第一六章 そして大空へPart5
全力で空を駆け上がってきたため『震電』7号機は10分程で3速全開高度の8400mに到達する。これも僅かではあるが『震電』での最速記録を塗りかえた。翔子の技量と『震電』との相性のおかげであろう。また『試製青雲』もほぼ同じ速度でこの高みまで到達していた。故に少しだけ『震電』より先行していた形になる。双発機は重いがエンジンが2つあるため余剰パワーも大きい。実際翔子が『キ83』のテストを行った時もほとんど同じ時間で8000mの壁を越えている。余剰パワーもそうだがターボ過給器の影響も大きいな、と改めて実感させられた翔子であった。
「立花少佐、それでは敵機役が来るまで自由に飛行性能の試験を行っていて下さい。敵機役を確認次第、対重爆模擬空戦に移行です。もし試験に夢中になりすぎて、ご自分で発見するのが遅れるようならこちらから指示を出します。そうなると風防の形状から視界が悪いのだろうと『震電』の評価が下がってしまいますので、なるべくご自分で気付いて下さいね。一応東方より侵入してくるという設定になっていますから」
さくらや准尉達のものではない、聞き慣れない声が翔子の耳に飛び込んできた。おそらく『試製青雲』偵察員のものだろう。若くて少し高めだが心地よい声だ。また翔子に対し丁寧で敬語的な表現を使っている事から、人当たりは良いが階級は翔子より低い青年であると推測できる。がそれはよいとして、翔子の胸に1つの疑念が生じた。のでそれをストレートに『青雲』偵察員にぶつけてみる。
「こちら立花機。了解ですが、試験の指示は地上ではなく『青雲』から行われるのですか?」
その翔子の問いに間髪入れず『青雲』から答えが返ってきた。
「いえ、管制を含め基本的な指示は地上から出るでしょうが、我々は地上でお会いできなかったものですからね。ご挨拶も兼ねまして最初の指示を出させていただきました」
「そういうこった。だから嬢ちゃん、少しでも良い映像を撮りてぇから、あまり派手な機動はせず、俺の操縦でついて行けるくらいに抑えてくれよ。よろしく頼むぜ」
青年の他に明らかに経験を積んでいるであろう壮年男性の声も返ってきた。話の内容から『青雲』の操縦士である事は間違いないだろう。その遠慮ない物言いから、階級も翔子より上なのかも知れない。だがそんな粗暴な言葉遣いを翔子は決して嫌いではない。身近にそういう人が多いという事もあるけど、下手に言葉を飾る者より素直に気持ちが伝わってくる分安心できるからだ。もっとも単に乱暴なだけで誠意のない輩も沢山いるけど。
「でもそんな事言ったら本気のテストはできませんよ。一応先に何をするか伝えますから、なるべく根性でついてきて下さい。それではまず全速力のテストからいきますよ」
翔子はそう言うと『青雲』からの返事を待たずにいきなり加速し始める。上昇速度ではほぼ互角だが、流石に水平速度では圧倒的に『震電』が勝っているであろう。実際翔子が『キ83』で試験した時には、この高度では680㎞/h程度だったはずだ。『震電』のカタログスペックとは50㎞/h以上の差がある。よって彼らのカメラにはどんどん小さくなる『震電』しか写らないだろう。『青雲』搭乗員達には敬意を払っているつもりだが、多少のムリをしなければ自分が試験を行う意味がない。ので翔子は少し悪いかな、と思いながらも『青雲』を振り切るように『震電』の最高速を目指し加速していった。
「…ちょ待て、いきなり始めるなっつーの。かけっこならヨーイドンでスタートだろう」
『試製青雲』操縦士の田坂中佐はグチを言いながらも『震電』を追いかけるためにスロットルを目一杯押し込んだ。すると2基のエンジンが『震電』では聞いた事がないような声をあげて『青雲』を力強く加速させ、『震電』という獲物に襲いかかる猛禽のように羽ばたかせた。
