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ヨアケマエ外伝・零号震電  作者: うにシルフ
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第一五章 新技術も色々あるよね

「まず最初に言っとかないといけないのは、さっきは『震電(あのこ)』特有の機体形状、中でも垂直尾翼の効果を際立たせるためにプロペラ後流の利点ばかり取り上げてしまったけど…プロペラ後流だって立派な右傾左傾要因だと言う事。この辺はみんなも分かってるよね?」

 自分が先程熱弁した事を否定するかのような事を言い出した翔子。それを聞く側のさくらや時任司令達もさも当然だという感じでうなずいている。

 確かにプロペラ後流はプロペラの回転と同じ向きの渦を作るように流れていく風だ。そのため機体は回転の反対側から押される感じになり、特に垂直尾翼に当たる風の影響が大きいために回転方向とは逆に機首が向いてしまうのだ。ただ『震電』の場合はプロペラが機体の一番後ろに付いているため、良い影響も悪い影響も受ける事がない。まあ『プロペラ前流』がわずかなりとも機体を押してない訳ではないが、後流に比べれば全然弱いし、重心に近い位置でもあるため影響なんてほとんど受けないのだ。

「だから『震電(あのこ)』の場合、飛行機を真っ直ぐ飛ばさせないプロペラによる影響の内プロペラ後流は無視しても大丈夫なんだけど、残り3つは『普通の機体(ほかのこ)』と同じで勝手に発生しちゃうから、人間があれこれ工夫して対応してあげないといけないんだよねぇ」

 などと今更のような言葉で翔子はプロペラ後流に関する説明をした。その説明は誰もが納得するものであったが、皆が聞きたかったものとは違う。がそんな事は構わず言葉を続ける。

「次にプロペラトルクについてなんだけど…先に訂正というか修正しておかなきゃいけなくてね……休憩前に話した時はつい右傾の原因をプロペラトルクで一緒くたにして話しちゃったけど、厳密に言うとプロペラが機体を曲げたり傾けたりする力って4つくらいに分かれるんだよね。プロペラ後流もその内の1つ。これらの要素は結果は同じようになるんだけど、そうなる理屈が全く異なる。私だって詳しい事は分からないからざっくりとした説明しかできないんだけど──」

 そう逃げ道を入れてから翔子はプロペラトルクの影響について語り出した。

 プロペラトルクはあくまで翔子の解釈ではプロペラそのものが持っているパワーで、それでいてプロペラ自体をいじくったところで上手く弱める事ができる訳ではないから困ったものだ。プロペラよりむしろエンジン出力と密接な関係があるから、本気で低減させようとしたらエンジン出力を抑えるしかない訳で、すると速度や上昇力だけでなく総合的な性能まで低下させてしまう事になる。航空機全般に当てはまる事だが、特にこの『試製震電』のように敵新型重爆の迎撃という明確な特定の役割が与えられ、そのために速度や上昇力といったものが求められる機体であれば致命的だと言える。それならいっそ一般的な対策である垂直尾翼の取り付け角の工夫で乗り切った方が良いだろう。高速時の方が安定するとはいえタブ等で微調整してない訳ではないのだし、パイロットによる当て舵くらいじゃ落ち着かないじゃじゃ馬な機体なのだから。

「さっき自分で否定しておいて言うのも何だけど、『自動姿勢修正装置(仮)(カッコカリ)』で補正しきれないのなら、機体の方で何とかするしかないね」

「今になってそれ言うかっ?」

「だって仕方ないじゃないですか。パイロットの負担を考えれば、少しでもそれが小さくなる方法を模索する。それが設計・開発陣というものでしょう」

 そんなやりとりに「いつから開発者になったんだ?」と心の中でツッコんだ司令だったが、次の瞬間「まあ、そう思っても仕方ない」と思い直した。

 翔子は小さいながらも飛行機メーカの創業家に生まれ、女子(701)飛行隊に入ってからはパイロットエンジニアとして他の隊員より良い待遇(階級)を受け、またテストパイロットとしてちょくちょく成田基地まで出向してきている。今日だって『試製震電』の実戦的試験のために呼び出されたのだ(呼び出したのは司令自身だし)。そんな境遇に置かれていれば発想が設計・開発側に寄ってしまうのは自然であろう。それでいて戦闘機パイロットとしてのマインドを決して忘れる事はない。そんな希有な存在だから、つい重宝がってかわいがって(?)しまうのだ。もっともそれが翔子にとって幸せな事かは分からない。がそれでも大切な存在として良くも悪くも特別扱いしてしまう時任司令なのであった。

