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ヨアケマエ外伝・零号震電  作者: うにシルフ
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第一八章 新任さん、いらっしゃ~いpart2

「失礼しまーす。新任の主任さんに挨拶にきましたぁ」

 良く言えば元気良く、悪く言えば到底公の場では普通使わない表現でそう言いながら翔子と西准尉が隊長室に駆け込むと、時任隊長と試験隊戦闘機班主任芦原(あわら)大尉、本庄准尉と見慣れない明らかに人の良さそうな青年がテーブルを挟んで座っていた。状況から考えれば多分彼が新しい主任なのだろう。会議といった感じではないから、挨拶の延長線上にある雑談と言ったところか。ちなみに本庄准尉と一緒に戻ったはずの高崎中尉は、皆とは少し離れて開かれた窓の桟に腰掛け、今はまだ出番ではないとばかりにつまらなそうに外を見ている。そこに2人が飛び込んできたものだから、何事かと一斉に2人の方へ振り向き、状況を把握しようと試みているようだった。

「なんだ立花、試験はどうした? 試験があるからと西を手元に残したのに彼女まで連れてきて」

 話の口火を切ったのはやはり時任隊長だった。翔子の突然の行動には慣れっこなので驚きこそはするが、すぐに態勢を立て直す事はできる。だが彼女の行動原理までは理解できない事が多いので、今回も素直に何事かを尋ねる。それに翔子は軽く息を弾ませながら答えた。

「いや、試験の前に新しい主任さんに軽く挨拶でもしておこうと思いまして、このように馳せ参じた訳ですが…」

「それは殊勝な心がけだが、だったら沢渡はどうした。普段は無駄に一緒にいるくせに」

「さくらもすぐに来ると思いますよ。昨日のような事もありますから私の方が新しい主任に興味があり、ダッシュで来ただけでして」

 痛い所を突いてくるなあ、翔子はそう思いながら少し苦しい言い訳をする。まあ昨日の事があるから云々というのは事実なので、言い訳とバッサリ切り捨てる事もないのだが、そのちょっと不審な言動に、隊長も何かを察したようだ。

「沢渡にあまり心配をかけないでやってくれよ。あいつはお前の事になると本気で一喜一憂するんだから」

「ハハ、できるだけそうしまーす……」

 色々見透かされてしまったようで、何となく居心地が悪い翔子。その気持ちは常々持っているのだけど、飛行機の事となると心の片隅にしまわれてしまうのである。こればかりは治しようのない、一種の病気のようなものだから。

 先程の顚末をしっている西准尉は複雑な想いで翔子の方へ目をやる。幾度となく怖いさくらさんを見ていれば逃げたくなるのも当然だよ、という思いと、その原因を作っているのは翔子さんなんだから自業自得だよ、という思いが同居しており、素直に慰める言葉を出せないのだ。

 などとそうこうしている内にさくらも隊長室にやってきた。

「失礼します、沢渡です。先に翔子…いえ立花少佐達が来ていると思いますが、午後の試験開始前にこのたび着任された審査主任に軽くご挨拶をと思いまして参りました。お時間よろしいでしょうか」

 その声に翔子と何故か西准尉まで身を強張らせた。先程のような怖いところは全く感じないというのに空戦よりも緊張していて、いつでも離脱(ブレイク)できるように重心をわずかに変化させて。

 そんな翔子とは大きく異なる丁寧(で大人)な言葉遣いで入室の許可を求めるさくらに、隊長はいいぞと了承の意を伝える。状況が異なるのだろうが、親友同士でもエラい違いだと思いながら。

 その返答にさくらは再び「失礼します」と一礼しながら入ってきて、しれっと翔子の横へと並んだ。あまりにも自然な動きだったから隊長達、元からいた者は気にも留めなかったが、真横に滑り込まれた翔子は更に緊張の度を高める。表情にもそれは出てしまっていたが、さくらはチラリと横目で確認しただけで、何かしてくる気配は一切ない。そういう場でない事を弁えているというだけでなく、すっかり翔子をイジめる気なんてなくなっていたからだ。ただそれが分かってない翔子(と西准尉)は警戒を弛められずにいる。

