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ヨアケマエ外伝・零号震電  作者: うにシルフ
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第一八章 新任さん、いらっしゃ~いPart1

 翔子達が試験隊詰所前の階段を駆け上がると、エプロンには3機の飛行機が翼を休めていた。1機はさっきまで翔子が乗っていた『試製震電』7号機。1機は今日2回目の試験に付き合ってくれた『試製青雲』。そして最後の1機は『震電』7号機とほとんど同じ姿をした『震電』改修4号機と思われる機体だ。ただその機体は7号機とは一目で分かる大きな違いがあった。7号機や『青雲』が試作機である事を示すオレンジ色に塗装されているのに対し、改修4号機は国籍標識や敵味方識別帯、更に機首の防眩塗装が施されている以外はジュラルミンむき出しの銀無垢である。もっとも最初からそうであった訳ではないらしく、改修するにあたり一度ペンキを剥がしたのか、そこかしこに拭いきれなかったオレンジ色が残っていた。普通に考えれば汚らしいとすら思うのが自然だが、翔子にはそれが歴戦の証のように感じられ、頼もしくも思えた(もちろん実戦経験などない、生まれてからさして時間も経ってない機体だけど)。

 翔子は更にスピードを上げ、改修4号機の側までやってくる。7号機(あのこ)とどこが違うのだろうかを見定めるため、視線で機体を焼き切ってしまうくらいの勢いで改修4号機の事を睨め回した。

 胴体後部側面にむき出しのターボ過給器が付いているのはパッと見で分かったが、昨日の説明では高々度用改修と言えどもターボを取り付けるくらいではないと言っていたのでこれは違う。ので他の改修箇所を探すも中々見つからない。機体の回りをグルグル回り、胴体の下へ潜り込み(この時『震電』の脚が長くて良かったと初めて思えた)、近くにあった脚立に登って探してみても見つからなかったので半ば諦めかけた時、背後から声をかけられた。

「外から見たんじゃ中々見つからんなあ。ちょいと風防のあたりをじっくり見てみ?」

 関西風のイントネーションでアドバイスされた翔子は風防(キャノピー)を凝視する。とようやく違いらしき物に気が付く事ができた。

「あーっ! ガラスが二重になってるだけじゃなく、パッキンもなんかすごい、という事は…」

「せや。この改修4号機には気密室が設けられたんや。まあ本格的な改造はムリやったから、1万mでの機内環境は5000mと同等くらいやけど、それでも随分楽になるやろ?」

 関西弁の男は補足情報を語ってくる。そこで初めて翔子は声の主の方へ向き直った。するとそこに居たのは思ったよりは翔子達より年上な感じの青年であった。声の高さや人懐っこい口調から同い年くらいか年下と想像していたからちょっとびっくりである。人間見た目ではないが、一応格好いい部類にはいると思われるからまあいいかとよく分からない納得をする翔子だった。もっともその辺に頓着はないのですぐに機体の方へ興味は移ったが。

「気密室ねぇ…それが司令が言ってた高々度対策かぁ……簡易的なものみたいだけど重量の増加はどれくらいだろ? っていうかお兄さん、初めましてだけどどちら様?」

 翔子は飛行機程人には頓着しないのでスルーしかけたが、改修4号機について説明してくれたのは初めて見る顔だった。流石にそこに気が付いてしまったら相手の事を尋ねずにはいられないので、気さくなノリの青年に同等なレベルで質問した。本来なら自分から名乗った方が良いところだが。ちなみにさくらはもっと早く気付いていたが、初対面の相手に声をかける事ができず、もじもじと翔子が口火を切ってくれるのを待っていたのだ。

「俺の名は高崎真輝(たかざきまさてる)一応(いちお)中尉をさせてもらってる。そしてついさっきまで『試製震電』4号機のテストパイロットやってた。よろしゅうな」

 翔子の問いに軽く答える高崎中尉。そして自己紹介の後に2人に握手を求めてくる。その対応に翔子とさくらは701飛行隊のある隊員の事を思い浮かべていた。長身で(エセ)関西弁をしゃべり、年長でありながらムードメーカであるパイロットドクターの事を。そして関西弁を使う人は皆軽いノリなんだろうかと、他の関西圏の人には失礼な事まで考えてしまった程だ。まあ関西圏の人の大半は自然とボケとツッコミができるという話もあるから、強ち間違ってないのかも知れないけど。

