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ヨアケマエ外伝・零号震電  作者: うにシルフ
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第一六章 そして大空へPart3

「こちら立花機。まもなく試験高度の6000に達します。試験内容は予定通りでよろしいでしょうか」

「ええ、まずはその高度での最高速を出してみて。次に実戦的な速度での左右への旋回や宙返りを行ってちょうだい。それが終わったら改めて指示を出すわ。よろし?」

「了解っ!」

 翔子はそう言うと機体を水平に戻し、スロットルレバーを全開にした。とは言ってもこの高度に来る事自体スクランブルを想定していたものだったので、エンジンがオーバーヒートしない程度に全力で上がってきたのだ。そのためかカタログデータより少しだけ早く高度6000に達していた。

 ちなみに地上で指示を出しているのはさくらだ。この2人の間の会話なのに他人行儀なのは、これが正式な試験である事を端的に表している。昨日は『震電』に慣れるための練習みたいなものだったので割とラフに話していたが、今日は歴とした試験であり、地上との交信を誰が聞いているか分からないので多少は畏まっているのだ。ま、いつまで保つかは分からないけど。

『試製震電』7号機に搭載されている「三菱『狼星』2x型」の過給器は1段3速式で、6号機までの1段2速式より高々度に対応している。もっとも当初の予定では『震電』は2段式の過給器を積む予定だったのだが、開発が若干遅れてしまったために現在それは叶っていない。ただ満足いく物が出来次第、搭載・換装されるらしい。蛇足ではあるが遅延の原因は純機械式の2段過給器に絞らず、欲張ってより高々度性能が期待できる流体(フルカン)継手式も同時並行で開発を行ってしまったためだ。また『震電』にはターボ搭載の予定はないとの事。これは長時間飛んでいる必要のある爆撃機や輸送機(旅客機含む)ならターボ搭載による恩恵が多くなるらしいのだが、短時間しか飛行する必要のない迎撃機ではデメリット(配管が面倒くさくなったり、タービンに用いる原材料がもったいないなど)の方が多いので、機械式過給器メカニカルスーパーチャージャーで充分と判断されたためだった。

 高度6000mは2速目の全開高度に近い。が対超重爆用に設定した3速目の全開高度8400mに比べるとまだ空気が濃密なため、この高度での最高速度は680㎞/h超程度と翔子の愛機「『飛燕』23型特」と大差ない。それでも400hpの余裕の分だけ力強く加速していくのを感じていた。

「…くっ……、今までで一番速度出しているはずなのに、あんまり安定しないじゃない」

 報告書にあったより強くトルクを感じ、思わず悪態をつく翔子。高速になればなる程トルクの影響は小さくなると聞いていた(&巡航速度での自分の実感)から昨日のような改造プランを立てたと言うのに、これでは皆が言っていたように単純な機体の調整の方が効果があるのではないかと思ってしまう。ただ今はエンジン全開で加速中であるから余計にトルクが加わっているのかも。そういう考え方もできるので、後でスロットルを少し戻したらどうなるか試してみようと思う翔子だった。

「…675…680……682っ、現在までの記録を突破っ。まだ加速できそうです。…685…687……690突破ァっ!」

 この『震電』7号機がアタリだったのか、それとも翔子の操縦が上手いのか──同じ機体であってもスロットルの開き方やプロペラピッチを変えるタイミングなどにより加速力に差が出る事は結構ある事である。よって操縦士により引き出せる性能が変わってくる──これまでの計測値より10㎞/hも最高速度を更新した。もちろん欧米流に不必要な装備を降ろし、燃料もギリギリの状態で計測すればもう少しスピードは出る。が今日は日本軍の伝統に則り、実戦を想定して装備はおろか機銃弾も満載だし、燃料に至っては上昇等に使っただけだから「1/3を消費した状態」よりも多いのである。にも関わらずここまで速度が出たのはやはり翔子と『震電』7号機の相性なのかも知れない。