「後2つはプロペラが原因の右傾ではあるんだけど、内1つは基本的に機首を上げ下げした時に生じるものだから、これに関してはパイロットにその都度対応してもらった方がいいね。それ以外の時にはほとんど現れないものだから。下手な事したら全体のバランスが狂っちゃいそうだし」

 と翔子は『P要素』については敢えてスルーするようだった。機首の上げ下げ、つまり昇降舵を操作する機会は結構多いのだが、その多くの場合他の舵も一緒に動かしている。であるなら細かな修正はパイロット任せにした方が効率的と考えたのだろう。と言うよりそれなりに経験を積んだパイロットなら自然と当て舵修正ができているはずだから、わざわざ世話を焼いてやる必要はないと判断したのだ。少なくとも自分(しょうこ)自身は下手な小細工ならして欲しくないと思っているし。パイロットの負担を減らしたいと考えていながら必要以上の改良はかえって迷惑だとも感じている。操縦士と技術者、2つの顔を持つが故の少し矛盾した考え方であった。

「最後に残ったのが『ジャイロ効果』なんだけど、私的にはこれならプロペラの工夫次第で軽くできると思ってるし、さっきから話したかったのもこの事なんだよね~」

 翔子はようやく本題に入るようだった。その前に一息入れようと太巻きに手を伸ばし、それを麦茶で流し込む。その間に時任試験隊長があくまで(・・・・)確認のためにある疑問を口にした。

「それにしても不思議だよな。普通ジャイロ効果と言えば、物体を安定させるために利用するもののはず。それなのに飛行機の場合には機体を傾ける要因になっちまうんだから、物理の基礎とか詳しくない(モン)からすれば、全くもって理解の外だな」

 隊長の疑問は当然と言えば当然だった。ジャイロ効果の恩恵を最も利用しているジャイロスコープ(スタビライザ)では機体や魚雷、大きなものになれば船体すら安定させるために用いられる。それと基本的な原理は同じはずなのに、プロペラが発生させる力は機体の向きを意図しない方へ変えてしまう。そのためちゃんとした知識も持たず、あまり考えずに結論を出そうとする者からすれば、合点がいかない事かも知れない。

「そうなんですよね。私だってキチンと把握できてないから説明に自信が持てなかったんだし、思いついた右傾対策もどれほどの効果があるか分からないんだし…」

 翔子は隊長の言葉に同意しつつ、先程説明を躊躇った正直な理由も述べた。気持ち的には理解できるが、曲がりなりにもパイロットエンジニアなんだから把握していなければならないのでは? と皆思ったりはしたが、口にする者はいない。自分だって満点の解答をする事はできないと分かっているから。それでも翔子がどのような事を考えているかは知りたいので、司令はさっさと話すよう促した。

「そんなにせっついておいて期待はずれだ、なんて言わないで下さいね」

 そのがっついているような司令の態度に半ば呆れながらも自信のなさからか、やんわりとしか言い返せない翔子。そして観念したかのように本当に本題に入る。

「私が言いたかったのはジャイロ効果低減のためにプロペラ径を小さくする、それだけです」

 その単純かつ表面だけさらっと聞いただけでは理屈が分かりにくい翔子の言葉に、皆一瞬思考が停止し、すぐにどういう事だろうと考え始める。が考えるのも面倒くさいし、翔子の考えとはズレるかも知れないので、司令は考える事を放棄して細かな説明を翔子に求める。

「私も思いつきで言ってるだけですからトンチンカンな事かも知れませんけど…」

 翔子はそう前置きという名の言い訳をしてから持論の詳細を語り出す。

「ジャイロって高速回転する事でその効果を発揮しますよね。そして高速であればある程その力は強く大きくなる。であるならプロペラで起こるジャイロ効果だって同じなんじゃないかなって。だとしたら回転速度を落としてやれば、少しは影響も減るのではと考えた訳ですよ。でも単純に回転数を落としてしまうと比例して推力も落ちてしまうし、減速機も適切な物に交換しなくちゃいけない。デメリットの方が多そうなんです」

