さを敵として知る事になるだろうがね」
「それは強引に機会を作ってでも乗ってみたいですね。性能次第では茂原にも欲しいですから。だからといって負ける気なんてありませんけどね」
挑発的な岸部大尉の言葉に翔子も負けじとノリノリで言い返す。機体の性能差だけで負けたくはないし、当然ながら技量でも負けたくはなかったからだ。が舌戦はこれでおしまい。1分が経過して開始の時間となってしまったからだ。
両機は合図と共に円の中心に向かって突撃する。それは今までの戦いと同じだが異なる点が1つ。この開幕ダッシュで『南風』が初めて遅れを取ったのだ。
この模擬戦が始まってから『南風』はその馬力荷重の小ささから常に先手を取ってこれた。全備重量3tに満たない機体に1700hp超のエンジンを積んでいるのだから当然であろう。まあ『キ60改』のように『南風』より良好な機体もありはしたが、その辺は翔子の操縦技術によりカバーしてきた。
しかし今相手にしている『試製雷電』は4t弱の機体に2700hpものエンジンを積んでいる。その出力差はほぼ1000hp。故にこの結果は不思議ではない。それでも実際に見せつけられると驚きを隠せない翔子なのであった。
どんどんと姿を大きくする『雷電』の姿を見つめながら翔子は考える。自分が知る限りの『雷電』は高出力エンジンによる高速と上下への機動性だけでなく、『零戦』などより翼幅が短いため横転率が高いという特徴があった。そのため見た目以上に空戦能力が高い機体である。
その見た目に加え局地戦闘機というカテゴライズからあまり注目されなかったが、戦闘機相手でも充分戦えたであろうと思った記憶が翔子にはあった。そんな性能を有しながら他の機体=『烈風』の開発を優先するため一度はお蔵入りになってしまったのだが、そこから新たな力を得て復活してきたという事はどれくらいやりづらい相手になっているのだろうと、これからの戦い方を含め想像を張り巡らせずにはいられない翔子だった。
そして両機がすれ違う瞬間、その位置は円の中心から北側であった。つまり翔子が駆る『南風』が押し込まれたという事である。翔子としては機首の絞り込みが減った分プロペラ効率の関係からダッシュ力は低下したと思っていたのだが、馬力荷重と速度の向上からそれを相殺、どころか強化されたのだろう。がショックを受けてばかりもいられない。機体性能の差は「規格外」とも称される機動と機転でカバーするしかないと瞬時に腹をくくり、捻り込み気味、いやそれを発展させたようなループ&ロールで『試製雷電』との戦いに入ったのだった。
「『雷電』は垂直旋回でなら横でも戦える。なら『南風』は得意の横に縦への動きも加えないとね」
3舵をフルに使いながら3次元の回転で『雷電』の出方を窺う翔子。すると『雷電』は漫然と左へ旋回しながら緩やかに上昇しようとしていた。そのあまりにもゆったりとした機動に翔子は、
「バカにされてるっ!? って事はないよね。あの岸部大尉の事だから、油断させておいて反撃してくるつもりなんだろうなあ」
と呟いた。
岸部大尉は対米戦争が始まる前から防空部隊にいた根っからの迎撃屋であり、局地戦闘機での戦い方に熟知している。こういうと対重爆戦のスペシャリストのような感じだが、彼の場合、局戦の扱いを極めすぎてむしろ随伴してくる護衛戦闘機との戦い方の方が秀でていると言われる程だ。
ちなみに翔子の実家である「橘戦闘機」が作った『99式局地戦闘機』にも搭乗経験があり、【房総沖迎撃戦】ではその『99式局戦』で小隊を率い戦果を上げているとの事。その後の異動で571試験飛行隊に入り、局戦ならではの戦い方を更に追求している。もっとも「局地」とはいえ『雷電』は単座の戦闘機であるのだから、複座戦闘機程は操縦法に違いはないのだけど。
そんな岸部大尉は相変わらずゆっくり旋回しながらの上昇を続けている。一方の翔子はというと捻り込み気味のループ&ロールを繰り返す事で、岸部大尉=『雷電』より急な角度で上昇していた。分かりやすく言えば「錐揉み上昇」と言ったところか。ので両機は垂直方向=より上空ないし地上から見たらほぼ同じ軌道を描いているように見えたが、水平方向から見れば翔子=『南風』の方が数倍の角度で上昇していっているのが分かる。つまり両者の距離は離れつつあったのだ。
