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ヨアケマエ外伝・零号震電  作者: うにシルフ
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第一二章 楽しい? 「食事会」

 時任司令が音頭をとった「食事」と称するミーティングが始まるまでの1時間あまりの間、翔子達は時任試験隊長に報告を行い、司令は残っていた仕事を大急ぎで片していた。

 試験内容の報告自体はそれ程時間は掛からなかったが、提出する報告書(と言っても日報程度の簡単なもの)を書き上げるのに思ったより時間が掛かってしまったため、結構時間ギリギリになってしまい、軽くシャワーでも浴びようと思っていた翔子の希望は叶わなかった。

 午後6時を少し回ると岩和田少佐の元部下である本庄・西両准尉が見送りを済ませて戻ってきて、少佐が荒らしたデスク周りなどを整頓したり、今後の事、主に明日やってくる少佐の後任について隊長と話し合っていた。が報告書と格闘中の翔子にはその内容はあまり耳に入ってこなかったけど。

 一方司令も残っていた仕事をこなすのに四苦八苦だったようで、副官の久米中尉が書類を分かりやすく仕分けていてくれていたにも関わらず、それらに目を通し必要なサインやハンコをを押すのにたっぷり1時間以上掛かったあげく、書類はてんでバラバラに散らかされ、久米中尉の仕事を増やす羽目になった。これだけ時間が掛かったのは結構重要な書類も含まれていたため、あまり荒っぽく扱うと破ってしまいかねなかったため、力を抑えて丁寧に仕事を行ったためだ。

 こちらも7時少し前に最後の書類の処理が終わると久米中尉に後片付けを任せて、勢いよく執務室を飛び出し食堂へと向かっていった。

 その姿を見た久米中尉は、特定の人間だけに肩入れすると部隊の和を乱しかねないと思いながらも、そう扱われている立花翔子少佐の事が少し羨ましくも思えた。

 午後7時になる少し前に翔子達試験隊組が揃って食堂に来ると、既に数々の料理が載ったテーブルが用意されており、更に追加の品が運ばれているところだった。

 これは司令があらかじめ予約しておいてくれたおかげで、急な注文であったにも関わらず質・量共に充実。とはいえ会議をしながらの食事という事だったのでのり巻き(それも細巻きだけでなく、房総でよく食べられる太巻きまで)やおいなりさん、小振りのサンドウィッチにから揚げ・玉子焼き・ウィンナーなどオードブル的な物ばかり。会話しながらでも食べやすい物が中心で、見方によっては子供のお誕生会のようにも見える。もっともケーキは無いし煮物や漬け物と言った物まであるのを見れば、そうではないとすぐに分かるだろうが。

「おっ、みんな揃っているな。これならすぐに『食事』ができるわ。料理長、急に無理言ってスマンな」

 最後に入ってきた司令が料理長に労いの言葉をかける。すると職人気質の料理長が臆する事なく言い返す。

「なあに、客の要望に応えてこその料理人でさあ。それができないようじゃあ、いくら腕が立っても一端とは言えませんて」

 この食堂で働く調理師の半数は民間出身である。料理長も食堂のリニューアルに合わせて東京のホテルから招聘された。そして残りは空軍の中でも料理の腕が立つ主計課員を集めていたのだ。

 これは将来他の基地でも同様の施設を稼働させるための下準備で、その中核を担う主計課員をプロの料理人に鍛えてもらう。そういう目的でこの食堂は整備されたのだった。

 そのためか民間出身の調理師達は階級などをあまり気にしない。特に料理長などは自分の方が歳が上というのもあって、ほとんど対等に口を利く。それを見ている主計課出身の調理師達がわたわたしてしまうくらいに。

