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ヨアケマエ外伝・零号震電  作者: うにシルフ
33/39

第二〇章 大団円、ってこんな感じでもいいんだろうか?part3

「それでは立花機、そろそろ離陸してください。試験隊の皆さんは高度3000mにて待機を完了したようですから」

「りょーかいっ」

 管制役の本庄准尉からの指示を受け、翔子は安全ベルトを締め直し、全開にしていた風防を閉める。そしてエンジン始動のため駆け寄ろうとする整備士を待たず、セルモータだけで『金星』7x型エンジンを起ち上げてしまった。

「お前の離陸順は一番最後だ。始まってからのお楽しみにしたいから、他の試験隊員が何に乗ってるか分からんように滑走路の端でボ~ッと待ってろ」

 と司令に言われてしまったものだから、翔子は約20分間言われた通りに狭いコクピット内でボケ~っとあさっての方向の空を見上げていた。時折目の端に何らかの機体が過ぎったりしたが、何の機体かなるべく特定しないようできるだけ頭を働かせないよう努めていた。よって模擬戦とはいえ空戦前だというのに何も考えておらず、とんでもなくヒマだったのである。そこにゴーサインが出たものだから居ても立ってもいられず、1秒でも早く飛び立てるよう体が自然と動いてしまったのだ。

「エンジンも…その他もだいじょぶそうだね。今日はちょっとムチャすると思うけどよろしくね」

 素速く計器類を一瞥し舵の動きなどを確認すると、翔子は右側の操作盤を軽く叩きながら『南風』に優しく声をかけた。が『震電』7号機や愛機の『飛燕』23型特と違って何か反応がある訳ではない。それでも翔子は『南風』にやる気が漲っており、額面以上の性能を発揮してくれるだろうと感じ取っていた。

 この『南風』は表現下手なのか態度でその内なる気持ちを表してくれなかったが(単にコミュニケーション不足で気付かなかっただけかも知れないけど)、模擬戦といえども戦闘機としてようやく戦うために空を飛ぶ事ができるという熱い気持ちが翔子には痛い程伝わってきていたのだ。だからこそ翔子も全力を出し切り、思う存分『南風』に空戦を楽しんでもらおうと気を引き締めたのである。

「では立花機。離陸いたします」

 そういうと翔子は誘導路から32番滑走路に出て(他の参加者達はいつもの33番を使用)、目一杯ブレーキを踏みながら煤を吹き飛ばすためエンジンを全開にする。そして改めて管制から離陸許可が出ると、風向きを確認しつつ軽くスロットルを戻してブレーキを放す。すると『南風』は勢いよく滑走路を駆け出した。


 高度3000mまでなら5分とかからず到達する事ができる。ので翔子と『南風』はあっという間に模擬戦で戦う事になる機体が集合している高度までやって来た。その機体達は成田基地周辺を旋回している。基地がすっぽり収まるくらいの円を描いているのだから、直径にして5~6㎞といったところだろうか。そのため1機1機の間隔は大きいし、小型機≒戦闘機である事は分かるが、何の機種かまではもう少し近付かないと断言できないレベルだった。その円が中心付近にいる翔子には土俵かリングのように思え、基本的にはこの輪の中で戦えと言っているように感じた。

「立花ぁ、聞こえてるか? 察しのいいお前なら分かってるとは思うが、他の連中が作る輪の外に出たら負け1だからな。また相手との距離が離れすぎたら警告1。警告2回で負け1になるぞ。まあお前が逃げるとは思わんがな。それから今は12機が上空待機してると思うが、内4機は記録係だから戦う相手ではない。ただあと3機、準備ができ次第追加で上がるから、都合11機を相手にしてもらう事になるが大丈夫だよな」

「それ以上増えなければとりあえず(・・・・・)オッケーです。やってみない事には分からないですからね。やれるところまではやってみますよ」

 司令からの追加ルールに軽く答えた翔子。こんな形式の模擬戦なんてやった事ないのだから、それ以上答えようがないのだ。体力には自信はあるけど相手のある事だから、その技量によっては予想以上に消耗させられるかも知れない訳だし。

