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ヨアケマエ外伝・零号震電  作者: うにシルフ
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第一六章 そして大空へPart4

 脚立を持って駆けつけた機付整備主任(の1人)上村(かみむら)伍長ら整備班の人達に後を任すと、翔子とさくらは詰所の中に入っていった。試験1回目の報告と2回目の内容の確認、そして休息をとるために。すると時任試験隊長ばかりでなく本庄・西両准尉も2人を出迎えてくれた。准尉達は新しい機材と岩和田少佐の後任の到着が少し遅れ、正午過ぎになるという連絡を受けたので、詰所の方でゆっくりしようとやって来たとの事。本部にいても暇だから試験隊の手伝いでもしていた方が面白そうだと考えたらしい。そんなやりとりから女子同士のお喋りに突入しかけたが、隊長が割り込んでくれたおかげで脱線せずに済んだ。

「それより立花ァ、1回目の試験はどうだった? 勝手な事をして沢渡を困らせたりしてないだろうな」

「やだなあ、そんな事する訳ないじゃないですか。そうよね、さくら?」

「さぁて、どうだったかしらねぇ」

 痛い所を突く隊長の質問にうっすら冷や汗を流し、目を泳がす翔子。さくらもいたずらっぽく答えるだけで助けてはくれない。本人としては努めて平静を保とうとしたが、それができてない事は誰の目にも明らかだった。

 が翔子はそんなに不安がる事はなかったのである。何故なら隊長に叱責するつもりなどなかったし、それ以上に途中から3人共試験を見守っており、さくらとの交信も間接的ながら聞いていて、だいたいの様子を把握していたのだ。でありながらあーだこーだ言ってこないのは、その試験内容を概ね了承したという事なのだから。まあ翔子はそんな事知らないので不必要に怯えていたのだけど。

「まあ、そんな報告は後でもいいから、とりあえず何でもいいから軽く食っとけ。少なくとも午前中にもう1本飛ばなきゃいけないんだから、体力を回復させなきゃな」

 隊長はそう言うと手掴みで食べられるおにぎりやまんじゅう等、それに冷たい飲み物が数種乗っているテーブルへと皆を誘う。1時間弱の飛行で小腹どころかかなりお腹がすいていた翔子だが、まだ警戒しているのか素直にテーブルに近付かない。がそこに内地ではまだまだ貴重で珍しいバナナがあるのを見つけると、文字通りその甘い誘惑に負け、駆け寄って何事もなかったかのように着座した。そして一房に人数分以上のバナナが付いているのを確認すると1本もぎ取り、早速口へと運んでいった。

「相変わらず食い気には勝てんか」

 隊長は微笑みながら翔子の真向かいに座る。するとさくら達もだいたいいつもの並びで着座した。

「で、実際どうなんだ。使えそうか『震電』は? 試験で何をやったかまでは問わんが、その辺はきっちり報告してもらうぞ」

 南方基地配属のパイロットのようにバナナとサイダーで人心地付いたのを見計らって、隊長は翔子に尋ねる。繰り言になるようだが、元々多少のやんちゃには目をつぶるつもりだったし、後でカメラの映像を見れば全て分かるのだから、言い出しにくい本人の口からわざわざその内容まで聞き出す必要はないのだ。だが機体の性能については把握しておく必要がある。でなければ自分が試験隊長などやっている意味がないというものだ。

 すると翔子は先程とはうってかわって雄弁に語り出す。バナナを食べたおかげで心穏やかになったのか、それとも多少怒られても(交換条件として)仕方ないと観念したのかまでは分からなかったが。

「正直実際戦ってみないと断言まではできませんが、最新鋭の戦闘機相手でも存分に戦えると思いますよ。素直に舵は利くし何より速いし、かなり特殊な(・・・・・・)空戦((・・))機動(・・)も軽くこなしてましたから、相手にあった戦法をとれば負ける事はないと思います」

「そうよねえ。かなり特殊な機動(・・・・・・・・)ができたって喜んでたもんね~」

「何よ、その引っかかる言い方は…アレだって戦闘機相手なら充分役立つ技なんだから」

 さくらにニマニマと意地悪な笑みをたたえられながら前方宙返りの事を皮肉られると、バツが悪くなって、正当化するように逆ギレする翔子。そこまでは知らなかった隊長達も何か危険な機動をやったのだろうと察しはしたが、ここは敢えてスルーした。下手に否定や叱責をすると、翔子を『震電』から降ろさなければならなくなるかも知れないから、知らぬ存ぜぬふりを決め込んだのだ。

「……それよりっ、『震電(あのこ)』は対重爆用の切り札なんですから、そちらの戦法や機動をみっちり研究する方がよいと思います。敵の戦闘機と戦う味方の戦闘機は豊富にあると思いますが、対重爆迎撃には『震電(あのこ)』が最適だと思いますので」

 変な空気を吹き飛ばすように翔子は少し力強く『震電』本来の運用法を説く。それを受け、隊長は思いきった提案をしてきた。

「そりゃまそうだな。ならいっそ本物の爆撃機を敵機役(アグレッサー)として飛ばしてみるか? その方がお前も想像しやすいだろ。爆撃機には防御用の対空火器がハリネズミのように充実しているからな。機銃座が見えるだけでも、そこからの攻撃が安全かどうか判断できるだろうし」