「だよねぇ。推力の低下=速度等の低下って事だし、完成だって遅れるから、その案は採用しにくいよね~」

 親友の説明にさくらは相槌を打つ。他の者達も同じ意見な様で、うなずいたり隣の者に声をかけたりしていた。

「だったらどうすればいいか? そこで思い至ったのがプロペラ径の縮小なの」

「ちょい待てっ。回転数は落としてないんだろ? それでジャイロ効果が小さくなるのか? それに回転面積が小さくなる分推力だって減っちまうじゃないかっ!」

 相変わらずに隊長はフライング気味の率直な感想をぶつけてくる。本当にこの人は懲りたり反省したりはしないのかと思ってしまう程同じ事を繰り返している。でもまあもっともな疑問だったので誰も窘めたりはしなかったけど。そして翔子は苦笑しながら切り返した。

「ちゃんと考えてますよ。ちゃんと順を追って話しますから、腰を据えて聞いていてください」

 翔子はいたずらっぽく言ったつもりだったがあまり目が笑ってなかったのか、言葉の裏に何やら黒い物でも見えたのか、隊長は「悪かった」と言って(またも)悄気(しょげ)てしまった。そんな隊長の様子など気にせず、翔子は皆に問うように話を続ける。

「みんなも分かってると思うけど円周って2πr、つまり半径に2と円周率をかけて計算するじゃない。という事は必然的に半径が小さい程円周も小さくなる訳だ。いわゆる比例関係にあるよね。それをプロペラに当てはめると回転数が同じな場合、プロペラ径が小さい方が回転面外周の速度が小さくなる。言ってる意味分かるよね?」

「勿論だ。数学は人に自慢できるような成績ではなかったが、それくらいなら分かる。外周の長さに回転数をかけてやれば外周の回転速度が分かるって言いたいんだろ?」

「そうです。おっしゃる通りです」

 立腹とまではいかないが、間違った意味で用いられている「憮然」という表現がしっくりする表情、つまりムスッとした顔で司令が答えると、翔子は明るい声と表情で司令を持ち上げるような返答をした。別にヨイショするつもりはないが、場の空気を明るくしたかったのと自分の考えがちゃんと伝わっている事が嬉しくて、そのような態度となって現れたのだ。そしてプロペラ径を小さくする確信とも言える部分の説明をする。

「実際は試してみないと分からないですけど、ジャイロ効果は回転数より回転速度の方に結びついてると思うんですよ。船の動揺を抑えるためのジャイロって、小型の物で揺れを感知して大型の物にそれを伝達して安定するよう動かしてるって、いつかどっかで聞いた事があったから。ならプロペラだって小さい方がジャイロ効果は小さいのかなって思った訳で」

 それは曖昧で言い訳じみてはいたが、皆をある程度は納得させる事ができたようで、プロペラ径を小さくする事を試す価値くらいはあるだろうと思わせる事はできた。隊長はさくらにそれが正しいのか確認をし(さくらもよく分かってなかったのだが、親友が言うのなら間違いないとそれに返す)、准尉達はノートを広げプロペラ先端の回転速度を計算したりしている。が翔子の答えはまだ半分に満たない。そのあたりの事をどう考えているのか、司令は更に確認する。

「推力についてはブレードの幅を広げてやれば解決できると思いますよ。さっき量産型は面積50%増しの4翔ペラに変更するとか言ってたじゃないですか。自分は6翔ペラのまま短くして面積が減った分だけ幅広にしてやればいいと考えたんです。それなら1枚あたりの重さはあまり変わらないでしょうから。ただその形状は今までの先細りの楊子型から、全体的に幅広のパドル型にした方が局戦に装備するなら良いだろうと思ってますけど。その方がダッシュ力が良さそうだとイギリス・ドイツやアメリカ機で実証されてるみたいですし」

「その事なら航技研等でも検討されていて、良い物ができ次第高馬力の戦闘機から搭載していく予定だと、先輩達が話してるのを聞きました」

 翔子の言葉に反応していきなり横入りしてきた西准尉。その情報は貴重だったが「まだできてはないんだ」と翔子は心の中でツッコミを入れ苦笑する。がこれを機に開発が進んでくれればいいなとも考えていた。

