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「あの、わざわざ送ってもらわなくても……」
何となく、先程の場面を見られた事に対する気恥ずかしさから、八神七斗はそんな言葉を口に出す。学校を後にして帰路に着く中、南心は八神七斗の隣を歩いていた。あの後彼女から、家まで送り届ける事を打診されたのだ。
「いいのいいの、気にしないで。ついでみたいなもんだしさ。それに、この前七斗くんが倒れたの、私のせいみたいな部分あるし。だからまあ、このくらいはね」
南心は、そう言って申し訳なさそうな顔をする。八神七斗は、慌てて首を横に振った。
「そんな、南心さんのせいじゃ……」
「細かい事はいいんだよ。とにかく、おねーさんに任せなさい。ここは、格好つけさせるところでしょ?」
南心の言葉に圧されて、八神七斗は渋々黙認する。それから彼は、横を歩く南心の様子を盗み見た。何度か見た戦闘服ではなく、Tシャツにジーパンというラフな格好が、どこか彼女らしい。ふと、視線に気付いた南心が首を傾げる。
「どうかした?」
「ああ、いえ……ただ、この辺りの調査をしてたっていうのは、やっぱり……」
八神七斗が話を切り出すと、南心は僅かに表情を曇らせる。
「七斗くんは事情を知ってるから話すけど、内密にね」
そう前置きをした後で、彼女は話し出した。
「因果関係を考えれば、美原さんが村山くんに噛まれて吸血鬼になったように、村山くんを襲って血を吸った吸血鬼がいる事になるでしょ?もしまだその吸血鬼が近くに潜伏しているのなら……」
「……また、同じように血を吸われる人が出てくる、ですか」
その瞬間初めて、八神七斗はぼんやりと、後ろ暗い感情を認識した。今まで意識した事はなかったが、元を辿れば確かに、村山を襲った吸血鬼が存在するのだ。言わば、一連の出来事の元凶という事になる。
「それより、体調はどう?ほら、この間は走った後すぐに熱中症になったじゃない?今は平気なの?」
わざと話題を変えるように、南心が尋ねてくる。恐らく、八神七斗の表情に、何かの陰を見て取ったのだろう。
「はい、一応は。あの時はまだ、本調子じゃありませんでしたし……距離にもよりますけど、秒速30m以上出した状態で走らなければ、前ほど酷い事にはならないそうです」
「秒速30?時速にすると……30に60を2回掛けて……108000mで……ん?108km/h……?チーターとどっちが速いんだ……?」
腕組みをしながら唸っている南心の姿が可笑しく、八神七斗は思わず口角を上げる。毒気が抜かれたような感覚だった。
「……あ。八神って……七斗くんの家、ここ?」
不意に、南心は何かを指差しながら尋ねる。彼女が八神七斗の自宅の表札を見ている事に気付くと、彼は頷いた。
「よかったら、上がっていきますか?」
「いや、悪いよ。もう夕飯時だし、私はここで……」
言いかけた時、不意に八神七斗の携帯電話が、着信音を発する。見れば、そこに自宅の電話番号が表示されていた。
「あー……悪いんですけど、もう少し付き合ってもらえませんか?俺、家に連絡入れるの忘れてたんで……」
「家の人が心配して、連絡を寄越したわけだ。あんな事があった後だから、不安がられて当然だもんね。いいよ、私も七斗くんの言い訳に付き合ってあげる」
仕方なさそうに笑いながら、南心はそれを了承した。八神七斗は礼を言ってから、南心を伴って玄関の扉をくぐる。その瞬間、台所の方からパタパタというスリッパの音が近付いてきた。
「七斗、遅かっ……」
八神七斗の母親は、南心の姿を見るなり目を点にする。予想外の人物に、些か驚いているようだった。
「父さんの同僚の、南心さん。たまたま会って、立ち話してたら遅くなったんだ」
紹介を受けて、南心が頭を下げる。すると、彼の母親は納得したように何度か頷いた。
「まあ、主人の?という事は、看護婦さん?いつも主人がお世話になっています」
「え?あ、えっと……事務職みたいな事をやってます……?」
誤魔化すように笑いながら、南心が後頭を掻く。その様子を横目で見て、八神七斗は小さく笑っていた。
「わざわざ送っていただいて、ありがとうございました。夕飯まだでしょう?よかったら食べていってちょうだい」
「ああ、いえ、それは悪いですし……」
「違うのよ、そっちは建前」
手を横に振りながら彼女が言うと、八神七斗と南心は同時に首を傾げる。そこに、声を潜めるようにして、彼女は続けた。
「職場での主人の話を聞かせてほしくて。ほら、主婦って、旦那の秘密を握っておきたいものじゃない?いざって時のために」
八神七斗の母は、意味深な笑みを浮かべながら口にする。その意図を汲むと、南心もニヤリと口角を上げた。
「そういう事でしたら、お任せください」
キリッとした、いい表情で南心は答える。何となく、「女って怖いな」なんて事を、八神七斗は内心で呟いていた。