「それよりみんな揃ったのなら、もう始めません? 追加の人達を待つのでないのならさっさと始めちゃいましょうよ。燃料もったいないし」

 開始予定時刻の10時まではまだ10分近くある。がただクルクル回って時間を潰すのは単なる時間の無駄遣いでしかない。その10分を用いて相手の機体を確認していいのであればそれくらい待つ事もできるが、興ざめだと言われるのがオチだと分かっている。それに燃料の事もある。開戦前『零戦』は時間消費量80Lを目標としていたらしいが、それでも13~14Lは食ってしまうし、ここに集まっている機体達は『零戦』より燃費が悪いものばかりだ=数十リットル×機数分のガソリンが無駄に消費されていくだけなのである。ならさっさと済ませてしまおうというのが翔子の考え方だった。

「まだ10分くらい早いんだがなあ……まあいいか。記録の準備も整った事だし、それじゃあ今から1分後に開始するから反航戦の準備をしろ。お前は北側から進入な。それと動画カメラのスイッチを入れるのを忘れるなよ。写ってなかったらたとえお前が圧勝しても、後からお前の負けとするからな」

「分かってますよ」

 司令から許可が下りると翔子は基地の北側で小さな円を描くように待機を始め、カメラの電源が入っている事を確認した。そして南の方に目をやると、初戦の相手であろう機体が翔子&『南風』とは基地を挟んだ反対側で同じように待機を始めた事が見てとれた。

「しれえ、最初の相手って誰なんです? もう隠す必要もないでしょ」

 翔子は一応は司令に向かって尋ねた。現在無線の周波数は成田基地全体で使用するものなので司令が答えてくれなくても相手、もしくは他の誰かが教えてくれるだろうと思い聞いてみたのだ。すると司令が思いの外素直に答えてきた。

「1番手は沢渡だ。お前の戦い方を一番知っているだろうからな。そして『飛燕』に乗せている。お前の愛機程ではないが、かなりいじってあるから案外苦戦するかも知れんぞ」

「ごめんね翔子。動揺と消耗を誘う為って1番手を任されちゃって。私なんかが翔子に敵うはずないのに」

 意地悪そうな口調の司令とは正反対に、さくらは本当に申し訳なさそうに詫びてきた。多分顔全体を使ってその気持ちを表している事だろう。そんな親友に対し翔子は気軽に言葉をかける。

「確かに模擬空戦であるなら相手がさくらと分かっていても動揺したりしないなあ。乗ってるパイロットより機体の方が気になるからね。それよりさくらはもっと自信を持たないと。私が知る限り、さくらの操縦技術はかなりのもんだもん。だから1番手に選ばれたんでしょ」

 そんな翔子の言葉を遮るように、司令が模擬戦開始の合図を告げる。

「おーい、そろそろ1分経つから始めるぞー。両機とも反航して、すれ違った瞬間から空戦を開始しろー」

「了解っ!」

 そう翔子とさくらが答えると『南風』と『飛燕』の両機はそれぞれ南北から他の機体が作る円の中心に向かって加速していった。44年の戦場としてはいささか低い3000mという高度ではあったが、それでもお互い600㎞/h超の最高速度を誇るため、30秒と経たず両機は交差する。額面通りのスペックならさくらの駆る『飛燕』の方が速いのだが、馬力荷重と高度適性、そして翔子の操縦技術により『南風』の方がわずかに押し込んだ位置での接敵だった。

 その少し前──

 翔子は模擬戦の際、かなりの確率でインメルマンターンや捻り込みといった宙返り(ループ)系の技から入る。経験上それを知っていたさくらは『飛燕』を加速させつつ対抗策を考えていた。相対速度が1000㎞/hを超えているため正面の『南風』の姿はみるみる内に大きくなってくる。そんな中さくらが導いた結論は──

「今っ!」

 両機がすれ違った瞬間、さくらは操縦桿を思い切り引き付け『飛燕』を宙返りさせた。相手と同様の機動をとれば後れを取る可能性は低くなるし、頂点付近で射撃を行えば相討ち以上の判定が得られるかも知れない。そうなれば翔子から先に1本取れるかも…そんな期待を抱きつつ翔子=『南風』がいるである方向、この時さくら=『飛燕』は宙返りの途中、丁度機体が垂直になる頃だったので、姿勢に対して真上となる方向に目をやった。当然そこに宙返りのため上昇中の『南風』がいるものだと確信して。がさくらの視界に『南風』の姿はなかった。

「!?」

 当然さくらは混乱する。ほぼ確実にいるであろう位置に『南風』の姿がなく、あたかも消えてしまったかのように思えたからだ。もちろん模擬戦であろうと実戦であろうと相手が翔子でなければそのような感覚に陥ったりしない。空域全体を見回し相手の出方を窺ってから戦法を決める。普段のさくらはそれくらい慎重なのだ。