「もちろん効率は大事だと思うけど、そんな大まかな形状の違いでも性能に差がでるのお~? 直径とか捻りなんかで違ってくるのは知ってるけど」

 さくらは「?」マークを背負ってそうな表情で尋ねてくる。自分でも言っているように細かな形状の違いが性能に影響を与える事は分かっている。ただ翔子の提案する形状でどれくらい性能が変わってくるか分からず、思わず口を挟んだのだ。そんな親友に対し翔子は、

「プロペラだって翼だよ? 細長い方が効力が小さくなる分スムースに回転できるし、航続距離を稼ぐんならこっちの方がいいと聞いた事があってね。それでも幅広の翼を薦めるのは発生させられる揚力が大きくなるからエンジンパワーを利用しやすくなる。だから航続距離をそんなに気にしないで済む局戦、迎撃戦闘機ならこっちの方がいいかなと思ってね。もちろんトルクや抵抗も大きくなるからプロペラ径を小さくするなどの対策は必要だけど」

 と丁寧に説明した。「第一形が違う程影響も大きくなるに決まってるじゃん」と言うとどめの一言でさくらは完全に納得したようだが、実は翔子、今の説明にあまり自信がない。強ち間違ってはないと思うのだが、もっと細かいところまでツッコまれたら白旗上げて説明を投げ出していたかも知れない。でもさくらが納得してくれたおかげで、持論を先に進める事ができた。

「それでプロペラ径なんですけど…理想を言えば3mくらいにしたいんですけど、3mと言えば1000hp級の標準サイズじゃないですか。いくらブレードの枚数が増えてるとはいえ、効率等を考えるともう少し大きく3.2mくらいが妥当かと思いますね」

「以外と控えめなんだな」

 プロペラ径を小さくする主張をするためにあれこれ語っていた割に、縮小幅が小さいと感じた司令が率直な感想を口にする。翔子自身が理想と言っていた3m前後を強く主張するものだと踏んでいたから、些か拍子抜けの感があった。

「私だって『震電(あのこ)』に成功してもらいたいですからね。あまりムチャな数字は弾きませんよ」

 司令の言葉に純粋な笑みを浮かべる翔子。いくら1つの目標を達成するためとはいえ、全体のバランスを崩してしまったら元も子もない。今だって大好きな機体なのだから、専門外の機体設計に必要以上に口を出して台無しにしたくはないし、誰しも文句の付けようがない素晴らしい機体に仕上がってくれるのであれば、自分の意見なんて一切無視されたって構わない、そうとまで思っている翔子なのであった。ただ──

「それにぃ直径が20㎝小さくなれば半径が10㎝小さくなるのは必然でしてぇ、その分地面とのクリアランスが増す、イコール脚を更に10㎝短くする事が可能じゃないですかぁ」

「結局は脚なんかーい」

 時任司令は思わず大声でツッコんでいた。直接この「食事会(ミーティング)」の趣旨とは違う主脚の長さについて気にしていた翔子。まさかとは思うが脚を短くしたいが為にプロペラ径を小さくしたいと主張しているのではないか、そう疑いたくなる程翔子の意見は徹底していた。だから司令は恐る恐る問いただす。まず脚の短縮ありきだったのかと。すると翔子は笑いながら反論する。

「まさかぁ。いくら私でもそこまで1つの事に執着するバカではありませんよ。ただ思いついた時、一石二鳥だとは思いましたけど」

 などと舌を出しながら宣う翔子に疑いが拭いきれない司令。軽くこめかみに指を当てながら目の前にいる、まだ大人になりきっていない少女でありながらもっとも信頼できる隊員の1人でもある彼女の事を、何とか信じてやろうと苦悩していた。

 そんな司令の苦しみなど気にする事もなく、自分の言いたい事は全部言えたと一息ついている翔子の肩がツンツンと軽くつつかれる。どうしたのかと翔子がそちらに目をやると、何か聞きたげな親友の姿があった。