「ん~っと、これ以上離れたら警告1になっちゃうかな」
翔子はそうつぶやくと「錐揉み上昇」をやめ、岸部大尉の様子をみるためにごくゆるやかに下降しながら旋回を続ける。確かに端から見れば翔子は逃げ、大尉は積極的に追わない、とも見てとれる。これでは双方消極的として両者共に警告1が与えられるだろう。その状況を嫌った翔子は「流石に警告で負けるのは癪だなあ」とは高度の優位さを利用して攻撃に転じてみる事にした。大尉に余裕ある対応をさせないよう垂直に近い角度で急降下する翔子=『南風』。距離が離れたといっても上昇速度には限度があるので実際の高度差は数百m程。パワーダイブをすればものの数秒で『雷電』と同高度に達してしまう。ので岸部大尉としても取る事ができる対応は限られるだろうが、翔子だって完璧に照準を合わせられる訳ではない。とりあえず仕掛けてみて大尉の癖でも掴めれば充分と翔子は考えていた。
翔子の方針転換に岸部大尉も反応し、自らも急降下に入る。現状を維持したところで立花=『南風』はすぐさま急上昇に転じて自分を攻撃してくるだろうし、それ以上にこの急降下中の射撃で被弾と判定されたらシャレにならない。ならば相手に合わせて急降下した方が反撃の機会が得られるだろうと判断したのだ。今なら位置エネルギーと急降下を始めたタイミングから『南風』の方が速度が乗ってしまうだろう。それなら自分の方が背後を取れる可能性が高い。もちろんこちらの動きを察して相手が急降下をやめるかも知れないが、その時はこちらが急降下で稼いだ速度を利用し反撃に出ればいい。最高速度も急降下性能も『雷電』の方が上なのだから。
そして案の定『南風』は急降下に転じたばかりの『雷電』を追い抜き、背中を見せる格好で更に下へと向かっていった。が『雷電』が降下に入った事はあの立花の事だから分かっているだろう。ならば再び上昇に転じて反撃してくるか、左右への動きを加えて形勢の再逆転を試みるかのいずれかの機動をとってくるはず。今一時の優位を得た岸部大尉は対応さえ間違えなければ勝てる可能性は大きいと思いながら『南風』を追躡していった。
一方翔子は『雷電』を追い抜いてしまうのも、その『雷電』が自分達を追いかけてくるのも想定内である。彼我の性能比を考えれば簡単には逃げる、もしくはこちらが主導権を握るのは難しいだろう。もしこれが実戦ならば地上ギリギリまで急降下する事によって追躡を諦めさせるか、相手の操作ミスを狙って自爆させるという事も選択肢に入るのだが、今やっているのは味方同士の模擬戦。相手の命に関わるような機動はできない。のであれば相手の判断ミスを待とうかと機体を水平に戻し、小刻みな上下左右への動きで誘ってみようと考えた。がその考えはすぐに修正が必要となった。
翔子としては追躡してくる『雷電』は『南風』よりわずかに上方に位置して優位性を保つだろうと考えていた。しかし自重で勝る『雷電』は思った以上に沈み込み、『南風』とほぼ同高度で機体が水平に戻ったのだ。
距離は300m程離れている。この差は縮まってくるだろうが、200mくらいまで近付かなければ機銃弾はまず当たらない。『雷電』が積んでいる訓練用のペイント弾の弾道特性は分からないが、仮に20㎜機銃と同じとするならば、万が一当たったとしてもまぐれ当たりとしてこの模擬戦ではまず無効と判定されてしまう事だろう。
であるなら──翔子の瞳がいたずらっぽく光った。
じっくり機会を窺うよりも「とっておき」の技で一発逆転を狙った方が時間と体力と燃料の節約ができてよいだろうと。それは少しは相手を危険にさらす事にはなるけど、自爆を誘うような機動よりはマシだろうし、何よりこんな技まで出すとは大尉は考えてないだろうから取れる選択肢は1つ。「逃げる」しかないだろう。
故に極まればほぼ確実に『雷電』の後ろを取る事ができる。そう考えがまとまると翔子は逃げるフリをしつつ技を仕掛けるタイミングを見計らった。そして両者の距離が250mを切った辺りで操縦桿を思い切り引き付ける。と同時にスロットルを全閉した。
一方の岸部大尉は翔子=『南風』を追躡しつつ速度差を利用して少しずつ高度を上げていった。もっとも上昇を優先するあまり翔子に逃げられたり反撃の機会を与えたくはないので、ゆるやかに10m程の高度差を作ったくらいだが。