 2人(西准尉も含めれば3人か?)の関係性を知る者達は程度の差こそあれ特に反応を示さなかったが、全く様子が分からない新任の審査主任だけは妙な違和感に途惑いつつも、わざわざ挨拶に来てくれたという翔子達に対応するべくゆっくりと立ち上がった。

「571のお2人とは初めましてですね。自分は航技研審査部の泉准佐(じゅんさ)であります。しばらく成田基地でご厄介になりますから、どうぞよろしくお願いします」

 頭を下げながらそう言うと、翔子とさくらの前にやってきて握手を求める。いきなりの事で反応が遅れてしまったが、翔子は少し汗ばんでいた手を飛行服のズボンで拭うとそれに応じた。

「私は立花少佐。成田基地試験隊(ここの)所属ではなく、本来は茂原の701飛行隊所属です。ですが何かある(たんび)に呼び出されて試験のお手伝いをやらされてます。まあ色んな飛行機に乗れるからいいんですけどね」

「ほう、あなたがあの有名な立花翔子少佐でしたか」

 自虐を混ぜ込んだ翔子の挨拶に泉准佐は軽く驚いた≒数々の武勇伝が語り草になっている人物に予期せず会えて感動を覚えているのだが、彼の性格によるのだろうか、大きなリアクションにはならず、あくまで穏やかな反応が返ってきた。表情の変化も激しすぎず乏しすぎず適度なものであり、全く不快な感じを与えない。またしっかり翔子の手を握る手からも彼の人柄が伝わってくるようだった。はっきり言ってしまえば前任者とは真逆の、誠実さとか純粋な人の良さというものが感じ取れたのだ。でありながら『震電』という未完成の機体を完成させたいという熱は前任者とあまり違わない。ま、ベクトルはちょっと違う気もするが。

「立花少佐は昨日と今日、既に『試製震電』に乗ってくれているんですよね。あまりの無茶は困りますが、『試製震電』の性格を限界まで引き出すため、様々な協力をお願いします」

「ハハ、ご期待に応えられるようできる限り頑張りまーす」

 既に翔子の試験内容が伝わっていたようで、泉准佐が軽く釘を刺してくる。もちろん翔子の事を気遣ってもいるが、やはり開発側の人間としては事故等で開発が遅延、更には中止になる事は避けたいのだろう。翔子はそれに苦笑いで応えるしかなく、その様子を横で見ていたさくらはニマニマと様々な想いを含んだ笑みを浮かべていた。続いてさくらの挨拶の番となり、大人の挨拶が交わされたと思っていたら、最後にさくらがアンタッチャブル、とまでは言わないが、かなり際どい質問を泉准佐にぶっ込んでいった。

「でも『准佐』とは珍しい階級ですねぇ。私直接お会いするのは初めてかも知れません」

 泉准佐の温かい人柄がさくらの緊張の糸を全て弛めてしまったのだろうか。仕事モードの彼女が他人のデリケートな部分に触れるなんてほとんど考えられない事だったから、翔子をはじめとする彼女を知る者からすれば意外すぎる一言であった。

 ただそのさくらの一言は正しいもので、『准佐』という階級を採用しているのは少なくとも日本では今のところ空軍と統合軍だけであり、しかも1つ上の階級である『少佐』に比べ圧倒的に人数の少ない、かなりのレアキャラだったのである。その事をストレートに言われた泉准佐は嫌な顔をする事もなく、むしろよりにこやかな笑顔で答えた。

「でしょうねえ。私自身昇級の辞令を受け取った時、『准佐』の文字を見てびっくりしましたから。まあ私に『少佐』を拝命する程の実力がなかったと割り切ったら気分はだいぶ楽になりましたが」

 そう言いきった泉准佐にどうフォローを入れたらいいか分からず途惑う一同。だが准佐と少佐で待遇の差はあまりなく、主な所だと大隊の指揮権限があるかないかの違いくらいだ。それに将官の上級副官など重要な役職に就く事も多く、更に次の昇級で少佐を飛び越して中佐を任じられる事がかなり多いと聞く(「かなり」といっても実数は少ない)。そのため出世のための裏コースだと口にする者もいるくらいだ。もっとも空軍等の発足から時間が経ってない事もあり、確かめられてはいないけど。