「で、どっちが立花大尉?」

 高崎中尉は興味津々で翔子とさくらの顔を交互に見てくる。本人に一切の悪気がないのはその醸し出す雰囲気から充分伝わってきているが、流石に顔の距離が近すぎた。ので翔子は中尉の体を押し退けながら答えた。

「立花翔子は私。それより私は今月頭に少佐に昇進しているわ。それにさくらだって大尉なんだから、今のはちょっと失礼に当たるんじゃない? いくら中尉の方が年上だからって」

「それは失礼いたしました。お2人があまりにかわいかったものですから、よう目に焼き付けておきたく、本性むき出しで近寄り過ぎてしまいました」

「本能でなく本性だったら早く治すべきでしょうね。茂原の701に行ってそんな事したら張り手(ビンタ)の一発じゃ済まないだろうから」

 急に鯱張って非礼を詫びつつも軽口を叩くのをやめない中尉。明るく元気なところは嫌いではないが、100%信用する事もできないな、というのが翔子の印象である。男子たる者威張り散らす、特に虎の威を借りてまで、というのは論外だが、軽薄すぎるのも如何なものかと翔子は常日頃考えているので、中尉に対する第一印象はあまり良いものではなかった。が岩和田少佐のように嫌いなタイプとまでは言い切れなかったけど。

 しかし中尉の方は気にした風でもなく、距離こそ少し取ったもののまじまじと翔子の顔を見ながら、

「アンタがあの立花大尉…いや少佐ですか。【特別航空祭】や【房総沖迎撃戦】で大暴れしたり、教導隊として並み居る各地のエース連を叩きのめし、各社が寝る間を惜しんで仕立て上げた試作機をバッサバッサと切ってるという……」

「別にケンカを売っている訳じゃないんだよねぇ」

 もし翔子がマンガの登場人物ならこめかみあたりに「怒り」を示すマークが浮かび上がりそうなセリフを中尉はさらっと言ってのける。まあ現実にはかなり引きつった笑顔で聞き返したに過ぎないが。けどそれも数瞬で諦めたように力が抜け、目を閉じ鼻から息を抜きながら言葉を続けた。

「まあ噂には必ず尾ヒレがくっつくし、100%否定できない事ばかりだから、そう言われても仕方ないんだけど……大袈裟な話は話半分に聞いてよね。確かに私は試験のレポートを書く時、些細な欠点まで書いてるけど、それはその飛行機が万全の状態でみんなの所へ行って欲しいからであって、決して貶したい訳じゃないわ。実際良い所だってちゃんと見てるし。それに本物のエースにはあんまり勝ててないわよ。ただ記録(スコア)上のエースくらいなら『飛燕』の性能も相まってなんとか勝ててるけど」

『人の噂も七十五日』じゃなかったっけ。翔子は語りながらもそう考えていた。そして改めて一度広まった話というのは、そうは簡単に忘れ去られないものだと痛感している。ことわざや格言も意外とアテにならないんだと、昔それを考えた人に軽く恨み節を心の中で言いながら。

「それより中尉は航技研の人? 改修4号機のパイロットって事は」

 一方的に自分の事ばかり知られているのも癪だから翔子は中尉に質問する。まずはその取っ掛かりとして中尉が自分で言った事を聞き返しただけだが、ただ中尉はへらずい(南房総の言葉でおしゃべりな人を指す)なのか、続けて聞こうと思っていた事まで自ら語ってくれた。

「そうや。航技研飛行部試験操縦士を開戦前からやらせてもろうてる。俺は元々海軍の所属やったんやけど、どうも射撃が苦手みたいでなあ。中々マトに当てられへんくて。せやけど操縦の方は部隊の中でもええ評価されててな。新しい機体もすぐに乗りこなせてしもうたし…したら航技研の方から引き抜き、いわゆるヘッドハンティングっちゅうのをされてな、今に至るっちゅう訳や。ここしばらくは基本4号機専門やったから少しセンチな気分になってるけど、航技研(むこう)に戻れば新品(さら)に乗せてもらえるみたいやから、今はそれだけが楽しみや」

 1を聞いたら10以上の事が淀みなく返ってきた事に、驚いたり呆れたりの翔子。おしゃべりな知り合いは何人かいるが、中尉はその中でもトップクラスに属するだろう。とりあえず聞こうと思っていた事は全部言われてしまったので、次にどう繋げたらいいか分からなくなってしまう翔子だった。すると──