「その提案自体は有難いですけど、肝心の敵機役の爆撃機って何です? 『深山』や、ましてや『92式重爆改』のような旧式機では、敵の新型重爆に比べ速力がかなり劣るでしょうから、あまり参考にならないと思うのですが」

「その辺に抜かりはないさ。今丁度いい機体を預かって敵機役として使わせてもらっている。採用間近の機体で、敵次世代重爆や『深山』に比べると一回り二回り小さく『B-17』並だが、速度は予想される敵次世代重爆並かそれを上回るとされている。それなら充分だろ?」

 翔子の心配を隊長は軽く吹き飛ばした。翔子はその機体に思い当たる節はないが、速力がそれくらいあるなら仮想的として充分だろう。小さいというのが気になるが(それが基準になってしまうと「本物」を相手にする時、サイズを誤認して遠くから射撃してしまう可能性が生じるから)、今日の所はそれで充分。やはり翔子といえども見えない想像上の敵と戦うのは結構しんどいのだ。

「それと、ついでと言っては何だが、追躡機もつけてやろう。地上からでは第三者目線で『試製震電』の動きを観察するのは難しいからな。今までも何度か試していい映像()が撮れてるから、お前さんの機動も残しておきたくてな」

 隊長の提案に翔子は「やっぱ監視されるかー」と思ってしまう。現実にはそんな事はなく隊長の言った通りなのだが、後ろめたい所があると人間悪い方へ考えてしまうものである。が同時に全く別の事も考えていた。

「でも隊長。その追躡機はどの機体()がやるんです? 8000m超の高度で600㎞/h出る爆撃機と700㎞/h超でその爆撃機に襲いかかる『震電(あのこ)』について来るには生半可な機体じゃムリですよ」

 翔子の意見は疑問としてごく自然なものだった。6000mくらいの中高度なら新しめの機体なら平気で600㎞/hくらい叩き出す。しかし8000m超ともなると過給が追いつかず、爆撃機に追いすがるのがやっと。『震電』の動きになんてついて来られないだろう。

 であればまだ採用に至らない試作機となるであろうが、単座戦闘機ではその役は担えない。動きの速い『震電』を固定カメラで追随するなんて無理だし、ましてパイロットが操縦しながら手にしたカメラで追いかけるなんて事は、腕がもう一対なければ絶対にできない。かろうじてターボ搭載の『0式司偵』なら現役機でも対応できそうだが、それだって爆撃機の脇に張り付いて狭い範囲を撮影するのがやっと……などと翔子が考えを巡らせていると、隊長がかなりイイ笑顔で疑問に対して答えてきた。

「なあに、心配いらんな。これも採用間際の機体なんだが、双発機ながら本気出せば『震電』並の速度が出せる。『0式司偵』の後継として設計されてるからとにかく速い。そんな奴ならこの任務に丁度いいだろ?」

「それって『キ83』の事ですか? 『和製モスキート』と呼ばれ、『4式司偵「青雲」』として採用が内定してる」

 隊長の言葉に西准尉が即反応した。航技研にいたわずかな時間で聞きかじったのだろうが、それが事実である事を隊長がうなずく事で肯定した。ただ『和製モスキート』という言葉には機体が木製じゃないから、その表現は過分であろうと修正する。

「なあんだ、『キ83』ですか。『キ83(そのこ)』なら成田基地(ここ)で乗ってるから、素直に言ってくれればいいじゃないですか。乗った経験上、双発機の割には運動性も高いし、速度だって『震電(あのこ)』に近いくらい出る事は知ってるから、確かに今回のテストの追躡機としては最適かな」

「だろ?」

 翔子が納得するのを受け、隊長は更にドヤ顔で返してくる。折角両機の搭乗員と整備班に飛行準備をさせておいて、必要ないなんて言われたら隊長として格好つかなかったし、翔子が高速の爆撃機に対しどのような戦法をとるか見てみたかったから、それが叶って彼自身大変満足していた。

 時任隊長が操縦桿をほとんど握らなくなってからしばらく経つので、正直翔子と同じ機種に乗ったとしてもついて行けないというヘンな自信はある。ので間接的にでも彼女の飛行を見たくて仕方ないのだ。

 だったら敵機役の爆撃機か追躡機に乗ったら? と思う者もいるだろうが、試験隊長という立場が1人のパイロットに関わりすぎる事を許さない。だからこそ記録映像という形は有難いのだ。記録映像なら他の機体及びパイロットでの物も撮っている。その流れで翔子の分の映像を見たところで誰にも咎められないのだから。どの隊員に対しても対応に差はない。そう思わさなければならないので、隊長たる者、結構気を遣っているのだ。まあ翔子に対して多少ひいきにする事は、試験隊の誰も気にしたりしないだろうけど。