 が今回の相手はこれ以上ないくらいによく知る翔子であった。そしてまともにやったら敵わない相手だからこそ一度くらい勝ってみたいという思いが強すぎて、視野が狭くなってしまっていたのだろう。これくらいならいつも通りの戦い方の方が善戦できたかも知れない。慌ててさくらは周囲を隈無く見渡す。その間にも『飛燕』は宙返りを継続しようとする訳で、その頂点に達した時、さくらはようやく翔子=『南風』の姿をとらえた。『南風』はさくらの右下方を降下しながら左旋回している最中であった。

「翔子が離脱(ブレイク)っ!? 私なんかを相手にありえないっ!」

 相変わらず自分の予想の上を行く翔子に感心しながらも、さくらはこれを好機ととらえなおした。今自分の方が翔子よりも上に位置しており、つまり「優位」な状況である。自分がこのまま宙返りを続けて下降した時、翔子が更に降下しても追躡する事は両機の性能からしても容易だし(『南風』も急降下性能は高いが『飛燕』はそれを上回っている)、反対に上昇に転じて真っ向から突っ込んできたとしても高さの優位を活かせば撃ち負ける事はない。そう考えるとまだまだいけると思ったさくらだった。

 がやはり翔子の操縦技術は大したものである。想定以上に小さな半径で旋回を終えると降下(ダイブ)で得られた速度を利用し、さくら=『飛燕』に向かって上昇(ズーム)をかけてくる。これはさくらも予想していた機動ではあったが、その速さまでは付き合いの長い彼女といえども想像できなかった。

「えっ!? こっちはまだ体勢が整ってないのにっ」

 さくら=『飛燕』はまだ宙返りの途中で、これ以上操縦桿を引き付ける事はできない。つまり宙返りが完全に終わらないと上昇する事ができないのだ。かつ翔子=『南風』はさくらより上方にいるかのように見える。実際にはまださくらの方が上空にいるのだが、機首の向き的にそう見えてしまうのだ。そうなるとつい一瞬前まで「優位」にあると思っていたのに、一転「劣位」となってくる。 何故ならこのまま宙返りを続けても胴体下方を晒す形になり、『南風』からしたら撃ち上げる格好ながら命中判定が得られてしまう可能性が高い。さりとて急降下ないし旋回に転じたとしても追躡は可能。数秒後には完全に背後をとられる可能性が極めて高いと判断できる。つまりはなかば負けが確定したようなものだ。などとさくらが考えている内に『南風』の主翼から機銃弾代わりの赤い閃光が放たれる。

「勝負アリっ! 『南風』の射撃が『飛燕』の胴体下部に命中したと考えられます。よって立花少佐の1勝とカウントします」

 記録係兼審判役の『0式司偵』から翔子がこの勝負を制した事が告げられる。実際後で確認してみると、カメラには『南風』が放った赤い閃光が『飛燕』のエンジンからラジエータにかけ長い時間当たっていた事が写っていた。これなら重い20㎜機銃弾が多少後落しても『飛燕』の冷却系にダメージを与えたと客観的に判断できる。でもわざわざ確認しなくても本人達には分かっていた。各々がとっていた機動により得られる結果なんて。

「あーあ。翔子と同じ機動をすれば勝てるかもって思ったんだけど……やっぱ読まれてたかぁ」

「そりゃあね。私の事をよく知るさくらだもの。合わせてくるかなあって思って敢えて外してみたの。他の人が相手だったらいつも通りループ系から入ったかもね」

 比較的明るい表現の中にも悔しさが滲み出しまくっているさくらの言葉に、翔子はいつものような軽口で答えた。だけど負けず嫌いなのはお互い様のようで、

「でもループから入っても私の勝ちだったと思うよ。『南風(このこ)』の身軽さは見たでしょ? 『零戦』譲りの身軽さに『零戦』にはないパワーがあるんだから、すぐに上を取れたと思うけど」

 と自信たっぷりに言い切った。ただし自分の腕ではなく機体の性能によってと言う事で嫌味は全く感じさせなかったが。がさくらも機体の事では譲れなかったみたいで、

「それはどうかしらね。こっちもただの『飛燕』じゃないんだから。この機体、元々はイギリスから輸入した『飛燕』の姉妹機『エアリアル』だもの。2000hpの『グリフォン』エンジン積んでいるから、多少重くても上昇力では負けてないはずよ」