そして『南風』との距離が250mを切った所で機銃発射ボタンに指をかけ、照準器をのぞき込んだ。あと50m程で有効射程に入る。今まではただ漫然と追いかけていただけだったが、いざ射撃となれば狙わなければ当たらない。ので急な機動をされても見失わないよう照準を合わせつつも可能な限り視野を広くしておこうとする。そんな時翔子=『南風』が垂直に近い急上昇に入るのが見えた。
「単なる宙返りかインメルマンか知らんが、この『雷電』なら充分対応できる。そのためにはこちらも宙返りが必要か」
その時はまだ岸部大尉には余裕があった。相手がとんでもない機動をする事で知られる立花少佐とはいえ、自分だってそれなりに経験を積んできている。一時後れを取ったとしてもすぐに挽回できるだろうと。そんな大尉の目に想像の斜め上をいく『南風』の姿が飛び込んできた。
「!?」
急上昇から宙返りに入ると思われた『南風』が、その途中で急に勢いをなくしたかと思うとガクガクと震えだし、そのまま落ちてきた。そしてその落下軌道は自機の進行方向と重なっていた。
「危ないっ!」
慌てて落ちてくる『南風』を躱そうと左下方へ回避行動を取る岸部大尉。戦闘機乗りである以上、敵機と交戦して撃墜される覚悟くらいはできている。また試験隊に配属されてからは前線のパイロットより死亡率が高いテストパイロットという立場を弁えている。が如何な原因でエンストに陥ったかは知らないが、それに巻き込まれるという最期は御免だった。だから全力で回避行動を取る。自由落下状態とパワーダイブなら当然後者の方が出足がいい。加えて水平方向にも移動すれば両者が衝突する可能性はかなり小さくできるだろう。この行動は事故回避の為なのだから何も恥じる事はないし、立花機だって彼女の技量からすれば、地上に達する前に失速から立ち直れるはず。大尉はそれが正論であるにも関わらず、何故か言い訳じみたように考えていた。
しかし岸部大尉は更に驚く事になる。翔子=『南風』は大尉が考えていたより速く失速から立ち直り、『雷電』の後ろを取ったからだ。
何が起きたのか分からず軽くパニックを起こす岸部大尉。しかし翔子からすれば計画通り、いやそれ以上に上手く極まったと思える事であった。つまり翔子は彼女の代名詞ともいえる失速転倒、またの名を失速反転と呼ばれる機動を取ったのである。
失速反転は基本曲芸飛行の技であり、空戦で用いられる事はまずない。1対1、あたかも騎士同士が戦うような空戦が行われていた第一次大戦の頃ならもしかしたらあったかも知れないが、分隊・小隊単位の空戦が基本で、百機単位での衝突が当たり前となった今大戦ではまず考えられない。飛行機の性能(構造)的に難しくなっただけでなく、集団戦の中で速度を殺して一番広い面を晒せばハチの巣にされるのがオチだろうから。
だからこそ普通のパイロットはやってみようだなんて思いはしないし、相手が行うとも思い至らない。しかし翔子は失速転倒を敢えて使う。相手が考えもしない機動をすれば勝てる確率が高まるから。もちろん前述した危険性もあるから、ここぞという場面でしか使わないけど。それでも他にやる者がいないから彼女の代名詞となってしまった訳なのだ。
両機を取り巻く円の中にいたさくらは「またあんな危ない事して」と親友の行動を心配しながら見ていたが、さくら程翔子の事を知らない岸部大尉は訳の分からぬまま背後を取られ、追う追われるの立場が逆転している理由が分からず、ただ遁走する事しかできなかった。幸いにして速度は『雷電』の方が速い。とはいえ仲間達が作る直径5~6㎞程の円の外には逃げられない。という事は折角の優速を活かしきれず、旋回に入った所で捕まってしまう事だろう。ので今の大尉にできる事は撃墜判定を受けるまでの時間を少しでも遅らせる事だけだった。が──
「岸部ぇ、警告1なあ。もし後30秒逃げ回る事しかしなかったら、更に警告だぞぉ」
と司令から無慈悲な言葉が投げかけられる。つまり岸部大尉はこれ以上逃げ回る事すら許されなくなってしまったのだ。となればほぼ負けが決定した事になる。頭では不思議な機動で後ろを取られた時点で負けた事は理解していた。実戦なら即被撃墜だろうから。でも心の中では負けたくないという気持ちの方がまだ強かった。先程とは真逆の考えだが、実戦でも敵の機銃弾が当たらなければ撃墜される事はないのだから。今だって『南風』からの射撃代わりの閃光は受けなかった。であるなら戦いはまだ続いている。なら残り20秒程で攻勢に転じ、攻守逆転できれば警告による不名誉な負けはなくなる。とはいえ大尉=『雷電』に今できる事はとりあえず逃げる事。だから一縷の望みを託し、仲間達が作る見えざる境界線ギリギリを沿うようにゆるやかに垂直旋回で飛び、反撃の機会を窺う事にした。