一方『震電』と翔子は過給器3速の全開高度を、少しずつ速度を上げながら直進していた。2速全開高度では越えられなかった700㎞/hの壁をあっさりと越え、まだまだ加速中である。速度計は震えながらも速度が上昇中である事を示し、回転計やブースト計は既に目一杯を指していた(余裕を持たせて作られているから振り切れまではしなかったけど)。油温・筒温の方も今しばらくは大丈夫そうなので、翔子はそのまま加速を続ける事にする。 そんな中、置き去りにしてしまった『青雲』に気が咎め、狭いコクピットの中で速度を落とさぬよう気を付けながら振り返った。すると信じられない光景が翔子の目に飛び込んでくる。はるか後ろにいるはずの『青雲』がかなり近くまで寄ってきていて、更にその距離を詰めてきているのだ。
「ウソッ!? 『青雲』、『震電』より速いのっ!?」
どんどんその姿を大きくする『青雲』に、翔子は驚きを隠せなかった。『震電』は720㎞/hを超え、なおも加速中。にも関わらず『青雲』はみるみる距離を縮めてきている。という事は『青雲』は『震電』より速度が出ている事を意味していた。まだ『震電』は最高速に到達していないとはいえ、その『青雲』の近付き方からすれば10㎞/h以上は向こうの方が優速だろう。しかも翔子の目からすると、必死で加速している『震電』に対して『青雲』にはまだ余力があるように見えた。原型である『キ83』(初期型)を知っている翔子からしたら信じられない事だった。
「ハッハッハ、驚いたか? この『キ83改「青雲」』は初期の『キ83』とは全くの別機と言える程パワーアップしてるんだ。エンジンを『狼星』から大排気量の『極星』に換え、ターボも最新の物を積んでいる。少なくとも速力と上昇力では、現時点の『震電』には負けんぞ」
「立花少佐、申し訳ありません。隊長からの指示で少佐に一杯食わせるよう、今まで性能を抑えて飛んでおりました。でなければ『震電』が8000mに達した頃、本機は余裕で1万mの空を飛んでましたよ」
「そういう事は先に言ってよー。私恥ずかしい事言っちゃったじゃん」
翔子は半泣きで言い返したが、それが負け惜しみである事は自分が一番知っていた。普段なら翔子は相手の飛行機の事を見くびったりしない。一見旧式で性能が低そうに見えても手練れが操縦しているかも知れないし、何より飛行機の事が好きだから、それを性能の違いだけで区別するのが嫌だったからだ。が今回は中途半端に『青雲』の原型の事を知っていたのと、『震電』という最高の機体を与えられ、少しだけ気が大きくなり「何でも出来る」「誰にも負けない」という感じになっていたのだと思う。もちろん実戦であればこんなに気が弛む事はなかっただろう。油断は即撃墜=死に繋がるから。だが悪い事は重なるもので、今やっているのは模擬空戦ですらない、飛行性能の試験であった。故になおさら『震電』にのみ意識が集中し、余計に他の機体の事など深く知ろうとか、その姿や機動からどの程度の性能か推測しようとすら思っていなかったのだ。
「んな事言われても俺ゃあ聞かれてもいない事をこっちから教えてやる程お人好しではないし、隊長からの命令で嬢ちゃんに一泡吹かせるよう言われてたから言える訳ない。何より嬢ちゃんが『青雲』の性能を見誤るとはな。『キ83』と比べてエンジンナセルがかなりデカいから、それだけでもエンジン換装で性能が向上したと想像できたと思うが?」
「それは言わないでーっ!」
翔子が絶叫した頃、両機はもう横並びで飛んでいた。そして翔子が『青雲』のいる左側に目をやるとコクピットには口元をニヤつかせた田坂中佐、偵察員席には手持ち式の動画カメラで『震電』を撮りつつ笑顔で手を振る大井少尉の姿があった。そして彼らの姿は少しずつではあるが『震電』より前に出つつある。このままいけば置いていかれるのは自分達の方であろう事を翔子は悟らざるを得なかった。速度計は750㎞/hを少し超えたあたりで小刻みに震えている。どうやら『震電』はこのあたりが限界のようだ。
「こうさーん。『震電』は750…2、3㎞/hが限界みたい。地上も聞こえてるー? 速度試験はこれでおしまい。これ以上続けたらエンジンが焼き付いちゃう。まだ油温・筒温共正常だけど徐々に上がりつつあるので、これ以上は本当に危険かも」
