6話 疑心 ②
なぜ、王の中でフェリシアの記憶がアンジェリカへとすり替わってしまったのか——。
幼き日の王にとって、あの街で出会った少女は人生で唯一の救いであり、かけがえのない思い出だった。
あの時もらった温もりがあったからこそ、その後に課された厳しすぎる英才教育にも耐え抜くことができたのだ。
(いつか、大きくなったらあの時の少女を探し出そう)
そう心に誓い、成長した王子はやっとの思いで少女の所在を突き止めた。
スタートレッド公爵家。
王子の後ろ盾として力のある公爵家の庇護は魅力的であり、なによりあそこにあの少女がいる。
だというのに——婚約者候補として王子の前に進み出てきたのは、長女のフェリシアだった。
(俺は、自分を助けてくれたあの少女を……アンジェリカを名指ししたというのに)
不満を抱きつつも顔合わせに臨んだが、初めて対面したフェリシアの印象は最悪だった。
同席した義母のセリアナや妹のアンジェリカに対して笑いかけることもなく、終始淡々と冷ややかな態度を崩さないフェリシアに、王子は強い嫌悪感を覚えたのだ。
(なんて心のない、冷たい令嬢なんだ。隣に座るアンジェリカは、あんなにも可憐で愛らしいというのに)
さらに、婚約者同士の交流のために月に一度公爵家の屋敷を訪れても、フェリシアは一度として姿を見せなかった。
「申し訳ございません、殿下。お姉様は『忙しいから』とお部屋から出てきてくださらないのです……」
そう言って儚げに頭を下げるのは、いつもアンジェリカだった。
(フェリシアめ……俺を蔑ろにして何様のつもりだ! 幼い頃、あんなにも優しかったアンジェリカを見習ったらどうなのだ!)
王子のフェリシアに対する不信と嫌悪は決定的なものとなり、やがて隠そうともせずアンジェリカばかりを寵愛するようになっていった。
——だが、王子の思い通りにはならなかった。
王子の祖父であり、当時国を取り仕切っていた国王カリウスが、正妃として選んだのはフェリシアだったのだ。
『フェリシアこそが、この国の国母にふさわしい見識と気品を備えている。アンジェリカでは正妃の重責に耐えられん』
祖父の絶対的な命令により、抗うこともできずフェリシアと結婚させられた王子。
結婚初夜、愛のない婚姻に苛立つ王子は、フェリシアをただ冷たく、痛みと屈辱を与えるように無理やり抱くだけだった。
『お前を愛することなど絶対にない』
冷酷な言葉を吐き捨てる王子に対し、フェリシアはただ静かに耐え、瞳に絶望を宿していた。
その後、王子はせめてもの反抗としてアンジェリカを側妃として娶り、フェリシアを徹底的に冷遇した。
しかし、祖父であるカリウス前国王は変わらずフェリシアを重用し、孫である王子以上に彼女を正妃として大切に扱い続けたのだ。
それに激しく反発した王子は、公爵家や、フェリシアを嫌う実母である太后、そしてアンジェリカと手を組み、病に乗じる形で祖父を半ば力ずくで隠居へと追い込んだ。
こうして自らが『王』の座に就いた男は、ついに邪魔な祖父の庇護を失ったフェリシアを正妃から引きずり下ろし、愛するアンジェリカを正妃に据えようとしていたのだった——。
毒を盛ったのはフェリシアだと確信していた。あの冷徹な女なら何をしてもおかしくない。
(俺の大切な妻と息子を守るためにも……あの女は地下牢に閉じ込め、公務の処置だけをやらせて一生地獄を味わわせてやる)
王の瞳にはフェリシアへの疑心と、迷いも慈悲もない歪んだ狂気だけが宿っていた。