「なぁにさくら。さくらも脚にこだわり過ぎって思ってる?」

「そうじゃなくてね」

 さくらは大きく頭を振って翔子の問いを否定する。

「折角プロペラを小さくするのなら二重反転ペラにする事はできない? そうすればトルクの問題とか全部まとめて解決できそうだけど」

「!」「んんっ!」

 さくらは皆が一度は考えた結果放棄したアイディアを口にした。おかげで「食事会」に集まった一同はその勇気(もしかしたら思慮の足りなさ)に驚き、息を呑んだのだった。

 二重反転プロペラ。これ程単発機のプロペラトルク全般に有効なアイテムはない。同軸線上で2つのプロペラが反対方向に回っているのだから、プロペラトルクは完全に打ち消しあう。ジャイロ効果だって同様だろう。プロペラ後流に関しては後ろ側のプロペラが起こす後流の影響を一切受けない訳ではないが、前段のプロペラが逆向きの渦を作るためにかき乱されて少しは弱くなるだろうし、何よりこの『震電』はプロペラ後流の影響なんてほとんどないのだから、これも考えずに済む。

 しかしこれだけ利点が揃っているにも関わらず皆がこの考えを否定したのは、それを上回るデメリットが存在するから。

 二重反転ペラのデメリット。それは構造が複雑になってしまうため、生産も整備も難しくなるという事。具体的には減速機より前方に回転方向を逆転させるギアとシャフトが必要となる。そのために全体に長さが大きくなってしまうし、内側と外側のシャフトが干渉しないようにしたり、強度だって充分確保してやらないといけない。振動の要因になるだけでなく、飛行中にプロペラが破損すれば重大な事故につながってしまう。これらの調整が難しいために、今まで大出力エンジンを搭載する機体に採用しようとして失敗してきた過去がある。ので皆これだけは口にすまいと避けていたのだ。

「でも、どうして急に二重反転ペラの事なんて持ち出したの?」

 さくらだって二重反転ペラの欠点を知らないはずはない。なのに敢えてそれを口にしたのは、何らかの意図があっての事だろう。そう思ったから翔子はその理由を尋ねたのだ。すると思いもよらない答えが親友(さくら)から返ってくる。

「だって二重反転ペラにすれば1段あたりにかかるエンジンの力は半分になるじゃない? そうすれば直径3mでも充分いけそうと思ったの。そしたら翔子が望んでいるようにもっと脚を短くできるかなあって」

 その答えは翔子の心を温かさで満たし、他の者を呆れさせるのに充分すぎた。常識をさておいて親友(しょうこ)の考えを後押ししてくれるような言葉に優しさを通り越して恥ずかしさすら覚えた翔子だったが、いつまでも喜んでいる訳にはいかなかった。非道・冷血と言われたとしてもさくらの厚意(好意)を否定する言葉を口にしなければならなかったから。

「さくら、気持ちは嬉しいけどその案は受け入れられないの」

「どうして? やっぱり構造が難しいから?」

 さくらは本気で不思議がっている。親友の考えを実現するのにうってつけだと思えたアイディアが拒否されたから。理由を想像するのは容易(たやす)いが、それでも少し淋しさを感じてしまう。それが表情に漏れ出てしまっていたため、翔子はより一層申し訳なく感じつつ、言葉を続けなければいけなかった。

「ううん。そんな単純な話じゃなくってね…プロペラが二重になるのだから後ろが長くなるじゃない。すると離着陸時機首上げした時にプロペラが地面に接触しやすくなるから、思ったより脚を短くできないのよ。だから考えてくれてゴメンだけど、二重反転ペラばっかは採用できないのよ」

「そっかー。その事はすっかり頭の中から抜け落ちていた。コッチこそゴメンね。ヘンな提案しちゃって」

「そんな事ないって。今日みんなが集まっているのは『震電(あのこ)』の完成度を少しでも高めようと思ってるからでしょ? そこで思いついた事を言い合うのは当然なんだから、気にする事ないよぉ」

「何だこれ」「えーっと、茶番?」「結局脚なんかい」

 親友同士の絆が強まったのは何よりだが、ただそれを見せつけられるだけの者からすれば、この上なく無駄な時間である。が1つだけ分かった事がある。どうせ我々は飛行機開発・設計の専門家ではないんだから、思いついた事を気軽に言ってしまってもいいのだと。もちろん他の者から否定されるだろうが、面白そうなアイディアなら話してしまった方が色々議論ができて楽しめる。それが分かっただけでも100%無駄な時間ではなかったと皆が思った。