「でも私が乗った時の『キ83』って、後部偵察員席の視界がかなり悪かったと思いますけど。なんか申し訳程度に窓が付いてるって感じで」

「その辺も大丈夫だ。確かお前が乗ったのは戦闘機型だったからな。その後の仕様変更で偵察機としての機能を強化したから視界もバッチリだぞ」

「それならいいですけど」と翔子の懸念が解消したところで隊長はゆっくり立ち上がり、その場を後にしようとする。

「それじゃあ試験開始までしっかり体を休めてろよ。俺は他の奴らと打ち合わせてくるから、先にあがらせてもらうけど」

「えっと隊長、バナナは?」

 立ち去ろうとする隊長に向かい、翔子が何とも間の抜けた事を言う。確かに隊長は飲み物は口にしていたが、食べ物には手を出してない。翔子はバナナが最低1本ずつは皆に行き渡ると勘定までしていたので、隊長も食べていけばいいのにと思い、そんな言葉が出てきたのだ。が隊長の返事は素っ気なく、

「俺は別にいらん。お前らの誰でもいいから食っちまえ。残ってるとケンカになりかねんからな」

 そう言うと足早に部屋から出て行ってしまう。自分で言っていたように敵機役の搭乗員達と試験内容について話し合いに行ったのであろう。残された翔子達は言われた通りにまずはバナナを(お腹の中に)処分し、時間ギリギリまで飛行機の事も含めたとりとめのない話をして過ごしたのだった。

 10時50分頃、翔子は既に『震電』に乗り込んでいた。さっきエンジン停止のプロセスを任せきりにしてしまったので、(上村伍長達を信頼してはいるものの)ちゃんとやってくれてあるか確かめずにいられなかったのだ。その割にはお喋りが過ぎて、考えていたよりも遅くなってしまったが。

 エンジンを始動させると『震電』は調子良さげな爆音を響かせ動き始める。脚立の上に腰掛け、翔子とほぼ同じ目線の上村伍長が「ね、調子悪くないでしょう? 俺らがちゃんと責任持って整備してますから」と自慢げに語っていたが、プロペラ前流(・・)にあおられ脚立ごと倒れそうになる。それを見た翔子はさっさと降りて離れるよう促す。伍長もそれに素直に従った。大事なテストに水を差さないように。

「さっきはほっぽらかしてゴメンね。みんなで話し合いをしなくちゃいけなかったから、私だけ遅れる訳にはいかなかったのよ」

 翔子がそう優しく声をかけると『震電』は全身を震わすように『狼星』の回転数を上げて応える。これは「怒っている」というより「問題ない」という意味だろう。短いながらも濃密な付き合いの中で、この『震電』7号機とは通じ合えていると翔子は感じ取っていた。だからこそ自分でクールダウンを行わなかったり、乱暴に扱った事を申し訳なく思うのだ。もちろんどんな機体に対しても同様な感情は抱くが、この『震電』は特別である。愛機の『飛燕』には悪いが、ほぼ同じくらい大切な存在になっていた。だからこそ思わず人間と接するかのように(もしかしたらそれ以上かも)声をかけてしまうのである。

「今度はさっきみたいな乱暴な着陸はしないから。その代わり空の上では思いっきり暴れるからよろしくね」

 そう言うとスロットルを一度全開まで開いた。『震電』もそれに応えるようにエンジン音を一段と激しく響かせる。

「それじゃっ、そろそろ行こうか。8000mの上空へ。いや、実機まで持ち出す模擬空戦になるんだから、どうせなら1万mまで行ってみよ」

『震電』が「元々そのつもり」とばかりに身を震わせて応えるのを感じると、翔子は一旦スロットルを絞り、地上のスタッフに「チョーク払え」の合図を出す。手際良く整備士達が輪止めを外すと、『震電』はゆっくりと滑走路に向かい動き出した。

「翔子~、準備できた~。そしたらまず隣の滑走路から『試製青雲』が離陸するから『震電』はその後ね~。それと今度は本庄さんと西さん、そして隊長も側にいるからあまり変な事しちゃダメだよ~」

「その通りだ。実戦に必要ない機動をしたら試験は即中止だと敵機役(アグレッサー)にも追躡機(せいうん)にも伝えてあるから、くれぐれも変な真似して俺の顔を潰すなよ」

 滑走路端で離陸指示を待っていたら余計な事を2人から言われ、少しやる気が殺がれた翔子。心なしか『震電』にも笑われているような気がして尚更ヘコむが、それでもまだ気力は充分あった。それくらいこの試験に対する意気込みは強かったし、『震電』に乗れる喜びで満ちあふれていたのだ。

 そうこうしていると隣(と言っても翔子から見ればはるか前方)の32番滑走路から『試製青雲』が離陸していった。1.5㎞程距離が離れると細かい所まではよく分からないが、確かに翔子の知っている『キ83』とは少し違うようだ。『震電』と同じ試験機を示すオレンジ色に塗られているのにキラキラして見えるのは、ガラスの部分が多いからであろう。これなら偵察機としての視界もバッチリだね、などと思っていると『震電』にも離陸許可の指示が下りた。

 翔子はそれに「了解」と答えると、『震電』のスロットルを全開にして勢いよく33番滑走路を駆け出し、あっという間に空へと吸い込まれていった。


次話へ続く──

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