「こっちもだ。今日はエンジンがご機嫌斜めなのか、いつもよりエンジンの過熱が速い。折角『震電』を追い抜いてやろうと思ったんだが、エンジンを整備してから後日やり直すしかねぇようだ」
「了解。それじゃエンジンを少し冷やしてから次のテストに入って。特に指示は出さないけど、対爆撃機用機動試験である事だけは忘れないでね。田坂機もそのようによろしくお願いします。そしてあまり無理はなさらぬように」
引き続き管制を行っているさくらから了承した旨が返ってきた。翔子に釘を刺す事を忘れていないのが彼女らしい。その言葉に翔子達は返答する。
「あーい」
「了解です…それでは立花少佐、今度は1万mまで上がってみましょうか。敵の新型重爆は高度9000m以上が運用高度だとされているようですから、我々は1万から12,000mで待ち構える必要があると航技研から言われています。全速試験では偏西風の影響を受けぬよう南に向かって飛んできましたから、北に引き返しつつ少しエンジンを休ませた後、上昇を始めましょう」
地上へ返答した流れで大井少尉が次の試験内容を提案してくる。流れで言ったのは多分地上にもその旨を伝える意図があったのだろう。特に異議はなかったので翔子はそれを受け入れたが、ふと浮かんが疑問が1つ。
「あのぅ、1万でいいんですか? 12,000m以上まで上がれるようですけど」
「上がれば上がる程上昇速度は落ちますからね。上昇試験中に敵機役が来て水を差されても面白くないですから。成層圏飛行は別の機会で良いのでは?」
「それにさっきも言ったが『青雲』のエンジンの調子が今イチなんだ。もちろんそれでも12,000なら問題なく上がれる。それも『震電』より速くな。だがあまり負担はかけたくねぇ。その辺は分かってくれや」
翔子の問いに『青雲』の2人から否定的な答えが返ってくる。まあそういう理由ならと翔子は2人の意見に従う事にした。分かっていても負けるのは癪だったし。
「それじゃあ高度8400mからきっかり2000m上昇としません? そちら提案の1万mは超えちゃうけど、100mだけじゃなく1000m単位の上昇速度もはっきり分かるし」
「別に構わんが、そこまで言うなら一旦400落としてから2000上昇するんでもいいぞ。その方が1000mごとの上昇率や時間がはっきりしていいんじゃないか?」
「そりゃそうですけど、降下する時間がもったいないです。敵機役が来る前に出来るだけ多くの事を試しておきたいですから」
「分かった。それなら今から2分ちょっと後の(11時)20分丁度から始めるか。分かりやすいし、『青雲』はもう少し筒温を下げておきてぇから」
その意見に翔子は了解したと答えた。特に反対する要素はないし、何よりこちらの意見を1つ聞いてもらっている。ここで「今すぐ始めたい」などとワガママ言う程翔子だって子供ではないのだ。
話がまとまった所で翔子は今まで以上に周囲に目を配った。敵機役は11時半過ぎたらいつ現れても不思議ではないと隊長は言っていたが、フライングで現れてもこれまた不思議な事ではないし、あの隊長が考える事だから、むしろ何らかの試験中に仕掛けてくる方が自然かも知れないと考えられる。ので翔子はコクピット内でキョロキョロと周囲を見渡した。今日は晴れだが快晴という訳ではないので、そこかしこに(隠れるには)丁度いい感じの雲は見えるし、遠くは春霞に覆われている。しかし上空だけは成層圏が近いからか、雲一つない青い空が広がっていた。絹雲なら今の自分達より高い所に発生するかも知れないが、今のところはシミ1つない状態である。翔子はこれから向かう青の世界に思いを馳せた。もちろん周囲への警戒を怠らずに。
「それじゃあ5秒前からいくからな……5、4、3、2、1、てーっ!」
田坂中佐の号令がかかると『震電』と『青雲』は上げ舵をとり上昇を始める。最初は横並びだったのに上昇力に差があるため、あっという間に『青雲』の方が先を行く形になった。それに気付いた中佐が少し速度を落として『震電』へと近寄ってくる。