「皆も疲れている事だろうから、まずはある程度腹を満たしてから忌憚なく話し合おうじゃないか」

 司令がそう口上を述べて予定通りの午後7時丁度に「食事」は始められた。がその舌の根が乾かぬ内に司令は翔子に尋ねてくる。

「で立花。あの機体はどうなんだ、使えそうか? 審査主任をトバしてまで勝手な試験飛行をしたんだから、何にも掴んでないはずはないよな?」

 既にいなり寿司を頬張っていた翔子は「いってる事矛盾してるじゃん」と思いながらも慌ててそれを一気に飲み込み、少しむせそうになったので麦茶でそれを胃袋まで流し込んだ。そして一度深呼吸をして心身共に落ち着かせると、問いに答える前に一言だけ文句を言った。

「まずは腹を満たすんじゃなかったんですか? 司令?」

 先程まではあまり食欲がなかったが、いざこれだけの、それも心づくしの美味しそうな料理を目の前にすると、やはり食べたいという欲求が回復してきた。そこに横槍を入れられたものだから、文句というか皮肉の1つも言わなければやっていられなかったのだ。そんな翔子に対し司令は呆れたように言い返す。

「別に何も食わずになんて言ってない。それにお前みたいに稲荷寿司を一口で頬張ったりしなければ喉に詰まらせる事もないし、充分話しながら食う事だってできるだろ?」

 そう言うと司令は太巻きをその体格からは考えられない程小さめに一口かじり、残りを顔の横に掲げて「なっ?」とばかりに目で訴えてきた。

 翔子は司令の言葉と態度に小馬鹿にされたような気持ちになったが、事実であり女性としての品にも欠けていたと思ったので何も言い返せなかった。しかし悔しい事に変わりはなかったから、わざとサンドウィッチを一口で放り込み、それを落ち着いて飲み込んでから、ゆっくりと語り出した。

「分かりましたよ、話せばいいんですね──あの子、正式に『試製震電』と呼んだ方がよろしいですか? は今のままでは使い物になりませんよ」

 翔子は平然と言い切ると麦茶を注ぎ直して一気にあおった。これからの長話に備えて喉を潤しておこうと思ったからだ。ついでにから揚げを手掴みで口に放り込んだのはご愛敬というものだが。

 が翔子の言葉を聞いた他の者達は無言のままざわめき出す。その言葉があまりに意外すぎたから。だからしばしどう対応していいか途惑い、沈黙したまま固まってしまった。

 その中で翔子との付き合いが一番長いさくらが最初に沈黙から回復し、再び麦茶を注いでいる親友に対しおそるおそる尋ねてみた。

「翔子ぉ。翔子は『震電(あのこ)』の事、好きじゃなかったの?」

「? 大好きだよ。あんな一緒に飛んでて楽しい子、いやそれだけじゃなく存在自体が面白い子、久しぶりに出会えたもの。でも何でそんな事聞くの? さっきあれだけ隊長室であの子の魅力をたっぷりと話したじゃない。それだけでも充分私があの子の事気に入ってるって伝わってると思うのだけど」

 翔子はさくらの質問の意図が分からず聞き返した。翔子からすれば自分が『震電』の事が好きなのは当然の事であり、それを改めて聞かれるのは心外だった。まあ相手がさくらだったから不快とまでは思わなかったけど。

「だって『使い物にならない』なんて言うから。普通好きな相手にそんなキツい事言わないじゃない」

 そのさくらの言葉は翔子以外の皆が思っている事であった。まあ表現方法はそれぞれだと思うが、皆が驚いたのは「使い物にならない」と言う所であり、納得できる説明が欲しかったので、問いただすのが誰であっても同様の事を口にしたであろう。