 そうとなれば『震電』の右傾対策に使えそうな面白ネタ…もとい斬新な案がないか一斉に考え出す。しかし機先を制したのは、先程に続きさくらだった。

「だったらこんなのはどうかな? プロペラの回転軸を少し傾けちゃうの。右傾する時、機体の横滑りも起こるでしょ? だったら横滑りを抑える方にプロペラを傾けておけば、特に離着陸時の不安定さは減るかなって思ったんだけど。ダメかな?」

 さくらは小首を傾げつつ、翔子の瞳を真っ直ぐ見つめて聞いてくる。そのかわいさだけでもOKを出しそうになりたくなるが、その方法にも問題があるため認められない。その葛藤故にドギマギして答えるのがちょっと遅れた翔子に代わり、司令が説明込みでその案を否定した。

「沢渡ぃ。お前だって『試製震電』のエンジン配置は知っているだろう。プロペラから長い延長軸を介して、かなり胴体の中央寄りにある事を。という事は少し角度を付けただけでもエンジンが細い胴体からはみ出しちまう。まあ多少胴体を改修してやればキッチリ収まるレベルではあるが、そうすれば折角の空力的洗練が台無しになっちまう。だろ?」

「そうですねえ、外国では双発機以上の大型機では、エンジンオフセットは基本になりつつあります。日本みたいに左右で別々の同型エンジンを作るのは合理的ではないから、エンジンの取り付け角でトルクや後流を解消するために。ただ『震電』には向かない方法だと思います」

「だな。確かに571試験飛行隊でも『雷電』あたりでエンジンオフセットを施した機体の試験をして、左傾にはある程度の効果があったと記憶してるぞ。だがあの頃は例の振動問題の方が深刻だったし、尾翼のオフセットでも同程度の効果があるとなって、最終的に採用されなかったんじゃないかな。もっとも『雷電』自体採用が見送られちまったがな」

 司令の言葉を西准尉と試験隊長が援護する。特に必要はなかったのだが、この会に参加している感を出したくて乗ってきたのだろう。3人から口撃され、さも悄気返っている事だろうと翔子は親友を見たが、さくらはむしろにこやかな表情で反論する。

「分かってますよぉ、エンジンの位置くらい。だから言ったじゃないですか。プロペラの回転軸を少し傾けるって。延長軸支持筒の後端あたりに自在継ぎ手を取り付けてやる。それならそんなにムリはないでしょ?」

 既に反論を準備していた、と言うより司令が口を挟まなければ、多分普通に説明していたと思われる。普段とちょっと様子が違うのは親友と一緒だからだろうか。ほとんど自分から意見を主張したりしない彼女が積極的に発言している。(知りうる限り)常に前向きな翔子から良い影響を受けている結果なのだとしたらいいのだけど、若干子供返りした風でもあるので、良い事ずくめとは言えないのだけれど。

 それはさておき、新たなさくらの意見は少し使えそうと思えるものであった。推進軸とプロペラ回転軸をずらす方法は実績があったし、それなりに研究も進んでいる。しかも改修点は少ないのだから、試してみるのも悪くないと思えたのだ。そのためかさくらは少し自信ありげに翔子を見つめる。が翔子の方は少し困った表情でさくらを見返した。

「ん~~~っ、魅力的なアイディアだと思うんだけど、自在継ぎ手がね~。大丈夫だとは思うんだけど、それが振動の元になるかも知れないから微妙かな~。それにスピードさえ乗ってくれば安定してくるから、高速時に逆に当て舵が必要になるかもだし、私的には今のままでもいいかな~って思うけど」

「やっぱダメかあ~~」

 さくらは期待していた分だけ落胆も大きく、上半身をテーブルに投げ出す。が表情はにこやかなままだったので、心の底から傷ついたとか沈んでいるとかではない。そのままの体勢でさくらは翔子の方を見上げ、「やっぱり翔子には敵わないのかな~」などと冗談っぽく言い放った。

「そんな事ないって。今のはあくまで私見を述べただけだから。私がさっき言った『自動姿勢修正装置(仮)』なんてなだ影も形もないんだよ? だったら普通先にさくらが言ったプロペラ回転軸を傾けるやつを試してみるに決まってるじゃん。それで結果が良ければそのまま採用されるから、だから……」

 さくらの言動に泡食ってしまい早口で自己否定と親友を持ち上げようとして言葉に詰まる翔子。顔も真っ赤に染まり、先程『震電』について熱く語っていた時とは異なる熱が放たれているのが自分でも分かる。