「翔子ー、もういいわよー。それ以上はエンジンの負担にしかならないから、そろそろ旋回テストに入ってー」

「りょーかいっ」

 翔子からの報告を受け、さくらは次の指示を出した。その隣では同じスピーカで翔子の言葉を聞いた試験隊員がその数値をメモする。記録員として今日1日7号機の試験に付き合う事になった若手のパイロットだ。彼はテスト内容、更には翔子達の会話(交信)に口を挟む事はないが、テスト中はずーっと側にいるらしいので、あまり変な事はしゃべれない。この管制室内にいる他の隊員なら自分の仕事があるので、余程変な、もしくは緊迫した言葉でも出てこなければそんなに気にしてはこないだろう。が彼だけは自分達の交信を一言一句聞き漏らすまいと構えており、必要とあらば記録する。つまり彼の存在がいつものような軽い会話ができないという不要な緊張感を持たせる一番の要因なのだ。だからといって気にしすぎては率直な感想など言えはしない。ので翔子は適当に彼の存在を無視する事にした。まあすぐ隣のさくらは全くいないものと考えるのは不可能だったが。

 翔子はスロットルを少し戻して速度を600㎞/hとし、左右への旋回を試みる。ここまで速度を落としたのは実戦を想定したためだ。どんなに高速を出せる戦闘機でも、空戦中常に全速力で飛び続けられる訳ではない。特に旋回を繰り返せば自然と速度は落ちてくる。その上米軍機はその計測法から実際の空戦時の速度は伝え聞くものから少しばかり差し引いてやる必要がある。それで米軍新鋭機の空戦速度を600㎞/h程度と見積もり、その速度での試験を行ったのだ。まあ特性も掴めてない内にいきなり全速で水平旋回を行い、水平錐揉みにでも入ったりしたらそれこそ自分と『震電』の命を落としかねない。それで少し慎重になったと言うのもある。

 まずは水平旋回、続いて垂直旋回をそれぞれ何度か繰り返してみる。はじめはゆっくり丁寧に、そして少しずつ実線を見据えて乱暴に三舵を操作した。するとトルクによる左右の差こそあったものの、『震電』は実に素直に翔子の操縦に応えてくれた。

 600㎞/hが維持できる程度にスロットルを戻すと今まで感じていた機体のブレがかなり落ち着き、別段当て舵をしてやらなくてもほとんど真っ直ぐ飛んでくれるようになった。 翔子は先程思い浮かんだ直感が正しかった事に思わずニンマリしてしまう。そして他の機体を操縦する時と同じ感覚で舵を動かした。高翼面荷重機だから高度や速度を失いやすいかな、と思っていた翔子だが、その考えは良い方へと裏切られる。想像していたより高度や速度のロスが小さかったのだ。もしかしたら『震電』程ではないものの高翼面荷重で知られる『飛燕』や『雷電(改)』よりも良好かも知れない。その理由を考えて思い至ったのが『震電』特有の前翼、いわゆる先尾翼であった。

 この先尾翼は通常の水平尾翼とは異なり揚力を発生すると聞いている。その効果が思いの外出ているのではないかと翔子は結論づけた。また失速特性も優れており、実戦以上の急激な操作にもちゃんとついてきてくれたし、宙返りにしても感覚的にはキレイな円を描く感じにきまっていた。そういった基本的な旋回性能に充分満足した翔子は、より実戦的な試験に入る前にその事を報告する。

「こちら立花機、戦闘速度における旋回性能は極めて良好。過大なトルクのためか左右の旋回半径の差は大きいものの、直進時にはほとんど当て舵を必要としない程。今までの試験者達の報告が間違ってない事を確認。また失速特性にも優れており、後方(・・)宙返り等も滑らかに行えた事から、対戦闘機戦闘も充分こなせると判断する。よってこれより実戦機動の試験を行いたいと思う。いいよね、さくら?」

「ちょっと待って翔子っ。基本的な旋回試験の報告については了解だけど、実戦機動についてはちゃんと事前に何をやるか言ってくれるのよね?」

 報告の最後の最後で急にくだけた口調になった翔子を不安に思ったさくらは、その方法を確認する。今まで締まっていた箍が弛んでしまったのだとしたら、翔子は多分無茶な事をするだろう。だからそれを抑えるために、さくらは確認をとるという体で自重を求めたのだ。しかし翔子はさくらの心配など気にする様子もなく楽しげに、