 しかしその切り返しでさくらが何を聞きたかったのか理解できた翔子は、あっけらかんとそれに答える。

「ああ、そういう事。それはね、いくら私が好きであっても、みんなから好かれる存在になるとは限らないじゃない。私はじゃじゃ馬な所も含めてあの子の事好きだよ。少しくらい乗りこなすのが難しい方がワクワクするからね。それにあの子が行きたい所、つまり空の高い所へ行ってスピードが増してくる程素直になってくる。そんな自分に正直な所もカワイイしね。だけど今後あの子に乗るパイロット全員があの子の事を気に入ってくれるとは思わない。そりゃあ素直な所だけならみんな喜んで乗ってくれると思うよ。私もまだ全力を出せてないから自分の言葉で断定はできないけど、今までのレポートを見た限りではあれだけの高性能機に次いつ出会えるか分からないんだから、戦果をあげるためにも自分が生き残るためにも競い合って乗ろうとするはずだね。でも離着陸時や低速低空時の不安定さを知れば、誰も好き好んで乗ろうなんて思わない。戦闘機パイロットなら誰だって事故で死にたくないからね。空戦中敵に撃墜されて命を落とすのなら本望とすら思ってるような人であっても、そんな飛行機に命預けたいと思う? まっとうな審査担当ならそこまで考えてあの子に不合格の烙印を押すに決まっている。私ですら他の人、特に経験の浅いパイロットをあの子に乗せる事は怖いと思うもの。となれば正式採用も量産もされない。そういう意味で使い物にならないって言ったの」

 軽いノリで始まった翔子の言葉は次第に湿り気を帯び、最後の方はしんみりと、このままでは『震電』が辿るであろう運命を憂いて語っていた。それを聞いた一同は納得し、そして言葉を無くした。翔子の悔しさというか淋しさが痛い程伝わってきたから。

 確かにこの場にいる者なら『震電』の危うさは程度の差こそあれ知っている。だから翔子の言葉に偽りや誇張がないと理解できるし、それ故重く受け止めてしまったのだ。実際に『震電』に乗り、自身としては好きだと言い切る翔子の言葉を。

「と言う事はこれ以上『試製震電』の審査は不要か? 正式採用されない機体の実戦的な試験をウチで続けても意味無いから、決断は早くしないともったいないしな」

 そのテーブルを囲む者の中で一番先に回復した司令が翔子に尋ねる。彼の権限では試作機の開発中止などを決める事はできない。しかし成田基地で行っている試験に限れば骨抜きにする事くらいなら可能だ。試験隊に重点的に行わせていた『震電』の試験に割いているソースを絞り、その他の機に振り分けて、開発中止の決断が下される日まで適当に流せばよいのだから。航技研から専属のスタッフが出向いているにも関わらず、今日半日『震電』に乗っただけの翔子に意見を求めるのは、それだけ翔子の実績を信頼しているからであろう。

 そう真剣に尋ねてきた司令の言葉に、翔子はやれやれとばかりにため息を漏らして反論する。

「誰もあの子に未来がないなんて言ってないじゃないですか。あくまで今のままでは(・・・・・・)、と言いましたよ。そう、つまりあの子に少し手を加えてあげれば必ずモノになります。それもとびっきりのね」

 そう言いきった翔子は不敵な笑みを浮かべている。自分の意見に自信があり、いたずらっぽい感じに。その言葉と表情に今度は本庄准尉が反応する。それも激しく。

「それは、どのようにすれば良いのですか!? 航技研でも何かあちらを立てればこちらが立たずっていう感じらしくて……もし根本的な解決法が分かったのなら教えてくださいっ!」

「多分私の考えてる事も航技研のそれと大して変わらないんじゃないかな。だけどそのいくつかを連動させてやればある程度操縦がしやすくなるはず。そうすればそれなりに技量の高い人だったら何の不安もなく乗れて、活躍してくれると思うんだけどね」

 身を乗り出して鼻息も荒く尋ねてくる本庄准尉に少し気圧されながらも、笑みを浮かべながらそう答える。今の笑顔は相手に安心感を与えるものだった。ただその言葉には明確な解決法が含まれてなかったため、もっと具体的に教えて欲しいと本庄准尉が聞き返そうとする。がそれを遮るように右手を挙げ、翔子の方から質問してきた。