 そんな固まってしまった一同を動かすべく、泉准佐は皆を現実に引き戻すような事を口にした。

「それより立花少佐達は『試製震電』の試験はよろしいのですか? それに我々だって会議、『試製震電』改修4号機の特徴について試験隊の皆さんに話を聞いてもらうミーティングを始める時間なのでは?」

「時間はっと……おわっ、1時を少し回っちまってる。戦闘機班の連中はもう集まってるだろうな」

「ええ、少し油断してました。でもあいつらの事なら問題ないでしょう。文句を言いながらもきちんと待ってますよ」

 泉准佐の言葉に時計を見ると、既に会議開始時間を過ぎてしまっている事に気付き慌てる隊長。それを戦闘機班主任である芦原大尉が軽く(なだ)めた。今更慌てたところで時間は戻ってこないし、それ以上にこの程度なら会議の進行上全く問題にならなかったから。それでも隊長は急ぐ事をやめず、芦原大尉と本庄准尉を伴って、そそくさと隊長室から出て行った。会議は実機を見ながら行えるように格納庫内に座が設けられており、そろそろ改修4号機も中に収容されているはずだ。後は役者が揃えばいい。その役者である泉准佐と高崎中尉はまだ隊長室にいた。

「なんだい。少佐達は試験に戻らなくていいのか?」

 泉准佐に促されてようやく重い腰を上げた高崎中尉が翔子達に声をかける。隊長達の慌てっぷりを見た後では、翔子達の動き出しの遅さはかなり気になるのだ。その問いに翔子が代表して答える。

「時間がかかってもいいから整備を念入りにって頼んできたもんで。なのにあまり早く戻ってしまうと急かすようになるじゃないですか。ま、私達だけ個々に残ってても意味無いので、そろそろ戻りますけどね」

 そう言うと翔子は思い切り伸びをして「それじゃそろそろ行きますか」とさくら達を促す。もっとも一番のんびりしていたのが翔子だったようだが。

「ここの試験隊は随分ラクそうだな」

「これっ、余所には余所の、と言うより彼女達のやり方があるのでしょうから悪態付かない。それより私達も行きますよ」

 翔子達の様子(わざわざ自分達が茶を飲んでいた湯呑みを片付けてくれている)を見て軽口を叩く高崎中尉を(たしな)めながら、泉准佐は隊長室から出て行った。高崎中尉も遅れじと後を追う。

 しかし──会議を行う格納庫へ急ぎながら泉准佐は考える。ここでの審査主任を無事務め上げられるだろうかと。

 前任の岩和田少佐はクセも我も強かったが仕事は出来る人物だった(あくまで自分がの知っている範囲内では)。それが途中で投げ出して航技研に帰ってきたのだから、ここの人達も負けじ劣らじなんだろうと考えてしまう。

 良く言えば他人より控えめ、普通に言えば気弱な自分がそんな人達と渡り合っていけるのか、改めて不安に思う泉准佐であった。ただ泉准佐は肝心な事を抜かして考えている。 前任者はここの面々と衝突してしまったから居場所がなくなってしまったのだ。反面泉准佐には人一倍の協調性があった。ならば問題ないだろうと思い、航技研としても送り出したのだから。


次話へ続く──


Part1の後書きでの宣言と異なりさくらの初飛行まで辿り着けませんでした。というより敢えて第一九章に回しました。そのためこのPart2は短く、本当ならもっと早くアップしなければならない程の量なのですが、色々横道に逸れていたため、概ねいつも通りのペースでの公開になってしまいました。相変わらずですね。

なお前述した通り次章ではさくらに『震電』に乗って飛んでもらいます(飛ぶという程ではないかも知れませんが)。そのため章の仮タイトルは『さくら、舞う』を考えてます。元ネタが簡単に分かってしまいそうですが。

既に書き始めてますのでなるべく早く公開したいと思ってます。ので出来たら期待して待ってていただきたいと思います。その期待に応えられるかは分かりませんが。


2019/03/23 - 誤字修正いたしました。

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