翔子はそれを追躡する。『雷電』より速度では劣っているが旋回性能では上回っているため、『雷電』の軌道よりも内側を回る事で引き離されないよう必死で追いすがる。おかげで両者の距離は中々縮まらず、20㎜機銃の有効射程200mにギリギリ届かずにいた。
「もう少しだけ内側に入れば追いつけるかもだけど、下手すると反撃してくるだろうからなぁ……」
翔子としても手詰まりだったのだ。逃げる相手を追わなければ「消極的」としてこちらが警告を受けるだろうし、このまま追い続けても状況に大きな変化がなければ時間切れで一応勝ちという事になる。しかし彼女としてはそんな棚ボタ的勝利は嬉しくも面白くもない。
だったら…翔子は思い切ってもう一歩内側へ入り込み、近道して時間内に『雷電』を仕留められる位置に辿り着ける軌道を選択した。しかしこれは一時的とはいえ『雷電』との距離が離れてしまう行動だった。その隙──翔子が敢えて作ったものであり、岸部大尉もそれは分かっていた──に乗じ岸部大尉は反撃に出るために操縦桿を目一杯引き付け、水平面で宙返りするかのような鋭い垂直旋回で『南風』の脇腹を狙うように『雷電』を操った。もちろん歴戦の大尉の事だから『南風』の側面を攻撃できるなんて思ってない。しかし巴戦に持ち込めればまだ逆転勝利の目はある、という一心で操縦桿を折れんばかりに力ずくで自らの体に引き寄せ、可能な限り小さな半径で旋回しようとした。が──
あまりに急激な操作だったため、速度に乗った機体の方が追いつかず、『雷電』は激しい振動と共に失速してしまった。失速したといってもまだ大尉が制御できる範囲ではあったが、急速に速度と高度を失い始める。そこに翔子の駆る『南風』が襲いかかった。
両機は反航するような形にはなったが正対する位置及び向きではなかった。がその軌道は確実に交差するものであった。
そして交差する瞬間『南風』から放たれた閃光が『雷電』の全身を包み込む。誰が見ても撃墜確実であろう。その時の両機の距離は50m程で、多少弾道が変わったとしても『南風』の機銃弾が外れる事はなかっただろうから。ので審判役の『0式司偵』から正式に撃墜が認定された。
その判定を聞いた翔子は緊張の糸が切れるのと同時に全身から一気に力が抜けていくのが分かった。こう言ったら失礼なのは分かるが、その疲労感は前の8機(搭乗員は都合9人)と戦った時の合計とさほど変わらないかも知れない。それだけ特注品の『試製雷電』の性能が良く、岸部大尉の技量が他の者より(ちょっとだけ)高かったという事だろう。1戦しただけでこれだけ疲れる相手がいる事が分かっていたら模擬戦なんて引き受けなかったのに。と翔子は今更ではあるが思っていた。
「いや負けたよ。『雷電』となら大抵の相手には負けないと思っていたんだが…少佐にはまだ一歩及ばなかったか」
翔子が心の中で後悔していると岸部大尉から敗北を認める言葉が語られた。
「性能の高さを驕りすぎたか。それとも少佐の事を内心侮っていたのかな? 強いとはいっても所詮女性だ、なんてな」
大尉にしては茶目っ気たっぷりな口調に翔子は慌てて言葉を返す。
「運ですよ。大尉が先に警告を受けてしまった事と、あの曲芸が上手く極まってくれた事が重なって、何とか勝たせていただいただけです」
「少佐、あまり卑屈にならないでくれ。折角勝負に勝ったのだから。それに少佐がそんな態度だと、こっちが余計に惨めになってしまう」
「すすすみませんっ」
翔子としては実力確かな年上の下官に気を遣ったつもりだったのだが、受け取り方によってはかえって失礼になる事もあると諭され素直に謝る。そして時任試験隊長はいつもこんな気苦労をしているのかと改めて感心していた。階級が上位の部下=試験隊員が何人もいて、それを上手くまとめ上げなければならないのだから。そこにそんな気苦労とは無縁な時任司令が次の指示を出してくる。
「それじゃ選手交代な。岸部も惜しかったが負けたんならとっとと引っ込めー」