「それじゃあ現時点でのあの子の最大の問題点はなあに?」

「それはっ、離着陸時や低速飛行時の右傾です。それとやはり低速時の機首下げも問題になってます」

 あまりにも当たり前な質問に本庄准尉は少しムッときて、語気も荒く答えた。

「そうだよね。それは私も今日体験した。あれほど地上滑走で苦労した機体は今まで乗った事ない。そのくせスピードが出てくると安定してきて、巡航速度になるとほとんど当て舵も必要なかったからね。私は今日試せなかったけど、もっと全力で飛べばますます安定するんじゃないの?」

「はい、航技研や九州飛行機での試験報告によれば翔子さんの言う通りです。想定している戦闘高度にてエンジンを全開にしても変な挙動は起こらず、素直な飛行特性だったそうです」

 几帳面な性格の本庄准尉は念のため、今までに蓄積された試験データをまとめた資料を持ってきており、それを掲げて力説した。またお堅い上司がいなくなったためか、「立花少佐」ではなく茂原基地時代のように「翔子さん」と呼び方が変わっている。つい先日までの1年間呼び続けていた呼び方なので、そちらの方が言いやすかったから自然と戻ってしまったのだろう。

 そしてそんな准尉を援護するかのように時任試験隊長が割って入ってくる。

「ウチの(モン)の報告でも似たようなモンだな。8000mで戦闘を想定した機動をとってみたところ、非常に素直に言う事を聞いてくれたらしい。もっとも速度を活かした反復攻撃という『震電』用の機動を試しただけみたいだから、巴戦とかの他の機動はどうかは知らんがね」

「巴戦は無理ですよ。高翼面荷重に加え自動空戦フラップも省きましたから。何せ相手は巴戦なんて絶対にできないんですからね」

 西准尉が隊長の言葉を補足する。確かに『震電』は対重爆、特にまだ戦場にこそ顔を出していないが様々な情報が入ってきている高性能超重爆「ボーイング『B-29』スーパーフォートレス」を迎撃するために作られた機体だ。『B-29』やその先輩にあたる『B-17』『B-24』などが巴戦を行う姿なんて想像できない。故に『震電』だって巴戦(ドッグファイト)ができなくたっていい訳だ。もし戦闘機が護衛に付いてきた場合、その相手は『烈風』なり『飛燕』などがすればいいのだし。

 自らの問いに想像通りの答えが返ってきて、安心というか満足する翔子。まあ最初のレクチャーの際聞いていたし、資料にもさっと目を通していたので当然の結果と言えるのだけど。

 そしてしばらくは論点を整理するかのように翔子が分かりきった質問をして、他の者がそれに答えるという図式が繰り返される事になった。


「それじゃあ右傾の原因は?」

「それはもちろん強力なプロペラトルクです。離昇2200hpもの出力を吸収するために3.4m径の6翔ペラを使ってますから、どうしたって強いプロペラトルクが発生してしまいますよ」


「プロペラトルク自体を小さくする方法ってない?」

「プロペラトルク自体をですか? それだけを小さくするのは難しいと思いますよ。エンジン出力を推進力に変えるために発生しているようなものですから…」

「当然速度などと引き換えになるよな。であるならこの機体の存在意義が揺らいでしまう。750㎞/hが欲しくてこんなカッコにしたんだから、700㎞/h出なくていいなら普通の機体で充分」


「それなら機体形状でトルクを軽減する事はしなかったの?」

「当然考えてありますよっ。ただ『震電』の形状が正しいか実証するためのグライダーがあまりに良い結果を残したので、その姿を踏襲しすぎて現在に至っている訳ですから」

「鶴野技術大尉のアレだな。確か『MXY6』モーターグライダー。ほぼ同じ形であるにも関わらず自重が『震電』の5分の1も無いヤツ。一度横須賀で見た事があるが、あの時はけったいなものがあるなあとくらいにしか思わなかったが…それが実用機になって帰ってくるのだから、世の中分からんものだ」

「だから今必死で改善方法を探っているんです。タブで調整するだけでなく垂直尾翼そのものの取り付け角を工夫して、機体の向きを安定させられないか既存機を改修して試しているのですが……」