 ちなみに翔子にそちらの気はない。が自分とは別方向の真っ直ぐさを持つ彼女の眩しさにあてられ、思わず純真な男子のような反応をしてしまったのだ。

 それを見ていた周囲の者達は、「まさか、な」「新野(さん)がいるのに!?」などとあらぬ疑いを抱いていたが、そう思われても仕方ない程の態度だったので、彼らを責める権利は翔子にはない。

 そしてさくらは親友の狼狽えっぷりにかえって気分は落ち着いてきた。自分までおかしな言動をとっていたら、ますます関係性を疑われてしまう。のでゆっくり上体を起こすと昔話まで持ち出して翔子を落ち着かせようとする。

「まったく、翔子は相変わらずだね。そういう反応されると701で同室だった頃みたいに変な疑い持たれるじゃない。あの頃は大多数の年頃チームと何人かのお姉さんチームにくっきり分かれていて、その両方から弄られていたんだから少しは成長してよね。そういう反応は大地君の前だけにするとか」

「どーしてここで大地が出てくるかなぁ」

 さくらの言葉に少し食い気味に反論する翔子。恥ずかしげな表情はすっかり消え、頬を膨らませたご立腹モードに切り替わっている。それだけ大地の名は絶大だったのかも知れないが、それだけでは冷静さは取り戻せず、恥じらいから怒りへモードチェンジするだけだろう。

 それでは何が翔子を静めたのかというと、それは今日一日(厳密には半日か?)いつもと違っていたさくらの態度が、翔子や皆が知っているいつものそれに戻った事が大きいと思われる。

 同い年で気が合うにも関わらずいつも無茶する翔子と違い、一歩引いた大人な感じを醸し出していたさくら。そんな違いがあったからこそ本当に仲良くなれたのかも知れないし、今だって正気に戻してくれた。だからいつもさくらには感謝しているのだが、大地の名が出てきた事は解せなかったようで、頬を膨らませて発言撤回を要求する意を示す。

「ホント、その反応も相変わらずだね」

 軽く頬を膨らます親友の表情に思わず笑みがこぼれるさくら。軽く握った右手を口元にあて、本当に上品な大人の女性を思わせる仕草だ。その笑みにつられて翔子も笑い出す。本気で怒っていた訳ではないので親友が笑っているなら自分も笑う。これは2人の間ではごく当然の事だった。

 そんな2人の様子を見て、司令はこの辺が潮時だと思った。これ以上この「食事会」を続けてもこれまでに出た以上の右傾対策は出てこないだろうし、細かくて中途半端な案ならお互いに潰し合う泥仕合になるだけだ。ならさっさと解散して、明日の試験に備えるなり残っている仕事を片付けてしまうなりに時間を使った方がどれだけ有意義だろう。そう考えると締めの言葉が自然と出てきた。

「もうここいら辺で充分だろう。まだ食い物もかなり残っているからそれが無くなるまで続けてもいいんだが、右傾対策案もあらかた出尽くして、後は重箱の隅になっちまうだろうから、我々が必死こいて話し合うまでもないだろう。ならば名残惜しいがお開きにしようじゃないか」

「はーい」

「分かりましたー」

「なあ伯父さん、この料理、残しても勿体ないから少し持って帰ってもいいか?」

 などなど、それぞれが司令の言葉を受け空いた器を片付けたり残った料理を持ち帰る算段をしている。それを見て司令は一仕事終わったとばかりに大きく伸びをした。しかしそんな流れをぶち壊す者が1人。当然ながら翔子である。

「その前にお願いがあるんですけどー」

「何だよ、今になって」

 司令は明らかに不機嫌かつ面倒くさそうに言った。それはそうだろう。折角書類の山を捌ききったと思ったらもう1冊手付かずの帳簿が見つかった、そんな感じ。だが無視する訳にもいかないので、一応聞いてみる事にする。

「みんな帰り支度を始めてるんだから、手短に頼むぞ」

「分かってますよぉ。それで『震電(あのこ)』の設計図の余りってありませんか? どれくらい脚を短くできそうか、自分で確かめてみたいんで。だから書き込めるように青図じゃなくて、簡単なものでいいから手書きのものがいいんですけど」