「中尉ーっ。高崎中尉はいらっしゃいますかー」

「泉主任や時任隊長がお待ちですよー。いたらとっとと戻ってきて下さぁい」

「上官に向かって『とっとと』はないでしょ。怒られても知らないから」

「そだった! でも聞いてないなら大丈夫じゃない?」

 と本庄・西両准尉の声が詰所の方から聞こえてきた。中尉の事を探しているようだが、後半の方は小声で漫才でもしているかのようなやり取りである。2人の位置からはちょうど4号機等が影になって見えなかったが、探そうと思えばすぐに分かるはず。まず最初に疑うのはついさっきまで彼の愛機だった4号機の側だろうから。ので中尉は観念したかのようにグチをこぼす。

「別に昼休みくらい自由にさせてもらってもええと思うけどな。機上弁当食うただけで、マトモな昼メシもまだなんやから」

 中尉は「やってられん」という仕草と表情を翔子達に見せつける。せめてもの抵抗のつもりなんだろうが、自分達に見せられてもと思う翔子とさくらであった。

「こっちや。今立花た…少佐らと改修4号機について話してたところなんや。決して遊んでた訳やないでぇ」

 中尉は右手を挙げ大声で自分の居場所を主張する。が自分から准尉達の所へ歩み寄ったりはしない。彼女らを呼び寄せ翔子達と一緒のところを見せつけるつもりなのだろう。自分は嘘を言ってないと。確かに嘘は含まれてないが、端折った内容があるのもまた事実。ので自分達を誤魔化しのダシに使おうとしている中尉にジト目を向けざるを得ない翔子であった。

「こちらにいらしたのですか。トイレ(・・・)に行くと言って出て行ったまま中々戻ってこないものだから探しましたよ。まあ時間はかかってませんけど」

 中尉の返答に反応した准尉達は小走りで3人のいる『震電』改修4号機の所へ駆け寄ってくる。そして本庄准尉が批難に皮肉を織りまぜて言った。その言葉に中尉は苦しい言い訳を返す。

「俺は用足し(・・・)に行くと言ったやないか。今日でサヨナラする乗機に最後の挨拶をするという『用を足す』のにここに来たんや。何か言葉の意味に間違いあるか?」

「普通用足し(・・・)と言ったらトイレの事じゃないですか! まあその後煙草の1本も吸うかなとその分の時間も考慮しましたけど、それでも戻ってこないから私達が探しに出されたんじゃないですか。少しは他人の事も考えて行動して下さい!」

 中尉のはぐらかしにムキになって反論する本庄准尉。そのあまりに真剣な様子に、中尉は素直に非を詫びる。

「ホンマ堪忍なぁ。せやけど昼からずーっと改修4号機についての会議やろ? 気密室なんかの改良点を成田基地の連中に説明するためのな。俺の感想を語るだけならパパーッとオモロく済ませられるんやが、主任ら設計や審査しかしてへん奴らが重箱のスミ突っつくような細かい説明が延々続くんやから、せめて昼休みの間くらい広い場所でゆっくりさせてぇーな」

「まあ気持ちは分かりますけどね……」

中尉の身振りをまじえた主張に同情したのか、本庄准尉は言葉のトーンを落として理解を示す。が仕事は忘れない。

「でもこれは中尉の上官から出ている命令ですから大人しく隊長室に戻ってきて下さい」

「分かった分かった。カワイイねーちゃんにイジワルするシュミはあらへんからな。大人しゅう従いますよって」

 本庄准尉の真摯な態度に中尉も折れ、軽口&おちゃらけた態度ながら素直に詰所内に戻って行こうとする。が数歩歩いた所で急に振り返り、

「そうや、少佐達は昼から何するん? 会議に参加してくれるんか?」

 と翔子達に尋ねてきた。話し足りないのかつまらない(と中尉には思える)会議に華を添えたいのかは分からなかったが、翔子達にだって仕事はある。ので中尉の期待には応えられない。

「私達は7号機でテストでーす。午後イチでさくらが初めて『震電(あのこ)』に乗るんで、私はそのお手伝ーい。だから会議とかには出られませーん。ってゆーか、本庄さんや西さんだってコッチにいてくれないと困るんじゃないかなぁ。審査部の人がいてくれないと試験にならないし」