「司令っ! 2回目はどうしたのですかっ?」
司令の言葉の意味が分からず、とっさに聞き返す翔子。しかし岸部大尉は分かっていたのか司令の言葉が終わらぬ内に翼を翻し、大きな輪の中へと戻っていく。と同時に次の相手であろう機体が代わりに小さな円を描くように待機を始めた。どうやらこの中で知らなかったのは自分だけだったみたいだ。
「あのなあ、閃光銃と違って実体弾には搭載できる限りがあるんだ。今回は射撃機会がなかったようだが、3回戦までやったら弾切れで自動的に負け判定をしなければならないケースも出てくるだろう。そうならないためにも追加の3機とは一発勝負だからな」
それくらいは察しろよ、と言わんばかりの口調で司令は新たなルールを説明したが、翔子からしてみれば「そういう事は先に言ってよ」と言いたいものであった。が楽になったのもまた事実。岸部大尉レベルの猛者を後2人相手にしなければならないのだから、少しでも早くケリをつけてしまいたいと思うのは多分自然な事だろう。自分の体力気力だけでなく、ムチャな機動による『南風』へのダメージも気になるから。そういう意味ではルール変更(もしかしたら司令の気遣い?)をありがたく思う翔子であった。
「どうだ立花ぁ。そろそろいけそうか?」
まだインターバルの3分が経たない内に司令が尋ねてくる。それ程時間を食ってないはずなのに何故急かすのだろうと不思議に思う翔子。思った以上に岸部大尉=『雷電』戦で体力を消耗してしまったようで、それまでの8戦と合わせてかなり疲労が蓄積しており、できる事ならもう少し休ませて欲しいという本音を返した翔子だったが、
「次の相手がジェットなもんでな。その高度じゃ燃料をバカ食いしちまう。ガス欠で勝利ってのも嫌だろう? それに周りを見てみろ。さっき戦ったジェット練習機の姿がないだろ。燃料切れにならんよう先に降ろしたんだ」
司令に言われ基地上空を周回している機体1機1機に目をやると、確かに双発ジェット練習機の姿がなかった。翔子の記憶に間違いがなければあの機体は1基あたり330㎏の推力しかないジェットエンジンを双発にして、何とか最新鋭レシプロ戦闘機並の速度を得ているような機体だった。機体設計をもっと洗練すればより高速にできたであろうが、既存レシプロ機の改造だったし、ジェットへの転換用練習機である事から、あまり速力を重視しなかったのだ。そんな機体でも低空で全力運転すれば1時間で1t近くの燃料を消費してしまう。それは漫然と飛ばしておくのはもったいないというものだ。
「それじゃあ今度の相手はあの機体よりも燃料を食うって事ですよね。わざわざ後に取っておいたという事は、あの子より強いんでしょうから」
少しでも休憩時間を稼ごうと翔子はわざと軽口を叩く。そんなもの無視してさっさと模擬戦を開始してしまえばいいものを、司令はご丁寧にもそれに乗ってくれた。素なのか気遣いなのかは分からないが。
「そりゃあそうだろ。750㎏の推力で780㎞/hくらい出せるからな。もっともその高度じゃ700㎞/h台前半がやっとかも知れないか…」
司令は思ったよりノリノリで答えてくる。もしかしたら次の相手を自慢げに紹介したかったのかも知れない。別に自分の手柄でもないのに。
「立花ぁ、お前ドイツ機にも詳しかったよなあ。今度の相手はドイツでも運用が始まったばかりで研究用に輸入したての『ハインケル「He 162」』だからな」
「『He 162』ですかぁっ!?」
翔子は驚かずにはいられなかった。何故なら『He 162』は司令が言う通りドイツで実戦配備が始まったばかりの最新鋭機だからだ。
立ち位置としては主力機である「メッサーシュミット『Me 262』」の補助戦闘機扱いではあるが、『Me 262』に比べコストは抑えられるし、元々クリティカルな設計なのでベテランが乗れば主力機以上の働きをすると言われている。反面新人などは飛ぶ事さえ難しいと言われる程の機体なので、性能を落としてでも誰もがそれなりに乗れる改良型が開発中らしい。ライバルのメッサーシュミット社に先駆けドイツ初となる『He 178』『He 280』というジェット機を完成させながら、前の指導者の好みの問題で採用が見送られてきた経緯があったため、ようやく日の目を見る事ができたハインケル社としては、これからが肝心とばかりに更なる新型機開発に力を入れる事になった。もっとも『He 178』はジェット実証機であり、『He 280』は性能的に後発の『Me 262』に劣ったため採用されなかったというのもまた事実である。