 そのお願いに凍り付く者もいた。青図ならすぐに用意できるだろうし、余りだって探せばあるかもしれない。が手書きのものとなるとそうは簡単に用意できないし、余分だってないだろう。現に航技研から出向してきた両准尉だって自分で持ってきた分は今後の試験に必要なものであり、いくら先輩の頼みだからと言っておいそれと渡す事はできない。しかし本庄准尉がある事に思い至った。

「この基地には陽画感光紙式の青焼き機はないんですか? それなら白地に青線だから上から書き足す事もできると思いますよ」

 それなら確かに鉛筆かペンで線くらい書き足す事は可能だろう。細かな数値などは別の紙に書いておけば問題ないからそれで充分。そう思った翔子は期待を込めた瞳で司令の方を見る。すると司令はいたずらっぽい表情で予想の斜め上をいく答えを返してきた。

「白焼き紙だって少しはインクなんかを弾くから書き込みにくいだろう。だがウチの基地には新聞の写真印刷を応用した新型転写機がいち早く導入されている。それなら普通の紙に印刷できるから、鉛筆だって何だって後から書き足す事ができるぞ。テストで塗り絵を作って、水彩絵の具で塗ってた奴もいたからな」

 それには翔子や両准尉のような出向組だけでなく、この成田基地所属のはずのさくらや隊長すら驚いている。まあ新型転写機はまだ導入されたばかりで本部にいる者くらいしか目にする機会はない。が隊長ともなれば本部の建物に出入りする機会だって多いはずなのに知らなかったとは、そう他の者は思ったが、それくらいまだ表立って利用されてない、一部の者達の特権的アイテムだったのだ。

 司令の言葉に皆の目が輝き出す。自分達の仕事とは直接関係ない機械かも知れないが、所属が試験隊だったり航技研だったりと、新しい技術には目がない面々である。新しい玩具を目の当たりにしたような子供のように、皆一様に新型転写機及びその印刷物を見てみたいという顔になっていた。

「まあ基礎の技術が新聞の写真印刷だから、青図に比べれば線が若干荒いがな。それでも充分見れると思う。『試製震電』の図面はテストも兼ねて何枚も印刷してみたはずだから、後で宿舎まで届けさせる。それでいいか?」

「いやいや他の人の手を煩わせるのも何ですから、私の方が取りに行きますよ。司令だけで本部に戻るのも淋しいでしょうから、そのお供としてついていきます♪」

 翔子は媚びでも売るように司令の腕を掴んで、楽しげな表情で司令を見つめる。それくらい『震電』の図面が手に入る事が嬉しかったのだろう。早く本部に行こうと、散歩に連れて行けと騒ぐ犬のように司令を促した。

「そんなに慌てんでも…今電話して持ってきてもらうからそれまで待て。それに年頃の女子が不用意に男の体なんて触るんじゃない。お前は色々自覚しろ。自分が女であるとか、軍隊は階級社会である事とかを」

 翔子に腕を掴まれ一瞬ドキッとしてしまった司令だったが、すぐに冷静さを取り戻すと窘める事を忘れない。いくら部下・下官とは言え女子隊員を預かる身としては、その隊員が変な事に巻き込まれないよう注意して見張っている必要がある。その点翔子は無防備な所があるから、特に目を光らせておかなければならないのだ。もっともいざという時の瞬発力は人一倍あるから、自分で対処できてしまうかも知れないが、貴重な人材故他の隊員より目をかけてしまっているのだが……

 翔子は少しつまらなそうな顔をしたが、図面が手に入る事だけは確定したので自分の席に座り直し、まだ残っている食べ物に手を伸ばす。図面が来るまでここで待つという事なのだろう。そして隊長が持ち帰ろうとしていた太巻きに手を出そうとして、軽いケンカになっている。

 そんな様子に呆れながら司令は食道の電話の受話器を取り、『震電』の複写図面を2・3枚持ってくるよう指示を出した。


次話に続く──

長かった「食事会」もようやく終わらせる事ができました。これで本当に終わりが見えた事になります。

このぶんだと次章で完結となりそうですが、場合によっては短めの一六章+最終章になるかも知れません。

でもまだ『零号震電』が出てきてませんから、それがどのような形で出てくるか、できれば期待してお待ちいただけるようお願いします。

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