 翔子の言葉は正論だった。その事を准尉達もすっかり忘れていたようで、豆鉄砲を喰らった鳩のように目を真ん丸にして顔を見合わせている。

「そりゃそうよね。『試製震電』の試験は私達航技研審査部の主導だから、誰か1人は付いてないといけないわよね」

「という事は午前中はマズかったのかな。いくら新任の主任を待っていたとは言え、あの翔子さんをさくらさんに任せっきりにしちゃったんだから、問題といえば問題かも」

「とは言え私達2人共が会議に出ないというのも問題よね。どっちが会議に出る?」

「どっちもどっちだよねぇ。会議の方はつまらなそうだけど、試験で翔子さんの暴走を抑えるのも大変だろうからなぁ」

「おーい、随分失礼な発言が多くないかい? 特に西さん」

 いきなり反省会が始まったかと思うと失言のオンパレードだったため、翔子はツッコまざるを得なかった。もっとも大声で怒鳴った訳ではなく小声で呼びかけるような感じのものだったが、2人が翔子の(こえがした)方へ振り返ってみると、ジト目で待ち構えている翔子がいた。准尉達は思いっきり汗を噴き出して自らが放った言葉を反省したが、翔子が怒っている様子はなく、「そういう事は本人が聞こえない所で言ってよね」と言いたげな呆れた表情だったけど。

 それでも准尉達は直角に近いくらい体を折って非礼を詫びる。いくら体罰が減ったといえ、他の者、特に男性隊員同士なら鉄拳の一発くらいは確実だろうから平謝りするしかない。もっとも翔子としてはこれ以上咎めたりするつもりはないので、頭を上げるようむしろ宥め、さくらはそれを面白そうに、また高崎中尉はこれが女子航空隊の実態なのかと呆気にとられ見ていた。

 そして本庄准尉が会議に出て、西准尉が試験に付き合う事が決まると(翔子の一言で決まった)、中尉と本庄准尉は詰所内に入っていき、翔子達は西准尉を伴い『震電』7号機の所へとやって来た。

 すると伍長達が『震電』の下で用意していた昼食を取っていた。直射日光を避けるように上手い事主翼の影に入るようにして。先程の翔子ではないがこんな時ばかりは『震電』の脚が長くて良かったと思っているだろう。天井が高いおかげで圧迫感はないし、余程の事がなければ立ち上がっても頭をぶつける心配もなかったから。もっとも彼らは食べ始めたばかりだったようである。まだ茶をくんでいる者もいたし、並んでいるおかずの類も減っていなかった。ただ明らかにその量は彼らの仕事からすれば少なく、自分達の食欲や栄養バランスよりも仕事である『震電』の整備を優先してくれた事が分かる。それを見て翔子は差し入れを持ってきた事は正解だったと思えた。

「整備の皆さ~ん、お疲れ様~。これ心ばかりの差し入れだから、みんなで飲んでね」

 そう言って袋から取り出した『ドリコノ』を掲げてみせる。翔子の声に振り向いた伍長達はその後光が差さんばかりの『ドリコノ』を見て思わず歓声を上げた。『ドリコノ』自体滅多に飲んだ事がないというのもあるが、女性の上官からの差し入れというのも若い彼らを興奮させるのに充分だったから。

「それと、翔子の物程高くも珍しくもないけど、良かったらこっちも食べて下さい」

 そう言いながらさくらが重そうに袋から出したのは人数分の大きなメンチカツ(少し冷めてしまったけど揚げたてである)と饅頭×2、そしてサイダー。若者の旺盛な食欲を満たすにはこちらの方が適切だったかも知れない。彼らだって口にする機会が多い物でありながら『ドリコノ』を見た時と歓声のレベルが変わらなかったから。中にはこちらの方が嬉しかったのか「助かった」と言う者もいた程に。

「さくらも差し入れ買っていたの? でもいつの間に?」

 確かにさくらも酒保の袋を持っていたのは翔子だって知っていた。ただ何を買ったかまでは分からず、自分用に何かを購入したのかと思っていたのだ。そんな翔子に対しさくらは少し勝ち誇ったかのように答える。

「翔子が4号瓶と5号瓶のどっちを買おうか迷っていた時にね。大した値段差でもないのにきっちり割り切れた方がいいのか、ちょっと余るくらいの方がいいのかってね。それに今回の整備は私のためでもあるから、私だって何かしないと悪いじゃない。だったら私はお腹にたまる物の方がいいかなって思って選んだ訳。差し入れって気持ちなんだから多いくらいの方がいいのよ」