ちなみに『He 162』の初期プランはエンジンを胴体上に配置し、工作を容易にする設計だったが、推力線と機体重心がずれていたためより操縦が難しい機体になる予定だったみたいだ。が開発期間を延ばしてでもエンジンを胴体後部内蔵に変更したおかげで(比較的)安全に乗る事ができる機体へと仕上がった。
閑話休題──
「そうよっ。しかも操縦者は我が国のジェット開発黎明期から関わっている弓削少佐だからな。今日のために機体共々航技研から出張ってきてもらった。ジェット機の特性は誰よりもよく知ってる。『He 162』との組み合わせならお前といえどもキツいんじゃないか」
翔子の驚く声に司令はますます調子に乗った。流石に「十人組手」であっさり10人抜きをされてしまったら、自分が指揮する基地の練度が疑われてしまうし、いくら可愛がっている翔子とはいえ天狗になられたら問題なので、負けてもらうための刺客たる3人+3機だったのである。その内の1人+1機目は返り討ちにあってしまったが、かなり立花を消耗させる事ができた。となればこの2人+2機目が勝負所である。そのために最高の機体+パイロットを用意したのだが……司令のもくろみは儚くも崩れ去る。思いがけない裏切りにあったからだ。
「時任司令。申し訳ないのですがこの模擬戦、私は棄権させてもらえないでしょうか。流石にこの高度では燃料の消費が激しく、模擬戦が長引いたら途中でガス欠による負けとなってしまう。何せ航続距離が短いと定評のあるドイツ機ですから」
弓削少佐である。ジェットの特性をよく知る彼だからこそ、強敵相手の戦闘は厳しいと悟ったのだ。
彼の言う通りジェットエンジンはレシプロに比べ大食いである。馬力と推力という全く違う力で表されるから単純に比較はできないが、時間あたりの消費量はレシプロの3~4倍とも言われている。それでいて高々度になればなる程燃費が良くなり、むしろ悪化するレシプロ機に比べ数分の1で済むのだから、自動車なども含めレシプロエンジンしか知らない者からすれば、全くもって訳分からん代物なのであった。
がそんな事など関係なく、この模擬戦開催のために奔走した時任司令にしてみれば、折角のお膳立てをちゃぶ台返しされた格好だから動揺・狼狽、そして混乱してしまうのは当然だった。
「ちょっ、まっ、待ってくれ、少佐っ。どうしようもならんのか?」
「なりませんね。エンジン出力を抑え、試合時間を限定すればできるかも知れませんが、私だって戦うからには全力でやりたいですからね。せめて彼女が『He 162』と対等に戦える機体に乗っている時に別の場所で戦ってみたいですよ」
泣きすがるような司令に対し、弓削少佐はきっぱりと冷静に言い切った。
「特注品の『試製雷電』相手に『南風』があそこまで戦えるなんて思っていませんでしたよ。それを見た後に『He 162』の特性が活かせない場所で戦うのは労力と燃料の無駄でしかありません。ジェット乗りなら皆そう考えると思いますよ」
そこに試験隊戦闘機班主任の芦原大尉が乗っかってくる。
「司令、俺も弓削少佐の意見に賛成だ。この『震電』改修4号機も高々度向けだからな。同じレシプロ機の分だけ『He 162』よりは戦えるかも知れんが、採用前の最新鋭機が旧式機に負けたらシャレにならん。立花の乗機が7号機だったら本気でやりたかったんだけどなあ」
「芦原っ、お前もかっ!?」
裏切りの連鎖に心がKO寸前まで追いやられる司令。否定された訳ではないが、自分の人望が翔子のそれに負けたような気がしてショックが隠しきれない。普段から喜怒哀楽は激しいが、ここまで狼狽している司令の姿は珍しいので、その様子を側で見ていた管制室の隊員にも動揺が広がっていく。そこに救いのある追い打ちをさくらが投げかけた。
「司令、もう充分ではないでしょうか。翔子…いえ立花少佐もパイロットとしてはバケモノ扱いされていても、一応女の子ですからね。疲労はともかく急激な機動によるダメージは確実に体を蝕んでいきます。繊細な女性の体を傷付けるのは司令の望むところではないでしょう? ならば弓削少佐や主任の言葉を受け入れ、ここで今日の模擬戦を終了させる事を具申します」
