12話 救母② フェリシア
一度目の人生のとき、お母様が亡くなったと聞いたときの絶望を、わたしは一生忘れることができない。
……だってお母様が亡くなってから、なんと五年間も「どこかで生きている」と思わされ、騙され続けていたのだから。
十六歳になったとき、怖くてたまらなかったお父様に勇気を振り絞って聞きに行った。
そのときにお父様から投げつけられた、あの冷たい言葉。
『勝手に死んだ愚か者だ』
あの言葉だけは、今でも胸に深く刺さったまま消えてくれない。
だからこそ、今度こそは何があってもお母様を救い出す。
お祖父様に送った手紙には、お父様から「体にいい」と渡されたハーブティーの茶葉も一緒に包んでおいた。もちろん、どんな毒が入っているのかを正確に調べてもらうためだ。
今のお母様は寝込んでいるから、無理やりお茶を飲まされることはなさそう。食事やお水にも気をつけなきゃいけないけれど、今のところ急に体調が悪くなっている様子はない。きっと、急に死んでしまっては医者に疑われて困るから、少しずつ弱らせるつもりなのだと思う。
八歳の小さな体では、まだ思うように動けない。
けれど、あのアンジェリカや継母がこの屋敷にやってきていない今だからこそ、お父様の目を盗んで動くことができる。
王妃だった頃、アンジェリカに毒を盛ったと濡れ衣を着せられたおかげで、わたしは毒や薬草について必死になって調べ上げた。
だからこそ、材料さえ手に入れば解毒薬を作ることができる。
(よく思い出してみると……お母様の症状と、前世で倒れられた前国王様——あの優しかったお義祖父様の症状は、少し似ている気がするわ)
もしも同じ毒が使われているのだとしたら……前国王様を毒殺しようとしたのは……誰なの……?
嫌な予感が頭をよぎる。けれど、それはまだ先の話。今のわたしにはどうすることもできない。
今はただ、お母様のことだけを考えなきゃ。
野菜業者の人は、今頃ハトを使って辺境のお祖父様へ連絡をとってくれているはず。早ければ四日も待てばお返事が届くはずだわ。
それまでに、解毒薬の材料を集めなければ。
屋敷の人の目を盗んで、医薬庫へ行かなければ。
この公爵家には数百人もの使用人や騎士たちが働いている。わたしに意地悪をするのは、主人の近くにいる一部の人たちだけ。この一角さえ出てしまえば、他の人たちはわたしを「公爵令嬢」として丁寧に扱ってくれるから、動くのはそれほど難しくない。
わたしはメグに手伝ってもらいながら、なんとか屋敷の医薬庫から必要な薬草をいくつか手に入れることができた。
そして四日後——メグから、お祖父様からの返事と、足りなかった貴重な薬草が野菜業者さん経由で届いたと教えてもらった。
「お嬢様、こちらです……!」
「ありがとう、メグ……!」
わたしは前世の記憶を頼りに、自分の部屋でこっそり解毒薬作り、お母様の部屋へ忍び込んだ。
「お母様……」
青白い顔で浅い呼吸を繰り返し、苦しそうに横になるお母様にそっと声をかけた。
「……フェリ……シ……ア」
『どうしたの? そんな心配そうな顔をしないでね』
お母様はそう言ってくださっているように感じた。
「お祖父様にお手紙を書いたらお薬が届いたの。元気になれる魔法のお薬なんですって!」
必死で笑おうとするわたしに、お母様は震える手でわたしの頭を優しく撫でてくれた。
「……ありがとう……いただくわね」
そっと優しく飲ませてあげて、しばらく様子を見ていた。
お母様が少しずつ息を吹き返し、顔色が良くなっていくのを見て胸をなでおろした……その時だった。
——カチャリ。
扉が開く音がして、廊下から聞き覚えのある足音が近づいてきた。
(お父様……!?)
わたしは焦って息を呑み、咄嗟にお母様の大きなベッドの下へ滑り込んで、体を小さく丸めた。
靴の音が部屋の中で止まる。
「……身体の具合はどうだ、フィーア」
お父様の冷たい声が上から降ってくる。
ベッドの下で固まり、口を両手でぎゅっと塞ぐわたしの耳に、横たわっているはずのお母様の弱々しい、けれどはっきりとした声が届いた。
「……離縁してくださいませ、旦那様」
「……は? 何を言い出すんだ」
「知っております……」
お母様は、静かに息を整えながら言った。
「あなたが……私とフェリシアの知らない場所に、もう一つの家庭を持っていらっしゃることを」
——頭の上で、お父様が息を呑む気配がした。
「…………」
「お前、一体何を……」
「隠せているとお思いでしたの? あなたが私に贈ってくださったハーブティーのおかげで、私の身体が日に日に弱っていくことも……すべて知っておりますのよ」
ベッドの下で、わたしの体から血の気が引いていくのが分かった。
(お母様は……知っていたの……!? お父様の浮気も、あの毒のお茶のことも……全部……!?)
前世でも、お母様はすべてを知った上で……一人で悲しみに耐えて、あんな風に亡くなってしまったのだろうか。
涙が溢れそうになるのを必死でこらえながら、わたしはベッドの下の暗闇で、息を殺し続けていた。
「は? 何を言っているんだ? お前は病に倒れて頭がおかしくなったのだろう? 妄想も甚だしい!」
「……しっかりしているつもりですわ」
「ベッドに横たわるそんな状態で何が離縁だ! それに私にありもしない罪を着せようとするなんて! 病人でなければ牢にぶち込んでやるのに!」
お父様の怒号は、ベッドの下にいるわたしを震え上がらせた。
なのにお母様は、少しも怯むことなく言い放った。
「離縁は、何があっても致しますわ」




