8話 冤罪 ④
「フェリシア!!」
また、わたくしを呼ぶ声が響く。
今度の声は……かつて心から愛していた夫、この国の王だった。
背後には大勢の近衛騎士たちを引き連れている。
衰弱し、すっかり痩せ細ってしまったフェリシアを、彼らはまるで恐ろしい罪人でも見るかのような冷酷な目で見下ろしていた。
(……これほどの数の騎士で取り囲んで、一体わたくしがどうやって逃げ出したり暴れたりできるというのかしら)
フェリシアは心の中で、静かにため息をついた。
そろそろアンジェリカに毒を盛ったという『でっち上げの証拠』を用意して現れる頃だろうと、最初から分かっていたのだ。
逃げるつもりも、今さら弁明するつもりもなかった。
何を言っても無駄なのだから、ただ静かに運命を受け入れるしかない。
「フェリシア! お前がアンジェリカを毒殺しようとした動かぬ証拠が見つかったぞ!」
王はそう叫ぶと、フェリシアの執務机の引き出しから見つかったという小袋を目の前に突きつけてきた。
「お前はこの毒を侍女に渡し、『新しい茶葉が入ったから』と偽ってアンジェリカに贈らせたのだ! 素直で優しいあの子は、姉からの贈り物だと無邪気に喜んで口にし……苦しんで倒れたのだぞ!」
(まあ……なんて三文小説のような、お粗末なでっち上げなのかしら)
あまりの浅はかさに、フェリシアは思わず苦笑を漏らしそうになった。
その後も王は、フェリシアがいかに冷酷で、どれほど妹を虐げてきたかを蕩々と語り続けた。
「お前は確かに優秀かもしれんが、傲慢で人を見下してばかりだ!」
「アンジェリカの爪の垢ほどの優しさでもあれば、少しは誰かから愛されたものを!」
「これからは地下牢で一生を過ごすがいい! だが、お前には莫大な公務の処理をやらせる。ただ飯など絶対に許さんからな!」
フェリシアは反論することもなく、ただ自分を糾弾する王の姿をじっと見つめていた。
「連れて行け!」
王が吐き捨てるように命じると、騎士たちがフェリシアの両腕を乱暴に掴んだ。
王はさっさと部屋から出て行こうとしたが——ふと、一瞬だけ足を止めた。
何かを問いかけるように、静かすぎる眼差しを自分に向けているフェリシア。
その胸を刺すような瞳と視線が交差した瞬間、王の胸に不気味なほどの胸騒ぎが走る。
「……っ、は? な、なんなんだ……!」
自分の内に湧いた正体不明の動揺を打ち消すように、王は不機嫌そうに首を振ると、「さっさと連れて行け!」と荒々しく怒鳴り散らして立ち去った。
✴︎ ✴︎ ✴︎
こうしてフェリシアは、陽の光も届かない冷たく薄暗い地下牢へと送られた。
そこに用意されていたのは、鉄格子と、劣悪な環境、そして山のように積み上げられた王国の書類だけだった。
カビの生えた硬いパンと、泥のように冷たいスープ。
身を横たえることすら躊躇われる冷たく硬い石のようなベッドの上で、わずか数時間だけ意識を失うように眠り、目を覚ませば衰弱した体に鞭打って書類を片付ける日々。
監視の看守たちは元王妃であるフェリシアに容赦なく汚い罵声を浴びせ、人としての尊厳すら奪い去った。
やがて、過酷な労働と絶食同然の生活により、フェリシアの体は限界を迎えた。
ペンを握ることすらできず、書類の上に崩れ落ちた時——監視役の男たちの目が、いやらしい欲望へと変わった。
「おいおい、もう公務も処理できないのか?」
「役に立たないなら、別の使い道で俺たちを楽しませてもらおうか」
逃げる力すら残っていないフェリシアに、男たちの下劣な手が伸びる。
暗闇の中で振るわれる暴力、踏みにじられる尊厳、声すら出せない屈辱——。
(ああ……お母様……お義祖父様……)
身も心もボロボロに引き裂かれ、冷たい石床の上に打ち捨てられたフェリシアの視界が、ゆっくりと真っ暗に染まっていく。
ただ……愛されたかった。
誰かに温もりを与えられたかった。
それすら叶わなかった。
自分の人生は最初から最後まで、誰かの都合良く利用され、搾取され、汚されて終わるだけだった。
溢れ出た一筋の涙が頬を伝い、静かに冷えていく。
だけど……フェリシアは……幸せそうな顔をしていた。
(やっと………お母様のところへ行ける……)
こうしてフェリシアは、暗く冷たい地下牢の底で、誰にも看取られることなく静かに息を引き取ったのだった——。