「……………」
部下達からの言葉を噛みしめ、しばし動きを止める司令。そして少し熱くなっていた事を反省していた。立花ならこんな無謀な模擬戦でもやりきってみせる超人さを、もしくは(何度も)負ける事で立花だって皆と同じ人間なんだと証明したかったのだが、つい調子に乗ってしまって少し、いやかなり配慮を欠いてしまった事を、部下から言われて気付いた事に非常に恥じ入っていたのだった。さくらの言葉から30秒あまり沈黙した後、司令は模擬戦終了の宣言をする。
「そうだな、今日のところはこれで終わりとしよう」
その言葉が終わるやいなや『He 162』と残り燃料に不安がある数機が地上へと降下を始める。一方そうしなかった数機は翔子=『南風』の側に集まってきて、同じような軌道で円を描き始めた。
「翔子~。体のどこかに不調はなあい?」
「そうだぞ。あれだけ暴れたんだから、体か機体に不具合が生じてても不思議じゃない。もしどこかおかしいようなら早く戻った方がいいぞ」
「それにしてもすごいですね。都合9戦して9勝とは」
「バカ、それを言うなら17戦17勝だ。俺達とは1機あたり2戦してるんだから」
「何にせよ我々ももっと鍛えなければならないという事だ」
などなど、しばらくの間蚊帳の外に置かれ、自分の与り知らぬ所で模擬戦が終了してしまったものだから(加えて親友から何気に酷い事言われたし)、少し消化不良の翔子だったが、今度は皆から様々な言葉を浴びせかけられ、嬉しい反面対応に困ってしまう。今まで戦うために気を張っていたため、いきなりはいつものように軽く言葉を交わす事ができなかったのだ。そこに助け船を出してくれたのは他ならぬ司令であった。
「立花ぁ、早く戻って来んかあ。整備の連中が機体の心配をしてるぞ。あれだけ激しい機動で何連戦もしたんだから、機体に何らかのダメージがない訳ないってなあ。ホント新野は苦労してるんだな。お前の機体の整備担当なんだから」
「だから何で今大地の名前が出てくるんですっ!?」
司令の言葉にようやくいつもの調子を取り戻せた翔子は、文句を言ってやらねばと、成田基地に向かい急降下をしていく。もちろん速度の乗ったままで着陸はできないから、最終的には通常の着陸手順を踏まないといけないのだけど。
「まったく……戦闘機乗りの立花と男の事で恥じらっている立花のどっちが本当の立花なんだろうか」
みるみる小さくなっていく『南風』を見ながら芦原大尉が呆れたように呟く。人間様々な面を持っているのが普通だとは分かっているが、翔子のそれはあまりに極端である。花も恥じらう乙女のような一面があるかと思えば、男のパイロットでもできないような戦闘機動を何の躊躇もなくやってのける姿も見せる。彼女の他にそんな人物に出会った事がない大尉及びその他の面々としては呆れるを通り越して、ただただ理解不能な存在としか思えなかった。ただし付き合いの長い(そして深い)さくらだけは分かっていて、皆の疑問を和らげる言葉を口にする。
「どっちも翔子ですよ、主任。あの子は純真すぎるから、恋にしても操縦にしても一所懸命なだけなんです。だから少しでも『にごり』というか『くすみ』があるような人からは中々理解されないだけで」
「なるほどな。…で、沢渡。そういうお前はどうなんだ? 少しは立花の事を理解しているようだけど」
さくらの言葉に芦原大尉は感心のち皮肉を込めて聞き返す。日頃から付き合いのあるさくらの事は少しは分かっているつもりだが、男女の違いもあるし、どちらかと言えば大人しく引っ込んでいて、自分をさらけ出してない印象があるから、思わず流れで聞いてしまったのだ。
「私は……皆さんと同じ側ですよ。翔子程何事にも一所懸命になれないもの。もっともあそこまで真っすぐ過ぎると、見ているこっちが怖くなってしまいますから、真似したいとかは思わないですけどね」
「そうか、分かった……それじゃあ俺達も帰るか。機体以上に俺達の方が腹減ってきたからな」
さくらの声に微かな淋しさを感じた大尉はそこで話を打ち切り、基地へ帰投する号令をかけた。そして渡り鳥が連なって憩いの場へ降りていくように、何となく序列順に並んで次第に高度を下げていった。
その日の午後、翔子は『試製雷電』と『He 162』に乗る機会が与えられた。