「ん~~っと、架空の敵機を想像(イメージ)しながら行うから、ちょっと難しいかな~。単に特殊機動を行うだけなら可能だけど、実戦的じゃないよね。まあ実況中継か事後報告になっちゃうと思う。それじゃあ景気付けに宙返り3連いってみま~す」

 などと言ってのける始末。もはや試験を開始した時のように、人目を気にして畏まるなんて様子はなかった。完全に『震電』に乗っている事が楽しくなってしまったのだろう。そんな翔子の様子にさくらは頭を抱えて小さくつぶやく。

「ホント、しょうがないんだから。少なくとも事故ったりはしないでよね」

 さくらは本気で翔子の事を心配していた。もちろん腕の方は信頼しきっているので、多少機体が制御不能に陥ったくらいなら自力で何とかできてしまうだろうと、あまり問題視していない。が『震電』は今までの機体とは構造が全く異なる試作機だ。それ故負荷のかかり方なども違ってくるだろうから、今まで何の問題もなく行えた高負荷機動で機体が破損してしまう可能性も否定できない。だからこそ調子に乗りすぎて思わぬ事態にならないといいけど、と考えてしまうさくらなのであった。

 一方翔子は宣言通り3連続宙返りを決めると、次に何をしようかちょっと考えてしまった。もちろんこちらも自分で言ったように想像上の敵機相手に一人相撲、つまり様々な戦闘機動を行うのが筋なのだが、3連宙返りがあまりにもキレイにきまりすぎて、それだけでは物足りない気がしてきたのだ。そこで戦闘中は行えないような機動を時折試してみようと思い至った。

 では最初に何をやってやろうかと考えた時、そういえば一度も試した事がない機動がある事を思いだし、それを試みてみる事にする。今までは失敗を恐れて愛機の『飛燕』ですらやった事がなかったのだが、この『震電』とならできそうな気がして。そこまで膨らんでしまった気持ちを抑える事ができる者などどこにもいない。が当然ながら事前に報告したらさくらじゃなくても止めようとするだろう。だから『事後報告』もありえると言っておいて良かったと、軽く舌を出し心の中で謝る翔子であった。

 翔子は緊張をほぐすかのように大きく深呼吸すると覚悟を決め、エンジン出力を気持ち高めると思い切り操縦桿を前に倒す。とここまでなら普通のパワーダイブと何ら変わりはないのだろうが、操縦桿を少しも戻す気配はなかった。すると機体は推力線に対しどんどん下を向こうとして、ついには再び機体が水平を取り戻すに至る。

「いぃぃっやっほぉうぅ~~っ!」

 翔子は自分の試みが予想以上に上手くきまった事に雄叫びにも似た歓喜の声をあげる。単に初めての技が決まった爽快感だけでなく、今まで失敗を恐れて挑戦してこなかった事がバカらしく思えて、そこから解放された喜びから出たものでもあった。

「何? 何っ!? 何が起こったの、翔子っ! 状況を教えてっ!?」

 その翔子の尋常ならざる声を聞いたさくらは不安でいたたまれなくなり慌てて聞き返した。そしてそんないつも聞く事のないさくらの大声に、流石にこれは何か起こったのだろうと、管制室内の隊員が皆一斉にさくらの方へ視線を集中させた。そのさくらの問いに翔子は嬉しくてたまらないといった感じで答える。

「聞いてよさくらっ。私初めてフロントフリップができたのっ!」

「フロントフリップ? それって曲芸飛行(アクロバット)なんかでやる前方宙返り(アウトサイドループ)の事? ……何でそんな危ない事やったの!? 戦闘機動とは全く関係ないじゃない。それもあんな重い高翼面荷重機(しんでん)でっ。失敗する確率の方が高かったはずよっ!」

 さくらはかなり呆れ果てていたが怒りの方が勝っており、それを言葉に乗せ無線機越しで翔子にぶつける。確かに前方宙返りは軽い、特に複葉の曲芸専用機なら訓練次第でできるようになるだろう(実際には軽量の機体なら単葉の機体でもできると思われる)。しかし『震電』は高翼面荷重の実戦機(正式採用なれば)で、余分なものも結構積んでいる。主翼が風を捕らえそこなったらそれまでだ。そんな機体で前方宙返りを行うなんてとても正気の沙汰とは思えない、さくらからしたら悪魔の所業としか言えない程の事だった。だからさくらは本気で怒った。その気持ちがガツンとぶつかってきたからしゅんとしてしまう翔子だったが、それでもなお反論の言葉を口にしてみる。