「でも低速時に安定するくらい角度を付けちゃうと今度は高速時に不安定になっちゃって……」


「まったくもって本末転倒じゃない。その他の方法は試してないの……」

「ストーォップ!」

 白熱する議論の中、半ば1人取り残されていたようなさくらが急に立ち上がり、矢継ぎ早に繰り返される翔子の質問を遮った。

「翔子、ちょっと意地悪だよぉ。みんなが答えにくい質問ばっかりしてぇ」

 さくらは少し頬を膨らませて左隣に座っている親友を険しい目で見下ろしている。

 自分がちょっとついて行けなかったレベルの話になりそうだったのもあるけど、翔子が自分で答えを知っているにも関わらず、言い出しにくい事を他の人に言わせているように映ったものだから、親友として彼女を諫めるべく声を上げたのだ。

 そんなさくらに一瞬驚いたものの、その真意がすぐに伝わってきたため、翔子は宥めるように着座を促し、さくらと目を合わせ今のやりとりについて説明する。

「さくら、もし本当に怒らせちゃったのならゴメンなんだけど、私は別に意地悪であんな質問していた訳じゃないのよ。技術屋としてお互いにどの程度まであの子の問題点について知っているか確認するために、あんなやりとりになっちゃったの。もし誰かが知らない事があっても他の誰かの意見で認識を共有できるしね。それは私についてもそう。私が気付けなかった事を誰かから聞ければラッキーと思って、ちょっと熱が入りすぎたという訳。それが意地悪に見えたのなら、少し自分を抑えないといけないね」

「ホント?」

 翔子の真剣な説明にだいぶ落ち着きを取り戻したさくらだったが、まだ若干の不信感が残っている様子。親友の性格ならよく知っていて、決して他人に嫌がらせをするタイプでないと分かってはいるが、飛行機の事になると周りが見えなくなるのもまた事実だったから、話し合いが盛り上がってくれば再び感じ悪くなってしまうかも知れない。それが彼女からすると心配だったのだ。

 そんな親友の様子に翔子が「安心して」と念を押そうとする間際、時任司令が慌てん坊の助け船よろしくに割って入ってきた。

「心配するな沢渡。さっきのやりとりで当事者は誰も傷ついてなんておらんぞ。お前は優しいからびっくりしたのかも知れんが、もっと白熱した議論の時なんかあんなモンじゃ済まんぞ。それこそ怒号や嫌味が飛び交っていて、到底聞いてられんくらいにな」

「確かに最初はムッとした瞬間もありましたけど、質問が続いている間は特に何も感じませんでしたね。ただ質問に適確に答えられるよう必死でしたから」

「ここでは割と大人しく議論が行われるが、開発の最前線なんかじゃ酷いもんだぞ。俺も何度か現場の意見というものを求められてそういう場に行った事があるが、技師やら研究員やらが仲間同士で取っ組み合いをしているのを見た時には、流石に帰ろうかと思ったくらいだったな」

 司令の言葉に続いて本庄准尉と時任隊長が更に言葉の援護射撃をする。それを聞いたさくらは自分の認識とのズレに軽くめまいを覚えた。

実際成田基地に彼女が来てから隊員同士の言い争いなんて日常の他愛ないケンカを除けばあまり見た事がなかった。まあ時折整備士の人達や新人パイロットなどが上官・先輩から怒鳴られたりはしているが、それは茂原基地でもそうだったし、軍隊という組織上ある程度は当然の事と認識していたから気に留めてなかったのだ。だけど自分の親友や同僚が険悪なムードになる事はそうそう無かったから、驚いて過剰に反応してしまったのだ。