 とすかさず反論する。全くもって年頃の女子同士が交わす会話ではないだろう。それも模擬戦の真っ最中に。のでそれを見かねた司令が続きを始めるよう促す。

「お前ぇら、いつまで(くっちゃべ)ってるんだ。さっさと2戦目を始めろ。丁度巴戦みたいにグルグル追いかけっこしてるんだから、そのまま始めちまえ。いちゃついてるようにしか見えん…それじゃ開始っ」

 司令の一言でいきなり仕切られてしまったため、旋回をやめ戦いやすい位置取りをしようとする翔子とさくら。他の隊員達が作る円の1/10以下のサイズでお互いの尾を追うように旋回していれば、確かに巴戦をしているようにも見えるし、じゃれ合っているようにも見える。ので気持ちを再び戦闘モードに切り替え、2戦目に臨むべく行動を開始した。

 が今回もあっさり勝負は付いてしまった。まるで示し合わせたかのように旋回しながら上昇していく両機。だがやはり身軽な『南風』の方が上昇率が高く、次第に高度の面で優位に立っていった。さくらの乗る「グリフォン『飛燕』」=『エアリアル』だって上昇力が悪い訳ではない。ただ『グリフォン』が高々度セッティングだったため、3000mくらいの高度では折角の高性能を活かしきれなかったのだ。

 だんだん高度で引き離されていく事に気付いたさくらは、急降下で速度を稼ぎ、その勢いで急上昇に転じようと方針を変更した。がそれに素早く反応した翔子は捻り込みのように機体を翻し、『飛燕』の真後ろについてチェックメイト。諦めきれないけど試合終了である。

「立花の2本先取で第1試合は立花の勝ちだな。それじゃ3分の休憩の後、2試合目を開始する。2番機、準備はいいな?」

「は、はいっ。勝てぬまでも精一杯頑張りたいと思います」

 そう地上の司令が淡々と指示を出す。折角本庄准尉達が管制役として構えているというのに、そんな事お構いなしにその場を仕切っていた。そしてその司令の指示に2番機のパイロットがガチガチに緊張した声で返答した。

 声の感じはかなり若い。事実後で聞いたら少年飛行学校あがりで、翔子達とは同い年らしい。既に2年前線で勤務しており、この4月に試験隊に異動してきたばかりとの事。試験隊(ここ)ではさくらと同じ最年少な上に新参者だから誰にも頭が上がらないのだろう。しかし現時点ではそんな事情は分からない翔子からすれば、新人っぽいけどもっと堂々としていればいいのに、という印象しか受けなかった。

 さくらの『飛燕』と入れ替わるようにその新人君? の機体が円の内側に入ってきた。まだ何の機体か分からないが、あれだけ緊張に飲まれてしまっていたら勝てる戦いも勝てないだろうと翔子は思う。そして戦いぶりによっては自分の知りうる限りの助言を与えた方がいいだろうとも考えていた。

「それでは時間となりましたので、両者、中央へ進んでください」

 管制権を取り戻した本庄准尉が模擬戦に似つかわしくない口調で開始の合図を出す。案の定司令が文句を言っているようだが、そんな事には構わず両機は円の中央に向かって突撃を開始した。距離が近付くにつれ相手の機体がはっきりと見えてくる。そしてその相手の乗る機体は翔子を驚かせた。

「『グラマン F6F』っ!?」

 その機体は昨年夏に繰り広げられた【第2次ミッドウェイ海戦】で初めて見かけられた米海軍最新鋭の艦上戦闘機である。強馬力と頑丈さ、そして意外な程の機動性で『零戦』はおろか、日本の新型『烈風』ですらも苦戦を強いられたらしい。

 翔子はその姿を写真では嫌という程見てきたが実物は初めてである。もちろんこれが本物だとしたらだ。敵国の機体である事から同じ成田基地の所属でも、敵機役(アグレッサー)専門部隊である801飛行隊の保有機なのかも知れない。この部隊には敵機役としてより真実味を増すために鹵獲機が優先的に配備されるだけでなく、既存機にハリボテなどを取り付け敵機≒米軍機っぽく改造したり、それどころか一からそれらしい機体を作ったりする事もあるらしい。ので鹵獲したものではなく彼らが作ったのだとしたら、非常に精巧に作られた模倣品(コピー)だと言えよう。