「むぅ……私だってケチった訳じゃないもん…」

 折角奮発して(比較的)高価な物を買ったのに、なんか負けたような気になる翔子。別に勝ち負けを競うものでもないし、伍長達だって気にしていない。どちらも嬉しい事には変わりないのだから。それでもさくらの言葉に釈然としない翔子だった。

「いやぁ~、翔子さんに沢渡大尉。ありがたくいただくっス」

 上村伍長ともう1人が代表して受け取ったが、その差し入れを口にする栄誉に与った面々はそれぞれの言い方で2人へ感謝の意を述べる。そして早速メインディッシュたるメンチカツにかぶりついていた。

「それより1時まであとどれくらいか分かる?」

 渡す物を渡して気が晴れた翔子が不意にさくらに尋ねた。それにさくらが懐中時計を取り出し「あと10分くらいかな」と答える。翔子としてはさくらがざっくりとでも分かっていたなら教えてもらおうと思った程度だったのだが、時計まで取り出して確認してくれた事に申し訳なさを覚える。そのバツの悪さを吹き飛ばそうと思い切った路線変更を口にした。

「ビミョ~な時間だねぇ……そういえば私達も新任の審査主任に挨拶をしなくていいんだろうか? やっぱしておいた方がいいよね。という訳でさくらっ、私達も隊長室に行って先に挨拶だけ済ませちゃおう」

「ええっ!? 確かにその方が筋は通っているけど、『震電』の操縦のコツを教えてくれるんじゃないの? それに試験開始まであと10分しかないんだよっ!?」

 その唐突な方針転換に途惑うさくら。この親友と知り合って丸3年。何度もこういう事は経験したさくらではあるが未だに慣れずにいた。西准尉に至っては折角相棒と分かれてこちらに残ったというのに、今隊長室に行ったら意味無いじゃない、とモヤモヤが止まらない状態だ。

「だいじょぶっ! パパッと一言二言挨拶して帰ってくればそんなに時間は食わないし、新しい主任さんの顔や人柄も気になるじゃない? それに伍長達にゆっくりお昼食べさせてあげたいってのもあるし。私達が機体の方へ行ったら伍長達だって食事やめちゃうよ。時間がズレ込んだら私の時間を削ればいいんだからさぁ。西さんもそれでいいよね?」

 そんな乱暴な表現ではあるが言いたい事は分かる翔子の言葉に納得してしまうさくら。相変わらず説得力はあるのよね、と思いながら。

「それじゃ伍長さん達、私達ちょっと挨拶だけしてくるから暖機だけお願い。ゆっくりご飯食べてからでいいから。どうせ私達も時間までに戻って来れないだろうし。よろしく、ね」

 翔子が片手で拝むような仕草と申し訳なさそうな笑顔で頼むと、伍長はバネのように飛び上がり、

「そういう事であればどうぞごゆっくり。その間にもう一度念入りに整備しておきますんで。『震電(コイツ)』に初めて乗る沢渡大尉には何の不安も持たず乗っていただきたいですから」

 と握り飯片手に敬礼しながら言い切った。その言葉になんとなしに違和感を覚えたさくらが何事かと尋ねると、

「我々の手で直せるレベルだったんですが、垂直尾翼と方向舵に少しグラつきがありましたもんで。もちろん今でも万全の整備をしたつもりではありますが、翔子さんがかなり無茶な機動をされたと聞いている以上、念には念を入れておきたいですから」

 と返ってくる。それを聞いた途端、さくらの顔が黒い笑顔に、翔子の方は引きつった笑顔に変わっていく。

「翔子~。そんな状態だったら充分気付いていたよね。なのにどうして報告がなかったのかな~。やっぱり念入りなお説教が必要かしら。私の試験飛行時間を削ってでも」

「それだけは勘弁してぇ~」

 またも出てきた黒さくらの雰囲気に、翔子は逃げるように詰所へと駆け込んだ。西准尉も巻き込まれては大変と、さくらに気遣いを見せつつも慌てて翔子の後を追いかける。

 その様子を見ていた整備班の4人は翔子の後ろ姿(及び彼女が消えていった詰所の入口)とさくらの顔を見比べ、何が起こったのか理解しようとしてはみるものの全くできずに懊悩としている。そこにさくらが爽やか純度100%の笑顔で状況を解説する。