 そしておそるおそる翔子の方を見て、

「だとしたらゴメンねぇ。私の早とちりで怒ったりしてぇ」

 と謝った。

 その申し訳なさそうに自分を見つめている親友に、翔子は自分の方こそ申し訳ない事をしてしまったなと、さくらを気遣う言葉をかける。

「そんな事ないよ。ホントなら私が自分なりの意見を言わなきゃいけないはずだったのに、逆に質問攻めにしちゃってたから、意地悪してるって思われても仕方ないよ。むしろ元に戻すきっかけを作ってくれた事にお礼を言わなきゃいけないくらいなんだから」

「そうなの?」

 精一杯の優しい笑みを浮かべて見つめ返してきた翔子にようやく安心できたさくら。すると今まで張りすぎていた気が急激に弛んだのか、お腹の虫が可愛い声で鳴いた。

「食事」と称するミーティングが始まるとすぐに翔子が話し出したものだから、さくらもそれに付き合って何も食べずにいたのだ。だが「可愛い」と言っても彼女にしては盛大な音が出たものだから、さくらは顔を真っ赤にし、彼女の事をよく知る翔子達も驚いた程だ。そんな親友をフォローすべく、翔子は何か食べるよう促した。

「まーまーま、あれだけ私に振り回されたら、そりゃあお腹だってすくよ。ほらさくら、さくらの好きな玉子焼きだってあるんだから、ゆっくり食べてなよ。これからは私が『震電(あのこ)』について考えてる事を語る番だから、嫌な思いをさせる事はないと思うから、ねっ」

「うん……」

 まだ恥ずかしさでうつむきながらも玉子焼きに箸をのばすさくら。この玉子焼きはだし巻きの方ではなく甘いやつの方で、玉子本来の黄味と焦げ目のコントラストと甘い香りが食欲を誘ってくる。さくらはそれを一口口にするとぱあっと表情が明るくなった。どうやらどストライクな味だったらしい。その玉子焼きを食べてしまったために食欲が増進され、先程より更に大きなお腹の虫を鳴らしたのだが、そんな事は気にせず嬉しそうに玉子焼きを味わっている。そんな親友の表情につられ、翔子もその玉子焼きを口に運ぶ。するとその美味しさに自分も表情をほころばせた。

 翔子は決して舌が肥えている方ではない。それでもこの玉子焼きは今まで食べた玉子焼き中で一番だと思ったし、その他の料理も含めて比べてもかなり上位に食い込むかも知れない。今日の昼に初めて食べたナポリタンとはまた別の感動を覚えた程に。

 玉子焼きは日頃よく口にする食べ物ではあるが、本当に美味しく作ろうと思ったら意外と難しい料理の1つだと思う。それを軍の基地の食堂で食べられるとは……成田基地の調理師達恐るべしと言うところか。そう感じた翔子であった。

「それより立花、お前は沢渡と違って話しながらも結構パクついていたよな。なら空腹って事はないだろ? だったら早くお前さんなりの意見を聞かせてくれないか? 長い会議を厭うものではないが、ムダに長引かせるのも嫌なもんでな」

 一応さくらが落ち着くのを見計らって時任司令が切り出した。若い娘達がほのぼの食事するのを見ているのも悪くはないが、今日はそのために集まってもらった訳ではない。なら本来の目的である『試製震電』の問題点を改善するための話し合いに戻した方が賢明だろう。そう結論づけ軌道修正をかけたのだ。

「あっと、すみません。それじゃあ私なりの『震電(あのこ)』についての意見話しますね」

 そう言いながらも翔子は最後に一口皮付きのフライドポテトを放り込み、麦茶を一杯あおる。本人は景気づけのつもりだったのだが、他の者は心の中で「話し始めるんじゃなかったのかい」とツッコまざるを得なかった。まあ翔子は皆の微妙に変わった表情など気にも留めなかったけど。


次話へ続く──


「食事会」はまだまだ続きます。

そしてようやく次章で『試製震電』から『零号震電』へと変えるヒントを翔子が語れそうです。

数学や物理が苦手なため、資料の間違った解釈から見当違いの事を書いてしまうかも知れませんが、それをご理解の上読んでいただけたら幸いです。


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