「実戦なら嫌な相手かもだけど、模擬戦ならねっ」

「グラマン F6F『ヘルキャット』」とすれ違った瞬間、翔子は様子を見るためにインメルマンターンで高度と向きを変える。すると『ヘルキャット』は翔子=『南風』とは逆に急降下していた。このまま遁走してしまうのではと思った瞬間、充分に加速された『ヘルキャット』は急上昇に転じる。いわゆるダイブ&ズーム戦法を選択したのだろう。

 恐らく先程のさくらの戦い方を参考にしたのだろうが、ダイブ&ズーム戦法は本来機動性の乏しい大型機や劣位にある敵集団に対し行う機動である。それを1対1の戦いで行えば自ら不利な状況を作り出しかねないリスキーなものだ。

 それくらいなら上昇しながら旋回して少しでも優位となるように機体を操るか、敢えて翔子に一度後ろを取らせてから急降下等で離脱を試みつつ反撃の機会を窺った方が、少しはマシな戦いになったかも知れない。そして案の定インメルマンターンから急降下に入った翔子=『南風』に為す術なく撃墜判定に持ち込まれてしまう。続く2戦目も1戦目に比べれば粘った方かも知れないが、いい所なく決着は付いてしまった。

「やっぱりダメかあ。自分じゃ【房総沖迎撃戦】の英雄に勝つなんて。一矢報いる事すらできなかった…」

「そりゃそうですよ。空戦は相手あってのものなのに、独りよがりの戦い方をしていちゃあ。【房総沖迎撃戦】云々はさておいてね」

 あまりにもあっさり負けを認める『ヘルキャット』のパイロット──後で聞いたら蒼井曹長との事──に翔子は試合直前に考えていたように簡単なアドバイスをした。残りは地上に戻ってから話そうという事で。またこれも後で聞いた事だが、蒼井曹長は同い年の翔子に憧れを抱いていたらしい。おかげでエンジン冷却中に伝えた助言を素直に聞き入れていたが、それが羨ましかったのだろうか、3番手のパイロットが会話に割り込んでくる。

「よう立花ぁ。俺にもそんな優しいアドバイスをしてくれるんだろうなあ」

 声の主はいつもチャラい感じで気さくに話しかけてくる試験隊の中では古参の畑中尉であった。軽い口調は如何なものかと思うが、親しみやすい性格なので翔子などは「ハタさん」と呼んで、歳の差を気にせず接している。もちろん最低限の礼儀は忘れたりしないけど。そんな畑中尉(ハタさん)の言葉に翔子は苦笑しながら答える。

「そんな事言ってもハタさんに教える事なんてないじゃないですか。大陸での戦いでエースになったような人に」

「ハン、よく言うわ。いっつも俺達にはマネできないような操縦テクを見せつけてくるくせに。…とはいえ今日は本気で勝ちに行くからな。見てみろこの機体」

 そういうと畑中尉は一旦周回から外れ、翔子=『南風』の近くに寄ってきた。

「どうだっ。改造こそ施されているが、よく見れば見覚えがあるだろ」

 そう言いながら翔子からしっかり見える位置で自機を操る畑中尉。がじっくり見ても翔子はその機体に見覚えがない。原形は見た事あるのかも知れないが、改造が過ぎたためなのだろうか、思い当たる機体がないのだ。その事を正直に言うと、

「カ~ッ、情けねぇっ。空冷エンジンに換装してあるものの、お前の愛機『飛燕』の姉妹機『キ60』ベースの機体だぞ。面影ぐらい残ってるだろうが」

 と大袈裟に反論された。ご丁寧に機体まで揺さぶりながら。

 確かに言われてみれば『飛燕』より一回り小さな細身の機体で、尾翼や風防まわりなどは『キ60』そのものであった。だけどエンジンが空冷、それも『栄』並に小さなものに換装され、ラジエータも外されていたためにすぐには思い至らなかったのだ。その事が恥ずかしいかつ悔しくて1人顔を赤く染める翔子である。

「それにこのエンジン。ただの小型エンジンじゃないんだぜ。なにしろ初期の『誉』を調整して載せているんだからな」

 その畑中尉の追加の説明に軽く驚く翔子。

 初期の『誉』といったら「夢のエンジン」とも呼ばれる代物で、『零戦』等に搭載されている『栄』をベースに18気筒化と30㎜直径を大きくしただけで2000hpを叩きだしたある種のバケモノだ。