「おっとすまねぇ。先行っちまったら記録が撮れないもんな」
「大丈夫でしょ? むしろ最初遠めから撮り始めて少しずつ近寄ってくれた方が、迫力あるカワイイ『震電』の映像が撮れるんじゃないですか?」
「なんだい。嬢ちゃんには映画監督の才能もあったのか。それより『迫力あるカワイイ』ってなんなんだ? 相反する言葉だぞ」
「客観的事実と主観を交えた表現ですからお気になさらずに…」
などと戯れ言も交えながら話していたが、翔子は内心面白くなかった。改めて『震電』が『青雲』に上昇力で負けている事を認識させられたからだ。単発と双発、エンジンや過給器の違いがあるから仕方ない事なんだけど、頭で冷静に理解できている分、気持ちの上では癪に障ってしょうがない。がそう思うと当然湧き上がってくる疑問がある。ので翔子は再び離れ始めた『青雲』(厳密にはその中の2人)に向かいそれをぶつけてみた。
「でもどうしてなんでしょうね。折角速度も上昇力もそっちの方が上なんだから『震電』じゃなく『青雲』を対新型重爆用の切り札として採用・量産すれば良かったのに」
「どうしてって…決まってんだろ。コストの問題さあ。その『震電』も既存の機体に比べれば値が張るらしいが、『青雲』と比べれば安いもんだろう。『青雲』は双発だからエンジン代は必然的に倍になるし、機体だって大きいからその分原材料費も増える。外国みたいに戦闘機や高速爆撃機を偵察機として運用するならともかく、我が国では専用の偵察機をイチから作っちまうからな。艦攻や陸攻を偵察任務に使う事はあっても本格改造まではしないから、結局本格的な偵察は専用機に頼る事になっちまう。でもこの『青雲』は元々戦闘機として使えるよう設計されてるから、嬢ちゃんの考えも実現可能なんだが、双発戦闘機には優秀な先輩がいるもんでな」
「先輩?」
中佐の言葉に反応はできたものの、心当たりが見つけられない翔子。多分知ってはいるし乗った事もあるのだろうけど、高度が上がるにつれ思考力が低下してきたのかも知れない。もちろん酸素マスクを着け、充分な量の酸素は供給されている。それでも地上と同じようにはいかないのかも知れない。そこに大井少尉が丁寧な説明をしてくれた。
「立花少佐。川崎の『キ64「旋風」』ですよ。あっちは単座で戦闘機とも充分戦えますからね。それに元々700㎞/h出せたというのに、試しで『極星』に換装してみたら『青雲』を上回る速度が出ました。その代わり重くなった分、横への運動性が落ちたみたいですけど。だけどそれでも『青雲』よりは運動性は勝っている。それが分かっていて、わざわざ同じ目的の機種を増やす必要はないでしょう?」
「ああっ、『旋風』ねっ。あの子なら双発機の割には横への機動も出来るから、速度さえ出ればこの任務にピッタリかもね。だけど横への運動性能が落ちるんなら『狼星』のままでいいんじゃないかな。8000mちょいで700㎞/h出るなら、1万mでも650㎞/hは堅いでしょ? 上手く仕掛ければ反復攻撃も出来そうだし、何より護衛戦闘機と戦えるのは強みだもん」
翔子は少尉の言葉に納得し、自分の意見を加えた返した。がそれだけではつまらないと思ったのか、ほんの少しの意地悪も添えて。
「で、『青雲』はどうなんです? 横への旋回性能。戦闘機としても使えるんですよね」
「聞くんじゃねぇ。どうせ分かってんだろ。『青雲』が速度と縦への運動性だけで戦うしかねぇ事くらい。でなきゃ『旋風』からその座を奪ってるって」
翔子の言葉に田坂中佐が吼える。『青雲』の限界を見透かされたようで、悔しくて堪らなかったから。中佐は前線勤務だった若い頃はバリバリの戦闘機乗りだった。ノモンハン事件の際、飛行隊長として出撃しながらエースになっている。実際にはその前からその条件を満たしていたのだが、ノモンハンでも6機以上墜としているのだ。