「だって『震電(あのこ)』に聞いたらできるって言うし……そして実際できた訳だし…」

「実際できたからっていいもんじゃなーい! もし次戦闘に関係ない事をしたら、もう『震電』には乗らせてあげないからねっ」

「そんなぁ………」

 そこまで言われてしまったら一も二もなく大人しく従うしかない翔子。まあ言われなくともこれ以上戦闘に関係ない機動は(基本的に)するつもりはなかったが、親友からここまでキツい口調で言われてしまうと流石にヘコたれてしまう。

 もっともさくらに翔子を『震電』から降ろすなんて事を言う権限はない。単なる一試験隊員に過ぎないし、階級だって翔子の方が上だ。隊長におねだりする(この場合は翔子の行動を報告し搭乗停止を進言する、と言うのが正しいか?)事で実現するかも知れないが、隊長としては危ない事をして欲しくなくても、その危ない事をしてもらうために茂原から呼び寄せている訳だから、滅多な事では翔子を搭乗から外すなんて事はしないであろう(隊長が止めても伯父である司令が撤回させるだろうし)。だから『震電』に乗れなくなる心配などしなくてもいいのだが、親友(しんゆう)にそこまで言わせてしまった事を大いに反省する翔子なのであった。

 のでここからは基本的(と言ってもかなり高度なものも含む)な戦闘機動に終始する。

 奇襲攻撃に使える急降下(ダイブ)急上昇(ズーム)、敵の照準を狂わす横滑り(スキッド)、背後に着かれた場合に反撃に移るためのインメルマンターンや逃れるための逆インメルマン(スプリットS)からの離脱(ブレイク)など、対戦闘機戦闘では必須の機動を次々と、それも組み合わせながら試していく。

 時には捻り込み(『震電』の場合は右捻り込みとなる)などの一部のエース級パイロットしか使えないような技も織りまぜ、もし間近で見る事ができれば本当に敵機がいるのではないかと思えるくらいの一人相撲っぷりであった。ただ地上から肉眼で見たのでは小指の先程もない何か(・・)が動いているに過ぎず、その鬼気迫る1人空戦の印象は万分の1も伝わらなかったが。

 一応地上からも倍率の高い双眼鏡で追ってはいるのだけど、『震電』が基本的に高速な上、翔子が予測不能な動きをするから、視界の狭い双眼鏡ではとても追い切れない。ので観測役の隊員はその任務を半ば放棄し、機載カメラで確認すればいいだろうとつぶやく始末だった。

 そう、今日の『震電』にはガンカメラを発展させた動画カメラが搭載されていた。目的はもちろんどのような機動をしたか後で検証するためだが、記録として残ってしまうので報告と違う機動をするなんて誤魔化しはできないのだ。もっとも今の翔子に誤魔化すなんて気持ちはない。そんな事したらさくらとの関係が一層悪くなるだけだから。

 そしてテストの終了間際、翔子は自らの代名詞になっていた失速転倒を試みる。これは飛行機の性能が上がった44年時点ではあまり使われなくなった機動だが、だからこそいきなり行われたら効果は抜群。それだけでなく意図的にエンジンストールを起こす技なので、不意にエンストしてしまった状態から回復させる事にも役立つと思い、叱責覚悟で試してみたのだ。

 その結果は上々だった。『震電』は推進式プロペラの機体なので機首を下に向けてやる手間はあったが(牽引式ならわずかに傾いているだけで勝手に機首(あたま)が下を向く)、一度降下が始まるとその機体の重さから簡単にエンジン再始動に必要な速度が得られ、思っていたより楽に機体を立て直す事ができたのである。ただ通常の機体に比べれば立て直しにかかる時間が必要だったので、『震電』でやる事はないな、と感じた翔子だった。

「それじゃああらかたの試験は終わったので、今から帰投するね。その前に追加でやっておく試験とかある?」

 一通りの試験が済むと翔子はその終了を宣言した。予定よりも5分程早く、また燃料もまだ充分残っている。にも関わらず試験に区切りを付けたのは、流れるように連続して効率良く試験が行えたため、多少余計な機動を加えても時間内に完遂できたのが1つ。もう1つはかなり最初の方でさくらを怒らせてしまったので、予定時間をオーバーして燃料切れまで粘ったりしたら、更に怒らせてしまうかも知れない。そんな怯えから自分の方から早めに切り上げる事にしたのだ。