「放っとくと翔子はトコトン無茶をしちゃうでしょ? だからちょっと脅かしただけ。皆さんは何の心配もせずにお仕事頑張って下さいね」

 そう言うとさくらは微笑み手を振りながら、足取りも軽く詰所の方へ向かっていった。

 さくら=沢渡大尉は大人しく真面目で可憐、571試験飛行隊に咲くひな菊のような存在なのに対し、翔子=立花少佐は元気で磊々落々、人の目を惹き付けて離さない大輪のバラかひまわりのような存在だと勝手にイメージ付けていた彼ら4人にとって、今のやりとりは意外すぎる、ある意味見たくなかったものであった。

「やっぱ女って怖ぇな…」

「ああ、沢渡大尉に抱いていた印象が根底から覆された感じだぜ」

「ですよねぇ……自分、沢渡大尉には清楚なイメージを持っていたのですが、あの立花たぃ…いえ少佐をやり込めてしまうなんて……もし嫁さんにでもしたら、毎日尻に敷かれそうです」

「なんだお前、大尉に惚れてるのか? 初耳だ」

「いえっ、そういう訳では………」

「やめとけやめとけ、流石に無理だろ。お前が一等兵なのに対し向こうは大尉だ。それだけでも釣り合い取れないと言うのに、その他にお前の方が優れている所があるか? あるならまず俺に教えてくれ。少なくとも俺自身にはそんな所は無いと自信を持って言い切れるぞ。胸張って言う事じゃないがな」

「まあ『蓼食う虫も好き好き』って言葉もあるから万が一って事もあるかも知れないが、お前だってさっきの見たろ? ありゃあ並の人間じゃあ御しきれない…──」

 などなど好き勝手な事を言っている。その会話の中に1人加わってなかった上村伍長は半ば呆れ半ば同意しながら、わずかに若い仲間達の会話を聞いていた。出遅れたというのもあるが、あまり会話を弾ませすぎると仕事に支障が出ると心がブレーキをかけてしまっていたのだ。自分ではいい加減な性格だと思っていたのだが、思いの外仕事の虫だったのだと気付かされ、自分が一番驚いている。

「お前ら、そろそろメシを片付けて、俺達も仕事に戻ろうぜ。翔子さんがこれ以上怒られないように、完璧に整備しておこうじゃないか」

 伍長はそう声をかけると差し入れも含めた残りの食べ物をかき込んだ。言われた仲間達も脱線しかけた会話を切り上げて食べるのに専念する。伍長は上官であるからその言葉に従うのは当然だし、また彼らだって自分の仕事に誇りを持っていたので『楽しい会話』よりも仕事の方が重要であると認識していたから。

 食べ物を平らげ、最後に残しておいた『ドリコノ』を一滴余さず飲みきると一斉に立ち上がり、自分が成すべき仕事へと取りかかった。


次話へ続く──


もし先に後書きから読んでいる方からすればネタバレになってしまうかも知れませんが、この章はさくらの『震電』初機乗まで書くつもりだったのです。ですがそこまで辿り着けませんでした。途中で大規模な修正をしたら先に新任の主任に挨拶しようという流れになってしまったからです。

そのためPart1・2に分けて投稿します。Part2は主任への挨拶を済ませたさくらの『震電』初機乗での苦闘がメインとなると思います。1つにまとめられたら良かったのですが、長くなりそうだったので分けさせてもらいました。

その次の第一九章は……まだ書かない方がいいでしょうね。こんな自分の事ですから予定通りに進まないでしょうし。という訳で今後も寛い心でお付き合いよろしくお願いします。

あと最後になってしまいましたが、テレビなどで見よう見まねの関西弁を話すキャラを登場させてしまった事を、主に関西圏の方にお詫びいたします。その他の地域に住んでいる方にはあまり不自然には感じないかも知れませんが、日頃ネイティブの関西弁に触れている方からすれば不快感を覚えるレベルだとは自覚してますので、謝っておかずにはいられません。ですが今後も関西弁キャラやその他の特徴ある方言を使うキャラを登場させると思いますので、あらかじめ謝っておきたいと思います。以上、房総弁というマイナーかつ荒っぽい言葉が多い方言のネイティブスピーカである作者でした。

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