 しかしそんな無理な設計がたたって生産性整備性共悪く、不調故障が頻発。そのため配管や電纜の取り回しをしやすいよう大型化させたものが一応『誉改』として採用された。が整備性などが改善され故障の頻度も減ったのだが、基本エンジンとして装備してくれたのが同じメーカの「中島 3式戦闘機『疾風』」だけだったのと、その『疾風』自体が同時期に採用された「三菱『烈風』」や「川崎『白燕』」に押されて生産数が少なかったため、結果的に『誉』も少数しか作られなかった。

 それでも排気量あたりの出力を高める研究には役立ち、戦後、技術の進歩により更に高馬力を出せるようになった初期の『誉』がエアレースで活躍する事になるのだが、それはまた別の話である。

 話を元に戻して──畑中尉の乗った『キ60改』に搭載されていた『誉』は2段3速過給器付きで、ごく短時間なら2200hpまで引き出せる超改良型である。加えて機体自体も洗練されたため、高々度なら700㎞/h超を軽く出せてしまう、いわゆる魔改造機であった。もちろんワンオフの機体だからこその高性能ではあるが、試験機としてはそれで充分である。が、

「チクショーっ、この機体で『南風』に勝てないなんて……俺もヤキが回ったか」

 と敗北を認める言葉を放つ結果に終わった。技量の分だけ蒼井曹長よりは粘れたが、それでも翔子には敵わなかった。

「それより立花、どうしたらお前みたいな機動ができるか教えてくれよ。たまにマネしてみてるんだが、どうも上手くいかなくってな」

「そう言われても…なんか体が動いちゃうんですよ。だから言葉では説明できないんですよね。それこそ上手くどころか全くもってね」

「なら操縦の様子を動画で撮るしかないか。もしお前が恥ずかしいと言うなら舵が連動して動くタイプの複座機で、カラの座席側を撮るしかねぇな」

 などと翔子の操縦の秘訣を知りたがる畑中尉であったが、多分その方法でも自分の操縦は真似できないと思う翔子。曲芸飛行ならあるいは、とも思うが、空戦となると状況に応じ戦い方が変わってくる。その時々に相応しい機動をするための操縦を無意識に取れるのと、同じ機動でも考えてから取るのではその時間差から飛行機の描く航跡が変わり、自分のそれと同じにはならないと思うから。


 その後も翔子は順調に勝ち続ける。西中尉=『キ60改』の次に出てきたのは既存レシプロ機を改造した双発ジェット練習機だった。ジェットの双発といっても1基あたり330㎏の推力しかないので、速度も650㎞/hくらいしか出ない。つまり翔子の乗る『南風』とさほど変わらないのだ。であるならば翔子の敵とはなり得ず、あっという間に撃破される。

 その次には──

「どーせなら『震電』に乗ったお前と戦い(やり)たかったんだけどなあ」

 そう言いながら田坂中佐達が『試製青雲』を駆って立ちはだかる。実は彼らは元々この模擬戦参加者には含まれてなかった。がこの模擬戦の事を知ると隊長を拝み倒して強引に参加してきたのだ。この辺は隊長よりも高い階級の隊員がいる部隊の弊害だろう。

『試製青雲』は『震電』よりも速度・上昇力で優れる機体で、中佐の操縦技術は折り紙付きである。となれば『震電』程の性能を持たない『南風』では翔子の実力を持ってしても勝てないかもと誰しもが思った。

 しかし事実は小説より奇なりではないが、皆の期待? は裏切られる。速度と縦の運動性で迫る『試製青雲』を上手くいなした翔子=『南風』が横での戦い、つまり巴戦に引きずり込み、『試製青雲』の旋回半径の内側から攻撃を加えて勝利を勝ち取ったのだった。2本先取の3回戦制なのだから同じ轍さえ踏まなければ中佐達が最終的に勝つ事も可能だったのだが、次の試合も翔子の挑発に乗ってしまい、同じ結果となってしまったのである。

「チョコマカ動く軽戦でなく『震電』が相手だったら俺達が勝ったのに」と捨てゼリフを残して。

 残り3戦も翔子は1本も落とす事なく勝利してしまう。エンジンを『BMW801』の18気筒版『BMW811』に換装した「フォッケウルフ『Fw190』」、同様に『絆』から『狼星』に換装した『烈風』、そして801飛行隊謹製のソ連軍機『Yak-3』もどきと、明らかに格上相手に翔子=『南風』は臆する事なく適切な対応をし、危ない場面を作られながらも最終的には無傷の全勝を果たしたのだった。


次話へ続く──


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