「項目にない事までテストしてくれたみたいだから特にないかな。もし隊長達から指摘されたら、後の試験の時一緒にやってもらえればいいし」

 皮肉にも聞こえる言葉を返したが、さくらにそういう意図はない。むしろ一度怒鳴りつけたら借りてきた猫よろしくに大人しく決められた試験内容を円滑に行い、それが終わり次第そそくさと帰ってこようとする親友をかわいいとすら思っていた。まあ多少は危険でイレギュラーな失速転倒なども混ぜ込んできたが、自分の指示に対し概ね素直に従っていた態度に自分に対する気遣いが感じられたから、さくらは翔子の事をとっくに怒ってなどいなかった。

「そういう事なら……弾切れにより緊急離脱後、再出撃に備えて急いで着陸を試みる、という体で高速で滑走路に進入してみるから、近くに離着陸しそうな機体がないか確認してくれる?」

 翔子はそう尋ねながら少しずつ高度を落としていく。まだ質問の答えが返ってきてないから、基地上空をゆるやかに旋回しながらだが。

「ちょっと待ってぇ………はい、分かりました。翔子ぉ、今は他の隊は訓練の真っ最中だから基地周辺はクリアだってー。試験隊も今しばらくは離着陸の予定はないから早く済ませちゃって。でも事故らないよう安全にね」

 周りの隊員の手を借りつつさくらは安全確認が取れた事を伝える。確かに基地周辺低空を含めた『震電』の周辺数㎞には、他の飛行機の姿はほとんど見あたらない。

 実戦部隊の訓練は安全を考慮してほとんど房総半島沖の太平洋上で行われるから、成田基地上空からでは見てとれない。

『震電』より上空を見やれば、単発機だとしたらやや大型だと感じる機体が1万mという高々度でありながら平然と3機編隊を組んで飛んでいた。多分立川飛行機で開発中の新型局地戦闘機の試験を行っているのであろう。その機体は『震電』と同様に敵新型重爆の迎撃を目的としているらしい。

 それらを確認した後、翔子は少しずつ『震電』の速度を上げ、

「それじゃ今から帰るね。多少荒っぽい着陸になるだろうから、その辺他の人達にも伝えといて」

 とさくらに告げると、ほとんど逆落としのような角度で地上へ突っ込んできた。

「えっ? えっ!? 一応了解だけど、あまり無理はしないでよね」

 さくらは自体が上手く呑み込めなかったのか、驚きながらも普通の返しをしてしまう。だがもし急激に姿が大きくなる『震電』の姿を見たらやめさせたかも知れない。ただ翔子に言われた通り本管制室に連絡を入れたり、念のため救護班などにも通達するようお願いしていたため、外を見る機会がなかったのだ。

 そして『震電』は高度1000を切ったあたりで機体を起こし始め、急激な減速を試みる。 それでも機体がほぼ水平を取り戻した高度200あたりではまだ400㎞/hを超えており、とても無事に着陸できる速度ではない。だが機首はピタリと33番滑走路の中心線を捉えており、後は高度と速度さえ落とせばキレイに着陸をきめる事ができる。そこで翔子はエアブレーキ代わりのフラップを全開にし、また軽く上げ舵をとる事で速度を更に落とそうとした。『震電』は翔子の期待通りに速度と高度を落としてくれたが、代わりに強い右傾が引き起こされる。しかしそれくらいで動じる翔子ではなく、予想通りとばかりに当て舵をとり、『震電』を上手く制御していく。

 33番滑走路端まで来た時速度は300㎞/hを切り、何とか着陸を試みる事ができるくらいにはなっていた。ので翔子は1500mの滑走路を目一杯使って停止するつもりで、多少強引に主輪を滑走路に接地させた。

『震電』は通常とは異なる激しい音を立てて一度目の接地をすると大きくバウンドをし、数十m飛翔した後再び滑走路(じめん)とキスをする。それを何度か繰り返した後にようやく上下動ない滑走に入った。ただしまだ勢いがありすぎて、目安となる滑走距離である600mを超えても全然止まる気配はない。