しかし年齢と階級が上がり試験隊に配属されると、主に小型双発機の試験を受け持つようになった。小型双発機とは全幅20m以内の軽爆撃機や偵察機、双発戦闘機の事である。理由は年齢的に単発単座の(正統派)戦闘機の試験は肉体的にキツいだろうという事で。
階級だけで考えれば実戦部隊の指揮官の方が相応しい立場であろう。だけどできる限り長い間、自ら操縦桿を握っていたいと上官達に頼み込んだ結果が今の立場なのだ。そんな経歴の持ち主だから、戦闘機になりきれなかった『青雲』に対する思い入れが人一倍強かった。本当にやりたいと思っている事がやれていない自分の境遇と重ね合わせて。
そんな話をしている内に両機は目標高度10,400mに到達する。従来機に比べれば高い上昇率を誇る『震電』だが、流石に高々度ともなるとその能力は低下し、2000mを駆け上がるのに3分以上かかってしまった。もし『青雲』だけなら2分ちょっとで辿り着けたはずだから、『震電』の意外な弱点を露呈する事になる。もっとも『青雲』も含めた開発中の高々度戦闘機群は単に大出力エンジン&高性能過給器装備なだけでなく、高々度の薄い空気を効率良く捉えられるように主翼が大きく設計されているのに対し、『震電』は高速性能に主眼をおいたために主翼も極力小さく作られていた。そう考えれば充分な性能であると言えよう。
翔子達が辿り着いた10,400mの空は下界のような霞も少なく澄み渡っていた。また地上に比べ50℃近く気温が低いはずなのに太陽が近いせいか、強い日差しを受け暑いような錯覚すら覚える。『震電』のコクピットには一応新鮮な空気が供給されているが与圧されている訳ではないので、内部の温度は外気温とさほど変わらない。電熱服のおかげで何とか凍える事は免れているが、それでも寒いものは寒い。
反面『青雲』は簡易的ながらコクピットが与圧室になっていて、ターボの余力で回しているコンプレッサから潤沢で暖かい空気が供給されている。おかげで心なしか翔子が着ているものより飛行服が薄手のような気がする。それでも被弾リスクを考えると地上に近い環境とまではいかないようで、酸素マスクは必須のようだ。
「とりあえず目標高度には達したが、どうする? ここで戦闘機動の試験でもするか?」
中佐が今後の予定を尋ねてきた。その内容によって映像の残し方が変わるので、その質問は当然だろう。激しく動きのあるものなら少し引き気味で全体的に捉えた方がいいだろうし、直線的な動きがメインなら追随して撮った方が舵の使い方などがはっきりと写せるだろう。
付き合ってくれている中佐達がしっかり考えてくれているのに、翔子はその時やっている事に夢中になりすぎたためか、それとも空気濃度が低下したために起こる飛行機乗り特有の「6割頭」というやつだろうか、少しは地上でやってみたいと考えていたプランが全て吹っ飛んでしまっていた。そのため慌てて考えながら返答をする。
「……それじゃあ敵新型重爆攻撃に有効とされている高度優位の状態からダイブ&ズームを数度繰り返して、速度と高度がどれくらい失われ、その回復にどれくらい時間を要するか試してみましょうか。たまに変則的な動きも入れるから、引き目で撮ってもら…いや、ちょっと待ってっ!」
何とかひねり出した次の試験内容を伝えている途中、はるか遠くの右前方、少しまとまって浮かんでいた塔状雲の間に、自然ならざる光を見て取った翔子が言葉を遮り目を凝らした。
はるか遠くと言ってもその距離は15㎞程だろうか。また高度は『震電』達よりもおよそ1500m程低い。光は常に輝いている訳ではなく、不規則なタイミングで太陽光を反射するように強い閃光を放ちながら右から左、つまり南東から北西へと動いていた。その速度は到底生き物が出せるレベルではないし、その直線上には丁度成田基地が存在していた。
そして距離が縮まり目が慣れてくると、その高速で移動する光はオレンジ色をしている飛行機である事が分かった。現在【海軍休暇】真っ最中で、敵機がノコノコやって来る訳がない。それもハワイやミッドウェイ、そして米本土まで基地のない東方から。であるなら──