『雷電』の感想は、54Lもの排気量を持つ巨大な『極星』エンジンのおかげでトルクはキツかったが、充分に対策が為されていたため『震電』より乗りやすいと感じた。聞いていた通り振動問題が解決していたため、問題の多い『震電』が不採用になってしまうのではと心配になってしまう程に。もっともこの機体が積んでいる2700hpの『極星』試作型=後の3x型は単発機には必要なく、一般的な2400hp級の2x型で充分と判断したけど。
また『He 162』の方はその高い翼面荷重から乗り手を選ぶだろうなあと素直に思った。翔子の技量なら全く問題なかったが、テストパイロット(の手伝い)などをやっていると他のパイロット、特に新人が乗る事を想定して考えてしまう。故に以前に乗った「川西『試製紫電』」の方が扱いやすいと感じていたのだ。ただジェットの高々度性能は流石で、これからはジェットの時代になるんだろうな、と楽しみ半分淋しさ半分でその試験飛行を終えたのだった。
それが終わると試験隊員達と午前の模擬戦の話で盛り上がった。弓削少佐と『He 162』は航技研試験本部に帰ってしまったが、そこでは模擬戦に参加したメンバー中心に空戦技術談議に花を咲かせた。だがここでも翔子はさくらから「あまり危ない真似はしないで」と釘を刺されていたけど(当然「失速転倒」の事)。
その後本来の予定ではレポートを提出したら茂原基地に帰れるはずだったのだが、明日からの2日間、海軍横須賀基地での試験=『試製震電』によるスキージャンプ式甲板型装置から離陸する実験が追加されてしまったため、今夜も成田基地に泊まる事になった。いろんな意味で早く茂原に帰りたかったのだが、自分で蒔いた種なので仕方ない。
夕食と入浴を済ませると早々にさくらの自室に戻り、明日以降の試験に備え休息を取る事になった。といっても横須賀に帯同する本庄・西両准尉も集まって、しばらくの間打ち合わせをしたのだが、
「一緒に来てくれるのはありがたいけど2人とも来ちゃっていいの?」
「新主任からの言い付けですよ。『本来ならその任務の性格上自分が行くのが筋かも知れないけど、どうせ出かけるなら気心の知れた者同士の方が良いだろう』と」
「それに『他基地と言うだけでなく他の軍の基地だからな。サポートは多い方が良いだろう』って言ってましたから、成田の事は新主任に任せましょうよ」
「そういう事ならいいのかなあ」
「主任としてもこの基地の事を早く知りたいのだろうし、何より翔子のお目付役は多い方がいいと思ったんじゃない? 何をしでかすか分からないから」
などというやり取りから始まった打ち合わせは話の脱線(主に女子的な方向へ)も相まって、思いの外長引く事になったのだが。
次話へ続く──
ようやく終わってくれました。模擬戦パート。
最初は「話の流れ上模擬戦は行われるから、その内容は書いておかなければ」と思っていたのですが、途中から「本筋とは違うから『カツアイ』可能だろうな」と思っていたので、物語を最初から最後まで考えた後に書き始めていれば多分本当に割愛していたでしょうね。翔子の空戦能力の高さは強調できたし、楽しんで読んで下さった読者の方もいると思うので全否定はしたくないのですが、もし修正版(それがリアルな本という形なら嬉しいなあ)を書く機会があれば確実に削る部分でしょう。
ですが何とか終わらせる事はできたし、オリジナル設定の機体も沢山出せたので良いとしましょう。登場させた機体の内いくつかは紹介すると思うので、興味のある方は楽しみにお待ち下さい(そういう人が多い事を期待しています)。
次のパートは翔子達が海軍横須賀基地に行って『試製震電』、そして『零号震電』の試験を行います。
ようやく『零号震電』が実際に登場させられます。ですが次パート(第二〇章Part5)で完結予定なのです。エピローグや「いんたーみっしょん」はあると思いますが、本筋は(また文章が暴走しない限り)次話で終了です。淋しくもあり次の作品が書ける事への楽しみもあり、「タイトルにもなっている機体を最後まで出さないってどういう事?」と思ったりと、感情がかなり入り交じってますが、最後まで気を引き締めて突っ走っていきたいと思ってますので、もう少しの『零号震電』とのお付き合いをよろしくお願いいたします。