 先程から適宜ブレーキはかけているものの、その度に嫌な音を立てるのでかけ続ける訳にもいかず(利かなくなるだけならまだしも、音の感じからして壊れる可能性が高そうだし)、中々スピードは落ちていかない。それでも通常の滑走距離の倍ほど進んだ所で『震電』は何とか動きを止める。残された滑走路は後数十m程であった。

「翔子ーっ、無理しないでって言ったのに…心配したんだからっ」

 翔子が安堵のため息を吐いていると、無線を通してさくらの声が聞こえてきた。怒っている、という程ではないものの、何やら複雑な感情が込められていた。もはや1時間前のやり取りが信じられない程くだけた言葉になっている。その言葉に翔子が返事をしようとした瞬間、ブツッと管制室側の無線が切られた音がした。

 やっぱ怒ってる? 翔子は不安に思いながら、ゆるゆると『震電』をエプロンに向かい進ませる。再出撃に備えるといった設定だったから、エプロンから遠い側から着陸を試みていたのでエプロンまでの距離は近い。がおかげで追い風を受けての着陸であったのだ。その分滑走距離は伸びたし、失速の危険性も多分にあった。それでも自分のとった行動全てが『震電』の成功につながるのであれば、多少の無理無茶無謀は自分の役割だと考えている翔子である。たとえそれで怒られたとしても。

 『震電』が誘導された駐機スペースでその動きを完全に止め、エンジン冷却のためアイドリングに入ると、それがさも当然のように整備士が脚立を担いでコクピットの左下方に駆け寄ってくる。昨日翔子を名前呼びした彼だ。態度は軽いがその仕事ぶりはキッチリしていたため『震電』整備の主任格の1人であり、翔子が乗る時には責任者を任される程である。その彼がにこやかに翔子の方(コクピット)を見上げていたので、翔子は慌てて風防を開いた。

「翔子さぁん、後はやっときますので、さっさと降りちゃってくださぁい」

 アイドリング状態とはいえ『狼星』の咆吼は大きく、怒鳴るようにしなければこの距離でも中々声は通じない。翔子に彼の気持ちは通じたが、最後まで自分でやりたかったからそれを拒否する言葉を言おうとする。とその時詰所の中からさくらが飛び出してくるのが見えた。

「さくらっ、どうしたのっ!? そんなに慌てて」

 遠目でも分かる程のさくらの表情に、翔子は直前までの考えを投げ捨て、急いで安全ベルトを外した。そしてコクピットから出ようとした瞬間、さくらは整備士の脇まで来ていて、かがみ込むように肩で息をして、呼吸を整えようとしていた。

「だって……翔子、あんなに激しいテストをしたでしょ? だから、おでむかえ」

 まだ整ってない息の中、さくらはできる限りの笑顔で答える。途中でキツい事を言ったけれども、その言葉と笑顔が彼女の偽らざる気持ちだった。それを全身で受け止めた翔子は、そんな親友に怯えたりしていた事を恥ずかしく、バカらしく思い、コクピットから飛び降りる勢いで脚立を駈け下り、とりあえず深い意味もなくさくらに謝った。

「ただいま、さくら。心配かけちゃってゴメン」

「ううん、でも、おかえり」

 2人の間にはそれで充分だった。


次話へ続く──


まずは謝罪から。この前8月中には完結させたいと言いましたが、それが無理になった事をお詫びいたします。

あの時は少し調子が良くて筆が進んだので可能かも、などと思っていたのですが、やはり無理でした。

それだけでなく今回のPart3では2日目のテスト全てを終わらす予定だったのが、1回目のテスト終了までしか進めませんでした。

やはり書きたい事全て詰め込みたいという性格が災いしたようです。

しかし変な自分ルールを作ってなくて良かったです。締め切りを破ったら……みたいな。もし決めていたらあと数日でそれを実行しなければならなかったですからね。だからといって締め切りを破っても何とも思わないようでは素人といえども作家失格ですから、かなりへこんではいるのですけどね。

次回は2日目2回目のテストから始めます。それが3回目以降まで書けるかどうかは分かりませんが、気長にお付き合いください。


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