「敵機役確認。発見は遅れたものの1分程で接敵可能。洋上で最低一撃は加えられる。迎撃許可、よろし?」
翔子は敵機役を認識するとその旨を管制に報告しながらスロットルを目一杯押し出し、その機体の前方に回り込むように『震電』を動かした。
「了解。できる限り敵機を陸上、そして当基地に近付かないように迎撃よろしく。それより翔子、頑張ってね。ちなみにレーダーにはとっくに映ってたわよ」
「人の目をレーダーと一緒にしないでよっ」
発見の遅れを皮肉っぽく指摘するさくらに、翔子は文句で言い返した。
確かに成田基地のレーダーは100㎞以上手前からその機体を捉えていたし、房総要塞群の大型レーダーなら更に早い時点で発見する事も可能だろう(今回の試験中要塞群のレーダーは生きていたが、あくまで『震電』の試験なので連携はしていない。それどころか実戦と勘違いしないよう通達を出していた)。
それに対し人間の目ではどんなに頑張ってもレーダーに勝てるはずはない。が敵機役は4発の大型機である事。そして空の上では翔子は目も勘も人より利いている事。これらの条件からもう少し早く発見できたかもと思いさくらはそう言ったのだが、他の試験と同時に行っていたのだから上出来と言える範囲だろう。もっとも空戦で勝つには敵を先に発見しなければ、と目を鍛え、戦闘機をほぼ同じ距離で見つけられるエースがいるから(普通は10㎞くらい)、大型機なら更に遠くても、と過度な期待がさくらにそんな言葉を言わせたのだ。言われた方の翔子としては堪ったものではないが。
九十九里浜沖、陸地まで20㎞程の所で翔子と『震電』は敵機役を鼻先の真下に捉えた。高度の差だけまだ距離はあるものの、ここまで近付けば相手の図体が大きいだけに、その姿をはっきり見て取る事ができた。
「何アレ? 『B-17』の改造品?」
それが翔子の第一印象だった。
サイズはおよそ全長20m、全幅30mを少し超える程度。これは空軍等が掴んでいる敵新型重爆より10mくらいずつ小さいだろうが、その分『B-17』とほぼ同じ大きさである事が強調される。だけでなく銃座の位置などもより『B-17』っぽさを増す要因となっている。がいかにも高速を狙った機体である事を示すかのように主翼は『B-17』より細長く作られおり、完全な模倣でない事を主張していた。
『震電』が直上に来た事を確認したその機体はバンクを打って「いつでもどうぞ」と言わんばかりの合図を送ってくる。
「なぁんか誘われちゃったみたいだから、そろそろ行こっか」
翔子が優しく『震電』にそう声をかけると、『震電』も応えるように全身を震わせ『狼星』の咆吼を一段高めた。もしかしたら瞬間的には回転数が制限(3000rpm)を超えたかも知れないくらいに。その反応に翔子は「『震電』も自分がやるべき事を分かってる」と確信し、今一度攻撃対象の機体、それも射撃を加えるべき一点に目をやり確認する。
「じゃあ行くからね。全力で突っ込むから、そこまで正確に連れて行ってね、『震電』っ!」
そう叫ぶと翔子は操縦桿を倒し、さっき見定めた敵機役のコクピット目掛けて一直線に急降下していった。
次話へ続く──
もう言い訳の言葉も見つかりません……
ですが敢えて言わせてもらえば、[兵器紹介]に意識が向いてしまった事、夏バテにより体調がすぐれなかった事、他にもやらなければならない事があった事、により更新が遅れてしまったり、内容的にもあまり進む事ができなかったのです。
まあ体調は回復しつつありますし、他の仕事? は時間を工夫すれば問題ないですから、またペースを上げていきたいと思います。早く[零号震電]を終わらせて、新しい話が読んでみたいという知人がいるものでして。
それにしても第16章はいつになったら終わるのでしょう?
いずれ再編集できる機会があったら各パートをまとめて、2・3の章に分割したいと思います。そのためにもまずは完結させる必要がありますけどね。




